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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
98/463

98.新年

 パドマは、ぶすくれていた。


 数日前に、タランテラの練習は、師匠の合格をもらい終了になった。それからは、新年を迎える準備をしていた。中でも、小麦粉を練ってチーズを挟んで焼いて作るお菓子を大量生産したので、食べるのを楽しみにしていたのだ。100や1000ではきかないとんでもない量を1日がかりで焼いたのだ。全部は食べさせてもらえないのは、わかる。だが、1つももらえないとは思わなかった。しかも、いつの間にかなくなっていたというのであれば、諦めもつくが、自分で配って歩いたから、より切なくなった。

 今まで、新年など何もせず気にせずに暮らしていたのだが、寝ようとしたら、仮装した師匠に誘拐されてしまった。中身は立派なおっさんのくせに、師匠は薄緑のふんわりとしたドレスを着て、蝶のような羽まで生やしていた。同じく巻き込まれたらしいイレは、頭から足先まではっぱに塗れたモンスターになっていた。パドマは、寝衣の上から、赤い上着とズボンを着せられて、赤い帽子をかぶって、白いあごヒゲをつけさせられた。そして、昼間作ったお菓子のクルートを、そこら中の家に新年の挨拶と共に配り歩いたのである。なんて悲しい行事だ。イレの家の冬支度のチーズが、すべてなくなってしまったのだ。もうイレの家なんて、風呂と胡椒と砂糖しか用のない家だ。

 しかも、そんな楽しくもないことで夜更かししたので、新年の夜明けと共に、ダンジョンに突撃する予定も崩れた。寝て起きたら、そろそろ唄う黄熊亭の開店時間だった。そういう訳で、手伝いの時間に手伝いもせず、カウンターの隅っこで、ぶーたれている。

 常連のおっちゃんたちが、新年の挨拶とともにチーズパンやチーズタルトをくれても、パドマは浮上しなかった。口はすっかりクルートの口になっているのだ。

 師匠は、たらふく肉を食べた後に、パドマを小脇に抱えて店を出た。そんなことをしたら、いつもなら暴れて怒り出すパドマが、されるままになっていた。



 師匠は、パドマを店から連れ出して、屋根の上や海の近くなどに転がしてみたが、何の反応もなかった。仕方なく、登録証を出して、パドマの顔前でひらひらと動かしてみたら、やっとパドマは反応した。パドマにしては、素早い動きで登録証をひったくった。師匠は、意地悪をして取らせないこともできたが、スリ返すのも簡単なので、そのままパドマに渡した。パドマは、ダンジョンに向けて走り出したりはしなかったが、瞳を輝かせて登録証を眺めていた。しかし、それも束の間のことで、眉間にシワが寄った。

「おかしい」

 パドマは、登録証のポイント数を見ていた。ずっと休んでいたのに、7000万を超えていた。いくらなんでもおかしい。増えすぎにも程がある。減っていないのは喜ばしいが、何もしていないのに増えているのも、気持ち悪い。パドマは、ダンジョンに向けて歩いた。

 一時期は、完全非武装で暮らしていたが、包帯が取れてからは、着込みや武器の携帯を少しずつ増やして、元通りの重さに耐えられるように調整してきた。対師匠用防具は未着用だが、剣や着込みは身に付けている。フライパンや、ヤマイタチぬいぐるみまでは持っていないが、ダンジョンに出かけても、装備の上では問題はない。師匠にも止められなかったので、そのまま入場した。



 久しぶりに、ニセハナマオウカマキリを見て、震えが走った。相変わらず、顔だけは怖い。人を100人くらい殺していても、不思議ではないような面構えをしている。初めて出会った頃は、身長も大して変わらなかったし、本当に怖かった、とパドマはしみじみ思い出しながら、殴り飛ばした。威嚇なのか何なのか、両前足を上に上げていたから、胴ががら空きだった。

 謎のダンス特訓のおかげで身体は動かしていたものの、ダンジョンモンスターとの戦いは久しぶりだ。久しぶりすぎて、以前のようにできるか怖かったのだが、よく考えたら10階層までは、元々小さいパドマも単独で行っていた。問題はないハズなのに、動きが鈍くなっている自分を直視するのが、怖かった。


 5階層のツノゼミまではなんとかなったが、6階層のトリバガで、もう粗が見えた。飛ぶ速さに、まったく対応しきれなかった。トリバガに倒されることはないが、擦り抜けられていては、この先の敵に対応し切れない。仕方がないから、6階層からやり直さなければならない。勘を取り戻すために、目隠しをして走り回りながら、トリバガを斬りまくった。

 トリバガがいなくなってしまうと、10階層の火蜥蜴チャレンジをやってみた。フライパンがないので焦がされるかと思ったが、剣1本でも制圧できるようになっていた。同じところに立ち尽くしていても、火の粉が避けれるようになっていたのだ。

 次は、ミミズトカゲチャレンジである。これの倒し方は、悩んだ記憶を鮮明に覚えていた。右に振って左に跳んで、左に振って右に跳んで。斬る。だが、パドマは真っ直ぐ歩いて、真正面から縦に上から下へ斬った。斬れたが、後ろに吹っ飛ばされた。

「ああ、いいなぁ。やられちゃったよ」

 パドマは、吹っ飛ばされて転がったままの体勢で、笑い出した。しばらくひーひー笑い転げた後、気が済んだらむくりと立ち上がり、トリバガのように走り回って、全部屋のトカゲとヘビを斬り始めた。もう攻撃を受けることなく一撃で斬り飛ばし、順々に下へ降って行って、ツノガエルを焼いて食べたところまでは、覚えている。胡椒が恋しかったのだ。塩も欲しかった。だが、その先の記憶は曖昧だった。



 何故、ヴァーノンが怒っているのかが、わからなかった。ベッドに入って寝た記憶はないのだが、パドマはベッドで目を覚ましたのだ。良い子にベッドで寝ていた証拠だと思う。確か、ヴァーノンは、パドマが起きていると心配で仕方がないから、寝ているのが安心だと言っていた。ベッドに入っているパドマに、不満などあろうハズもない。だから、パドマは、再び目を閉じた。目を閉じても、ヴァーノンが変わらずそこに立っていて、変わらずパドマを見ていることがわかる。いらぬ能力を身につけてしまったな、と諦めて目を開けた。ヴァーノンの時間を、無駄に奪うことはできない。

「おはよう、お兄ちゃん」

「おはようと来たか。そろそろ店の開店時間なんだがな」

「それは、面目ない。お布団が気持ち良くて、ついつい寝過ごしちまったぜ。てへ」

 話をする前から、怒っているのは知っていた。なんとか誤魔化す道はないかと言葉を考えているのは、ヴァーノンは気付いているに違いないのに、のってきてもらえなかった。パドマは、がっかりした。

「外では寝ない約束をしたよな」

「そんな記憶はないよ。ベッドで起きたよ。お手伝いにも遅刻してないんだよね。セーフじゃない」

 パドマは、ようやくヴァーノンが怒っている理由を理解したが、引く訳にはいかなかった。復帰初日で引退させられるなんて、あんまりだった。

 パドマの職業は、ダンジョン探索者ということになっているが、いろんなところで新星様関連グッズの売り上げをピンハネしているので、副収入がそれなりにあった。恐らく、年齢と性別を考慮したら、それだけで街内長者番付で横綱級になれるだろう。特に、綺羅星ペンギンと某商家は縁を切らないために、何もしなくても断ってもお金を押し付けてくる有様になっている。ヴァーノンには秘密にしておく約束で受け取っているが、きっとそれがバレたら、パドマは探索者を引退させられる予感がしていた。ダンジョンは、半分趣味になっている。今更、辞める気はない。今辞めたら、盛大にモヤモヤしてしまう。

「師匠さんに、何かされてるかもしれないんだぞ」

「師匠さん以外に何かされるよりは、マシなんじゃない?」

「お前、師匠さんに惚れてたのか?」

「慰謝料を言い値でもらえるよ」

 一瞬、師匠に惚れてることにして許してもらおうかと、ちらりと思ったが、今のヴァーノンに油を注いだら、大爆発してしまうかもしれないので、やめておいた。この件に関しては、ヴァーノンと師匠だけは騙せる気がしない。

「そんな物が欲しくて、お前と一緒にいるんじゃないぞ」

「師匠さんなら、わざわざウチになんか構わなくったって、女なんかいくらでもよりどりみどりだよ。女っ気のないお兄ちゃんの方が、危ないくらいじゃないの?」

 吊り上がっていた目が、驚きで見開かれた。パドマも人のことは言えないが、実は妹ではないことをすっかり忘れていたのだろう。ヴァーノンが言い出したことなのに、随分と適当な扱いだ。

「そうだな。今日から、別の部屋に移ろう」

「そんなことしたって、周りの評価は、変わらないよ」

「そうだよなぁ。二部屋借りるとか厚かましいだけだ。同じ家にいる時点で、変わらないのはわかる。だが、今更どちらもこの家から出すことはできない。

 敵が多すぎるんだよなぁ」

 ヴァーノンは、がっくりと項垂れて、パドマのベッドに腰掛けた。

「敵がいるの?」

「俺の気持ちを理解してくれる人は、この世に1人もいないんじゃないか、と思い始めているところだ」

「じゃあ、ウチも敵なの?」

「ある意味な。鳥かごに仕舞えないのは理解しているつもりなんだが、それにしたって、もう少し大人しく過ごせないか?

 気持ち悪い虫と並ぶ妹も、ミミズと戯れる妹も、ヘビを上る妹も見る予定はなかった。妹がチンピラの親玉になる予定もなかったし、方々から嫁に寄越せと言われるのも腹立たしい。何より許せないのは、ケガをして帰ってくることだ。生きてるだけマシだが、ケガをしたら痛いだろう。傷が残るのは、時々師匠さんが消してくれているようだが、後遺症が残ることもあるんだぞ? 頼むから、もう少し気にしてくれ。自分のことだぞ?」

「寝たきりはつまらないし、気をつけてるつもりだよ。頑張ってるつもりだけど、いつでも余裕がないんだよね。探索者に向いてないんだなぁって、よくわかってる。でも、辞めたくないの。ワガママばっかりで、ワガママしか言わなくて、ごめんなさい」

 パドマは、そろそろとヴァーノンに近付いていき、後ろから抱きついた。ヴァーノンは、首に回された腕をつかんで引き寄せて、パドマを自分の膝の上に乗せた。

「女の子らしく暮らして欲しい、とは思っていない。稼ぎが必要だとも言わない。それでも、行きたいのか? 無理矢理連れていかれるからではなく、行きたいのか?」

「うん。怖い思いは、したくない。気持ち悪いのも、見たくない。だけど、あそこには、いっぱい不思議があるんだよ。それを見つけるのが面白いの。いっぱい目標が転がってて、それができるようになるのが楽しいんだ。何があっても最終的には、お兄ちゃんのところに帰ってくるから、許してくれると嬉しい」

 パドマは、手を合わせて、ヴァーノンを拝んだ。頭の上で、溜め息をもらされた。おねだり失敗かもしれない。

「帰ってきてくれても、死体だったら許さない。できたら、ケガもしないで欲しいし、寝るなら家で寝て欲しい。難しいか? 男とか女とか、関係ないと思うんだが」

 パドマは、兄の言葉を反芻して落ち込んだ。頼むのもどうかと思う、守って当たり前のことだと思うのに、これっぽっちも守れていないことに気付いたからだ。

「ウチのお兄ちゃんって、嫌な役回りだね。ごめんね」

「いや、俺は好きでお前の兄になったんだ。一生妹でいて欲しい。間違っても、周囲に唆されることのないように」

「唆される?」

「俺のところには、パドマをくれと言う男の他に、俺がパドマと結婚すればいいと言う勢力が集まってくる。気持ちはわかる。確かに、お前をどこぞの男にくれてやるよりは、安心できる。だが、妹の片付け方としては適当かもしれないが、俺が欲しい妻は、妹じゃない。お前と結婚したら、俺は夫婦喧嘩もできなくなる」

 気持ちがわかっている時点で、兄の悩みは末期だとパドマは思った。パドマは甘やかしてくれる兄は大好きだが、そこまで人生をかけて囲ってくれなくていいと思っている。パドマを妻にして幸せになれるならいいと思うが、絶対に幸せにならない自信があった。

「そんな人までいるの? ウチがお兄ちゃんと結婚して、どうするの?」

「お前の男嫌いがバレたからだろう。震えてて可哀想だから救ってやれ、だそうだ。それと、お前を嫁に出すのが嫌なんだそうだ。結婚しないでそのまま置いておくと言ったんだが、聞いてもらえなくてな。万が一、結婚したくなったら、嫁に行くんじゃなくて、婿をとってくれると助かる。酔っ払いが止まらない」

 ヴァーノンは、パドマを抱きしめた。

 そんなことをしているから、そんなことを言われている自覚は、ヴァーノンにはあるのだが、生まれた日からずっと、今日までズルズルと関係を変えられなかっただけだった。妹可愛さに手放せないヴァーノンは、ただの変態かもしれないが、甘ったれの妹が触れる人間がヴァーノンしかいないのである。思い切って突き放したら、その後でどうなるかわからないので、実行できない。

「確かに。言い分はわかった。誰かと結婚しなきゃいけないとしたら、お兄ちゃんが一番可能性があるような気もするけど、結婚はしない。妹の方がいいもん。お兄ちゃんの奥さんと子どもと、仲良く暮らすんだ」

「それはそれで責任重大だな」

 ヴァーノンは、パドマを置いて、部屋を出て行った。

次回、おねむの理由。パドマの寝姿は、色気とは無縁。

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