97.聖誕祭
パドマは、いつものように朝ごはんを食べたのだが、食後、ダンジョン方面に行こうとして、サスマタの妨害を受けた。意味がわからなかったが、ダンスレッスンがしたい訳でもないので、大人しく師匠の後ろについて行った。着いたのは、唄う黄熊亭の子ども部屋だった。師匠は、大量の布をパドマに押し付けると、部屋を出て行った。着替えろ、という指示らしい。
渡されたのは、いつものお揃い服ではなかった。ベッドの上に並べてみると、レース付きのブラウスにベスト、前身ごろの丈が短いロングコートに細身のハーフパンツ、ロングブーツまで付いていた。全然形は違うのだが、作りはいつものお揃い服に似ている。見た目は、アーデルバードの服にそっくりだが、物は全然違った。だから、なんとなく着方はわかったのだが、ベストとコートの刺繍が凄まじいのに、パドマは引いた。師匠が、刺繍をしたのかもしれない。普段渡してくる服とまったくテイストが違うので、悪い予感しかしなかった。だが、反発した末路も面倒臭いので、素直に着替えて部屋を出ると、真正面に師匠が立っていた。値踏みをするように上から下までを無表情で眺められている。パドマは気持ち悪さに部屋に戻ったのだが、師匠も中に入ってきた。
頭をガシガシとブラシをかけられはじめたから、パドマは、髪をくくっていた紐を解いた。
「ちょっと痛いよ。もう少し優しくできないんなら、頭をイジるのも禁止だ!」
ちょっと噛みついたら、足払いをかけられて座らされたが、髪は引っ張られなくなったので、パドマは、大人しく座って終了を待った。師匠は、髪を緩く編み込んだ後、アップにし、真珠と小花を散らしたヘッドチェーンを付けた。パドマは、細かいところは知らされないので、とりあえず大きな花が付いていないことに満足した。
身支度が済んだからか、またサスマタに引っ張られて移動する。何処へ行くやら知れなかったのだが、パドマは入ったことのない綺羅星ペンギンのスタッフ専用入り口に通されて、ペンギン食堂に放り込まれた。
食堂入り口まではいつも通りだったのに、中の内装は、かなり変更されていた。いつもは木の柱に造花の葉を付けて、森のような雰囲気になっていたのだが、木に花は咲いているし、同時に銀のシャンデリアが下げられていた。とてもチグハグだった。
壁には、師匠が織ったと思われる絵画のような布がいくつもかけられていた。絵の中の人は、大体フライパンを持っていた。大きなヘビと戦っていたり、多くの男を足蹴にしていたり、ペンギンに囲まれたりしていた。その人は、頭に蓮のようなピンクと白のトゲトゲとした花を付けていたから、パドマの知らない人に違いない。
絵画と絵画の間には、綺羅星ペンギンの看板や、唄う黄熊亭の看板などのマークが刺繍されたタペストリーが、かけられていた。
いつものテーブル席に加え、壁際には星型のクッションが並べられたソファが置いてあり、その間に置かれたサイドテーブルには、蓮の造花が飾られていたり、パドマがいつか作った気がする何かが置かれたりしていた。
いつも作った食事を出すカウンター前には、ビュッフェスタンドが置かれ、右側のビュッフェスタンドではサラダやスープ、パンや焼肉串が振る舞われ、左側のビュッフェスタンドでは、ケーキやマカロンなどのお菓子類と飲み物が振舞われていた。
部屋の反対側では、からくり人形による歌劇が行われていた。主役と思しき人形は、何故かフライパンを持って、クマとペンギンを引き連れ、クラーケンと戦っていた。パドマは、クラーケンなど見たこともない。主役は、誰だろうか。
給仕のスタッフや歌劇の演者などは、某商家関連の人と綺羅星ペンギンの従業員たちだった。食事をしていたり、劇を見ているのは、唄う黄熊亭の店員や客など、知っている人もいるが、知らない人も沢山いた。パドマが部屋に放り込まれるなり、全ての目がパドマを捉えた。パドマは、訳もわからず立ち尽くしていたら、盛大な拍手がわき起こった。意味がわからない。
少し怖くなって来たので、帰ろうと後ろを向いたら、サスマタに捕獲された。いつの間にか、どこかへ去っていた師匠が、横に立っていた。師匠は、バロック調のドレスを着て、愛らしく微笑んでいる。
「何やってんだよ、おっさん」
引っ込んで行方不明になっていたパドマの声が、やっと戻って来た。だが、パドマの声は無視され、奥にぐいぐい引っ張って連れて行かれた。部屋の中央を横切って進むのだが、人とすれ違う度におめでとうと言われた。最終的には、1番奥にはヴァーノンが立っており、
「パドマ、誕生日おめでとう」
と言われて初めて、少しだけ訳がわかった。
パドマの席だという場所は、偽物の巨大ケーキやマカロンタワーやシャンパンタワーなどで飾られて、またとんでもない場所になっていた。偽物だけなら無視するが、可愛いケーキスタンドにカラフルなチーズケーキが乗っていたので、ヴァーノンと師匠に挟まれて、渋々着席した。
「新星様、お誕生日おめでとう御座います。本日はお忙しい中を、聖誕祭にお越しくださいまして、ありがとうございます。聖誕祭の主催に関われました
こと、心から光栄に存じます。
僭越では御座いますが、この場を代表し、お祝いの言葉を申し上げさせていただきます。
新星様は、元の道に戻れなくなっていた我らを救い、ここまで導いて下さいました。新星様がいらっしゃらねば、今日の我らは居りませんでした。故に、新星様のご誕生は、我らの最大の慶事の1つでございます。我ら一堂、力の限り最良の日とすべく、尽力させて頂きます。
新星様は、活気を呼び、産業を興し、和をもたらし、日々、街に変化をもたらしております。ご本人は、まるで価値を感じていらっしゃいませんが、我々にとっては、何にも代え難い大切な御仁です。
この善き日に、新星様に出会わせて頂いた皆で、新星様の誕生の日を大いに祝い、出会いを意義のあるものに致しましょう。
新星様と皆様のますますのご活躍をお祈りいたしまして、ご挨拶にかえさせていただきます。
どうぞ皆様、ごゆるりとくつろいでお過ごしくださいますようお願い申し上げます」
パドマは、白目をむきそうになった。またグラントが、おかしな病気にかかったらしい。グラントだけなら放っておいても良かった。時折起こる謎の発作症状で、特に害はない。だが、それを見た唄う黄熊亭の関係者は、皆ニヤニヤしていた。商家の皆様は、ペンギン関連の何かで多少の付き合いがあり、耐性のある人もいるだろうが、唄う黄熊亭ではまだ発病したことはなかった。ヴァーノンも、目に涙を溜めて、爆笑を堪えているようだった。パドマは、とてもいたたまれなかった。
「笑いたければ、笑え」
「素晴らしい妹を持ったものだなぁ、と感動したぞ」
「今日の新星様があるのは、ヴァーノン様のおかげ様々だと伝えとく」
「ヤメロ」
「1人だけ逃げれると思うな」
「何にでも混ぜてくれなくていい」
結局、スタッフ係の人も一緒に、みんなで仲良くごはんを食べて、あやつり人形の歌劇を見たのだが、自分にもできるといい始めた人間が出始めて、即興のコント劇が始まり、いつの間にか宴会芸を披露する場になった。剣舞やジャグリングくらいなら、この場にはできそうな人間はゴロゴロいたが、楽器の演奏や腹話術、手妻など、次々にみんなの隠し芸が明かされていった。
見ている分には何事もないが、急にやれと言われると非常に迷惑なのが、宴会芸だ。100人超の宴会芸が出揃った後に、人生経験の乏しい小娘に芸を披露しろと言われても、できることなど何もない。仕方がないから、目隠し真剣演舞を誰かとやろうとしたが、皆に止められたので、ヴァーノンを巻き込んでタランテラを披露した。振り写しまではできているけどね、という、非常に完成度の低い踊りだ。
だが、急な無茶振りなのに、一度も練習に参加していないヴァーノンが、パドマより上手に踊っていたので、パドマは凹んだ。そのことに気を取られ過ぎて、綺羅星ペンギンの踊らない係と商家の一部が、異常にザワついていたのに気付くことはなかった。
次回、新年。本当は、ここで年をとる。