04.勘違い野郎ども
その翌日。
シルヴィアは国王に呼び出されていた。
「聖女シルヴィアよ。此度の件は、そなたに気を使わせてしまったな。聖女であるそなたが伯爵令嬢でもあるのをいいことに、デビュタントを利用しようとしたこと、申し訳なく思う」
「いいえ、国王陛下。何も問題はございませんわ。わたくしは、わたくしの為したいようにしただけですもの。むしろ、あのような場を設けていただけたことに感謝いたしますわ」
シルヴィアがにっこり笑って答えると、国王は感動したようにシルヴィアを見つめた。
「なんと……その清らかな心、まさに聖女の鑑よ!」
「おそれいります。陛下」
シルヴィアはにっこり微笑む。
「そなたがデビュタントにマテウスの出席を望んだときは、何事かと思ったぞ。だが、このような深慮遠謀があろうとはな」
国王は感心したように頷く。
愛しい相手の名が出たことで、シルヴィアはにこにこと微笑んだ。
「そなたの身をもっての諫言で、私も急ぎすぎていることに気がついた。側妃たちから突き上げられ、早く跡継ぎを決めねばと焦っていたようだ。だが、王子たちはそなたに選ばれるには未熟過ぎたな」
ため息交じりに語る国王を、シルヴィアは微笑んだまま見つめる。
何のことを言っているのかわからなかったが、語りたいように語らせておけばいい。
そう判断して、シルヴィアは黙っていた。
「もう、急かそうとはしない。そなたの名誉も守ろう。マテウスへの求婚は、愚かな我らを諫めるためだった、とな。だから安心して、王子たちの成長を待ってほしい」
「どういうことでしょうか?」
シルヴィアは首を傾げる。
「マテウスへの求婚は、王子たちの王位争いを諫めるためだった、そう発表しよう。だから、そなたがマテウスに求婚したなどという醜聞を気にすることはない」
「何をおっしゃっているか、理解できませんわ。わたくしは、マテウスさまをお慕いしているのです」
シルヴィアはにっこり微笑んだまま言う。
国王は困ったように眉根を寄せた。
「だから、そのような演技はもう必要ないのだ。マテウスは、もう己の領地に帰っていった。哀れな生い立ち故に気にかけてやっているのだが……やはり王都は合わないようだ。辺境の地こそ、彼にふさわしい。そなたが気にすることなどないのだ」
国王は憐れみを込めた目でシルヴィアを見つめる。
しかし、それよりもシルヴィアはマテウスが領地に帰っていったことに衝撃を受けていた。
すぐに帰ってしまうだろうと予想はしていたが、早すぎる。
こうなれば、すぐに追いかけていかねばならない。
そのためにも、目の前の国王には、シルヴィアが本気でマテウスに求婚したのだと納得してもらう必要がある。
「ですから、何度も申し上げているではありませんか。わたくしはマテウスさまをお慕いしているのです」
シルヴィアがそう繰り返すと、国王は大げさに首を振った。
「そなたの聖女としての献身は、よくわかった。王子たちも、きっとそなたに恥じぬよう精進するだろう」
「いいえ、わたくしは本当に……」
シルヴィアは言いかけたが、国王は椅子から立ち上がり、話は終わりだというように手を振る。
「さあ、この話はこれで終わりだ。下がって良いぞ」
そう言われてしまえば、シルヴィアにどうすることもできない。
「はい……失礼いたしますわ」
そう言って一礼し、シルヴィアは国王の執務室を後にしたのだった。
「陛下は何を勘違いしていらっしゃるのかしら……。わたくしは本当に、マテウスさまをお慕いしているのに……」
シルヴィアは王宮の廊下を歩きながら、小さく呟く。
国王が勝手に解釈したことに、怒りを通り越して呆れていた。
「どうしたらわかっていただけるのかしら……。できることなら話し合いで理解していただきたいけれど、マテウスさまが領地に帰ってしまわれたのなら、悠長なことは言っていられませんわね。やはり、実力行使しか……」
シルヴィアがぶつぶつと呟いていると、突然背後から声をかけられた。
「聖女シルヴィアさま」
振り返ると、そこには一人の青年が佇んでいた。
灰色がかった金髪の彼は、デビュタントでシルヴィアの薔薇を望んで跪いた青年である。
デビュタントのときは障害物としか認識していなかったが、第二王子のナイジェルだ。
「あら、第二王子殿下。ごきげんよう」
シルヴィアは微笑んで、ドレスの裾をつまみ、軽く膝を折る。
すると、第二王子も小さく礼をして口を開いた。
「先日は失礼いたしました。私たちの諍いに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ、お気になさらないでください」
シルヴィアはにっこり微笑んで答える。
マテウスへの求婚の道を少し邪魔された程度だ。求婚は無事にできたのだし、目くじらを立てるほどのことではない。
「ありがとうございます。やはりあなたは、聖女の名にふさわしい清らかな心の持ち主だ。あなたの心を得られてもいないのに、薔薇を望んでしまうのは間違いでした」
ナイジェルはそう言って、シルヴィアの前に跪く。
そして、彼女の手を取ると、その甲にそっと口づけた。
「聖女シルヴィアさま。どうか私にあなたの時間をくださいませんか。あなたのお心を私に傾けていただくよう、努力いたします。本日の夜……」
「おい、何を抜け駆けしている!」
ナイジェルが誘い文句を口にしようとした矢先、別の声がそれを遮った。
第二王子の後ろから走って来たのは、第一王子のディルクだ。
デビュタントでは最初にわけのわからないことを言って、シルヴィアの行く手を阻もうとした人物である。
「兄上」
ナイジェルは眉根を寄せ、シルヴィアの手を離すと一歩下がる。
ディルクはずかずかとナイジェルの前にやって来ると、じろりとナイジェルを睨みつけた。
「抜け駆けとは人聞きが悪いですね。私はただ、聖女さまにご迷惑をおかけしてしまったことの謝罪をしようとしていただけですよ」
「はっ、どうだかな。大方、世間知らずの聖女など、閨に引き込んでしまえば簡単に落とせるとでも思っているのだろう。浅はかな」
ディルクが鼻で笑うと、ナイジェルの眉がぴくりと動いた。
「それは兄上でしょう。今まで、どれほどのご令嬢に手を出してきたんですか。あまりに節操がなさすぎて、呆れてしまいますよ」
「なんだと!?」
シルヴィアをそっちのけにして、二人は口論を始めた。
そのくだらない様子にため息をつき、シルヴィアは二人を残して歩き出す。
「あっ、聖女さま!」
ナイジェルがシルヴィアを呼び止める。
シルヴィアは振り返って微笑んだ。
「わたくし、お二方の争いには興味がありませんの。ですから、どうかお二人でごゆっくりお話しくださいませ」
そう告げて、再び歩き出す。
「いや、お待ちください! 聖女シルヴィアさま!」
だが、ナイジェルは諦めない。シルヴィアの腕を掴んで引き留めた。
すると、その様子を見ていたディルクが眉をひそめる。
「おい、お前。こいつは僕の女になるんだ。気安く触るな」
そう言ってディルクはずんずんと近づいてきて、ナイジェルの手をシルヴィアから引き剥がす。そしてそのまま彼女の腰を抱いて引き寄せた。
その瞬間、シルヴィアの機嫌は急降下した。
「……離してくださいませんか」
シルヴィアが冷たくそう告げると、ディルクは鼻で笑う。
「ふん、生意気だな。だが、ナイジェルなんかより僕のほうがお前を満足させてやれるぞ」
ディルクはそう言いながら、シルヴィアの腰を抱く手に力を込める。
「いい加減にしてくれませんか? 聖女さまは私とお話しするんです。兄上は引っ込んでてください」
ナイジェルがシルヴィアの腕を引き寄せると、ディルクは負けじと力を込める。
「お前が失せろ! 聖女は僕のものになるんだ!」
「いいえ、私のものになりますよ。ねえ?」
二人はシルヴィアに縋り付くようにして、口々に言い募る。
そんな二人の様子に、シルヴィアの苛立ちが頂点に達しようとしていた。
いっそ、自分を掴む二人の腕を引きちぎってやろうかいう考えも浮かんでくる。
「お兄さまがた、いい加減になさいませ! 聖女さまに何をしていらっしゃいますの!」
そのとき、可愛らしい声が廊下に響いた。