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06.押しかけ妻

「……よし、帰ってきたぞ。ざまあみろ……!」


 王都から馬を走らせて数日。ようやく領地にたどり着いたマテウスは、屋敷の前で拳を握りしめて呟いた。


「これでもう、あの女に会わなくて済む!」


 そう叫ぶマテウスを出迎えたのは、執事であるダンだった。

 金茶色の髪を短く刈り込んだ、がっしりとした体格の三十代後半の男性である。

 彼は、元はマテウスの母エレノアの実家に仕えていたらしい。マテウスが幼い頃から身の回りの世話をしてくれていて、家族同然の存在なのだ。


「マテウスさま、お帰りなさいませ。随分とご機嫌ですね」


「ああ、王都で変な女に付きまとわれてな……。やっと逃れられたんだ。ああ、清々した」


 マテウスは晴れやかな顔で笑う。

 そんなマテウスをダンはじっと見つめるが、すぐに微笑んだ。


「さようでございましたか。それは大変でしたね」


「まったくだ。やはりスカイラーの神官や聖女なんて、どいつもこいつも頭がおかしいんだな」


 マテウスは吐き捨てるように言う。


「この地でも落ちこぼれの神官どもが、のさばっておりますからなあ。ですが、聖女さままで頭がおかしいのですか?」


「ああ、そうだ。あいつは本当におかしいんだ。頭がイカれてやがる。俺に求婚してきやがったんだぞ」


 マテウスは苛立たしげに言う。

 すると、ダンが真面目な顔のまま頷いた。


「ほう……求婚ですか」


「そうだ。夢でずっと会っていたとか言ってな。実際は初めて会ったのにだぞ? 本当に頭がイカれてるだろ」


「それはそれは……随分と情熱的な女性ですな。ですが、マテウスさまも二十一歳。そろそろご結婚を考えてもよろしい年頃ですね」


 ダンがそう言うと、マテウスは驚いたように目を見開く。


「……俺が結婚なんてできるわけないだろ」


「どうしてですか?」


 ダンは不思議そうに首を傾げる。

 その問いかけに対し、マテウスは自嘲気味に笑った。


「俺は呪われているんだ。そんな呪われた男と結婚する女なんていないだろ。いたとしても、不幸になるだけだ」


「……その呪いは、先王が作り上げた出まかせです。側妃として召し上げたエレノアさまに無理をさせたのは自分のくせに、マテウスさまに責任をなすりつけて……本当に、ろくでもない男でしたな」


 ダンは吐き捨てるように言う。


「だが、俺が母の命を奪って生まれてきたのは事実だ。父は可愛がっていた側妃を、俺に殺されたんだ。俺を恨んで当然だろう」


「ですが、エレノアさまは最後までマテウスさまを気にかけておいででした。それなのに、先王はマテウスさまを幽閉して……さらには悪逆公の生まれ変わりという汚名を着せた」


 怒りを滲ませるダンに、マテウスは苦笑いした。


「幽閉されていた塔を魔力暴走で壊したからな。しかも四歳のガキが。そりゃあ、悪逆公の生まれ変わりだと思われるだろう。この身に宿る馬鹿げた魔力は、呪いだよ」


 当時国王だった父に疎まれたマテウスは、王宮の片隅にある塔に半ば幽閉されるように暮らしていた。

 ところが、四歳になったある日、塔の最上階に続く階段の途中に隠し扉があることに気がついたのだ。

 魔法で封印されていたが、年月を経ていたためか、マテウスの魔力で封印は解け、その扉を開くことができた。


 扉の向こうには小部屋があり、大きな赤い石が浮かんでいた。その中から、助けを求める声が聞こえたような気がする。

 もはや記憶も曖昧だが、気づいたときには塔が崩れ、全ては跡形もなく消えていた。

 そして、マテウスは王都を追放され、辺境のこの領地に封じられたのだ。


「マテウスさまのせいではありません。先王が愚かだったのです」


 きっぱりと言い切るダンに、マテウスは苦笑する。


「まあ、そんな父ももう亡くなった。腹違いの兄である現国王陛下は、追放令を解いて俺を王都に戻してくれたからな。だが、結局はこの辺境の地が俺には合っている。俺は一生、この領地で暮らすんだ」


「ええ、そうですね。追放令が解かれた際、王都の神殿でもひどい目にあったとおっしゃっていましたものね」


「あのくそ神官どもか……いや、待てよ。そういえばあのとき、神殿が騒ぎになった隙に逃げ出したんだったな。そうだ、確か聖女が誕生したとかで……」


 ぼんやりと記憶が蘇ってきた。

 神官たちに捕まって、わけのわからない儀式を受けさせられそうになったところで、突然神殿が大騒ぎになったのだ。

 銀髪の少女が聖女だと騒がれていたような気もするが、混乱に乗じて逃げ出したため、それどころではなかった。

 もしかしたら、その少女が──。


「ああ、その聖女さまがシルヴィアさまでしょう」


 その疑問に答えるように、ダンが口を開いた。

 ぎょっとして、マテウスは目を見開く。


「……なぜお前がその名を知っている?」


 眉間に皺を寄せながら、マテウスはダンを見つめる。

 すると、ダンはにっこり微笑んだ。


「それは当然ですよ。天空神スカイラーに愛された聖女として、シルヴィアさまは有名ですからね」


「……そうだったのか。数十年ぶりに聖女が現れたという噂は聞いたが、どうでもよかったから、すっかり忘れていたな」


 確かに、スカイラー教唯一の聖女ともなれば、辺境までその名が届いていても不思議ではないだろう。

 マテウスはシルヴィアの姿を思い浮かべる。

 銀色の髪に空色の瞳という、天空の申し子のような姿は、まさにスカイラー神に愛された聖女そのものだった。

 黒髪に赤い瞳という、呪われた姿を持つ自分とは違う。

 マテウスはふっと自嘲じみた笑みを浮かべた。


「本当に、なんで俺なんかを……」


 ぽつりと呟く。

 二人の王子たちを無視して、まっすぐにマテウスのもとにやって来て薔薇を捧げてきたシルヴィア。

 何か企みがあるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 だが、だからこそ信じがたく、マテウスは困惑していた。


「いや、どうせあの女も、この地の神官どもと同じだ。憐れみ、施しを与えたつもりになって、愉悦に浸っているだけ……上から見下ろすのが好きな奴らだからな」


 そう吐き捨て、マテウスは屋敷の中に入っていく。

 ダンは黙って後ろをついてきた。


「でも……」


 歩きながら、マテウスは王都の屋敷でのことを思い出す。

 貴族や神官たちが見下して嘲笑う、地に埋もれる食物を彼女は笑顔で受け入れていた。

 高いところから見下ろすのではなく、同じ場所に立って、マテウスの幸せを願う。

 その微笑みが、マテウスの心に焼き付いて離れなかった。

 だから結局、あの薔薇も──。

 そんなことを考える自分自身に、マテウスは舌打ちする。


「どうかしましたか?」


 ダンが不思議そうに尋ねる。

 マテウスは苛立たしげに答えた。


「……何でもない」


「さようでございましたか。シルヴィアさまのことが、気になるのかと思いまして」


「は? そんなわけないだろ!」


 マテウスはダンを睨みつける。

 だが、彼は怯むことなく微笑を浮かべるだけだった。


「……何がおかしい?」


「いいえ。何も。ああ、そうでした。まずはこちらにいらしてくださいませ」


 そう言って、ダンはマテウスをある部屋まで連れて行く。滅多に使われることのない、客室だ。

 マテウスは嫌な予感が這い上がってくるのを感じた。


「いいですか、マテウスさま。深呼吸をして、心を落ち着けてくださいませ」


「な、なんだよ。いきなり……」


 困惑するマテウスに構わず、ダンは部屋の扉を開く。


「なっ……!」


 そこには、たおやかな花のように佇む、シルヴィアの姿があった。椅子に座って、優雅にお茶を飲んでいたようだ。

 呆然とするマテウスに、彼女は椅子から立ち上がってにっこり笑う。


「お帰りなさいませ、マテウスさま! ずっとお待ちしておりましたわ!」


 そう叫んで頭を下げる彼女に、マテウスは頭を抱えた。


「なんだこれは……本当になんなんだ……!」


 そんな二人を微笑ましげに見つめながら、ダンは口を開く。


「こちらは、シルヴィアさまです」


「いや、それはわかってる! なんでここにこいつがいる!?」


 マテウスが叫ぶと、シルヴィアはにっこりと微笑んだ。


「もちろん、マテウスさまの妻となるべく参ったのですわ!」


「だからなんで!? 俺、とっとと王都を出てきたよな!? なんで俺より先にここにいるんだよ!?」


「あら、それはもちろん愛の力ですわ!」


 シルヴィアは自信満々に答える。

 マテウスはひくっと頰をひきつらせた。

 愕然とするマテウスに、ダンが冷静に言う。


「なんでも、シルヴィアさまは王宮にてマテウスさまとの婚約の許可を得て、単身で駆けて追いかけてきたそうです」


「はぁ!? なんなんだよ! もう本当に意味がわからねえ!」


 マテウスの絶叫が屋敷中に響き渡るのだった。

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