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10.わからない

 それから、マテウスはシルヴィアを追い返そうとはしなくなった。

 聖女としての力を目の当たりにして、シルヴィアのことを認めてくれたのだろう。

 シルヴィアはマテウスと良好な関係を築きたいと思っていたので、それは喜ばしいことだ。

 だが、困ったこともある。


「なあ、シルヴィア。一緒に散歩でもどうだ?」


「ええ、喜んで」


 シルヴィアは笑顔で応じるが、内心では少し困惑していた。

 以前ならば、ただ嬉しく感じていただけなのに、今は違うのだ。

 マテウスがそばにいるだけで心臓が高鳴り、緊張してしまう。


 ちらと彼の顔を盗み見るが、それだけで頬が熱くなるのを感じた。

 今まで気づかなかった彼の顔の良さを、改めて認識させられる。

 マテウスは整った顔立ちをしていると思う。

 切れ長の目に、すっと通った鼻筋、形の良い唇。

 それに、長身で鍛えられた体つきをしている。


 今までなんとも思わなかったはずなのに、今は彼の一つ一つの動作に目が惹きつけられてしまう。

 彼の視線が自分に向けられるだけで、心臓が早鐘を打つのだ。

 この感情は一体何なのだろうか。シルヴィアは答えを求めて考えるが、正解は見つからない。


「おい、どうした?」


 黙り込んでしまったシルヴィアを心配するように、マテウスが声をかけてくる。

 その声が心地よく響いてきて、シルヴィアはまた顔が熱くなるのを感じた。


「……いえ、なんでもありませんわ」


 そう言って取り繕うものの、顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

 恥ずかしいと思いながらも、シルヴィアはそれを隠すことができないでいた。


「おい、本当に大丈夫か? なんか顔が赤いぞ」


 マテウスが心配そうな表情を浮かべてシルヴィアの顔を覗き込んでくる。

 彼の吐息を感じるほど近くに顔を寄せられて、シルヴィアは心臓が止まりそうになった。


「……っ! あ、あの……わたくし……」


 うまく言葉が出てこない。頭が真っ白になってしまう。

 だが、マテウスはそんなシルヴィアの様子を別の意味に捉えたようだ。


「ああ、熱があるんじゃねえか?」


 そう言って、額に手を当ててくる。

 その指先が肌に触れた瞬間、シルヴィアの体がびくりと跳ねた。


「ひゃっ!?」


 思わず変な声が出てしまい、シルヴィアは口を手で覆う。

 すると、マテウスは少し驚いたように手を離した。


「お……おい、どうした? 大丈夫か?」


 心配そうな声で問われ、シルヴィアは恥ずかしさに消え入りたくなる。

 だがここで黙っていては余計に心配させてしまうだろうと思い直し、なんとか言葉を絞り出した。


「……だ、大丈夫ですわ! お気遣いありがとうございます!」


 そう言って、ぎこちない笑みを浮かべてみせる。

 だが、マテウスはまだ心配そうな顔をしていた。


「ここのところ魔物退治で忙しかったし……疲れが出たのかもしれねえな。今日はゆっくり休めよ」


 マテウスはそう言って、シルヴィアの頭を撫でる。

 その手つきは優しく、壊れ物を扱うかのようだった。


「……っ」


 たったそれだけで、シルヴィアの心はかき乱される。

 鼓動が激しくなり、頭がくらくらしてしまうほどだった。


「ではお言葉に甘えて……今日はもう休ませていただきますわ……」


 どうにかそれだけを口にすると、逃げるようにその場を後にした。

 マテウスの前から立ち去ったシルヴィアは、与えられた部屋へと戻りベッドに倒れ込む。

 顔が熱くて仕方なかった。心臓が激しく脈打っていて、収まる気配がない。

 シルヴィアは自分の胸に手を置き、大きく深呼吸を繰り返す。

 だが、それでも心臓の鼓動は治まらなかった。


「わたくし……病気なのかしら……。それとも……呪い……?」


 シルヴィアはぽつりと呟く。


「こんなのは初めてですわ……」


 シルヴィアは自分の心に生まれた感情がなんなのか、まったくわからなかった。

 これまでは、マテウスの役に立てることが嬉しくて仕方がなかったはずなのに。

 今は彼の姿を見るだけで胸が高鳴り、落ち着かなくなってしまう。


「そうですわ……こんなときこそ、神託を……」


 シルヴィアは起き上がり、祈りを捧げる。


(どうか、わたくしをお導きくださいませ……)


 シルヴィアは目を閉じ、神に祈りを捧げた。すると、頭の中に声が響く。


『汝の為したいように為すがよい』


 いつもと同じ言葉。神託はただそれだけだった。


「わたくしの……為したいように……。でも、それがわかりませんわ……」


 シルヴィアは途方に暮れながら呟く。

 だが、神託がそれ以上何かを教えてくれることはなかった。


「はぁ……」


 シルヴィアはため息をつきながら、マテウスのことを考える。

 彼は暗闇に囚われていた自分を救ってくれた、恩人だ。

 だからこそ、彼を幸せにすることこそが、己の使命と思ってきた。

 そのためにはどのような困難も厭わない覚悟がある。


 だが、この感情は一体なんなのだろう。

 マテウスのそばにいたいという気持ちと同時に、逃げ出してしまいたいような衝動に駆られる。

 こんな矛盾した感情を抱いたのは初めてのことで、シルヴィアは戸惑っていた。


「わたくし……どうなってしまったのかしら……」


 シルヴィアは自分の胸を押さえながら呟く。

 すると、また心臓が大きく跳ねた気がした。


「はぁ……もう考えるのはやめましょう……」


 シルヴィアは大きくため息をつくと、そのままベッドに倒れ込んだ。

 マテウスのことを考えると胸が切なくなる。だが、それと同時に幸福感を覚えるのも事実だった。

 この複雑な感情に翻弄される自分が情けなくなる。

 シルヴィアは枕に顔を埋めながら悶々としていたが、やがて睡魔に襲われ、そのまま眠りに落ちていったのだった。

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― 新着の感想 ―
シルヴィアさん、今までは恋に恋する、みたいな感じでしたが今回でちゃんとマテウスさん自身に恋をし始めた感じがしますね。 幸福感を感じていたり、切なくなっていたり、恋する女の子になっているシルヴィアさんが…
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