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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
94/463

94.タランテラ

「イレさん、蝶の次は、見に行ったらダメかな?」

 焦がれたトンボの次の殺人蝶は、勘違いだった。攻略も何もなく、ただ通り抜けるだけの階だった。

だとしたら、今のパドマの求める物ではない。パドマは、強敵に悩みたくて来ているのだ。

「なんで? 次のは、まったく可愛くないよ。見たって、面白くもなんとも、、、。そうか。パドマ、タランテラって、踊れる?」

「踊り? そんなのは、見たこともないよ」

 パドマは、首を傾げた。踊るという言葉は知っているが、プロもアマも子どもも含め、踊っている人は見たことがない。何があると踊るという事象が発生するのかも、知らない。

「師匠! パドマは、踊り全般知らないみたいだよ。どうせしばらくダンジョンは休みなんだから、その間に教えてあげたら? でないと、危なくて先に進ませられないよ」

「ちょっと待ってよ。踊りとダンジョンに何の関係があるの? 絶対、関係ないよね。騙して変なこと教えてくれなくて、いいよ」

「関係ありありだから。踊れないと、死ぬかもしれないんだよ? 踊りたくないなら、別に覚えなくてもいいけど、覚えないと先には進ませないからね!」

 師匠がおやつを片付けて、車イスを持って降りてきた。

「座って。次を見せてあげるから」



 階段から見る蝶はキレイだと言っていたパドマは、フロアに降りて見る蝶は、気持ち悪がった。パドマが、蝶を嫌いだからである。今日は、大嫌いだと喧伝していたアシナシイモリすら直視していたのに、蝶の階層は、車イスの上で手縫いで顔を覆って、小さくなっていた。

 下に行こうと言ったのも、沢山の蝶を見て喜んでくれるかな、という気持ちがあったので、イレは困り顔になった。いつぞや芋虫は愛でていたのに、蝶がダメな理由がわからなかった。芋虫に羽を生やしたのが蝶じゃないのかな、とイレは思ったが、言わなかった。


 43階層と44階層の間の踊り場まで運んで、イレは、パドマに声をかけた。

「蝶は、もう終わったよ。次に行くよ」

「蝶キモい。蝶怖い。蝶嫌だ」

 手縫いを取ったパドマは、涙目になっていた。視界を覆ってみたところで、すぐそこに大量にいるのがわかるのに耐えていたからだ。沢山いすぎだからか、サワサワと羽音が聞こえるし、何かが動く気配が全方位から漂ってくるのである。その点では、あまりよくわからないアシナシイモリの方が良かったな、と思っていた。

 パドマは、すぐに立ち上がって階段を降りていったが、少しふらふらしている。ダンジョンの階段には手すりはついていないし、よろけていて危ないので、助けに行こうかイレが迷っていると、大分手前でパドマは座り込んだ。

「だから、言ったのに。可愛くないでしょう? もう帰る?」

 パドマの視線の先には、蜘蛛がいる。全身ふさふさの毛に覆われた蜘蛛や、子どもを大量に背負っている蜘蛛、てんとう虫のようなくっきりとしたカラーリングの蜘蛛などが点在している。通常の大きさでも充分どうかと思うのに、パドマの腰くらいの体高の大きい蜘蛛もいる。目と大アゴが、とても怖いと思う。蝶を怖がる子どもに見せるような物だとは思われない。イレは、冷や冷やしながら、パドマに声をかけたのだ。

「そうだね。あの背中にいる子どもが、好きになれる気がしない」

 先程までは濡れていた瞳は、完全復活を遂げていた。いつもと同じ顔で、蜘蛛の値踏みをしている。先に降りた師匠は、蜘蛛を幅広剣で切っては隣の部屋に蹴飛ばして、部屋の掃除をしていた。

「あれらは全部タランチュラって呼ばれる蜘蛛でさ。まぁ、それほど大した相手でもないんだけど、猛毒があってね。噛まれると、死んじゃうこともあるんだよ。だけどね、噛まれてすぐ、タランテラって言う踊りを踊れば、毒が抜けて助かるんだ」

「ああ、さっきの話か。そういう話って、たまにあるけど、絶対に迷信だよね。そんなことある訳ないじゃん」

 パドマは鼻で笑ってしまったのがいけなかったのか、イレの目が冷えていた。

「ただの迷信なら、覚えろなんて言わないよ。ここで踊れば、ダンジョンマスターの魔法が発動して、解毒されるから助かるんだよ」

「マジか。何考えてんの、ダンジョンマスター」

 パドマの脳内で、踊り狂うミミズが大量発生し、気分が悪くなった。

「それが本当の証拠にさ、この階層には全室にタンバリンが用意されてるんだよ。踊るのに必要なのに、誰も持って来ないからさ。親切だよね」

「そ、そうだね」

 イレの指差す壁に、タンバリンが4つ下げられていた。絶対に、ダンジョン攻略に関係ないアイテムが、そこにある。この部屋だけなら、イレがふざけて置いた可能性が高いが、本当に100部屋全室に置いてあるならば、その心意気に免じて騙されてあげなければならない。パドマは、覚悟を決めた。

「わかった。覚える。見せて」


「お兄さんが男役。師匠が女役。基本は2人組で踊るんだけど、パドマは師匠の踊りだけ覚えたらいいから」

「わかった」

 そんなやりとりの後、始まった踊りだ。パドマは、何で踊りだよ、というテンションで見ているのに、とんでもないものがスタートした。

 イレと師匠が、手をつないだり腕を組んでいる時点で嫌だ無理だと思ったのに、ソロパートの方がすごかった。足があり得ないくらいに真っ直ぐ上に蹴り上げられたり、片足を後ろに上げながら移動を続けたり、ずっとくるくる回ったりする。ただ歩くだけに見えるパートも何かおかしい。師匠のだぶだぶの服の所為で、今ひとつ判別できないが、複雑な変わった足の動きをしている。そして、ちょっと歩いて移動すれば良いところを、何故いちいち回転しながら進むのか!

 イレもおかしな動きをしていた。ぴょんぴょん跳ねて、くるくる回ると言えば同じようなものだが、イレは、大きく横に跳びながら回転していた。タンバリンは、踊っている時に手に持っていると、音が鳴るアイテムなのだと思っていたのに。上げた手に握られたタンバリンを、足で蹴って鳴らすのだ。絶対に、反対の手で叩いた方が楽なのに!

 1つひとつの動きもできる気がしないのに、その踊りは、食事にかける時間より長そうだ。そう思うくらいに長いこと終わらなかった。その間、休みなく、ぴょんぴょんくるくると踊り続けるのだ。体力を考えただけで、できる気がしない。ソロパートの時は、片方は隣の部屋に消えている。休み時間なのだろうが、その時間はその時間で、隣の部屋の蜘蛛を蹴散らしているのだろう。実質休みはない。

 蜘蛛に噛まれて、痛いよー、となっているところで始める踊りでは、絶対にない。頭がおかしい。

 真面目に覚える気が失せて、だれて見ていたら、最後にイレがキスをして、2人は消えていった。ただの恋人同士のイチャイチャなら無視するが、あれが振り付けだったのなら、死ぬ。もう毒が回って死ねばいい、とパドマは思った。

 キスをした直後、天井から見たことのない金色の光が降ってきた。あれが噂の魔法なのだとしたら、バカにするのはやめて、覚えなくてはならないのだろう。踊らなくてもキスだけしたらいい、と言われるよりは、踊る方がいい。


 戻ってきた2人は、お辞儀をすると、階段に戻って来た。腹立たしいほどに、2人ともいつも通りだった。息も乱れていないし、踊る前と寸分変わらない姿だ。こんな体力おばけ超人と同じ土俵にあげられてはたまらない。

「どう? 覚えられそう?」

 心配そうな顔をしてイレは、聞いてくるが、そんな顔をしている時点で、聞かなくても答えはわかるだろう。パドマは、キレぎみで答えるしかない。

「半年みっちりやっても無理だ」

「そうだよね。お兄さんは、覚えるのに10年以上かかったんだよ。師匠は半日でできたらしいから、間を取って、パドマなら半年でできないかなぁ? と思ったんだけど」

「無理だ」

「でも、練習はしてみてね。一部だけでも踊れたら、魔法が起動するかもしれないしさ」



 パドマは、1階層までイレに送ってもらった後、真っ直ぐ綺羅星ペンギンにやってきた。いつものように、グラントが出て来たので、用件を告げる。

「こんにちは、パドマさん。その後、おケガの具合はいかがでしょうか?」

「久しぶり。任せっきりで、ごめんね。過保護にされてるだけだから、もう問題ないよ。今日はね、踊り係を作りに来たんだけど、いいかな」

「踊り、ですか?」

「44階層の毒蜘蛛に噛まれても、命が助かる踊りがあるんだって。それを習うことになったんだけど、一緒にどうかな、と思って。眉唾だけど、知ってて黙ってるのも、気持ち悪いから」

 パドマは、未だに信じてはいない。そんな阿呆な話を人に言うのは正気じゃないと思っているが、明日から師匠のマンツーマンレッスンを受けるのが嫌だったので、生贄を探しに来たのだった。生徒が増える毎に、パドマへの風当たりが弱まるかもしれない、という期待をしている。

「なるほど、それは需要がありそうですね」

 意味のわからない話をしているのに、グラントは、真面目な顔で頷いていた。今日も、グラントの忠誠心は、おかしなことになっているらしい。

「需要? そんなダンス好きがいたの? 本当に?」

「いえ、物になれば、ショーの出し物が増えます。制限人数や選抜基準は、御座いますか?」

「あんまりいっぱいいても練習する場所が狭くなるし、多くても15人くらいかな。毒蜘蛛対策だから、真珠部隊はほぼ確定。他は、真珠部隊になる人に仕込める人で、真面目に覚える気のある人がいいかな。仕事に差し支えのない範囲で、是非参加して欲しい」

「かしこまりました。選抜致します」

「ありがとう。くれぐれもよろしくね」

 グラントと話した後、施設内を一周して帰った。空飛ぶペンギンは、まだ発生していなかったが、ジャイアントペンギンの成鳥が、15羽もいた。エンペラーペンギンもいれば、キングペンギンもいる。これは、エサ代が大変だぞ、と思った。だが、今日は商品案もない。ペンギン食堂でお昼を食べて、微力ながら売り上げに貢献してから、帰った。

次回、レッスン開始。

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