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18.馬は卵から生まれない

「呪石を壊すなんて、できるのでしょうか? 記録では、力を使いすぎれば呪石は壊れてしまうとありましたが……」


 ロイドが不安げに呟くと、マテウスは肩をすくめる。


「さあな……だが、まさかこいつの力を使いまくるわけにもいかねえし……とりあえず、やってみるか」


 マテウスが呪石を握りしめ、力を込める。すると、小さな稲妻が走り、呪石を包み込んだ。

 しかしそれも束の間で、すぐに消えてしまう。


「なるほどな……大体わかったぜ」


 マテウスは不敵な笑みを浮かべると、再び呪石に力を込め始める。今度は先ほどよりも強く力を込めているようだ。

 そして次の瞬間、呪石が激しく発光し始め、やがて粉々に砕け散った。

 それと同時に、石の中から喜びや悲しみ、怒りなどの様々な感情が一気に溢れ出してくる。


 シルヴィアはその感情の波に飲み込まれそうになるが、マテウスが肩を抱いて支えてくれたおかげで意識を保つことができた。

 しばらくすると感情の波はおさまり、静寂が訪れる。シルヴィアは大きく息を吐いて呼吸を整えた。

 そんなシルヴィアの様子を見て、マテウスが心配そうに声をかける。


「……大丈夫か?」


「はい……なんとか……」


 そう答えるものの、やはりまだ少し頭がぼんやりする。


「あの……何があったのですか?」


 従者の一人がおそるおそる尋ねてくる。

 見れば、シルヴィア以外、全員が不思議そうな表情を浮かべていた。


「石の感情が流れ込んできたのですけれど……皆さまは感じられませんでしたか?」


 シルヴィアが逆に尋ねると、従者たちは顔を見合わせる。そして首を左右に振った。

 どうやら彼らには何も感じなかったようだ。マテウスとロイドも同様に首を横に振る。


「じゃあ、わたくしにだけ……?」


 シルヴィアは首を傾げる。


「シルヴィアさまは聖女ですから、そういった力が強いのかもしれませんね」


 ロイドがそう言うと、他の者たちも納得したように頷いた。


「ああ……なるほどな。ん?」


 マテウスが何かに気づいたように声を上げる。

 すると、扉がゆっくりと開いていく音が響いた。


「扉が開いた……?」


 マテウスが呟くと、扉は重く軋みを上げながら開いていく。そして完全に開ききったところで、中から眩い光が漏れだした。


「まあ……」


 その光に誘われるように、シルヴィアは扉に向かって歩き出す。


「おい、待て!」


 マテウスの制止の声を振り切って、シルヴィアは扉の中へと足を踏み入れた。

 そこは広い空間になっており、壁一面に様々な動物らしき壁画が描かれている。

 そして中央には台座が置かれており、その上に卵のようなものが載っていた。

 シルヴィアはその卵をじっと見つめる。すると、その表面に亀裂が入っていく。


「おい、大丈夫か!?」


 そこにマテウスが駆けつけてきた。


「はい、大丈夫ですわ」


 シルヴィアが答えると、マテウスは安堵の表情を浮かべる。

 そしてシルヴィアの横に並び立つと、同じように卵を見つめた。


「これは一体なんなんだ……?」


 マテウスが呟くと、卵の表面にピシリと音を立てて亀裂が入る。

 次の瞬間、卵は粉々に砕け散った。そしてその中から、白い子馬のような生き物が現れる。シルヴィアの腕にすっぽり収まりそうな大きさだ。


「まあ……!」


 シルヴィアは感嘆の声を漏らした。

 その生き物の毛並みは純白で、瞳は深い青色をしていた。

 子馬はシルヴィアの姿を認めると、甘えるような仕草で頭を擦り寄せてくる。


「よしよし……良い子ですわね」


 シルヴィアは優しく頭を撫でてやった。

 すると、子馬は気持ち良さそうに目を細める。

 そんなシルヴィアの様子を見て、マテウスは眉根を寄せた。


「おい……これ、魔物じゃねえの?」


「まあ、どこから見ても可愛らしいお馬さんですわ」


 シルヴィアは子馬を抱き上げると、頰ずりをした。

 すると子馬がくすぐったそうに身をよじる。


「いや、馬は卵から生まれねえよ」


 マテウスは呆れたように言った。


「そうですか? でも、この子はこうしてここにいるのですもの。ふふ……わたくしのことを親だと思っているのかしら」


 シルヴィアが嬉しそうに微笑むと、子馬も同意するように嘶く。


「まあ……可愛いですわね。他に仲間はいないみたいですし……放っておくわけにもいきませんわ。ねえ、マテウスさま」


 シルヴィアが同意を求めると、マテウスはため息をつく。


「おい、勝手に話を進めるな。そいつは魔物かもしれねえんだぞ?」


「いいえ、お馬さんですわ」


 シルヴィアは譲らずに言うと、子馬を抱き上げた。そしてマテウスに差し出す。


「ほら……とても良い子でしょう?」


「いや、だから……馬は卵から生まれねえって……」


 マテウスは困惑した表情を浮かべながら、シルヴィアが差し出す子馬を見つめる。

 だが、子馬は愛くるしい瞳で見つめ返すだけだ。

 その無垢な視線に耐えられなくなったのか、マテウスは諦めたように子馬を受け取る。

 そして改めて子馬を観察した。


「確かに……こいつは魔物じゃねえような気はするけど……」


 ぶつぶつ呟きながら、マテウスは子馬をシルヴィアに返す。

 シルヴィアは子馬を抱きしめながら微笑んだ。


「だから言いましたでしょう? この子はお馬さんですわ」


 シルヴィアが自信満々に言うと、マテウスは頭を搔いた。そして深いため息をつく。


「いや、もういいわ……」


 そんなやり取りをしていると、ロイドと従者たちが部屋に入ってきた。そして、驚いた表情を浮かべる。


「こ、これは……!」


 従者たちは子馬を抱くシルヴィアを取り囲むように立ち、困惑の表情を浮かべて見つめ合った。

 そんな彼らを見て、シルヴィアは首を傾げる。


「あら、皆さんどうなさったのですか?」


「どうしたって……いや、その……」


 従者の一人が言い淀むと、ロイドが代わりに答える。


「ええと……あの神官が探していたのが、それだとすると……恐ろしい魔物ではないのですか? それでしたら、今のうちに処分するべきかと……」


 その言葉に、他の従者たちも同意するように頷いた。

 しかし、シルヴィアは首を横に振る。


「いいえ、この子はとても良い子ですわ。魔物なんかじゃありません」


 シルヴィアは子馬を抱きしめたまま、きっぱりと言い放った。

 従者たちは困惑し、互いに顔を見合わせる。ロイドも眉根を寄せて考え込む。

 マテウスはそんな彼らの様子を黙って眺めていたが、やがて口を開いた。


「仕方ねえな……俺が預かろう。こいつに悪意はなさそうだし、シルヴィアが気に入ったっていうなら悪い奴じゃないんだろう。だったら、俺が責任を持って監視する」


「マテウスさま……!」


 シルヴィアはマテウスの提案に目を輝かせた。

 従者たちもほっと胸を撫で下ろしたようだ。


「まあ、マテウスさまでしたら魔物相手でも問題ないでしょうし……聖女であるシルヴィアさまがそうおっしゃるのでしたら……。私も文献を調べてみます」


 ロイドは納得したように頷いた。

 すると、マテウスが全員に向かって声を上げる。


「よし、決まりだな」


「はい、ありがとうございます!」


 シルヴィアは満面の笑みで答える。


「一緒に行きましょうね、可愛いお馬さん」


 シルヴィアは子馬を抱く手に力を入れる。

 子馬は嬉しそうに喉を鳴らした。

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