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渚にて  作者: Aju
12/29

12 水着

 亜麻はずっと裸んぼだ。


 一度、美波が自分の小さい頃の服を持ってきて、着せてみたことがある。丈の短いワンピースで、ひらひらの付いたスカートのかわいいやつだ。

 亜麻も最初目を輝かせて喜んだが、濡れると体にベタっとくっついてしまった。


「動きにくい。」

 亜麻はすぐに脱いでしまった。


「だから人魚姫は足がほしかったんだね?」

 と、これは今の亜麻なりの理解。


「やっぱ水着がいるね。ビキニの上だけになるけど。」

「みずぎってなあに?」

「アニメの人魚姫がつけてたでしょ? ここにこうやって当ててるやつ。」

 美波が胸のところに手を当てて見せる。

「あ! ヒトデのやつ!」

「ヒトデのはないなあ。たぶん。」と美波が笑った。


「本物のヒトデは刺すから触っちゃだめだよ。」

 俺は海のことなど何も知らない。NETで得た知識を亜麻に教えることくらいしかできない。

 本来なら、海でどう生きるべきか、親が教えるのだろうけれど‥‥。この外見でこの知性ならば「人魚の文化」というものもきっとあるんだろう。


 ‥‥‥が。

 亜麻は卵のうちに渚に流れ着いて、俺に拾われ、俺や美波と暮らす中で()()()を覚えてしまった。

 海に帰したとして、この子は生きてゆけるのだろうか?


 俺は、とりあえずその不安を見ないようにしている。


「あたしが街の方でかわいいやつ買ってきてあげるよ。」

 そう言って、美波はニカっと笑った。

「マスターが買いに行ったらヘンタイだと思われるもんね。」


 俺は苦笑いしながら、美波にお金を渡す。

 このところ売り上げもほどほどあって、現金が手元にあるのだ。


「え? こんなに?」

「交通費と、それから、3〜4種類サイズの違うのを買ってきてくれ。亜麻はすぐに大きくなると思うから。余ったらバイト代ね。」


「そっか。今の成長ペースだと、胸大っきくなるのもすぐだもんね。飾りじゃなく要るね。」

 美波は真顔で亜麻を眺めた。


 次のバイトの日、やっぱり30分以上早く来た美波は大きな紙袋を持っていた。


「ありがとう。いいのあった?」

「うん。かわいいやつ、4着も買った!」

 美波は紙袋を上げて見せる。

「亜麻はお風呂場? マスターも来る?」

「もちろん。」


「亜麻ぁ。買ってきたぞぉ! かわいいやつ。亜麻が大っきくなってもいいように、いろんな大きさの。」

 そう言って浴槽のふちに並べて見せる。

 亜麻は目を輝かせた。

「ぴいい。ぴるるる!」

 亜麻は感激したりすると、時々この声を出す。


「今の亜麻にはこのサイズだね。」

 美波がいちばん小さいのを指さすと、亜麻はそれを手に取った。

「つけてみていい?」

「うん。いいけどね。へへえ、もう1つ。」

 美波は紙袋の中に手を入れてガサガサやっていたが‥‥‥

「じゃじゃーん!」


「ヒトデのだあ! ぴいるるる!」


 それは手作りのらしい、ヒトデの形の水着だった。イラストで見るようなやつだ。

「へっへえ〜。美波姉ちゃん特製! すごいだろ!」

「ぴいい! すごーい、みなみ姉ちゃん!」

 美波のドヤ顔がハンパない。


 美波がそれを亜麻に着けてやると、ぱしゃんぱしゃんと亜麻は浴槽の中を跳ね回った。

「ぴいい! ぴるるるる! ぴいいいい!」


 たしかに、これはかわいい。

「ありがとう、美波ちゃん。これは最高のプレゼントだよ。」

「サービス。」

 と美波がまたニカっと笑う。


「写真撮っていい? マスター。」

「NETには絶対上げるなよ?」

「するか、そんなこと。」


 ちょっとおすましした亜麻をパシャパシャと何枚か撮影した後、美波は俺にスマホを差し出した。

「一緒に撮ってくれる? マスター。」


 美波が亜麻をひょいと抱っこして浴槽のふちに腰掛ける。

 亜麻が美波の真似をしてピースサインをして見せた。

 パシャ。


「水着の下は全部無駄だな。」

 おれは紙袋を覗いて言う。メーカーは人魚を想定はしていないもんな。

「あたしがもらっても、上がないもんね。」

 そう言って美波も笑った。

「なんならマスターがはく?」

「アホぬかせ。」



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― 新着の感想 ―
ほっこりです……(´ω`*) 美波ちゃん、すごくいい子ですね。 亜麻ちゃんが懐くのもよくわかります。 水着、確かに下だけあってもあまり使い道ないですね。 マスターだけだと亜麻ちゃんとの未来が心配だった…
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