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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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95.タランテラレッスン開始

 パドマは、店の開店と同時に見つけた虫のおっちゃんに、「殺人蝶なんていないじゃん!」と文句を言ったら、お詫びにタランチュラの唐揚げをもらった。いらないと言ったのに、どうしても食べて欲しいと言われ、渋々食べたら、美味しかった。腹は甲殻類の味噌味で、足は乾燥イカの炙りのような味がする。ダンジョンの大きなタランチュラを見た後に、現実のタランチュラを見ても、おもちゃのような可愛さだ。まったく抵抗もなく齧っていたら、嫌そうな顔をして見ているヴァーノンに気付いた。そういえば、ヴァーノンは、どんな飢餓状態でもゲテモノ系は口にしない男だった。パドマの行動を止めないなりに、やめたせたいのだろう。ヴァーノンの考えは伝わったが、パドマはもらった分は全部食べる気になっている。そのままモニュモニュと食べ続けた。

「お兄ちゃん、明日から、ダンジョンで踊ってくるね」

「何を言っているんだ。ダメに決まってるだろう」

「師匠さんが、踊りが上手なの。教えてもらってくる。最初は、多分、見て振り付けを覚えるだけだよ。全然わからないから」

「やらなくていい」

 何故、踊らなければならないのか、パドマだってよくわかっていない。兄を説得する情熱はなかった。

「そっかー。まぁ、いっか。毒で死ぬ方が、マシな気もするし」

「毒って、何だ。死ぬって、何だ。もうダンジョンに行かなくていい」

「わかった。もういい」

 本当は、まったく良くないが、久しぶりにダンジョンに行って、少しだけ満たされたので、パドマは気にしないことにした。多分、ケガが治れば、嫌だと言っても、師匠にダンジョンに放り込まれる気がしているので、今から焦ることはない。

 パドマがやる気をなくしたら、師匠が懐中から蝋板を出して、何かを書き付け、ヴァーノンに見せた。

「本気ですか?」

 ヴァーノンは、蝋板とパドマを順に見比べて驚いている。蝋板には、『パドマに踊りの才能アリ。上達次第、踊り子に転職。ダンジョン卒業予定』と書かれているのだが、勿論、そんな予定はない。

「どんな踊りだ? 物になりそうか?」

「なんか、やたらとくるくる回る踊りだよ。半年で習得しろって言われたけど、絶対に無理だね」

「半年練習して踊れない踊りって、なんだ?」

「タランチュラだよ」

「それは、お前がかじってるヤツだろう」

「タランチュラにかじられた踊りだよ。知りたきゃ、師匠さんに見せてもらえばいい。難しすぎて、訳わかんない踊りだよ」

 ヴァーノンは、パドマに説明させるのは、諦めた。隠しているのではなく、本気で理解していないな、と思ったからだ。パドマへの尋問を諦め、師匠に向き直った。

「初回練習日時を教えて下さい。一度見せていただいて、それから考えます」



 次の日、朝ごはんの待ち合わせに行くと、イレは、地べたに転がっていた。横にいつも通りの可愛い師匠が、涼しげに立っているのとは対照的に、とても見苦しかった。

「おはよー。イレさん、何してんの?」

「昨日の踊りが、どうしようもなく気に入らなかったらしくてね。朝までずっと鬼レッスンを受けてたんだ」

「え? そんなに厳しいの?」

 半年で踊れるようになるのは無理だと思っていた。だが、寝る時間を惜しんで練習するとなると、話は変わる。半年で何年分もの練習量を作るために、一日中踊らされて、結果、半年も持たずに潰れるのだろう。男女ペアな時点でやる気が失せている。踊りの難易度に引いている。体力的にも保つ気もしない。それは、師匠も気付いているだろう。その上で、半年以内に仕上がることを目標とするならば、パドマも猛練習を課されるかもしれない。

「世界を目指せ、って意味のわからないことを言われたよ」

「イレさんの踊り、上手だったもんね。期待されてるんだよ、きっと」

 パドマの言葉に、イレは、腕の力で上半身を立ち上がらせた。

「本当? やっと財布以外で、パドマに褒められたー」

「うんうん。上手上手。今日も頑張ってね」

 パドマは、楽しげに微笑みを浮かべている。師匠ばりの微笑みだ。これは、悪い兆候に違いない。イレの顔が強張った。

「何を企んでるの?」

「厳しい指導をイレさんに受けてもらって、自分はレッスンを逃げれたらいいな、と思ってる」

「褒められてたんじゃなかった!」

 イレは拗ねて、また道に転がった。



 朝ごはん終了後、ダンジョンセンター前で、ヴァーノンと綺羅星ペンギンの有志と合流し、中に入場する。踊りの練習会場は、1階層の人も芋虫もいない適当な部屋である。

 パドマだけは車イスに座って、他の男たちは床に座って、イレと師匠の模範を見ることで、踊りの説明に変えた。

 イレは、師匠の鬼特訓を受けたと言っていたが、パドマの目には、違いは感じられなかった。強いて言うなら、笑顔が増えたことと、キスをしてなかったくらいしか、変わりなかった。あれは、振り付けじゃなかったようだ、とパドマは胸を撫で下ろした。手を繋ぐのはデフォルトのようだが、まだマシだと思える。

「あれをパドマが踊るのか? 無理だろう」

 パドマの隣に座っていたヴァーノンが、心配そうにパドマを見上げた。

「無理としか思えなくても、やらなきゃいけない時ってあるよね」

「そんな時もあるかもしれないが、踊りはしなくても良いだろう?」

「体力が落ちたから、身体を動かさないとだけど、外は暑いし、涼しいダンジョン最高じゃん。でも、ここで昼寝する訳にもいかないし、稼ぎに行ったら怒られるし、みんなが踊りの練習してるのを見てるのもいいよね」

「わかった。無理をしない範囲なら、通ってもいい。毎日は無理だが、俺もたまには練習に来よう。今日はもう帰るから、後で今日の練習メニューを教えてくれ」

「何言ってるの? お兄ちゃんは、踊らなくていいよね。あれ? 折角だから、覚えた方が良いのかな?」

 料理だの商売だのの勉強をしている兄に、これ以上の面倒は増やしたくない。だが、ヴァーノンは、たまにパドマについて、ダンジョンの奥まで来る。死なない方法を知らずに、死んでしまったりしたら、パドマは泣く。絶対に後悔する。

「踊れる気はしないが、努力はする。他に一緒に踊る候補がいないだろう」

「そっか。お兄ちゃんなら、気兼ねなく手を繋げるね」

「そう言うことだ。じゃあ、もう行くが、くれぐれもケガを悪化させるなよ?」

「ありがとう。お兄ちゃん」

 パドマは、手を振って、ヴァーノンが帰っていくのを見送った。

 その後ろを羨むような視線が大量発生していたが、兄も妹も、妹と兄しか見ていなかったので、気付かなかった。



 踊りの振り付けを教えてくれるものだと思っていたら、まずは身体をほぐすストレッチをしてから柔軟運動をさせられた。今は、綺羅星ペンギンの男たちしかできないが。2人1組で、足を前に投げ出して座る係と背中を押す係に別れて、うめき声をあげながら頑張っている。踊り係は15人で1人あぶれるのだが、係でもないのに来ていたグラントを混ぜて、丁度8組にした。

 イレは、もう動きたくないと、すみっこに転がっているし、パドマはブーツを脱がされて、足の指を動かす練習を座ったままやらされていた。何の役に立つのかは、知らないが。


 一通り踊り係の柔軟運動が終わったら、師匠は、そちらに行って、全員を立たせた。細身の木刀を持って、姿勢が悪い部分をぺしぺし叩いて歩いている。お手本が横に転がったまま機能していないし、先生は喋らない。完成形がわからず、会得は難しそうであった。

 立ち姿に満足すると、歩く練習が始まった。摺り足のような独特の動きで歩く師匠を参考に、踊り係が真似して並んで歩いている。かなり頑張っていそうな男も、優雅さがまったく似ても似つかないし、大半の男は、本気で真似をしているか、問いたいレベルだった。師匠に木刀で叩かれ、できていないことは理解しているだろが、物を言わぬ師匠は指導者に向いていない。なかなか改善されなかった。

 そこまで終了すると、解散になった。パドマも一度退場して、ごはんを食べに行く。


 午後は、みんなはいつもの仕事に行ってしまうので、恐ろしいマンツーマンレッスンである。

 座ったまま変な足の形の立ち方を見せてもらって覚え、立って師匠の腕を支えにやってみる。

 いつ鬼師匠に豹変するか、パドマは気が気じゃないのに、師匠が至近距離にいる現実に泣きそうだが、師匠は、気にせず木刀でパドマの足を突き回していた。


 師匠は満足すると、サスマタでパドマの腕をつかみ、帰り始めた。これから鬼特訓をされるものだと思っていたパドマは、肩透かしをくらった。ケガの所為でできることが少ないのはわかるが、それでも簡単には解放されないだろうと思っていたのだ。

 てくてくとついて行くと、いつぞや連れて来られた靴屋に着いた。その後、サイズアップする度にお世話になって、今履いているコンバットブーツも、こちらの靴屋で購入したものだ。師匠の監修を受けずに、パドマが買った物なので、気に入らないということかもしれない。

 この店は、師匠が入店するだけで、自動でパドマサイズの靴が並ぶお店になっている。なのに、師匠は、別のところからわざわざ靴を取ってきて、パドマに履かせた。店員さんが2人、とてもショックを受けた顔をしているので、パドマは大変申し訳ない気持ちになった。

 師匠が選んだのは、薄ピンクのソックスタイプのブーツだった。店員さんが持って来ないのも納得の、今まで購入してきた靴とは、機能もデザインもまったく異なる靴だった。靴底まで柔らかい革が採用されていて、まったく武器にならない靴に、パドマの眉間にシワが寄ったが、師匠は気にせず購入した。

 立って歩くと、とても軽いし、足首が自在に動いて歩きやすかった。それでも、あまりの頼りなさにパドマは、そわそわしてしまうし、元に戻れなくなるのではないか、と不安になった。

 髪は結い上げられ、服は軽くなり、靴も軽くなった。寝てばかりいて、力はなくなり、身体は重たくなった。今は、ケガをしている。無茶はできない。それをいいことに、このまま普通の女の子になってしまえと、周りに押し付けられている気がするのだ。普通の女の子にされてしまえば、パドマは生きていくことはできない、パドマはそう思っているのに。そこに、パドマの幸せは、転がっていない。パドマは、息苦しさを感じた。



 パドマは、寝る前に、ヴァーノンに今日のレッスンの内容を話したのだが、同時に別の報告を受けた。パドマにとって、思いがけない話だった。

「ジュール君を解雇した」

 ヴァーノンは、パドマの布団をキレイに直しながら、何ということもなさそうに、言った。ジュールは、ヴァーノンの友だちなのではなかったのだろうか。

「なんで?」

「パドマが心配していただろう? 誰かと結婚する気があるのなら、もう少し給与をもらえる仕事をしろ、と伝えた。うちは、尋常でない低賃金だからな。ついでに向いてない探索者にしがみ付くのも、やめた方がいい、と言っておいた」

「なんで!」

「少しでもマシな男になったら、安心できるんだろう? まぁ、言っただけで、聞き入れられるかはわからないが。お前が友だちを心配する半分くらいは、俺もジュールを心配している」

 ヴァーノンは、パドマの横に座って、パドマの頭を撫でた。パドマが、下を向いて泣き出したからだ。パドマは、小さい頃から、すぐに泣く。少し前は、マシになってきたように思っていたが、最近は、小さい頃よりひどくなっているような気がする。抱いてあやせばすぐにおさまりそうなのだが、人に見られると誤解を招くのが、ヴァーノンの悩みだった。

「友だちを取られたら嫌だ、って言ったのに」

「そうだな。お前が嫁に行かないのは、お前の勝手だが、友だちの邪魔はよくないぞ。ただでさえ、新星様で、部下が街を制圧できそうなくらい沢山いるんだからな」

「本当に、結婚するのが、幸せなの?」

「幸せになれない人もいるが、幸せになる人もいる。恐らく、お互いの好き嫌いも、それほど関係ないと思うぞ。結婚に必要なものなんて、2人が結婚をしている状態を、どれだけ真剣に維持する気があるかないか、それだけだろう。好きな相手なら、多少は我慢する気持ちも起きやすいかもしれないが、結局、誰が相手でも、ダメになる時は、ダメになる」

 結婚は、自由恋愛の先にあるものではないと、パドマに教えてくれたヴァーノンが、また夢のない話を教えてくれた。

「お兄ちゃんも、結婚で幸せになれなそうだね」

「俺の父親と、お前の母親の結婚は、それは酷かったからな。あれがアリなら、なんでもアリだ。夢も希望もなかった」

 パドマが、初めて聞く話だった。父も母も、あまり興味を持ったことがなかったので、話をねだったこともないし、もしかしたら聞いた話も忘れているかもしれない。なんだか知らないが、そんなにすごい話なら、興味をそそられる。

「どんなだったの?」

「人には言えない。口にはできない。聞かないで欲しい」

 ヴァーノンは、顔を赤くして、ふいっと横を向いた。父か母かその両方が、相当だったようだ。2人ともおかしかったならば、自分は兄とお揃いだな、とパドマは少し嬉しくなった。

次回、お祭り

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