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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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92.婚約者ジュール

 翌々日、パドマは、師匠連れで、ミラたちのところに遊びに行くことになった。

 一昨日は、復帰初日だったのに、少しでも早く体力を戻そうと、散歩に散歩を重ねて、結局倒れた。多分、熱中症になったのだ。ダンジョンにこもってばかりで、暑さに慣れていない身体を厚着させて、日に晒して歩き回った結果である。休憩は挟んだし、水分補給もお腹がタプタプになるくらいしていたつもりなのに、意識が飛んだ。触るなというお願いを師匠が最後まで守ったので、身体が火照っているのに気付かれなかったのだ。

 ヴァーノンに外出禁止令を出されそうになったところに泣きついた結果、友だちの家に遊びに行く許可は出た。室内で大人しくしてる以外の外出は、禁止されてしまった。朝ごはんも、店内席に変更するくらいに、師匠も怒っている。どのくらい怒っているかを示すために、怒り眉メイクをしているのが、本気なのか、ふざけているのかがわからなかったが、2人共怒っているようだったし、マスターたちも、パドマの味方にはなってくれなかった。


 今日は師匠協賛なので、本家カエル餅とブルーベリームースとお弁当を師匠に作ってもらったものを、お土産として持参した。パドマは機織りができないので、師匠に代わってやってもらう約束も取り付けてきた。ケガをしている間は、会いに行きたくなかったが、外出禁止令が出る前に会っておきたいと思ったのだ。なんだかんだとケガばかりしているので、最近、ちっとも遊びに行けていない。なんでもいいから、顔を見たい。



「こんにちはー」

 家を覗いていたら、リブが出てきた。リブは、パドマの顔を見ると走り寄って来て、師匠に阻まれた。パドマに近寄れないリブは、とても困っている。

「パドマ、パドマ!」

「師匠さん、何をしてるの? 大丈夫だよ。リブはいい子だよ」

 パドマが止めても、師匠は引かなかった。今度こそつつがなく連れ帰ると、意地になっているのかもしれない。師匠をどけようと奮闘していたら、ミラとニナも出てきた。いい加減にしないと、ご近所迷惑になるかもしれなかった。

「ごめんね。右腕ケガしちゃってさ、師匠さんが神経質になってるの。みんなは、右腕さわらないでいてくれるよね? ほら、約束してくれるから、大丈夫だよ。どいてよ!」

 師匠は、とても嫌そうな顔で、パドマの前から後ろへ移動した。その間、師匠の右手が袖に隠れたのをパドマは見逃さなかった。

「武器を抜いたら、マジで許さねえからな?」

 師匠だけに聞こえるように言ったら、師匠はビクッと過剰に反応した。


「久しぶりね、パドマ。随分とイメチェンしたのね?」

「すごい可愛い。好き」

「えー? 前の格好良いのが良かったよー」

 ダイニングに移動し、持ちが悪いムースだけ食べたら、いつもの部屋に行って機織りおしゃべりタイムになった。

 ここで驚いたのは、師匠の機織りスキルだ。

 3人娘で1番上手なミラは、幾何学模様や豹柄のような不規則な柄をすいすい織っていたのだが、師匠は絵画作品を織っていた。需要があるかはわからないが、技術はすごい。何色使っているのかもわからないし、織り図もなく、織るのが尋常ではないほど早い。万能師匠も、機織技術はないから、ここに連れて来られたのだと思っていたのに、違ったらしい。

 自分だけ何もしないのも何となく嫌なので、パドマは刺繍をしながら、おしゃべりに参戦した。刺繍枠を足で固定していて大変お行儀が悪いのだが、パドマは行儀を気にしたことがないので、気にしない。師匠に睨まれているが、気にしない。ミラたちにも驚かれているが、気にしない。


 どうしてケガしたの? からスタートし、最近何してた? という近況報告を経由して、何か食べたい物はある? というリクエスト調査に話が推移したのだが、どうにもリブの元気がないようだった。以前から、口数は少なく、大人しい傾向にあったような気はするが、どんな話題にも乗って来ないなど、なかなかない。時に上の空であったり、話そうとしてやめたり、なんとなく変だった。刺繍を一生懸命取り組んでいないパドマは、気になって仕方がなかった。

「リブ、どうしたの? 何かあった?」

「パドマのお兄さんを紹介して欲しい!」

 急にリブが叫んだと思ったら、リブの口をミラがふさいだ。脈絡もなく姉妹の小競り合いが始まり、ニナがやり途中の機織り機を避難させた。また師匠が壁になったので、パドマから姉妹がよく見えなくなってしまった。

「お兄ちゃん? なんで、お兄ちゃん? 聞いてみるのは構わないけど、今仕事を4つくらい掛け持ちしてて忙しくしてるし、丁度怒られてるところだから、話を聞いてもらえる自信はないかな」

 機織りを片付けたニナが、自分の織り機を持って、パドマの横に座った。絶妙な小声で、状況を説明してくれた。

「ミラ姉ちゃんのところに縁談がきたの。相手が隣のジュール。断るための偽の恋人を探してる」

「ほうほう。なるほど」

 ミラは、パドマより年上である。まだ結婚などしなくても良いのではないかと思われるが、早い娘なら結婚している年齢にはなっている。これから数年、婚約期間を設けるのであれば、縁談が来ていてもおかしくはない。どこから来ているのかは聞きたくもないが、パドマにも何件か来ていると、ヴァーノンが愚痴っているのは聞いたことがある。だったら、ミラにだって話くらい、いくらでも来るに違いない。パドマの話に怒っていたヴァーノンならば、助けてくれるかもしれない。

「でもさ。人柄はともかく、アレの稼ぎで所帯を持っていいの? 弁当売りもダンゴムシも、安いハズだけど」

 ジュールは、まったく荷運びに向いていないパドマよりは、ダンゴムシを大量に運べると思うが、どうしたって単価が安い。その上、おしゃべりに夢中で、熱心ではない仕事ぶりも何度も見かけている。あれなら、綺羅星ペンギンのチンピラたちの方が、余程マシだと思う。奴等は、一部を除き、ダンジョンに投入すれば、どこまでも突入していって、稼げる。前科によっては紹介できないが、それでもジュールよりはマシに思える。パドマは、住める家があって、腹が空かない程度に食えて、そこで初めて好きとか嫌いとか考えようぜ、と思う派である。アーデルバードは、女1人で就ける仕事はほぼない。女は組合から弾かれるので、まともな仕事に就くには男の名義人がいる。夫が働かないなら、妻が頑張れば良いとは言えない環境なのだ。パドマはヴァーノンがいれば、城壁外で腹ペコでもついて行くが、亭主など、稼がないなら万能師匠でも捨ててきた方がいいと思う。

「家の仕事を手伝わせれば、大丈夫だって。転職させたい隣のおじさんが、所帯を持てば男は変わるって言い始めて、嫁にやりたくないうちの父さんが、どうせ出さなきゃならないなら、お隣にしようって」

「利害が一致しちゃったのか。ジュールは何て言ってるの?」

「他に好きな人がいるから、嫌だって」

「何だそれ。クソむかつく男だな。ミラの何が不満だ。絶対、嫁に出したくないね。よくわかんないけど、とりあえずお兄ちゃんに聞いてくるよ。最悪、この壁も男の端くれだし、活躍させよう」

「師匠さんは、パドマのいい人なんじゃないの? いつも一緒にいるって噂だよ」

「それ、前に否定したよね。絶対に違うから」

「だって、今日なんて、わたしたちからも必死でパドマを守ろうとして、大事にされてるよね。誰にも言わないし、隠さなくていいんだよ?」

「ウチがケガしたのは師匠さんの所為だって皆に叩かれて、外面を保つために治るまで看護してくれてるだけだよ。しゃべれないし、ウチも言うこと聞かないし、それで一昨日一緒にお兄ちゃんに叱られたから、実力行使をしてでも無事に帰してやるって、頑張ってるだけでさ。どっちかっていうと、お兄ちゃんが好きなんじゃない?」

 師匠は、壁になりながら、どちらの話に介入すべきかオロオロしていただけであったが、ミラとリブの小競り合いが終了したようだった。リブは、猿ぐつわをかまされた上で、縛られて転がされている。ミラは、なかなかの武闘派のようだ。パドマに向けて、お願いを始めた。

「パドマ、紹介はいらないからね。わたしは、ジュールでいいから」

 パドマは、雷に打たれた。パドマはジュールに初見から否定的感情しか抱いたことはなかったが、それがミラに適応されないこともあると、考えていなかったことに気付いた。友だちのいい人を悪く言ったら嫌われてしまう。それは、わかる。だから、急速に日和った。

「え? ああ、好みは人それぞれだもんね?」

「違うわ。わたしが逃げたら、リブに回るでしょう?」

「それは、難解な問題だな。こんな時、師匠さんならどうする?」

 年長者に話を振ってみたのだが、首を振るだけで、役には立たなかった。



 聞かないままに事態は終わっているよりは、良かったかもしれないし、無駄に聞いて悩みが増えただけだったかもしれない。

 パドマは、ミラの家から帰ってきたら、ベッドに大人しく収まって、ずっと考えごとをしていた。何をしたらいいのかもわからないし、どうしたいのかも複雑だった。

 ごはんも食べずに、うなっていたからだろう。師匠がヴァーノンに変わっていた。ヴァーノンは、パドマの左手をつかんで、ふにふに握っていたので、ようやくパドマはその存在に気付いた。

「お兄ちゃんだったのか」

「用意してもらったんだ。食べれないんじゃなければ、食べろ」

「あー、うん」

 ヴァーノンに背中を押されて起き上がると、師匠が持って来てくれたベッドテーブルの上に、食事が乗っていた。片手でも食べやすいサンドイッチや串打ちされたつくねなどが乗っていた。パドマは、自分が恵まれていることを実感して、涙をあふれさせた。

「なんだ、どうした? とうとう俺も嫌になったか? ナイフで刺すか?」

「違う。お嫁に行きたくない、って思った」

「行かなくていいぞ。もうそのつもりで、動いている。誰も反対しない」

「誰も?」

「お前の結婚を決めるのは、今のところは、俺の役目だと周りには思われている。親はいないし、兄だということになっているからな。しばらくすると、俺はマスターの子になる。それでも恐らくお前は俺の子なんじゃないかと思うんだが、マスターのところにも縁談が持ち込まれるかもしれないだろう? だから、マスターにも、ママさんにも、パドマは嫁に出さない話は通した。行きたくなったら行ってもいいが、遠慮なくここにいればいい」

「ウチの結婚は、お兄ちゃんが決めるの?」

 パドマは、驚いた。結婚をする気はまったくなかったし、興味もないので気にしてもいなかったが、結婚は自由恋愛の先にあるものだと思っていた。恋に落ちなければ、することができないものだと思っていたのだ。1人で恋人探しをしていたイレを見ていた所為かもしれない。

「普通の家は、男親が勝手に決めるらしい。若い女の子なんて、存在が隠されていて出会わないからな。父親のコミュニティの中で、話し合って決めるんだ。多少は、本人の意向も尋ねるだろうが、嫌だと言って他の相手を紹介されるかは、わからないからな。俺は、余程の相手でなければ、断る気はない」

「お兄ちゃんの結婚は、お兄ちゃんが決めるの?」

「要望は伝えてある。マスターが選んでくれると思うがな。そんなことより、仕事を覚えなければ、話にならない」

「じゃあ、ウチが紹介しても、ダメなのか」

「そうだな。また師匠さんを姉にしたくなったのか?」

 パドマは、ヴァーノンに変な相手を押し付けようとしても怒らないことを聖人のように思っていたが、ヴァーノンは、まだ妹は恋愛がわからない子どもなのだと思っていた。だから、相手へのご迷惑は心配するが、パドマを怒ったりしない。

「違うよ。友だちがね、ジュールと結婚させられそうで、困ってるの。だからね、その子の妹が、お兄ちゃんに恋人のフリをさせたら助けられる、って言うんだけど、そうすると妹がジュールと結婚させられるから、困るって。どうしたらいいか、わからないの。お兄ちゃんを友だちに取られるのも嫌だし、友達をお兄ちゃんに取られるのも嫌だし、どうせ結婚するなら幸せになって欲しいけど、結婚しないで一緒に遊んで欲しい。そんな最悪なことを考えてるの」

「それは助けてあげられないな。恋人のフリをすれば、一生消せない噂を作ってしまうかもしれないだろう。男の方をなんとかした方が良い。安心して任せられる男にするか、父親が受け入れられない男にするか」

「あの男に安心感はない。何をどうしても無理だ」

「そんなに悪い男か?」

 ヴァーノンは、ジュールを思い浮かべた。

 背格好は、可も不可もない。強いて言うなら、髪の色はキレイかもしれない。人当たりは良く、友人は多そうだった。特に悪い噂は聞かないし、低賃金にも関わらず、弁当屋では、笑顔で働いてくれている。何よりいいところは、ヴァーノンがパドマを可愛いと言っても、邪推なく受け取ってくれるところだ。今日見かけたパドマが、どんな風に可愛かったか、教えてくれるのも悪くない。

「ウチの結婚相手がジュールだったら、どう思う?」

「合法的に殺して来よう」

 パドマの横に立つジュール。立っているだけで許せなかった。イギーなら、まだギリギリ許せた。あの資金力は、妹を幸せにする可能性がある。だが、ジュールに何があると言うのか。パドマが恋心を抱いていたとしても、横に立たなくていい。

「多分、同じ気持ちでいる」

「なるほど。理解が足りなかったようだ」

 所詮他人事だと思って、真剣に考えてなかったと、ヴァーノンは謝罪した。

次回、ケガは治ってないけど、ダンジョン。

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