5 再会 泣かせるつもりはなかったのに オルトラム視点
しばらくオルトラム目線の話になります。
感情を爆発させたデテールは、言い終えると同時にフッと意識を途切れさせた。慌てて抱きとめて横抱きにして抱き上げた。
「やれやれ、ここまで溜めていたとは」
「これは私たちの不手際ですね」
「ええ、そうね、あなた」
今のデテールの直接の上司にあたるバップナー博士が、ため息と共に吐きだした。博士の前に座る男女がため息を吐きながら続けて言う。
デテールにバレないように背を向けて座っていた男女は、クライブの両親であるイカリア侯爵夫妻。いや、今は爵位をクライブたちに譲ったから、元侯爵夫妻か。
夫妻同様自分の不甲斐なさに、俺も頭を抱えて丸まりたくなった。けど、デテールを抱えていることからそれも出来ない。
というか、第三師団の騎士団長を拝命している俺に、そんなみっともない真似は、人がいるところでは許されないだろう。
というか、デテールとの気持ちのすれ違いに気づいていなかったことに、打ちのめされそうになっている。
「とにかく、デテールちゃんをこのままにしておくわけにはいかないわ。陛下の指示を仰ぐためにも、このまま王宮に連れて行きましょう」
イカリア元侯爵夫人のルリーナ様の言葉に、隠れていたクライブとカトリンも出てきた。二人は暗い顔をしていた。
まあ、あんな台詞をぶっちゃけて聞かされたら、暗い顔にもなるだろう。
「あの……」
躊躇いがちに声を掛けてきたのは、今日のために協力を頼んだデテールの同僚の薬師たち。
困惑した表情を浮かべているけど、気遣わし気にデテールのことをチラチラと見ている。
彼女たちは知らなかったのだろう。先ほどデテールが語るまで、その境遇を。
猛威を振るった病によって、彼女たちも家族を亡くしたと聞いている。だが、家族が全員亡くなったとは、聞いていない。
それに……デテールには話していないが、スタルプ伯爵領の死亡率は八割に至ったと聞いている。領主を慕って薬師になる者も多くいたそうだ。あの病に領民が一丸となって立ち向かったのだろう。少しでも他の地域の人が生き延びるようにと、薬を作って送り続けてくれたそうだ。
そのおかげで他の地域、特に王都の死亡者は少なかったという。
この話は細心の注意を払って広まっていった。どこの国のどこの領地がと明言されなかったが、それでもわかる人にはわかったようだ。
「デテールは……スタルプ伯爵家の……」
一人が思い切ったように言ったけど、すべて言えなかった。言いたいことは分かったので頷いて肯定した。
「そんな……」
薬師たちは見る間に目に涙をためてデテールのことを見つめた。
「私は……我が家はスタルプ伯爵様のおかげで助かりました。持病を持っていた祖父は亡くなりましたが、他の家族は快癒しました」
「私も、心の臓を患っていた母が亡くなりましたが、他の家族は無事でした」
「うちも、生れたばかりの兄の子が亡くなりました。けど、他の家族は……」
「我が国も薬を送っていただけたおかげで……」
「一番貢献してくださったスタルプ伯爵領が、一番被害が大きかったと聞いて……申し訳なくて……特効薬が届く前に、熱を下げる薬が多く届いたから。だから、特効薬を飲ませることができたの……」
当時を思い出し、言葉に詰まる薬師たち。デテールと同じであの大流行の後に薬師になった人達だから、言葉に出来ないのだろう。
どれだけ感謝の気持ちを持ったとしても、捧げる相手はもう居ない。
「デテールは……大丈夫でしょうか」
「ああ」
俺が力強く頷けば、安心した顔をしてくれた。本当は大丈夫とはいえない精神状態だと思うけど、デテールは一人じゃない。
これからは俺が支えるし、カトリンやクライブだっている。
まだ何か言いたそうにしている人がいたが、馬車の準備が出来たと知らせが来たので、店を後にした。
馬車の中にはデテールを抱いた俺と、向かいにカトリンとクライブが座っている。
「デテール」
そっとデテールの乱れた前髪を整えるカトリン。小さな声で名を呼んだけど、その声に起きる気配はなかった。
クライブも思い詰めた顔でデテールのことを見つめている。
俺は内心でため息を吐きだしてから、口を開いた。
「二人とも、後悔するのなら後にしろ。というか、言われていただろ。デテールの気持ちを吐きださせれば、二人に対する悪感情もでてくるかもしれないと」
コクリと頷く二人。デテールの髪を撫でつけていたカトリンがハッとして、顔をあげた。
「熱を出したみたい」
「熱?」
胸に凭れさせるようにして右手を動かせるようにし、そっとデテールの額に触れる。
「本当だ。熱がある」
「えっ、えっと、熱を冷ますには……濡れ布巾? あっ、ここじゃあ」
オロオロと視線をさ迷わせるクライブの慌てぶりに、またもため息がこぼれそうになる。
「どちらにしろ、王宮に着くまではどうしようもないから。落ち着いて座ってろよ、クライブ」
「あっ、ああ」
力なく答えて、浮かしかけた腰を下ろすクライブ。気遣わし気な視線をデテールに向けた。
二人が落ち込むのもわかるけど、これ以上馬車の中を暗くするはやめて欲しい。
デテールへと視線を向ければ、長いまつげが目に入った。まだ涙で濡れているの見えて、やるせない気持ちになった。
「泣かせたかったわけじゃないんだ」
ぽつりと言葉がこぼれた。と、同時に己の不甲斐なさに嫌気がさす。
両親を亡くした時、デテールが側に寄り添ってくれたことに、どれだけ救われたことか。
別れる時、本当はいつか迎えに行くと約束したかった。
だけど、未来は不確定だ。
叶えられないかもしれない約束はしないほうがいいと思った。
言い訳にもならないけど、あの時俺は十二歳で、同じ国ならまだしも、隣国とはいえ、別の国に行くことになって……。
何も言う資格はないと思った。
だけど、あのあと、君が辛い思いをして、だけど俺との約束があれば、生きる希望になったのだと、少しでも想像出来ていたら、そうしたら、俺は……。
再会した時に、あんな君の姿を見ないで済んだのだろうか?