4 盛大なやらかし?
イライラとしてきつい言葉を投げつければ、傷ついた顔を向けてきた。一瞬怯みそうになったけど、私は溢れそうになる感情に蓋をして冷たい顔をした。
「迷惑よ」
そう言ってプイっとそっぽを向いた。
「嘘だ。デテール嬢は心にもないことを言っているんだ」
「わかったような口を利かないで!」
キッと睨みつけて……後悔が押し寄せてきた。
顔を見るんじゃなかった。あのまま、そっぽを向いたまま店を出て行けばよかった。
悲しみをたたえた瞳に射抜かれたように動けなくなった。
「わかっているよ、デテール。君は家族を失った悲しみを乗り越えて、その元凶の病を撲滅しようと生涯をかけていることを。……いや、乗り越えられないから、人と関わるのを、大切な人を作るのを諦めたんだろう」
「はっ? 違うわ。私は純粋に忙しくて、恋愛に気持ちを割く余裕も、そういう人に出会える時間も取れなかったのよ」
両肩を掴まれ、目を覗き込むようにしてきた……。
「デテール、もう自分を偽る必要はないんだよ。虚勢を張る必要も、必要以上に強がることもしなくていい。失くしたものだけじゃないだろう。形は変わっても君を待っていてくれるものだってあるじゃないか」
その言葉が何を指すのかわかり、ウルッと涙がせり上がってきた。それでも、グッと眉間に力を入れて睨みつけた。
「だから? それが? 私に何を? 気持ちを否定して、断罪でもしているつもりなの? オルトラン・アクタバ騎士団長殿!」
「そうやって言葉の刃で、自分を傷付けるなよ、デティ」
「デティなんて、呼ばないで!」
悲鳴のような声が出た。抑えられなくなった感情があふれ出してきて、止めることが出来ない。
「なによ。知った風な口を利かないでよ。そうよ、オルトラム様の言う通りよ。私はずっと虚勢を張って生きてきたのよ。
カトリンが泣かされた時だって、本当はクライブ様に突っかかるのは怖かったわ。でも、誰も止めないから。カトリンの泣き顔を見たくなかったから。私がやるしかないと思って……。
だからオルトラム様に助けてもらって、嬉しかった……。
だから……だから……婚約して、ずっと一緒に居られるんだって教えられて、本当に嬉しくて。オルトラム様に相応しくなりたくて頑張ったのに……。
事情が……仕方がないことだって……分かったけど……別れる時、私にも言いたいことがあったのに……オルトラム様に言えないまま別れることになって……。
わが国でも流感が流行って、私も罹患して駄目だと思ったわ。その時思ったのは……家族のことではなくて、最後にもう一度オルトラム様に会いたいと願って……。
目が覚めて、領地で最後まで両親が尽力していたから、だから……私は助かったと知って……。両親や弟のことを思いもしなかった自分が恥ずかしくて……情けなくて……。
だから……だから……私が薬師になって、両親が出来なかったことを受け継ごうと思ったのに……。
約束もなにもくれなかったくせに、なんで今でも私の中に居座るのよ。他の人に目を向けられなかったじゃない。
なんで……ずっと連絡もくれなかったのに……何が、オルトラン・アクタバよ。騎士団長よ。本当はオルトラムなのに……。
そんな人に並び立つためには……爵位も何もない私は、薬師として名を上げるしかないじゃない。
なのに……なのに……今更デティなんて呼ばないでよー。
オルトのばかー!」
ぶちまけた私はオルトラムの胸をぽかぽかと叩きながら声をあげて泣いた。
そして言いたいだけ言って……意識を途切れさせたのだった。
◇
目を覚ました私は寝かせられていた部屋に驚いて、飛び起きることになった。
伯爵令嬢だった時でも、ここまでの調度品は揃えられなかった。
というかクライブの侯爵家より質がいい様な気がする……。
えっ? ここどこ?
部屋のことは一時置いておくことにして、じわじわと思い出してきた昨夜のこと。
やらかしたー、と頭を抱えることになった。
かなり支離滅裂なことを言ったと思う。
半分以上は八つ当たりだったし……。
騎士団長と薬師なんて、顔を会わす機会が多いじゃない。
えっ、どういう顔をして会えばいいと?
というか、あの場に居た……関係者たちと、どんな顔をして会えばいいの?
まって。説明……しなきゃ……。
何を? どこから?
文字通り頭を抱えて、唸っていると……。
コンコン
と、控えめなノックの後に声がかかった。入室の許可を取る声に、返事をして……。侍女の後に見知った顔を見つけて、目を丸くした。
「デテール、久しぶりね」
「カトリン様……」
驚きすぎて言葉が続かない私にカトリンはクスッと笑った。
「いろいろ話したいことはあるのだけど、貴方の目が覚めたら会いたいという方々がいるのよ。だからね」
と、意味ありげに笑ったカトリンの後ろから、どっと侍女たちがなだれ込んできた。
その後はされるがままだった。着ていた夜着をはぎ取られ、簡単に採寸をされたと思ったら浴室に放り込まれて磨かれた。軽食を食べながら髪を乾かされ、速攻でサイズ直しをしたドレスに着替えさせられた。
身支度が出来たので、案内について行けば重厚な扉の前で放置された。
……いや、放置ではなくて、次の案内に引き渡されたというか……。そこで簡単な説明をされ、扉が開いたので人で出来た花道(?)を通り玉座の前まで進む。立ち止まり礼をして声が掛かるまでその状態をキープ。
「面を上げよ」
顔を上げると共にカテーシーを解いた。……けど、緊張からか、国王陛下の言葉が耳に入ってこない。
というか、なんで私はここに居るの?
えっ?
何かやらかした?
昨夜のやらかしは王家には関係ないはず。……関係ないよね?
グルグルと考えていた私の耳に国王陛下の声が聞こえてきた。
「……ということである。亡きスタルプ伯爵の功績に加えデテール嬢の功績も素晴らしく、褒賞を与えることとなった。デテール嬢には返還されたスタルプ家の名と伯爵位を授けるものとする」
褒賞?
??で動かない(動けない)私を見かねたのか、クライブとカトリンが出てきて私の両側に並ぶと、両手を取って三歩前に導いてくれた。
玉座から降りてきた国王陛下は、侍従が掲げる台座から当主印となる指輪を取り私の左手の中指へとはめてくださって……。
その後二人に導かれて下がったけど、実感がわかないまま控室へと連れていかれたのだった。