表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/41

12.背徳者

「おい、お前ら。何を騒いでいる?」


 マテウスが声をかけると、人だかりの視線が一斉に彼に向けられた。


「あ、大公さま!」


 人々は慌てた様子で道を開ける。

 マテウスはその間を悠々と歩いていき、人だかりの中心にたどり着いた。

 そこでは神官と店主が睨み合っている。

 神官はまだ若く、二十代前半程度の青年だ。近付いてきたマテウスに気付くと、傲慢そうな顔つきで睨んできた。


「なんだ、貴様は! この無礼者め!」


 神官はマテウスに向かって怒鳴り声を上げた。


「無礼者はどっちだ。ここは俺の治める地だぜ。何を好き勝手やってんだよ」


 マテウスが淡々と返すと、神官はさらに激昂した。


「黙れ! 私はスカイラーの教えを愚民どもに授けるためにこの地へ来たのだぞ! その邪魔をするというなら容赦せん!」


 神官の言葉と同時に、五人の従者達が一斉に武器を構える。

 その様子を見た住民たちはざわめいた。


「おいおい、穏やかじゃねえな。やるってんなら相手になるが?」


 マテウスも拳を構えて応じる。

 だが、その様子を見た神官は嘲笑を浮かべた。


「ほう? 貴様ごときが我々と戦うというのか? しかも素手とは、舐められたものだな。いいだろう! その不遜な態度を後悔させてやる!」


 すると、従者達は一斉に襲い掛かってきた。


「おらっ!」


 マテウスは大きく一歩踏み込むと、先頭にいた従者に殴りかかる。その拳は易々と顔に入り、従者を吹き飛ばした。

 それに続くように他の従者達も攻撃を仕掛けてくるが、マテウスはその全てをかわし、あるいは受け流して反撃していく。

 その動きは洗練されており、まるで踊っているかのようだった。


「おお、さすが大公さまだぜ!」


「いいぞー! やっちまえー!」


 住民達は歓声を上げる。その声はマテウスを後押ししていた。

 一方、神官はその光景を見て呆然としているようだった。


「馬鹿な……この私の従者達が、こうも簡単に……」


 信じられないといった顔で呟く神官に、マテウスは冷たい視線を向ける。

 従者達を全て地面に沈めた彼は無傷で、息も切らしていない。まだまだ余裕があった。


「おい、まだやるのか? もうお前しか残ってねえぞ」


 マテウスの言葉に、神官は初めて気づいたように彼の顔を凝視する。


「そ、その黒髪に赤い瞳……まさか、呪われ大公……!?」


 神官は驚愕に目を見開き、後ずさる。


「そのまさかだよ。ほら、かかって来いよ」


 マテウスは手招きをして挑発するが、神官は動かない。


「こ、この背徳者め! こうなったら……」


 神官は懐に手を入れると、何かを取り出そうとする。


「お待ちなさい! 何をしているのです!」


 そこへ割って入ったのはシルヴィアだった。人だかりをかき分けて、前に出る。

 神官は手を止め、呆然とシルヴィアの顔を見つめた。


「ま、まさか……聖女さま……!? な、なぜこのような場所に……」


 神官は動揺を隠せないようだったが、すぐに気を取り直したように笑みを浮かべた。


「これは聖女さま! スカイラーの僕たる私を助けに来られたのですね! この呪われ大公めは我々を迫害して、神を冒涜しているのです! さあ、早くその背徳者を裁きましょう!」


 嬉々として神官がそう言うと、周囲の視線がシルヴィアに集中する。


「聖女だと……?」


「まさか、糾弾するために来たのか……?」


「そんな……」


 住民たちは口々に不安そうな声を上げている。

 その様子を見た神官は、ますます勢いづく。


「その店の品をご覧ください! 聖典に載っていない、神に許されざる物をこやつらは食しているのです! これは重大な背徳行為であり、今すぐその店の品を焼き払うべきです!」


 神官は大きな声で主張するが、シルヴィアは静かに首を横に振る。


「いいえ、それは違います」


 きっぱりと否定され、神官は困惑したように眉を寄せた。


「な、何をおっしゃっているのです? 神の教えに背く行為なのですよ?」


 必死に訴える神官に対し、シルヴィアは穏やかな口調で語りかける。


「焼き払えとおっしゃいますが、ならばここの方たちは何を食せばよいのですか? 当然、あなたが用意するのですよね?」


 シルヴィアが問いかけると、神官は言葉に詰まったように黙り込んだ。


「そ、それは……」


 そして口ごもってしまう。

 二人のやり取りを見た住民達はざわめき始めた。


「おい、どうやら聖女さまはあの神官より話が通じるみたいだぞ」


「あの神官から我々を救ってくださるのか?」


 周りの声に後押しされるように、シルヴィアは神官に語りかける。


「あなたは先ほどおっしゃっていましたね? 神の教えに背く行為だと」


「そ、そのとおりです! その者達が食しているものは……」


「……では、その教えとはなんなのですか? 神は『あなた』に、どのような教えを授けてくださったのですか?」


 『あなた』という言葉を強調したシルヴィアの問いかけに対し、神官は言葉に詰まる。

 神の声を聞ける者は、歴史上でも数えるほどしかいない。

 この神官が直接、神から教えを授かった可能性は極めて低いだろう。


「そ、それは……その……」


 しどろもどろになる神官に対して、シルヴィアは穏やかな口調で続けた。


「わたくしは、神の声を聞くことができます。ですが、神はわたくしたちを見守り、後押ししてくださるだけです。あなたのおっしゃる教えなど、わたくしは存じ上げません」


「そ、そんな……」


「それに、聖典に記されていないというのなら、追記すればよろしいではありませんか。人は高みを目指して進んで行くもの。ならば、その過程で新たな発見も生まれるでしょう」


 シルヴィアの言葉に、神官は愕然とした表情を浮かべた。


「な、なんと……聖典に新たなる記載をしろだと……? き、貴様! それでも聖女か! いや、違う! 貴様は偽者だ! 聖女を騙る不届き者め!」


 神官は激昂して叫び、シルヴィアに掴みかかろうとする。

 だが、その腕をマテウスが掴んだ。


「そこまでだ」


 マテウスは神官の腕をひねり上げ、地面に組み伏せる。


「くっ……呪われ大公め! 聖女をたぶらかしたのは貴様か! 悪逆公の生まれ変わりめ! この地の愚か者どもも、貴様に騙されているにすぎん! この背徳者め!」


 神官はなおも抵抗し、罵詈雑言を喚きたてる。

 すると、住民たちから反発の声が上がる。


「ふざけたこと抜かすんじゃねえ!」


「大公さまは俺たちのために戦ってくれているんだ! お前らの方がよっぽど悪逆じゃねえか!」


「そうだ! 大公さまは俺たちを救ってくださったんだ!」


 住民たちは口々に叫び、マテウスに味方する。

 その様子を見た神官は、信じられないといった表情で目を見開いた。


「そんな……ああ、もはやこの地は穢されて救いようが……ならば、いっそ……!」


 神官は懐に手を入れ、何かを取り出そうとする。

 だが、その手が懐から出る前に、マテウスが動いた。


「うるせえよ」


 マテウスはそう吐き捨てると、神官の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 その一撃で神官は完全に気を失い、ぐったりと地面に倒れ伏した。


「ったく、手間取らせやがって……」


 マテウスは舌打ちしながら呟くと、神官が握っていたものを取り上げた。


「こ、これは……!?」


 彼の手に握られていたのは、小さな赤い石のようなものだった。

 それは一見するとただの宝石のようにも見えるが、中心から禍々しい光を放っている。

 その光を見た瞬間、シルヴィアの背筋にぞくりと冷たいものが走った。恐怖とも畏怖ともつかない感情が湧き上がってくる。


「おいおい、どっちが背徳者だよ……」


 マテウスは呆れたように呟き、その赤い石を懐にしまった。

 そして、やってきた兵士たちに向かって声をかける。


「お前ら、こいつを縛り上げて牢に放り込んでおけ。後で尋問する」


 マテウスの命令に従って、兵士たちは神官を縛り上げていった。

 その様子を見ていたシルヴィアは、マテウスに声をかける。


「マテウスさま……」


「ん? ああ、悪いな。こんな騒ぎになるとは思わなかった。怪我はないか?」


 マテウスが心配そうな表情でシルヴィアの顔を覗き込んでくる。


「わたくしは大丈夫ですわ。それより、その石は……?」


 問いかけるシルヴィアの声は、少し震えていた。


「ああ……後で説明する。ここではちょっとな」


 マテウスは言葉を濁すと、シルヴィアの様子を見て眉を寄せた。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


「え……ええ、大丈夫ですわ」


 シルヴィアは気丈に微笑んで見せたが、内心はかなり動揺していた。

 あの宝石を見た瞬間から、得体の知れない恐怖心が湧き上がってきている。まるで心臓を鷲掴みされているかのような感覚だった。


「……とにかく、もう帰ろうぜ。色々あって疲れただろ」


 マテウスは優しく微笑むと、シルヴィアの手を取った。

 その温もりを感じるだけで、少し心が落ち着くような気がする。


「はい……そうですわね」


 シルヴィアは小さく頷き、マテウスと共に帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆9/27発売◆
『無能と蔑まれた令嬢は婚約破棄され、辺境の聖女と呼ばれる~傲慢な婚約者を捨て、護衛騎士と幸せになります~』
無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ