16・お楽しみは放課後だ
「今週って全部、午前中で終わるじゃん」
「うん」
ウィステリアは昨日、入学式が終わったばかりで、本格的な授業は来週からだ。
「テストばっかりだよね。ちょっとめんどい」
「しんどいの間違いだよ美少女……受験終わったのになんでまたテスト」
「別にいいじゃないの。試験範囲が出る訳じゃなし。素で受ければ」
「勝者のセリフだあ」
げんなりという雅に、芙綺は笑った。
その時だ。
「雅、おっはよ」
髪がくるくるの、可愛い雰囲気の子が声をかけてきた。
「あ、おはようコト。美少女、この子、同じ中学出身の」
雅が言うと、その子が続けた。
「わたし、瀬脇寿。美少女は、小早川さんでしょ?」
「芙綺でいいです。小早川芙綺」
寿の指先が、芙綺の目に触れた。
寿はすぐ気づき、手をさっと見せた。
「気づいた?可愛いでしょ!」
爪先には薄く紫のネイルと、ちんまりとした小花のシールが貼ってある。
「可愛い」
「でしょ?制服にあわせたの」
「相変わらず細かい作業が得意でござるなー、コト殿は」
「まあね。これやりたくて、ここに入ったんだし」
寿の言葉に首をかしげる芙綺に、雅が言った。
「美少女は遠いから知らないかな。ウィステリアってめちゃくちゃ校則ゆるいんよ。蔦より上は」
「蔦はそうじゃないんだ」
「最低ランクは割と厳しいよ。といっても、あんまり目立たなければうるさくも言われないけど、蔦以上ならほぼ自由だし」
蔦クラスは、ウィステリアでも最下層のクラスになる。
芙綺たちの所属するクラスはそれよりも上だ。
「雅っちもやったげるよ。放課後にさあ、部室おいでよ」
「部室?もう入部したのでござるか?」
寿は頷く。
「うん。演劇部」
「早いね。昨日入学式だったのに、入部出来たんだ?」
「あたし、入試終わったその日に入部したし」
「そんなのできるの?」
芙綺が驚くと寿は「うん」と頷いた。
「ウィステリアって、基本、よっぽどじゃないと落ちないんだよね。わたし、絶対ウィステリア来るし、どのクラスでも絶対に演劇部入りますって言ったら、春休みから来て良いって言われて、けっこう先輩に遊んでもらった」
「じゃあ、もうとっくに部員なんだ」
「そうだよ。主になる気満々だもん」
「主って」
芙綺が笑うと、寿は「ほえー」と声を上げた。
「可愛い。知ってたけどまじ可愛いね美少女」
「だろ?まじで可愛すぎんよ」
「所で美少女、うちの演劇部に興味は?」
「ない。ないです」
「でしょうなあ。その外見で興味あったらとっくにアイドルデビューしてるよねー」
ダメもとできいてみたんだけど、とがっかりする寿だ。
「あたし、本当にそういうの興味なくて」
「そういやサッカー選手のコブラだっけ?」
「イブラよ。イブラヒモビッチ。コブラじゃない。イブラ」
「サッカー部ないのにね」
「うん。だけどその辺は考えてるし」
「じゃあさ、サッカーしない時は演劇部にも顔出してよ」
寿の誘いに「入んないわよ」と言いつつも、顔を出すくらいなら、と頷いた。
「じゃあ、放課後にさ、部室でネイルしよ。道具あそこに置かせて貰ってんの」
「マジで。もう住んでんじゃん」
「住んではない。だが住みたい」
「良いよねー旧館。ちょっと入りづらいけど」
「わたしが居たら大丈夫だよ。慣れたもんよ」
ほほほ、と高笑いする寿だった。
放課後に演劇部に行く約束をして、芙綺は楽しみだった。
(旧館かあ)
入学式の日、奇麗な、レンガ造りの建物に芙綺の目は奪われた。
(入試の時は気づかなかった)
思えば試験を受ける頃は、ずっといろんなことを考えて、どうやって親から邪魔されずに済むだろうか、そんなことをずっとびくびくしながら悩んでいた。
弱音を吐く相手は誰も居なかった。
御堀は、いつでも連絡したら、と言ってくれてはいたが、もうそれどころじゃなく自分で抱えるので必死だった。
最初は志望校に落ちて、親も驚いていたけれど、慰めてはくれた。
でも次々に受けた学校からの不合格通知に、親も学校も、さすがにおかしいと芙綺を疑った。
たったひとつ、合格していたのはウィステリアだけ。
そこで親も教師も、芙綺の考えに気づいた。
罵られても泣かれても平気だった。
なぜなら、幾久のいる場所だから。
あの人がいる場所なら、どんな事をしても行くんだと思った。
あまりに芙綺が頑ななので、とうとう一年留年させても、という話が出た時、助けてくれたのが御堀の姉だった。
御堀の姉からウィステリアの学院長に話が行って、皆が芙綺の為に頭を下げてくれた。
実際は、御堀の父が、かなり動いてくれたらしい。
『ま、うちの父は幾に借りがあるからね。幾だって、芙綺ちゃんがこっちに来ないとがっかりするよ』
その一言だけで、なにもかも頑張れた。
(あたしには、味方が居るんだ)
絶対、なにがあっても助けてくれる。
それだけで、どんな事も怖くはなかった。
(どんどん、いろいろ考えて強くなるんだ!)
そして、幾久に褒めてもらう。
それが芙綺の今の目標だった。




