25.夜這い
「……え?」
突然の宣告に、シルヴィアは頭が真っ白になる。
何を言っているのか理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。
そんなシルヴィアに追い打ちをかけるように、マテウスはさらに続けた。
「これを見ろ。国王陛下からの手紙だ」
そう言って差し出された手紙を受け取り、シルヴィアは震える手で中身を確認する。
そこには確かに国王の印が押されており、マテウスとシルヴィアの婚約解消を命じる旨が書かれていた。
「そんな……どうして……」
シルヴィアは信じられない思いで呟いた。
すると、マテウスは静かに答える。
「……もともと、解消することが前提だったんだよ。唯一の聖女であるあんたを、こんな辺境の呪われ大公に嫁がせるわけにはいかないってな」
「そんな……わたくしは納得できません!」
シルヴィアは声を荒げて反発する。
しかし、マテウスは静かに首を横に振っただけだった。
「諦めてくれ。もう決まったことなんだ」
マテウスの言葉に、シルヴィアは何も言えずに黙り込んでしまう。
そんなシルヴィアの様子を見て、マテウスは小さくため息をついた後、悲しげに微笑んだ。
「今まで楽しかったぜ。短い間だったが、婚約者として傍にいてくれてありがとな」
その言葉に、シルヴィアは何も言えず、ただ黙って俯くことしかできなかった。
「近いうちに、王都からあんたを迎えに来るはずだ。身支度だけは済ませておいてくれ」
それだけ言うと、マテウスは執務室を出て行こうとする。
「待ってください!」
シルヴィアは慌ててマテウスを呼び止めた。そして彼に向かって問いかける。
「マテウスさまは……わたくしとの婚約解消を望んでいらっしゃるのですか?」
シルヴィアの問いかけに、マテウスは足を止めて振り返った。そして真剣な眼差しで答える。
「……ああ、そうだ」
その答えを聞いた瞬間、シルヴィアは目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。足元が崩れていくような錯覚に陥るほどである。
「どうして……ですか?」
震える声でシルヴィアが尋ねると、マテウスは悲しげに微笑んだ。
「あんたを傷つけたくないんだ」
その一言で、シルヴィアは全てを理解してしまった。
マテウスは自分のせいでシルヴィアが傷つくことを危惧しているのだと。そして、そのために婚約を解消しようとしているのだと。
「そんな……」
シルヴィアは呆然として呟いた。そしてゆっくりとマテウスに近づいていく。
「わたくしは……あなたになら傷つけられたってかまいませんわ」
そう言ってシルヴィアはマテウスの胸に飛び込んだ。
しかし、マテウスはシルヴィアを引き離そうとする。
「やめてくれ……頼むから……」
マテウスの声は震えていた。
彼のそんな声を聞くのは初めてで、シルヴィアは驚いてしまう。
思わずマテウスを見上げると、彼はつらそうに顔を歪めていた。
その表情を見て、シルヴィアは胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
こんなにも苦しそうな表情をマテウスにさせる自分が憎く思えて仕方がない。
「……俺は、最初からあんたのことなんて、好きでも何でもなかったんだよ。ただ、あんたの聖女としての力を利用していただけだ。だから、こんなクズ野郎のことなんて早く忘れちまいな」
苦渋に満ちた表情でそう言って、マテウスはシルヴィアの肩を押して引き離した。
そして執務室から出て行ってしまう。
シルヴィアはその場に崩れ落ち、彼の後ろ姿をただ呆然と見送ることしかできなかった。
マテウスが去った後、シルヴィアはしばらくその場から動くことができず、座り込んでいた。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかないと思い直し、涙を拭って立ち上がる。
「マテウスさま……」
シルヴィアは愛しい人の名を小さく呟いた。
マテウスが本心からあんなことを言っているわけではないことは、シルヴィアにもわかっている。
きっと、彼は自分のせいでシルヴィアを危険な目に遭わせたくないと思っているのだろう。
そのために、あんな下手な嘘までついてシルヴィアを突き放そうとしたのだ。
そんな彼の優しさは嬉しく思う反面、悲しくもあった。もっと自分の気持ちをぶつけてくれてもいいのにと思ってしまうのだ。
「わたくしは……諦めませんわ」
シルヴィアは自分に言い聞かせるように呟いた。
そして、何が問題なのかを改めて考える。
国王からの命令だというのは、とりあえず置いておくことにした。
たとえ命令が取り消されたとしても、マテウスがシルヴィアを遠ざけようとするのは変わらないだろう。
やはり、シルヴィアがマテウスの魔力に負けないようにするしかない。
「でも……確かにマテウスさまの魔力は強いけれど……わたくしが負けるなんておかしいですわ」
シルヴィアは首を捻る。
いくらマテウスが優れた魔力を持っていると言っても、聖女である自分が負けるはずがない。
それなのに、どうして自分は倒れてしまったのだろう。
「もしかしたら、力の使いすぎ……? 祝福の力を何度も使ったから……」
シルヴィアはぶつぶつと呟きながら考え込む。
しかし、どれだけ考えても納得のいく答えは見つからなかった。
「……とにかく、このことをマテウスさまにお話しして、説得してみましょう」
シルヴィアはそう決意すると、早速マテウスを探しに行くことにした。
しかし、それからどれだけ探しても、マテウスの姿を見つけることができなかった。どうやら外出しているらしい。
暗くなっていく空を見上げながら、シルヴィアはため息をつく。
「こうなったら……夜這いしかありませんわね」
決意を固め、シルヴィアは一人頷いた。





