16.操られていた従者
ダンの言葉に、マテウスは顔をしかめた。
「ちっ……面倒なことになったな」
「とりあえず、従者たちから事情聴取と、捜索を手配しておりますが……」
ダンが報告すると、マテウスは大きくため息をついた。
「わかった。俺もすぐに向かう」
「私も参りますわ」
シルヴィアが申し出ると、マテウスは頷いた。
「ああ、頼む。ロイド、お前はどうする?」
「私も行きましょう。何か協力できるかもしれません」
ロイドも同行を申し出ると、マテウスは頷いた。三人で部屋をあとにする。
そして三人が従者たちのいる牢へ着くと、彼らはぐったりとした様子で座り込んでいた。
「これはひどい。あちこちに怪我をしていますね……」
「あ、それ俺が殴ったからだな。多分、神官とは関係ねえ」
ロイドが眉をひそめると、マテウスがさらっと言い放った。
その言葉にロイドは一瞬ぎょっとしたようだったが、すぐに平静を取り戻す。
「そういえば、マテウスさまに喧嘩を売ってきたとおっしゃってましたね……。まあ、それはともかくとして、大丈夫ですか?」
ロイドが声をかけるが、従者たちは虚ろな目で虚空を見つめているだけだった。
「これは……精神操作の呪法の影響を受けているようですね」
「ああ、もしかしたら俺に向かってきたとき、すでに精神を支配されていたのかもしれねえな」
マテウスとロイドが話している間、シルヴィアはじっと従者たちを見つめていた。
そして、彼らの首に、黒い痣のようなものがあることに気がつく。
「これは……」
シルヴィアが呟くと、マテウスとロイドが彼女の視線を追う。
「ん? なんだこれ?」
「これは……呪印ですね」
マテウスの呟きに、ロイドが答える。
「呪印?」
マテウスが首を傾げると、ロイドは頷いた。
「ええ、精神支配の呪法を使う際に、対象者に刻むものです」
「なるほどな……つまりこいつらは神官の精神支配を受けてたってことか。で、どうやって解呪する?」
「そうですね……精神支配を解くには、術者を倒すのが一番早いですが、どこにいるのかわかりませんからね……。となると、解析して解除するしか……ですが下手をすると命を……」
唸りながらロイドが思案する。
マテウスもため息をつくが、シルヴィアはその間も従者たちの首筋の黒い痣をじっと見つめていた。
「解呪できそうな気がしますわ」
「マジか?」
マテウスが驚いたように聞き返すと、シルヴィアは頷く。
「ええ、少しお待ちくださいな」
シルヴィアは従者たちに近づくと、祈りを捧げるように目を閉じ、精神を研ぎ澄ませる。
すると、従者たちの首に刻まれた呪印が光り輝き始めた。
そして、その光は徐々に小さくなっていき、やがて消えてしまった。
「できましたわ」
シルヴィアは穏やかに微笑み、手を合わせて微笑んだ。
そんな彼女を見て、マテウスとロイドは思わず感嘆の息を吐く。
「すげえな、シルヴィア。本当に呪印を解除できちまったよ」
「はい……まさかこれほどとは……」
マテウスとロイドがシルヴィアを褒め称えていると、従者の一人がゆっくりと目を開けた。そして、周囲を見渡して呆然としている。
「あれ……? ここは……?」
「よう、起きたか」
マテウスが従者に声をかけると、彼は驚いたように目を見開く。
「あ、あなたは……!?」
「おう、さっきはよくもやってくれたな」
マテウスがニヤリと笑みを浮かべると、従者は怯えたように後ずさる。
しかし、すぐにハッとした表情を浮かべ、シルヴィアに縋りついた。
「聖女さま! 助けてください! 私たちは騙されていたのです!」
その言葉に反応してか、他の従者たちも一斉にシルヴィアの元へ集まってきた。そして口々に助けてくれと言い始める。
そんな彼らを見て、シルヴィアは微笑みながら口を開いた。
「大丈夫ですわ。落ち着いてください」
シルヴィアが声をかけると、従者たちは安心したように落ち着きを取り戻す。
「まずは、あなた方の怪我を治しましょう」
そう言ってシルヴィアは両手を前に掲げる。
すると、従者たちの傷がみるみるうちに塞がっていった。
「おお……!」
従者たちは感嘆の声を上げ、シルヴィアに尊敬のまなざしを向ける。
彼らに向かって、シルヴィアは優しく微笑みかけた。
「さあ、これでもう大丈夫ですわ」
「ありがとうございます! 聖女さま!」
従者たちが一斉に頭を下げると、マテウスが呆れたようにため息をついた。そして、口を開く。
「おいお前ら……まだ終わったわけじゃねえんだぞ? わかってるのか?」
マテウスの言葉に、従者たちはハッとした表情を浮かべた。そして、慌てて姿勢を正す。
「も、申し訳ございません! しかし……」
従者の一人が言いかけたところで、マテウスはギロリと睨みつけた。
その眼光の鋭さに従者たちは黙り込む。
少し呆れながら、シルヴィアは穏やかな口調で語りかける。
「皆さんのお気持ちは分かりますわ。ですが、まずは落ち着いてくださいな」
シルヴィアが優しく諭すように言うと、従者たちは落ち着きを取り戻したようだった。
「マテウスさま、この方たちが怯えるような真似はお控えくださいませ」
シルヴィアはマテウスに向き直ると、諭すように言った。
その口調は穏やかで柔らかいものだったが、有無を言わさぬ迫力がある。
「お、おう……すまん……」
マテウスは素直に謝ると、従者たちに向き直る。
「で、お前たちを操っていた神官はどこにいる?」
マテウスが尋ねると、従者たちは顔を見合わせる。そして、おずおずと口を開いた。
「それが……わからないのです」
「わからない? どういうことだ?」
マテウスが眉をひそめると、従者の一人が説明を始めた。
「実は……私たちも精神支配を受けている間は、意識が曖昧でして……」
「ほう?」
「あの神官に術をかけられた後は、ずっと夢の中にいたような感覚でした」
従者がそう言うと、マテウスとロイドは顔を見合わせた。
「つまり、あの神官に術をかけられたことは覚えてるが、その間のことは記憶に残ってないってことか?」
マテウスの言葉に従者たちは頷く。
「はい……ですので、私たちが覚えているのは、ぼんやりとした記憶だけです。どこか洞窟……いえ、遺跡でしょうか……そういった場所を探索していた気がするのですが……」
「それと、あなたに殴られたことは、なんとなく覚えてます」
従者の一人がおずおずと言った。
すると、マテウスは眉根を寄せる。
「そりゃあ、お前たちが武器を持って襲いかかってきたからな。正当防衛だろ? まあ、神官に操られていたんだろうから、仕方ねえけどよ」
マテウスの言葉に、従者たちは俯いてしまう。
また怯えてしまったらしい彼らに、シルヴィアが優しく話しかけた。
「大丈夫ですわ。気にしないでください。マテウスさまがお怪我などなさっていたら、わたくしも許せなかったでしょうけれど、無傷でしたもの」
「はっ、俺がそんなヘマするかよ」
マテウスは不敵に笑う。
少し困ったように、シルヴィアも微笑んだ。
そんな二人のやり取りを見て、従者たちは呆気に取られていたが、すぐに姿勢を正した。そして、再び口を開く。
「ええと……それで、遺跡を探索していたのですが、そこで何かを見つけたような気がします。それが何だったのかまでは思い出せませんが……」
従者の一人がそう言うと、他の者も同意するように頷く。
「なるほどな。普通に探索するだけなら、わざわざ精神支配なんざかける必要はねえ。となると、ろくなことじゃねえだろうな」
マテウスが呟くと、ロイドも同意するように首肯した。
「ええ、おそらくあの古代遺跡でしょう。荒らされていましたし、何か良からぬことを企んでいたのでしょう。呪石のこともありますし……」
ロイドが思案するように呟くと、従者の一人がハッとした表情を浮かべた。そして、慌てたように口を開く。
「そ、そうです! あの神官は何かを見つけたとき、探していたのはこれではないが、使えることは使えると言っていたような……」
「なんだと?」
マテウスが目を見開く。そして、従者たちに詰め寄った。
「それで? 何を言ってたんだ?」
「そ、そこまでは分かりません!」
従者が叫ぶように答えると、マテウスは大きく舌打ちをする。そして、考え込むように腕を組んだ。
少し考え、シルヴィアは静かに語りかける。
「マテウスさま、遺跡に行ってみましょう。何か手がかりが残っているかもしれませんわ」
「……そうだな。行ってみるか」
マテウスは顔を上げてシルヴィアに頷き返した。
「ロイド、お前も来るだろ?」
マテウスが尋ねると、ロイドは頷いた。
「もちろんご一緒しますよ」
「よし、決まりだな」
マテウスは従者たちに向き直ると、再び口を開いた。
「そういうわけだから、お前たちには俺たちと一緒に来てもらうぞ」
マテウスの言葉に、従者たちは困惑した表情を浮かべたが、すぐに諦めたような表情に変わった。
「わかりました。よろしくお願いします」
従者の一人が代表して答えると、他の者たちもそれに続いて頭を下げる。
「ああ、よろしく頼むぜ」
マテウスはそう言ってニヤリと笑った。
こうして、従者たちも連れて行くことになり、シルヴィアたちは遺跡に向かうことになったのである。