1 幼い時の婚約 未来は明るいはずだった
彼と会ったのは私が五歳の時。
近隣の領主同士の交流会で顔を合わせた。彼と私以外にも、子供連れで来ている人が多かった。全部で二十家ほどだったろうか。
歳が近い子供がいる領主たちが集まったのだろう。子どもの私には窺い知れないことだったけど。
こういう集まりではどうしたってトラブルは起こるものだ。
そして案の定トラブルは起こった。子ども同士で遊んでいる時に、悪がきが女の子たちにちょっかいをかけては泣かせていたのだ。
仲良く話していた少女の、可愛く結んであったリボンを解かれて、あろうことか泥の中にリボンを落とされたのを見たときに、私は悪がきに食って掛かった。
いや、食って掛かったなんてものじゃない。私は悪がきに跳びついて引き倒し、馬乗りになってぽかぽか叩いたのだ。
この少し前、彼女から誕生祝に三つ上の兄からもらったものだと、嬉しそうに話すのを聞いていたから。
そして泥の中に落とされたリボンは、どれだけ手を掛けて洗ったとしても、元通りに綺麗にならないことを知っていたから。
少し茫然として私に叩かれていた悪がきは、ハッとした顔をしたあと私を突き飛ばした。逆に馬乗りになって叩いてきたのだ。五発ほど叩かれた時、悪がきは私の上からいなくなった。
気づけば別の男の子と悪がきがにらみ合っていて、今にも殴り合いが始まろうとした時に、親たちが来て引き離された。
大人たちによる聴き取りにより、悪がきが一番悪いとなった。二番目に悪いのは私となったのは、解せぬけど……。
リボンを駄目にされたカトリンとは、親友になった。そして悪がきとにらみ合っていた彼、オルトラムと私、デテールの婚約が調った……。
なぜに?
ついでにカトリンと悪がきことクライブの婚約も調ったと知った。
本当に解せないんだけど!
そういうことで、わたしたち四人は顔を会わせる機会がすごく増えたのだ。
私たちの中で悪がきクライブの家が一番位の高い侯爵家で、私とオルトラムの家は伯爵家、カトリンは子爵家だった。
クライブとカトリンの婚約はある意味王命によるものだった。高位貴族は数百年に渡って婚姻を繰り返したことにより、血が近くなりすぎたそうだ。そのため、王族は伯爵家から、公爵家は伯爵家もしくは子爵家から、侯爵家は子爵家から嫁を迎えるようにと、国王承認のもと貴族院から発表されていた。
それでなぜ四人で顔を合わせることになったのかと言えば……悪がきクライブのせいだった。どうやらカトリンに一目ぼれしたらしいのだが、せっかく婚約できたのにカトリンに対する態度がいただけないのである。
暴言は当たり前、暴虐……はさすがになかったけど、乱暴な行動をするのでカトリンが委縮してしまったのだ。
悪がきクライブはカトリンが帰った後自分の行動を反省するらしいのだが、カトリンと顔を合わせると素直になれないようで。
困った侯爵夫妻が考え出したのが、私とオルトラムを同席させること。あの時のことからクライブに慮ることはしないだろうと考えたそう。
いや、でもね、私とカトリンは五歳なの。オルトラムと悪がきクライブは二つ上の七歳で。そんな子供に性格の矯正をさせようというのが間違いじゃない?
でも、私はがんばった。可愛い親友のカトリンのためだもの。親友には幸せになって欲しいじゃない。
オルトラムもがんばった。悪がきクライブに「そのようなことを続けていると、カトリン様に嫌われますよ」と言い聞かせた。カトリンへの態度のダメ出しを行って、より良い関係を築けるように導いたのだ。
私たち二人の指導により、三年経つ頃にはクライブ様も少しツンとするけど、基本カトリンにデレデレの好男子へと成長を遂げた。
そんな私たちのことをどうやら侯爵家はオルトラム様を悪がきクライブ様の近侍とし、私をカトリンの筆頭侍女とさせたいみたいだ。
ちなみにオルトラム様は長男じゃない。家を継ぐ立場ではないので、侯爵家の思惑はバッチコイである。
私も弟が家を継ぐから、侯爵家に勤めることになるのはウエルカムだった。
だから、クライブ様の教育にオルトラム様が、カトリンの教育に私が一緒におこなってもらえるのは、渡りに船状態だった。
それが崩れたのはそれから二年後のことだった。
オルトラム様の家が没落したのだ。
詳細はこうだった。
オルトラム様の父の弟……祖父がお手つきして作っちゃった叔父が、伯爵家に多大な負債を負わせたのだ。夢見る年頃を過ぎても夢ばかり追いかけた叔父は、一発逆転を狙って船による貿易に投資をした。
……が、天候による事故に遭ったのか、海賊に襲われたのか、それとも騙されたのかわからないが、船は叔父の待つ港に戻ってくることはなかった。
叔父に泣きつかれ……実際は泣きついたのではなく、勝手に伯爵領を担保にされたのだったが……オルトラム様の両親は金策に走り回った。もちろん元凶の叔父も何とかしようと動いていたそうだ。
が、そこにさらなる不幸が襲い掛かった。伯爵夫妻と長男は災害に巻き込まれ亡くなってしまったのである。
茫然とするオルトラム様にさらなる訃報が届いた。叔父一家が病に罹り亡くなった、と。
ただ一人残されたオルトラム様。侯爵家と我が家が手を貸してご両親と兄、叔父一家の葬儀を行った。
侯爵家はそのままオルトラム様を引き取るつもりだった。領地と王都の屋敷、爵位を手放すことで、ほぼ負債は返すことが出来た。残りは侯爵家が肩代わりして、オルトラム様が成人してちゃんと雇われるようになったら給金から少しずつ返すことで話しがついたはずだった。