6 彼女と別れて再会するまで その1 オルトラム視点
王宮に着いて、デテールを客室に連れていった。待っていた侍女や侍従がデテールを受け取ろうとしたけど、頑として譲らなかった。
熱を出していることを伝えると、すぐに医師を呼ぶといわれた。
もう少しそばに居たいと思ったが、報告をしなければならないので、クライブ、カトリンと会議室へと向かった。
部屋の中には国王陛下、王妃陛下、宰相、元帥、将軍たち、各大臣方が揃っていて、バップナー博士とイカリア前公爵夫妻から報告を受けていたようだ。
俺たち三人も座るように言われた。
「大体のことは聞いた。それで、君たちの目から見たデテール嬢の様子を聞きたい」
国王陛下の言葉に、一瞬言葉に詰まった。覚悟を決めて口を開こうとしたら、隣からカトリンの声が聞こえてきた。
「国王陛下に申し上げます。デテールは……多分罪悪感に苛まれているのだと思います」
「罪悪感?」
「はい。あの大流行の時、一人だけ助かったことを気にしていたと思っていたのですが……」
言いよどむカトリンに国王陛下は頷いた。先にデテールが言った言葉は報告されたのだから、何を言いたいのかわかったのだろう。
「私、知らなくて……いいえ、知らないのではなくて知ろうとしなかったのだわ。デテールがあそこまで思い込んでいたなんて。
学校を卒業して薬師として働きだしたから、こちらに戻って来られないのは仕方がないと思っていました。
でも、薬草が……この国の薬草が、一番効き目があるからと薬師ギルドの本部をこちらに移されて、デテールもこちらに来たから、これでいつでも会えるのだと思っていました。
ですが、デテールは忙しくて、旧交を温める間もないくらいでした。
最近は、デテールは私のことなど嫌っているのではないかと、馬鹿なことを考えたりしていたのです。
なのに……親友と……思ってくれていたなんて……。
わたし、私は……デテールに助けられていたから侯爵夫人としての今があるのに……。
デテールの胸の内を慮れない私は親友失格ですわ」
顔を覆って泣き出したカトリンをクライブがそっと抱きしめていた。
会議室には暗い沈黙がおりたのだった。
◇
俺がデテールと初めて会ったのは、七歳の時。
父親からイカリア侯爵家にて西部地区の貴族の交流会が開かれると聞かされた。
その時に西部地区の要であるイカリア侯爵家の次期様の、遊び相手兼側近候補を選ぶそうだ。
言われたわけではないけど、側近候補になれということだと思った。
そうして会ったクライブは本当に同い年かと疑いたくなるくらいに、幼稚なやつだった。可愛い女の子が多くて浮かれたのかもしれないけど、虫を持って追いかけまわすのはどうかと思った。
女の子たちは嫌がらせだと思い、泣きながら兄弟や親のところに逃げて行った。
クライブはムッとした顔をして辺りを見回すと、動きを止めた。彼が見ている先に二人の女の子が居た。俺たちより少し幼い感じで、でも笑顔が可愛い女の子。
ふらふらと近寄っていくクライブ。それに気がついた片方の子が警戒するようにクライブを見た。
クライブはもう一人の、背を向けている子に話しかけようとしたのだろうけど、何故か髪に結んであるリボンを掴んだ。
気配に気づいたのか、話している子の様子からか少女が振り向き……リボンは解けてしまった。狼狽えたクライブはリボンを掴んでいた手を緩め……たまたまそばにあった水たまり……他のヤンチャたちが遊んだ後だったので、濁った泥水の中に落としてしまった。
フリーズしたクライブに、もう一人の少女が飛びついた。「何してんのよ!」という言葉と共にクライブを押し倒し、彼の上に乗ると小さな手でポカポカと叩き出した。
茫然としていたクライブは、気がついて理不尽なことをされていると思ったのか、少女を突き飛ばした。そしてあろうことか、少女の上に乗り叩き出したのだ。
子供とはいえ男がすることではないと、僕は直ぐにかけつけてクライブを突き飛ばした。
クライブは僕を睨みつけてきた。
「見てたからわかるけど、それでも女の子を叩いたら駄目だろ」
僕の言葉にクライブの顔が歪んだ。自分が悪いことは、判っているという顔だった。
そこにやっと大人たちが駆けつけてきた。というか、遅いよ。泣かされた女の子たちの何人かは、親の元に行ったはずだ。
ああ。あれか。爵位が上の侯爵家には何も言えないというやつ。でもそれとこれは違うだろ。
何があったのか俺……僕にも聞かれたから、腹立ちまぎれにクライブの一目ぼれをばらしてやった。
まあ、聞かせたのは彼の両親とうちの両親にだけだけど。
そのせいで……いや、おかげで? 僕はクライブの側近候補になった。
ついでに婚約者まで決まった。
相手はあの時クライブに食って掛かった少女、デテールだ。
それから、クライブとリボンの少女のカトリンの婚約も決まった。
いろいろ事情があるみたいだけど、僕に関することとしてはクライブの勉強に僕が参加することに決まった。それと、カトリンとデテールも侯爵家で勉強することになったと聞いた。
これはクライブのやらかしがこれ以上起きないようにという、思惑なのだろう。
案の定、最初にやらかしたクライブはカトリンに素直に接することができないようで、見ているとイライラしてしょうがなかった。
デテールもそうみたいで、僕たちはクライブを矯正することにした。矯正といったけど、実際は嫌味を言っていたんだけどね、僕は。
だってそうだろ。二人が上手くいこうがすれ違おうか、僕には関係ないことだ。
そう思っていたのだけど、デテールの「カトリンが大事」に感化されて、気がつけばクライブは素直になっていた。
クライブとカトリン、僕とデテールの関係もいい感じになり、このまま大人になってもいい関係のままいられると思いだしたころに、事件はおこったのだった。