10 彼女と別れて再会するまで その5 オルトラム視点
デテールから相談されたことをイカリア侯爵夫人はすぐさま夫に話した。夫の侯爵はすぐに王家へと伝えた。
王家の意向は『デテールはスタルプ伯爵家を継ぐべき』というものだった。
三年前の大流行により、サンクシェーンも貴族家の数を減らしていたので、これ以上貴族家を減らしたくないということだった。
それに待ったをかける者がいた。
バップナー博士である。
バップナー博士は言った。
「デテール嬢の思うままにさせてやりなさい」
と。王家を筆頭にサンクシェーンの首脳陣は難色を示した。
が、結局はバップナー博士の言に従うことになった。
理由はいくつかあったようだがクライブたちに説明されたことは、爵位を返上してものちに褒賞として授けることができるということと、助かって以降デテールが笑わないことが理由だそうだった。
学園を卒業しトゥーン国へと行ったデテールは、薬師になるための勉強を頑張っているという。
デテールの様子はバップナー博士からの手紙と、密かに送った護衛から報告されているそうだ。
◇
「薬師になるには学校で二年、師について実地で三年が経たないと駄目なそうなの。一応学校を卒業することで、最低ランクの薬師の資格は取れると聞いたわ。薬師の資格のランクアップは一年に二度試験があって、合格しなければランクアップ出来ないそうなの。自分の名で営業できるためには二十五段階のうち十五ランクを持たないと駄目だそうよ」
カトリンが寂しそうに薬師について教えてくれた。ということは少なくともあと四年はデテールに会うことは出来ないのだろう。
「でも……デテールが戻ってくるのかは……わからないの」
呟くように言われた言葉に、顔を上げてカトリンを見た。カトリンは辛そうに顔を歪めてテーブルの一点を見つめていた。
◇
クライブとカトリンとは、後日にまた会うことを約束して、俺は会場に戻った。俺が戻ったことにより、シュタルゼン国の一行は場を辞して宿舎へと戻った。
与えられた部屋へと戻り一人なった俺は、先ほど聞いた話を考えていた。
いや、考えようとしたのだけど、感情がぐちゃぐちゃで、何を考えていいのかわからなくなっていた。
デテールの……そばに居られたら……。
俺が辛かった時、デテールは寄り添ってくれた。
余計なことは言わずに、そばに居てくれた。
それがどれほどの慰めになっていたか。
同じ様に……そばに居ることができていたのなら……。
この日は一睡もできずに朝をむかえたのだった。
◇
日々は俺の気持ちの整理がつくのを待ってくれなかった。
次から次へと決めなければいけないことが湧いて出てきた。
騎士団は……統合して再分配された。今まで騎士団長は実質軍のトップだったが、統合されたことによりそれぞれの騎士団の団長という肩書に落ち着いた。トップには新たに元帥という役職が作られた。その下に将軍という役職も作られた。騎士団長は一から六まである騎士団のトップになる。
これは俺みたいに何の功績もなく上に持ち上げられたことにより、考えられたものだ。
爵位は下でも功績のある騎士は何人もいる。それどころか、功績を上げて騎士爵の位を手に入れた者も何人かいた。
そういう騎士団のことを判っている者に役職を与えるために、こうしたようだ。
それと、それぞれの国の騎士団長に配慮したのもあるのだろう。
もしどちらかの国の騎士団長が統合された国の騎士団長になったら……俺はどちらでもいいと思うけど、他の者はそうは思わないかもしれないだろう。
そういう軋轢を避けるためにもいい判断だと思う。
◇
気がつけばあっという間に二国は統合されて『アムシュリッテン国』が誕生した。新しい国としていろいろしている間に、四年の月日が過ぎていた。
それは統合されてから三年が過ぎたころのことだった。
バップナー博士が突然活動の場を『アムシュリッテン国』にすると言い出したのだ。
理由は『薬草』とのこと。
デテールはこの間に学校を卒業し、『薬師ギルド』に登録をしたそうだ。
そして何故かバップナー博士の弟子となっていた。
メキメキと実力をつけているらしい。
らしいというのは、事あるごとにバップナー博士から国王陛下のところに報告の手紙が送られてくるそうで、それをイカリア侯爵が教えてくれるのだ。
俺は第三騎士団の騎士団長を拝命している。一応元シュタルゼン国騎士団長だったから、任命されたのだが……。
この四年間でつけられた副官にみっちりと鍛え上げられた俺は、今ならどうどうと騎
士団長を名乗れるだろう。
バップナー博士側と我が国の受け入れ態勢が整い、博士たちがやってきた。
王宮へと薬師たちを伴い、挨拶をした。
デテールの姿を見つけた俺は、安堵の息を吐きだした。
数日後、王宮にて薬師たちの歓迎会が開かれた。
俺はそわそわしながらデテールと話す機会を待った。
クライブ、カトリン夫妻がそばに来て、俺をデテールのそばに連れて行ってくれた。
「デテール」
「カトリン……」
カトリンが親し気に呼びかけ、デテールは俺たちのほうを向いた。
その表情に俺は衝撃を受けた。
カトリンは微笑んでいるのに、デテールの顔には何の表情も浮かんでいなかったから。
笑わないとは聞いていたけど、久しぶりの再会に無表情で対応されるとは思わなかった。
思わず、実はデテールとカトリンの間には何か確執でもあるのではないかと、勘ぐってしまったのだった。