12 水着
亜麻はずっと裸んぼだ。
一度、美波が自分の小さい頃の服を持ってきて、着せてみたことがある。丈の短いワンピースで、ひらひらの付いたスカートのかわいいやつだ。
亜麻も最初目を輝かせて喜んだが、濡れると体にベタっとくっついてしまった。
「動きにくい。」
亜麻はすぐに脱いでしまった。
「だから人魚姫は足がほしかったんだね?」
と、これは今の亜麻なりの理解。
「やっぱ水着がいるね。ビキニの上だけになるけど。」
「みずぎってなあに?」
「アニメの人魚姫がつけてたでしょ? ここにこうやって当ててるやつ。」
美波が胸のところに手を当てて見せる。
「あ! ヒトデのやつ!」
「ヒトデのはないなあ。たぶん。」と美波が笑った。
「本物のヒトデは刺すから触っちゃだめだよ。」
俺は海のことなど何も知らない。NETで得た知識を亜麻に教えることくらいしかできない。
本来なら、海でどう生きるべきか、親が教えるのだろうけれど‥‥。この外見でこの知性ならば「人魚の文化」というものもきっとあるんだろう。
‥‥‥が。
亜麻は卵のうちに渚に流れ着いて、俺に拾われ、俺や美波と暮らす中で日本語を覚えてしまった。
海に帰したとして、この子は生きてゆけるのだろうか?
俺は、とりあえずその不安を見ないようにしている。
「あたしが街の方でかわいいやつ買ってきてあげるよ。」
そう言って、美波はニカっと笑った。
「マスターが買いに行ったらヘンタイだと思われるもんね。」
俺は苦笑いしながら、美波にお金を渡す。
このところ売り上げもほどほどあって、現金が手元にあるのだ。
「え? こんなに?」
「交通費と、それから、3〜4種類サイズの違うのを買ってきてくれ。亜麻はすぐに大きくなると思うから。余ったらバイト代ね。」
「そっか。今の成長ペースだと、胸大っきくなるのもすぐだもんね。飾りじゃなく要るね。」
美波は真顔で亜麻を眺めた。
次のバイトの日、やっぱり30分以上早く来た美波は大きな紙袋を持っていた。
「ありがとう。いいのあった?」
「うん。かわいいやつ、4着も買った!」
美波は紙袋を上げて見せる。
「亜麻はお風呂場? マスターも来る?」
「もちろん。」
「亜麻ぁ。買ってきたぞぉ! かわいいやつ。亜麻が大っきくなってもいいように、いろんな大きさの。」
そう言って浴槽のふちに並べて見せる。
亜麻は目を輝かせた。
「ぴいい。ぴるるる!」
亜麻は感激したりすると、時々この声を出す。
「今の亜麻にはこのサイズだね。」
美波がいちばん小さいのを指さすと、亜麻はそれを手に取った。
「つけてみていい?」
「うん。いいけどね。へへえ、もう1つ。」
美波は紙袋の中に手を入れてガサガサやっていたが‥‥‥
「じゃじゃーん!」
「ヒトデのだあ! ぴいるるる!」
それは手作りのらしい、ヒトデの形の水着だった。イラストで見るようなやつだ。
「へっへえ〜。美波姉ちゃん特製! すごいだろ!」
「ぴいい! すごーい、みなみ姉ちゃん!」
美波のドヤ顔がハンパない。
美波がそれを亜麻に着けてやると、ぱしゃんぱしゃんと亜麻は浴槽の中を跳ね回った。
「ぴいい! ぴるるるる! ぴいいいい!」
たしかに、これはかわいい。
「ありがとう、美波ちゃん。これは最高のプレゼントだよ。」
「サービス。」
と美波がまたニカっと笑う。
「写真撮っていい? マスター。」
「NETには絶対上げるなよ?」
「するか、そんなこと。」
ちょっとおすましした亜麻をパシャパシャと何枚か撮影した後、美波は俺にスマホを差し出した。
「一緒に撮ってくれる? マスター。」
美波が亜麻をひょいと抱っこして浴槽のふちに腰掛ける。
亜麻が美波の真似をしてピースサインをして見せた。
パシャ。
「水着の下は全部無駄だな。」
おれは紙袋を覗いて言う。メーカーは人魚を想定はしていないもんな。
「あたしがもらっても、上がないもんね。」
そう言って美波も笑った。
「なんならマスターがはく?」
「アホぬかせ。」




