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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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96.デイジーとルドベキア

 しばらくして、パドマの腕の包帯が取られると、タランテラのレッスンが本格的に始まった。今まではほぼ見学で、レッスン風景を見ているだけだったが、今日からは、綺羅星ペンギン踊り係だけがやっていた柔軟運動から参加する。とはいえ、パドマはみんなほど身体が硬くなかったので、苦労はしなかった。開脚前屈であれば、ぺたりと床に身体が付くし、そのまま足を後ろに動かして閉じることができた。

「姐さん、すげぇ。ずっとイスに座ってただけだったのに、もう追い抜かれた!」

 何の苦労もなく、背中を押す係を必要とすることもなく、もくもくと課題をクリアしていくパドマの姿に、男たちは驚愕していた。師匠の表情に変化はなかったので、パドマの柔軟性に気付いていたのだろう。

「小さい頃、軟体人間ごっこが、流行ってたよね。やらなかったの?」

 街中で金をかけずにできる遊びは、それほどない。下手に誰かと顔を合わせれば、ロクなことにならないパドマが1人でできる遊びと条件を絞ると、ますます種類が減る。お兄ちゃんがいれば、お勉強ばかりだった。あのお兄ちゃんをびっくりさせて、お勉強から話題をそらしてやろうと、うつ伏せから足を顔の横について、そのまま立ち上がれるようになってやろう! などと、今思えばよくわからないことに、幼少期のパドマは情熱を傾けていた。

「知らねぇ! 誰も姐さん世代いねぇし」

「若さの勝利!」

 初めてチンピラたちに実力で勝てて、嬉しくなったパドマは、精力的にバーレッスンやセンターレッスン、走り込みなどを続けた。やる気がなかったダンスレッスンに、熱心に取り組んでいた。


 ある日、ジュールが練習中にパドマを訪ねてきた。パドマもジュールに聞きたいことや、気になっていることがあるのだが、言ってはいけないことを言ってしまいそうなので、グラントにお願いして、聞きに行ってもらった。

「パドマさん、伝言を承りました。赤猫仮面様が緑猫仮面様にご用事があるそうです。明後日の正午頃のご都合を尋ねられましたが、どのような返答を致しましょうか」

「行く」

 パドマは、即答した。赤猫仮面に伝言役を任されるなんて、とジレる気持ちもあったが、パドマには不満を言う権利がない。



 ダンスレッスンが終わって、家に帰る道すがら、パドマは、陶器店や雑貨店を覗いて歩いた。

「ねぇ、師匠さん、結婚祝いって、何がオススメ?」

 パドマは、今まで身近にこれから結婚する人はいなかった。結婚祝いを送ったことも、もらっている人を見たこともない。定番や禁忌などを何も知らない。常識を聞く相手として、師匠を選ぶのは間違っている気もしたが、連れが師匠しかいないのだから、やむを得ない。

 師匠は、パドマをサスマタで捕獲すると、ずんずん歩き出した。着いたのは、イギーの実家の系列店である銀器店だった。

「うお。そうか、結婚は大人のすることだから、大人のお店で買うのか」

 尻込みしそうな気持ちを抑えて、ミラのためだ、と店に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ、パドマ様。お探しの品が御座いましたら、気兼ねなくおっしゃって下さいませ」

 蓮の花見会で、スタッフをしていたような気がするおじさんが、パドマを迎えた。パドマは、心細くなるような店に知ってる人がいて良かったような、もう逃げられないような、微妙な気持ちになった。

「友だちが結婚することになったんだけど、お祝いに送るのに適当な物って、何かな?」

「それは、おめでとう御座います。結婚のお祝いでしたら、揃いのお皿やグラス、カトラリーはいかがでしょうか。そうですね。パドマ様は、まだ年若くいらっしゃるので、こちらの品でもよろしいかもしれません」

 話す店員の後ろから、商品を持った店員が次々に出て来て、あっという間にパドマの周囲が候補の品で溢れた。手持ちのお金では足りないような気がしてならないのだが、逃げられる気もしない。とりあえず品を決めて取り置いてもらって、後で購入するしかないか、と腹を決めて選ぶことにした。

 選ぶと言っても、もう目が吸い寄せられる品がある。その品が、大体いくらくらいするのかすらわからなくて、困っていた。聞けばすぐに判明するだろうが、金額を聞いて、やっぱりやめたとスマートに断る方法がわからない。価格を聞いてしまったら、終わりである。

 どうしようか悩んでいたら、師匠が財布を出して、その品を買うとジェスチャーで訴えた。

「ちょっと師匠さん、ダメだよ。それ、イレさんの財布じゃん!」

 師匠が出したのは、ペンギン財布ではなかった。いつの間にやら、スリ取っていたのだろう。どう見ても、イレの財布に見えた。師匠は、パドマが指摘した後も、顔色を変えずに微笑んでいる。普段から、イレの物は師匠の物を地でいっているし、イレも師匠にいくら注ぎ込んでも気にしないと公言している。だから、2人の関係的においては、それでいいのかもしれない。

「まぁ、いいか。イレさんに預けてるお金から、引いてもらおう」

 この場では、パドマが引き下がった。



「偽お父さん、頂きます」

 先程、師匠にダメ出ししたパドマは、イレの家に不法侵入を果たし、今に始まったことではないが、砂糖の浪費を始めた。胡椒ほどではないが、砂糖も高級品だと聞いている。毎日のように砂糖を食べていたから、パドマにその実感はないが。

 砂糖壺に残り少なくなっている砂糖を、全部鍋にぶち込んで、水を足して少し溶かして、火にかけた。焦げないように早めに取り上げて、あらかじめ庭で詰んできた花を入れた型に流し込んだ。


 それを放置する間に、いつぞや拾ったもののまだ未使用で残っている真珠を師匠に分けてもらった。てんでバラバラな色と大きさに悩みつつ、あーでもないこーでもないと並べ替えて、ブレスレットを作ってもらった。真珠を選んだのはパドマだが、加工は師匠に丸投げした。多分、自分でも作れると思うが、どうしたって師匠の方が上手に作れるのを知っているからだ。師匠は、何をさせても万能だし、今限定で何でもしてくれることになっている。使わない手はない。

 用意した祝いの品をキレイにラッピングをして、パドマは覚悟を決めた。



 指定された日時、ダンスレッスンを早めに終了にして、パドマは師匠と一緒に、ミラの家に出かけた。家に着くと、3人姉妹が揃って家の前で立っていた。パドマは、勇気を出してミラの前に立って、祝いの品を差し出した。

「結婚おめでとう」

「おめでとうって言う時は、もう少し笑った方がいいわよ」

 ミラは困ったような顔で、パドマを見ていた。リブとニナは、非難がましい顔で、ミラに抗議した。

「パドマ可哀想」

「お姉ちゃん、意地悪ダメ」

「だって、難しすぎる。幸せになって欲しいけど、ジュールなんかに取られたくない」

 パドマは、目に涙を貯めていた。それを見て、姉妹は笑いあった。

「パドマのおかげで、結婚はなくなったの」

「え?」

「ジュールが、パドマのお店をクビになったでしょう? それを聞いたうちのお父さんが怒って、新星様に厭われるような男はダメだ、って」

 ミラは、人差し指を交差させて、バツ印を作った。

「だから、わたしにもニナにも回って来ない」

 リブは、両手でそれぞれマルを作った。

「さよなら、ジュールお兄ちゃん」

 ニナは、可愛く手を振っている。

「うちのお兄ちゃんは、結婚する男には、ちょっと給与が安すぎる仕事だから、もっと稼げる仕事に変えろ、って言ったんだよ」

 折角、兄が気を遣ったのに、聞いていたのと違う結果に、パドマは何が起きたかわからなかった。

 激安で雇えたジュールは、兄の大事なお友だちだったのだ。パドマの友だちの幸せのために、それを手放してくれたのだと思う。最近の兄は、自分の妻と子どもと妹と義両親を独力で養うことを夢見ている。ジュールを切るのは、苦渋の決断だっただろう。兄の優しさを誤解されたら、嫌だな、とパドマは思った。

「おかげで助かったわ。お礼を言ってくれると嬉しいわ」

「お兄ちゃんは、ウチにも友だちの幸せを祝ってやれ、って言ったんだよ」

「ええ。今、とっても幸せよ」

 予定とは違ったが、ミラは幸せそうに笑っている。リブとニナも困っていない。パドマの希望にも沿っている。なら、別にいいのかな、とパドマは納得することにした。

「じゃあ、めでたいから、お祝いの品は、このまま渡してもいい? 持って帰るのも、切ないし」

「ありがとう。じゃあ、今後あるかわからない結婚の前祝いで、頂いておこうかしら。中を見てもいい?」

「どうぞ」

 祝いの品は、エディブルフラワー入りの飴を入れたボンボニエールと、真珠のブレスレットだ。

 飴は、いろいろと作ってみた結果、ベゴニア入りとナデシコ入りを採用した。ジュールに食わせてやろうかと、最後までナスタチウム入りを入れるかどうか悩んだのだが、入れなくて良かったと思った。ナスタチウムは辛子の味がする。パドマは嫌いではないが、嫌がらせだと思われる可能性がある味だ。

 ボンボニエールは、蓮の花の形をした銀製のお菓子ケースを選んだ。食器の値段が恐ろしくて聞けなかったのと、花の形で可愛いかと思ったのだ。バラか何か、他の花があればそちらを選んだと思うが、ピンク野郎の趣味の所為か、蓮しかなかったから、蓮になった。自己主張が激しすぎるような気持ちになったが、他にピンとくるものがなかった。

 ブレスレットは、真珠の大玉を真ん中に配置し、脇にいくにつれ、段々と小さくなるように配置した。すべて白玉だが、最後の方にピンクの玉を1つだけ入れた。

「流石、新星様。そんじょそこらの新郎には用意できないような物を持ってきた」

「気軽に貰えない物だったわ」

「いらないなら、わたしに頂戴」

「え? もらってよ。実は、原価はそれほどかかっていないから」

 真珠はまた拾いに行けば、いくらでも転がっている物だし、ボンボニエールも元をただせば、拾ったブッシュバイパー1匹である。飴の砂糖は、支給されると聞いたものの、特にもらっていないお小遣いの代わりだと思っている。つまり拾ったものと、子どもの小遣い程度の品なのだ。かしこまる必要はない。

「もらってよ。ウチの気持ちだから」

「わかった。ありがとう。お返しは期待しないでね」

「嫌だよ。いっぱい笑顔を見せて」

 心配と不満が一気に吹き飛んだパドマは、晴れやかな笑顔を見せた。

「!!」

「もうお姉ちゃんは、お嫁に行けない」

「ジュールなんて、話にならない」



 パドマは、てっきり結婚の報告に呼ばれたのかと思っていたが、お祭りに行こうというお誘いだった。休みがあるんだかないんだか、よくわからないパドマは誘い難かったが、今ならケガで休業中だから、誘ってみようとジュールに伝言を任せたらしい。仲良しアピールかと、パドマはイライラしていたのに、どこまでもただのパシリだったようだ。自分は、そんなに嫉妬深い性格だったのかと、パドマは驚いた。

 またお揃いの猫仮面を付けて、出かけることになった。リブは、師匠の分のお面をどうしようか悩んでいたが、師匠は自前のペンギン仮面をつけた。そして、ピンクと白のエピデンドラムの髪飾りをパドマの頭に付け、三姉妹に色違いの赤い髪飾りを差した後、自分の頭にも青い髪飾りを付けていた。

 パドマは、ニナに同じブレスレットが欲しいとおねだりをされて、師匠に真珠拾いのおねだりをしたくらいに祭り会場に着いた。お祭りは、海近くの広場で行われるようだ。


 広場の真ん中には、太い丸太が立てられていて、その上の方にロープがつけられていて、周囲の建物と繋がっている。ロープの上で猿の仮面を付けた数人の男が踊っていて、柱の周りには、女子どもがいろんな仮面を付けて踊っている。その外周では、食べ物や飲み物が置かれていて、自由に飲み食いしていいらしい。周辺の店や民家が提供した飲食物で、誰の食べ物が人気があるか、競っているそうだ。

「新星様を狙うバカはいないと思うけど、今日はかどわかしが発生するから、気をつけてね」

「わかった。絶対にみんなは守る」

「わたしたちは、慣れてるから大丈夫なんだけど」

「油断は良くない」

「そうね。油断しないでね」


 パドマは、知らないおばちゃんに強引に渡されたファンネルケーキをかじりながら、踊りの輪を見ていた。基本は、片手をおでこにかざし、残りの手を前や横や斜め下などに動かしながら、のんびり歩くような踊りだった。決まった順があるようで、大体の人が同じ動きをしている。

「こんなに沢山の女の子を初めて見たよ」

「食べ物を置いてあるところから内側は、10歳以下か、女性しか入れない決まりなの。だから、内側にいる間は安心よ。食べ物を配っているところ辺りでは、男女でお話しする人もいるんだけど、配ってる人がいるから、大丈夫かなぁって、そういう集まりなの。普段、出会いがないからね」

 今日は、内側に平然とおっさんが紛れ込んでいる。たいしたセキュリティだなと、パドマは、師匠を眺めたが、誰からも何も言われていないし、本人もいつもの微笑みで立っていた。

「女の子にアピールする男は、柱に上る。綱渡りをした先にある花を取って、意中の相手に渡す。花を取った男も、もらった女も福が来る」

 パドマは、綱の上で踊る猿面の男を見た。踊っているだけで、彼らは、花を取りに行く気配はない。

「あれが、挑戦中なの?」

「あれは、賑やかし。祭の最後に余った花をばら撒く」

「あんなことして、落ちたら危ないよね。下で踊ってるのも、命懸けじゃない?」

「危ない挑戦者が来たら、みんな逃げる。でも、イケメンが上がったら、みんな集まる。集まった時だけ、落ちた人は、下の人にケガをしないよう助けられる。最悪、誰にも助けてもらえなくても、死にはしない。自業自得」

「切ない。くっきり目に見えるのが、残酷!」

 パドマの脳裏には、師匠の挑戦とイレの挑戦結果が再生された。どちらも花ゲットチャレンジには成功していたが、背景と末路が真逆だった。当然、師匠の方が、眼下に女性が集まり、花を渡した女性といい仲になる方で、イレがその反対である。どちらも落ちてケガをする心配はないのだが、周囲の評価はまったく違うのだ。どちらも同じおっさんなのに。

 パドマは、ようやくファンネルケーキが食べ終わったと思って、安心したのも束の間、ポークテンダーロインサンドイッチを持たされていた。豚カツバーガーのような食べ物なのだが、豚カツがバンズより5倍くらい大きい。食べ切れる気がしなくて、師匠にそのまま横流しして、踊りの輪に入った。


 食べている間に踊りは覚えた。三姉妹と並んで踊っていたら、どこかで聞いたような声が聞こえた。

「あれ、姐さんじゃね?」

「どれだ?」

「ホントだ。絶対そうだ。花を取りに行ってみるか」

 パドマを姐さんと呼ぶ人間は、ロクな連中ではない。パドマは、聞こえないフリをして踊り続けていたのだが、後ろから腰に手を回され、一気に掻っ攫われた。噂のかどわかしかもしれない。一瞬で、中央の柱の上に立たされていた。そんなことができる犯人は、師匠に違いない。油断しすぎていた。やはりおっさんは、中央に入れてはいけなかったのだ。

 柱の天辺は、2階の屋根より高い位置にある。3階の窓から外を見たことはあるし、森では、これより高い木に登って、怒られたこともある。見たことがない高さではないが、この高さでやったこともない綱渡りをしろなんて、正気ではない。少し前まで、地面に立った状態で、転んだらケガが悪化すると叱られる生活をしていたのに、なんという無茶ぶりだ。

 師匠は、猿面がいない綱の上に立って、パドマに猫の手棒を差し出している。やはり綱渡りを強要されるのかと、諦めて手を取った。師匠の猫の手を取り、そろそろと綱に足を乗せると、少しも綱は揺れなかった。木の枝の上を歩く程度の安定感がある。師匠が、パドマの動きに合わせて、綱の揺れを調整しているのだ。そんなことができるなんて、と驚きつつも、師匠だからなと納得して、パドマは師匠とともに、スタスタと端まで歩き渡った。

 歩いた先には、カゴに入れられた花がある。師匠は、青いデイジーを2本と、紫のデイジーを1本抜き取った。それを見て、パドマは、赤いルドベキアを3本と、黄色のルドベキアを1本引き抜いた。そして、中央の柱に戻ったのだが、師匠は、渋面になった。下を見ると、人が沢山いる。降りる場所が、見当たらなかった。

 師匠は、パドマを小脇に抱えると、飛び降りて、下にいるみんなの少し上で止まった。足から生やした剣を柱に突き刺しているのだ。落ちた途端、より一層人が集まって来たのだが、師匠が困っている顔をしているのに気付いて引いて行ったので、飛び降りた。

 着地次第、パドマは師匠の手をぺしぺし叩いて、解放してもらった。解放されると、師匠を一瞥することもなく、三姉妹の所へ行った。

「はい。福のお裾分け」

「「「ありがとう」」」


 その後も、飲み食いしたり踊ったりしていたのだが、見たことある男が柱を上り始めたのを見て、パドマは帰宅を決めた。



 お祭りをしている地域から離れていることもあって、唄う黄熊亭は、通常営業をしている。だから、ヴァーノンもパドマも、いつも通り手伝いに入る。

 師匠は、いつものように営業時間前から、持ち込んだお菓子を食べていたが、ヴァーノンを見つけると、パドマに青いデイジーを渡した。ヴァーノンを指差して、渡せとジェスチャーで訴えている。

「これを、お兄ちゃんに渡せばいいの?」

 以前、剣をプレゼントする時は、直接ヴァーノンに渡していた。だから、恥ずかしくて自分ではできないということではなく、パドマからのプレゼントとして渡せということだろう。女の人に渡すという話を聞いて、花は女の人に渡す物だと思ったのだが、そもそも取ってきたパドマは男ではない。男にあげても良かったのか、と初めて気付いた。黄色いルドベキアは、ママさんにあげてしまった。マスターにも取って来れば良かったと反省した。


「お兄ちゃん。今日ね、お祭りに行ってきたんだけど、これね、福の花なの。ただの迷信だけど、師匠さんが分けてくれたから、もらって」

 花を差し出すと、ヴァーノンは、一瞬驚いた顔をして、受け取った。福の花と言う割に、手にした時から少ししなびているのだが、ヴァーノンが、嬉しそうに微笑んだ。

「来年は、俺が取ってきて、お前にくれてやろう」

「え? お兄ちゃんって、綱渡りまでできるの?」

「やったことはないが、綱渡りくらいできなければ、お前の兄は務まらないだろう。できる人間がいるのであれば、やってみせるさ」

「そうなんだ。そりゃあ、勝てないな」

 他の人間が言ったのだとしたら、パドマも信じない。だが、ヴァーノンは、いつだってそんな感じで、何でもできるようになる。だから、森で2人きりでも死ななかったのだ。やる気をだした兄は、師匠並みのスペックになるかもしれないと、少しパドマは恐ろしくなった。


 店が開店し、イレがやってくると、師匠はまたパドマに青いデイジーを渡した。ヴァーノンと同じように、渡して来いと手で訴えてくる。

「え? イレさんは、師匠さんが渡した方が良くない? なんでだよ」

 意味がわからないが、泣き落としをしてくるのではなく、怒る師匠の顔が可愛かったのと、相手をするのが面倒なので、折れることにした。

「イレさん、いらっしゃい。あのね、これお祭りの福の花なんだけど、師匠さんがイレさんに渡せって絡んでくるから、もらってね」

 パドマが卓に花を置くと、イレはまだ酒を飲んでないのに、泣き出した。

「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」

 パドマは、イレの反応が怖かったので、無言で逃げ出した。今日は、イレの卓には、注文を取りにも行かないし、ごはんを食べにも行かなかった。


 パドマが、そろそろ部屋に寝に帰るか、と思ったところで、師匠は、紫のデイジーを渡した。

「今度は、誰に渡してくるの?」

 パドマはげんなりしたが、師匠は、猫の手棒でパドマの鼻をつつき、頭を撫でた。

「ウチ?」

 師匠が頷いたのを見て、パドマはバツが悪くなった。パドマは師匠に日常的に物をもらっているが、まったくお返しをしようと考えたこともなかった。山程あった花の1本くらい、子どもでも贈れただろうに。

「ごめんね。師匠さんが1番花が似合うのに、渡す花がなくて」

 パドマがうなだれると、師匠は首を横に振って、口をパクパク動かした。口唇術の心得などないパドマも、これは理解できた。

「ありがとう?」

 師匠は、2度うなずくと、猫の手棒でパドマの頭をなでて、自席に戻って行った。

うっかり、いつもの倍量になってしまいましたが、2つに分けず、このまま投稿させていただきます。


次回、サプライズ。

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