2 婚約の解消と別れ アンド 私の家も……
オルトラム様が落ち着いてきた頃……家族を亡くして半年が過ぎようとしていた。
いつものように私は侯爵家に来て、カトリンと勉強をしていた。クライブ様とオルトラム様はもうすぐ学園に通うことになるので、その支度に余念がなかった。
オルトラム様もクライブ様の近侍として一緒に学園に通うことになっていたから。
勉強を終えた私達は、四人でお茶を楽しんでいた。
そうそう、私とオルトラム様の婚約はそのままだった。オルトラム様は爵位を手放したので平民になったけど、もともと成人して伯爵家を出れば伯爵家の者と名乗れなくなるので、早いか遅いかの差だった。
つまり私もオルトラム様と結婚すれば、爵位の無い平民となる。
それとあれだけ悪がきぶっていたクライブ様だったけど、オルトラム様のご一家のことがあってから、急にしっかりしてきた。
もともと気質は良かったクライブ様。気遣いが出来るその様子に、カトリンの見る目は変わったようだった。
さて、勉強の後のお茶会を楽しんでいる時に、急な先ぶれがあり来客がやってきた。使用人たちの慌ただしい様子からそのことを知ったけど、子供である私たちには関係が無いことだろうと、お茶会を続けた。
しばらくすると私達四人は侯爵様から呼ばれて応接室へと行った。部屋に入ると、何故か私の両親も来ていた。
部屋の中には見たことのない人が二人。一人は白髪の男性でもう一人は両親と同じくらいの年に見える女性。見たことがないはず……なのに、どことなく懐かしい感じがする女性。
「あっ……」
オルトラム様の小さな呟きに、私の脳裏にもある方の姿が浮かんだ。
お二人はオルトラム様の母方の祖父と伯母だった。お二人が住んでいるのはこの国ではなくて、西の隣国だそうで。
今回こちらに来たのはオルトラム様を引き取るためだと言った。
もともと一年前にその話は持ちあがったそうだ。理由は……そちらの家の跡継ぎがいなくなったから。
隣国の侯爵家の次女だったオルトラム様の母。二国は国同士の交流のために交換留学をしていた。我が国から隣国へと留学したオルトラム様の父。オルトラム様の母を射止めて帰国した。
姉妹のみだったので侯爵家を継いだ伯母は、伴侶と二人の可愛い子供に恵まれた。が、二年前に悪質な流感がはやり、伴侶と子供を失ったそうだ。その悪質な流感のために国中は混乱に見舞われたそうで……。それが落ち着いたのが約一年前だそう。
残された祖父と伯母は話し合い、オルトラム様の伯爵家に手紙を送った。オルトラム様を養子に欲しいと。
『検討する』という返事が来て、だがその後連絡が取れなくなった。
人を送って調べれば、伯爵家は没落したという。事故によりオルトラム様以外亡くなったために。
ただ一人残された孫を、甥を、侯爵家に迎えたいと話されて……。
私は話を聞く間オルトラム様をそっと見ていた。
「迎えたい」という言葉に嬉しそうに二人を見つめた、のを。
大人たちは話し合い、オルトラム様の意思を尊重すると決めた。
オルトラム様は……二人と共に隣国に行くことを決めた。
そして、私とオルトラム様の婚約は解消されることになった。
私は笑顔でそれを受けいれた。カトリンは何か言いたそうに私のことを見ていたけど、何も言うことはなかった。
クライブ様はオルトラム様に「がんばれよ」と肩を叩いて激励していた。
別れの日、オルトラム様が願ったので、庭園の東屋で二人だけで話をした。といっても、色っぽい話は一つも出てこなかった。
お互いにお互いのことを、クライブ様を、侯爵家の次期当主夫妻を支える同志だと思っていたのだ。
だけど。
ポンポン、と、俯いた私の頭を軽く叩いたオルトラム様。
「元気で…………君とこの先も一緒に過ごしたかった……ありがとう」
と言って離れていった。
私は……私の心残りは、この時に何も言えなかったこと。
オルトラム様がいなくなって、クライブ様は少し寂しそうだった。けど、学園に入って男爵家の優秀な三男を、近侍としていつの間にかスカウトしていた。
二年後、カトリンと私も学園に入った。六年を学園で過ごし……その間に、私も家族を亡くした。
隣国で流行った質の悪い流感が数年遅れで我が国にもやってきた。我が領地は薬草を育てて売っていた。薬草はいっぱいあったのに……本当にいろいろな種類があったのに……流感に効く薬を作り出すことは出来なかった。
熱に対処する薬はあった。咳の薬もあった。痛みを緩和する薬もあった。
だけど。流感に効く薬はなかった。
両親は薬師でもあった。どうにかしようと薬を調合し続けたそうだ。あと少しというところで……完成目前で……命が燃え尽きたそう……。
薬師の勉強を一緒にした人が、薬草を求めて領地の屋敷に訪ねてきて、両親と弟の遺体を発見したそうで……。
そこに残されていた資料から、その人が薬を完成させてくれた。その薬のおかげで私やカトリン、クライブ様は助かった。王都でももちろん流行っていて、学園も悲惨な状況だった。
薬が完成したから……作り上げてくれた人が、王都に、学園に届けてくれたから、助かった。でも、すべての人が助かったわけではない。
多くの人が亡くなった。
侯爵家もクライブ様の年の離れた弟が無くなったし、カトリンの子爵家も父親である子爵が亡くなってしまった。
病が落ち着き学園の卒業が近づいた時に、私はクライブ様の侯爵家とカトリンの子爵家にお願いをした。二家に我が伯爵家の領地を買って欲しいと。
家族を亡くした私は考えた。すべての病に薬が存在するわけではない。それなら、私が薬を作り出せないかと。
「デテール、君も爵位を返上するつもりなのかい」
「はい。私には領地を運営しながら、薬師の仕事をすることは出来ません」
「……そうか、君も薬師を目指すのか。では領地を売ったお金で薬師の勉強を?」
「そのつもりです」
私の決意の固さにカトリンは泣いて、それでも笑顔で見送ってくれたのだった。