14 バレた!
日が長くなってきた。
同じ時間に磯へ行っても、すでに明るく、日の出も早くなっている。
その分、車の通らない県道を散歩するお年寄りもちらほら見かけるようになってきた。
今のところ声をかけられるようなことはなかったが、これからシーズンに入ってくると早い時間に来る観光客も増えるだろう。
まあ、寂れた海岸なので、観光客といっても数は知れているのだが。
俺のカフェも、この海岸で遊ぶというよりは県道を通ってこの先の灯台へ行く途中に立ち寄る客を拾うことで商売が成り立っている。
そうはいっても、亜麻の尻尾を見られたらどんな騒ぎになるかわかったもんじゃない。
「そろそろ、潮時かな‥‥」
とはいっても、1日中浴室の中にいるだけでは亜麻にもストレスがたまるだろう。
もっと早い暗い時間にするか、もっとうんと遅い夜にするか‥‥。
「じゃあ、あたしももっと早く来るよ。」
「それはいくらなんでも、部活じゃ通用しないだろう?」
翌日、俺は夜遅くに1人で亜麻を磯に連れて行ってみた。
しかし亜麻は水に浸かっても、あたりを見回しているだけですぐに不安そうな目で俺の方に手を伸ばしてきた。
「帰ろ?」
「どうしたんだ?」
俺は亜麻を抱き上げてやる。
亜麻は俺の首に両腕を巻きつけてきた。
「夜の海、怖い‥‥‥。」
夜明け前は暗くても泳ぎ回っていたのにな。
このところ夜明けが早くなって明るい海で泳いでいたから、そっちに慣れちゃったんだろうか。
たしかに、自然の海は決して安全な場所ではないけど。
そんなふうに思い悩んでいたある日、美波からメールがきた。
『ごめん。バレた! 今日、バイトの時、お父さんとお母さんが一緒に来る。』
なんだって?
開店時間の30分前。
いつもなら1人でやってくる美波は、ものすごく気まずそうな顔で店の玄関にやってきた。
背後に大人の男女がいる。
俺が玄関ドアを開けると、美波は中に入ってすぐ体を2つに折るようにして頭を下げた。
「ごめん! ごめんなさい、マスター! 墓まで持って行くつもりだったのに!」
「いや‥‥」
と品の良さそうな男性(美波の父親だろう)の方が、少し申し訳なさそうな微笑を見せた。
「秘密は守ると美波と約束しましたから。その‥‥人魚を‥‥飼ってらっしゃるんですって?」
「マ‥‥マスターと変な関係なんじゃないかって疑われて‥‥。ゲロっちゃいました!」
美波は腰を折ったまま、そう言った。
俺は思わず苦笑する。
まあ、そうだよな。
今まで疑われなかったことの方が不思議だ。
「いいよ、美波ちゃん。これまでよくやってくれてたし——。いつまでもご両親にまで隠しておけるとは思ってなかったし。」
美波が、そぉうっと顔を上げたところで、俺は1つだけ訂正を入れた。
「飼ってるんじゃなくて、一緒に暮らしてるんです。育ててるというか‥‥。」
「あ‥‥、これは、失礼。」
お父さんが少し頬を赤らめたところで、お母さんの方がおずおずという感じで俺に聞いてきた。
「あの‥‥。会わせていただいてもいいですか? その‥‥亜麻ちゃんに。」
遠慮がちだが、目はきらきらしている。
その表情は、美波にそっくりだ。
俺は思わず顔がほころんでしまう。
「どうぞ。散らかってますけど。」
お父さんは帆星さんといい、お母さんは美雪さんといった。
浴室に案内すると、2人とも目をまん丸に見開いた。
美雪さんは両手を口の前に持ってきて、肩をすくめるようにしている。
目をまん丸にしたのは亜麻もだった。
「ぴる‥‥?」
その表情のまま、すすすーぅ、と後退って浴槽の縁に背中をぺたんとつける。
「あの‥‥。あたしのお父さんと、お母さん。」
美波がちょっときまり悪そうに紹介した。
亜麻が俺と美波と新しい2人の顔をかわるがわる眺めて不思議そうな顔をする。
こんなに大勢の大人に囲まれたことは初めてなのだ。
「大丈夫。怖くないよ。」
と俺が言うと、美波が前に出た。
「亜麻、抱っこしたげる。」
美波が両手を差し出すと、亜麻も美波に向かって両手を差し出してちょっと笑顔になった。
美波は亜麻を、ざばっと浴槽から持ち上げて胸に抱く。服が濡れるのは気にしない。いつものことだからだ。
亜麻は美波の首に手を回したが、目だけは初めてみる2人の方に向けている。
まだちょっと警戒しているのだ。
「本当に、いたんですね‥‥。」
帆星さんがちょっと呆れたような喜んでいるような不思議な表情で言う。
「ほんとに‥‥かわいいわ!」
美雪さんが美波そっくりの表情で言った。
そっくりな母子だな。どんだけ強い遺伝子なんだよ?
「みーちゃん。わたしも抱っこして大丈夫?」
「大丈夫だと思うよ。ほら亜麻。あたしのお母さん。おかあさんだよ。」
美波が体を捻って亜麻の顔を美雪さんの方に向ける。
「お‥‥かあさん? みなみ姉ちゃんの‥‥?」
「え? しゃべるの?」
「しゃべるよ、普通に。ほら、亜麻。お母さんに抱っこしてもらいな。」
美雪さんがそっと手を伸ばすと、亜麻は一度美波を見て、それから俺の顔を見た。
俺が笑顔でうなずいてやると、亜麻は初めて笑顔になって美雪さんの方に両手を伸ばした。
美雪さんが美波から亜麻を受け取り、大事そうに胸に抱えると、ものすごく嬉しそうな顔で帆星さんの顔を見た。
こんな表情やしぐさも美波とそっくりだ。
「わたし今、人魚の子抱っこしてるんだよね?」
いや、そのセリフも以前、そっくりそのまま誰かから聞いたような‥‥。
思うんですが。
人面魚って、たとえそれが女性の顔でも(女性の顔だったらなおさらかも)怖いけど・・・。
これがおへそのあたりまで人の姿になると「ステキだ♡」って思えるのは、なぜなんだろう?