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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
88/463

88.騙している訳じゃない

「悪い。1か月でいい。俺と婚約してくれ」

 朝、パドマが目覚めたら、ヴァーノンがパドマのベッドの端に座っていた。とても困った顔をして、とち狂ったことを口にしている。一切、パドマの方は見ずに、壁を観賞しているようだ。

「お花畑に困っているのは、察しがついてる。でも、相手がお兄ちゃんなら、断るしかないよ」

 パドマは、布団から抜け出して、四つ足で兄に近寄って行った。顔を真正面から見てやろうと覗きこんだら、避けられた。苦渋の決断だったことが伺える。

「今度こそ鉄槌をくだす。我慢してくれないか?」

「ウチなら、どんな醜聞が流れようと、よくあることだから、どうでもいいよ。だけど、お兄ちゃんだけは嫌だ。血の繋がりがないかもしれないのは、絶対に広めたくない。それに、お兄ちゃんが妹に手を出して、その上1月で捨てて、更に将来的に妻を迎えた後にまだ妹と一緒にいるとか、最低じゃん。絶対絶対やだよ」

「それは、、、なかなかだな。だが、他に適当な人材が思い当たらなかった。話が膨らんだ時に申し訳ないし、それを利用して近寄って来られても、嫌なんだろう? 俺なら、冗談で済ませられるかと、思ったんだが」

「あんなののために、そこまで身を切ることないよ。情報をちょうだい。今度、会う予定があるから、落としてみるよ」

「心配しかないんだが。本当に、会うのか?」

「断ることもできるけど、大人の事情ってヤツだよ。お兄ちゃん、そういうの、大好きだよね」

「大嫌いの間違いだ。森で魔獣狩りをしてる方が気楽だった。、、、1人なら」

「残念でした。ひよこみたいに、何処へでもついて行ってやる」

 パドマはヴァーノンにえいやっと飛びついた。

「うぅう」

 ヴァーノンは、身体を丸めて頭を抱えた。完全に顔を見えなくしたまま、しばらく動かなかった。



 パドマには、イギーに会わなければならない用事があった。パドマ個人とイギー個人であれば、無視してしまいたいところなのだが、綺羅星ペンギンの代表と、そのスポンサーの代表となると話が変わる。今回は、代表はグラントですよ、と逃げることができない。商家は、綺羅星ペンギンと仲を深める必要などないからだ。街の英雄、新星のパドマと懇意であることを示すことを欲している。故に、パドマは逃げることはできない。綺羅星ペンギンを見捨てる気がないのであれば。

 求められているのは、蓮を眺めながら、食事をするだけだ。一応、綺羅星ペンギンの代表はこいつだぞ、とグラントも連れて行くし、商家側の接待係の1人にヴァーノンが混ざっている予定だ。最悪、どうにも我慢ができなくなれば、助けてもらうつもりでいる。うっかりイギーを斬らない保険は、万全だ。イギーよりグラントの方が怖くて、泣きそうだし、使い方を間違うと兄が職を失う可能性があるのだが。


 いざ、イギーの家に着くと、小さな問題が発生した。パドマに師匠が付いてきたことだ。毎日一緒にいて、どこにでも付いてくるし、話を聞いてくれない師匠である。想定していなかったのは、うっかりしすぎだった。パドマだけならまだしも、商家はかなり師匠に世話になっている。仕入れの手伝いを無償でやらせたくらいならともかく、師匠グッズで儲けたのだ。お帰り下さいと言える相手ではない。

「わたしは、パドマさんの従者です。客人役は、師匠さんとお2人でお願いします」

 と、グラントが機転を利かせて事なきを得たが、また背後を任せることなんて、パドマは鳥肌が止まらなかった。何が始まる前から、涙目になっている。憂うつしかない。

 去年仕様でも大袈裟なと思っていたが、急に頼んだ去年と、頼まれる前からやる気満々の今年は、力の入れ方が違った。席の豪華さだけで、段違いだった。カーペットやテーブルなどを、これに合わせて新調したのかもしれない。野外であるにも関わらず、蓮の意匠で、見事な作りの応接セットが用意されていた。

 街の新星様人気を思うと納得しそうになるが、パドマなどただの捨て子である。豪華な食事なんて求めていないし、馬鹿げていると思っているのに、商家の皆様が本当に楽しそうにもてなしてくれるので、プロってスゴいんだな、と文句も引っ込んだ。


「よく来てくれた。待ちかねたぞ、パドマ」

 ヴァーノンと執事のようなシャキッとしたおじさんに案内され、庭に入って行くと、イギーがいた。何を考えたのか、問い詰めたいくらいに全身にピンクの何かを身に纏っていた。誰も止めなかったのか! パドマは、叫びたくなった。

「久しぶり。なんか一気に疲れたから、座って休んでもいいかな」

「大丈夫か? 中に入って、休むか? 休める場所を用意しろ」

 イギーが、周囲の大人に指示を出すと、介抱しようと思ったのか、パドマに近寄ってきた。すると、師匠が間に入って壁になり、グラントがイスを引いて、パドマを座らせた。師匠の思わぬ活躍に、パドマは驚いた。

 今日は、師匠さんをもてなす会のオマケでついて来たことにしよう、と意識を切り替えようとしたが、師匠は終始無言だ。食事会の戦力にはならない。結局、自分が表に出なければならないのかと、パドマは目の前に置かれたお茶に手をつけた。兄に、勧められてからだ! と言われた気がするが、覚えていなければ仕方ないよね、と思って、気にしなかった。


「お前、その顔は、どうしたんだ?」

 イギーの目が見開かれ、手が小刻みに揺れている。お茶を飲むために、パドマは、フェイスカバーを外した。パドマの顔の傷は大きく、跡が残った。それが目に入ったのだろう。

「ふふふ。男前になったでしょ? いっぱしの探索者に見えるようになっちゃったよね」

 パドマは、痛いのは嫌だったが、傷自体は嫌いではなかった。イギーは、保護者枠にいない。叱られる筋合いはないので、気にする必要はなかった。

「阿呆か。お前は女だろう。そんな傷を作って、この先、どうすんだ!」

「傷があろうとなかろうと、何も変わらないよ。ずっとお兄ちゃんのスネをかじり続けるんだ。お兄ちゃんは、顔に傷があったら妹じゃないなんて、ケチなことは言わないから、問題ない」

「ヴァーノンは、何も言わないのか? あの野郎」

「お兄ちゃんは、痛くないか、心配してくれたよ。傷が残っても可愛い妹だ、って言ってくれた。これ以上ケガするのは禁止されたけど、顔だからじゃない」

「いや、そりゃあ、顔以外だって、ケガをしないに越したことはない。だけど、顔だぞ? がっかりするだろう?」

「がっかりする人もいると思う。でも、ウチは、この顔を気に入ってないからさ。このまま維持したいと思ってない。壊れてしまえばいい、と思ってるよ」

 会話の始めは、パドマは笑顔だった。段々と怒気が含まれ、今はまったく色が感じられない。それに気付いたイギーは、会話が続けられなくなった。


 接待側に兄がいるから、パドマは不満をもらさない約束である。パドマの今日の本題は、蓮でもごはんでもなかった。まずは、お茶を飲みながら歓談すると聞いていたので、上手くいけばそこで本題を振るつもりだったが、商家側は歓談は無理だと諦めたらしい。前菜らしきものが運ばれ始めた。

 ブルスケッタやラペなど、色味のキレイな食べ物が並ぶ。パドマの苦手な食べ物は出て来ないが、上品に食べなければ、と思うと、パドマの頬は引きつる。師匠が来る予定はなかったから仕方がないのだが、ヴァーノンは師匠の偏食を知っている。遅れてパテやミートローフも出てきたので、師匠は嬉しそうに食べ始めた。可愛らしく、食べ方もキレイだ。去年は、それほどでもなかったイギーも、ちゃんとしていた。パドマも、ナイフを使おうかな、と薄っすらと思ったが、パドマが上品になったところで、好転するものが思い浮かばなかった。だから、気兼ねなくフォーク1本で、わっしわっしと食べた。ヴァーノンが、気まずそうにしているが、イギーが何も言わないのをいいことに、師匠にばかり話を振って、楽しく食事を終わらせた。


 半ば無視していたので、食事が終わった時には、イギーは見てそうとわかるくらいに、むくれていた。修行が足りない。付け焼き刃なのが、よくわかった。だから、少しだけパドマが大人になって、折れた。

「ありがとう」

「ああ。満足してくれたなら、良かった。来年も来て欲しい」

「違う。あれ」

 パドマは、蓮が咲く池の方を指さした。去年来た時は蓮しかなかったのだが、今は近くに細い苗木が植えられている。

 パドマが生まれた当時は、ハンノキがあったそうなのだが、なくなっていた。切り倒されて、テーブルになってしまったそうだ。仕方のない話だと納得した上で、パドマはキレた。血も繋がらないし、思い出もなくなってしまうなんて、嫌だと怒り狂ったのだ。だから、植えてくれたのだと思う。他人の家の植栽にケチをつけるなど、とんだ新星様だとパドマ自身も思っている。だから、せめてお礼を言った。

「同じ木を見せてやれなくて、悪かった。あれは育てるから、好きなだけ眺めて欲しい。いつ来てくれても、住み着いてくれても、歓迎する」


「それより、来た時から元気がなさそうだが、何かあるんじゃないのか? 悩みがあるなら、相談に乗るぞ。以前とは違って、力を持っているからな。ペンギンの土地を広げるか? エサ代を支援するか? なんでも言って欲しい」

 実力ではなく、他人のふんどしだろうに、イギーは堂々と格好良いことを言い出した。パドマの今日の本題は、イギーへのおねだりだ。丁度いいので、乗っかることにした。

「実はさ、ウチはまったく気乗りがしないんだけど、お兄ちゃんが誰でもいいから、適当な男と婚約してくれって言ってきて、困ってるんだ。助けてくれない?」

「だ、誰でもいいだと? そんなふざけた話があるか?」

「新星様を嫁に欲しい、って打診してくる人を断るのが、嫌になっちゃったんだって。だから」

「そういう話なら、協力してやろう。俺に任せておけ!」

「ありがとう。助かるよ。じゃあ、証拠に、ここにサインをもらってもいい? お兄ちゃんに見せて、納得させるから」

 パドマは、紙を1枚差し出すと、ヴァーノンと一緒に案内してくれた執事風のおじさんが、さっとペンとインクを差し出した。

「ヴァーノンは、すぐそこにいる。こんなの必要あるか? ずっと見てるし、聞いてるだろう」

 さっさとサインしてくれればいいものを、イギーは、手に取って見つめている。悪い兆候だった。

「すぐそこにいるのにさ、スタッフだから、馴れ馴れしく話しかけちゃいけないんだって。面倒臭いよね」

「で、イヴォンていうのは、誰だ?」

 パドマが差し出したのは、イギーがイヴォンさんとの婚約を同意する書類だった。イヴォンさんは、どこかのお店のご令嬢らしい。イヴォンさんサイドは、もう承諾を得ているので、イギーさえ何とかすれば終了だ、とヴァーノンは言っていた。

「イギーの婚約者用の名前。改名までして、名前を寄せて仲良しアピールしたら、お兄ちゃんもぐぅの音も出ないよね?」

 兄を瞬殺するパドマスマイルを大盤振る舞いしてみたが、イギーは乗ってくれなかった。やっぱりイギーのなんでもは、口だけだよなー、お兄ちゃんが最高だな、とパドマは思った。

「お前は、ウソを吐く時だけ、よくしゃべる。知ってたか?」

「初耳ー。悩んでるんだよ、サインしてよ」

「断る!」

「なんだよ。男らしくないな。何でもしてくれるんじゃないのかよ。だから、二重帳面にしろって言ったのに!」

「騙そうとしやがって、何を言ってやがる」

「騙してないよ。細工してないじゃん。これにサインをもらえないと、ウチが誰かと婚約しなきゃいけなくなるんだよ」

 途端に、パドマは膨れっ面になった。誤解を招く言い方はしたが、パドマは最初は嘘は言っていなかった。イギーが大人しく結婚してくれないと、パドマは兄と婚約したフリをしないといけなくなるのだ。

「な、ん、だ、と?」

「本当に困っているのに!」

 なんとかイギーを口説き落とそうと、パドマが頑張っているうちに、承諾書に師匠がサインを書いていた。『イギー』と書き上げて、自慢げにパドマに突きつけてきた。

「ちょっと! 師匠さん。ダメだよ。本人が書かないと使えないんだよ。勝手に書けばいいなら、誰かが書いたしー」

 紙も安くないのに、無駄使いされてしまったが、もう1枚用意して、イギーを説得しなければならない。だが何故か、執事おじさんがくいついた。

「それをよく拝見させていただけませんか?」

 もうこの紙は、反故である。ゴミ同然なので、パドマは、素直に師匠から受け取り、執事おじさんに渡した。

「これは、使えます。この手跡は、まさしく坊ちゃまの物に違いありません。手癖がそっくりで、迷いなく書かれている。本人の物で、間違いないでしょう」

「ふっざけんな。俺は、書いてねぇ。見てたろうよ」

「ええ、一部始終を拝見させて頂きました。新星様のお願いを快く受け入れ、書類にサインをした坊ちゃまの姿は、我ら一同しっかりとこの目に焼き付けました。皆が証人になります。ご安心ください。新星様も、お喜びいただけますよね」

「あー、うん。本当に、それでいいの?」

「はい。これで充分ではあるのですが、母印を頂けましたら、更によろしいかと存じます」

 執事おじさんの願いを正確に受け取った師匠は、イギーを捕まえると、ナイフで指に傷を付け、捺印した。

「お前ら、マジふざけんなよ! そんな不正書類を認めてたまるか!!」

 イギーは、怒っているが、所詮は裸の大将である。肩書きだけは上でも、商家の偉い人らしい執事おじさんが敵に回った時点で、勝ち目はない。身内だからこそ、容赦なく仕留められる。

「先日の授業をもうお忘れですか? 一度作ってしまった契約は、簡単には取り消せないのです。ですから、うかつにサイン捺印をしてはいけない、と申しましたよ。坊っちゃまの手跡にしか見えないサインと母印の捺印、それらが滞りなく行われた証言を坊ちゃまの身内が認める。そこに不正などありません。それとも、この街の英雄である新星様の証言に、否やを唱えるおつもりですか? 坊ちゃまの味方になる人物など、街中探しても見つからないでしょう」

 パドマは、ようやく気がついた。この執事おじさんは、ブッシュバイパー事件以降のイギーの教育係なのだろう。あのイギーをこのイギーに変えたのだ。そんな人に、イギーごときが敵うべくもない。

「イギーは、兄弟がいるんでしょ? 取り替えた方が楽じゃないの?」

「いえ、坊ちゃまが最適です。こんなに下剋上が容易なご兄弟はいらっしゃいません。坊ちゃまなら譲ってもいい、と皆様が認めて下さいました。他の方が家督を継ごうとすれば、血が流れるでしょう」

「なんか、似たような話を昔聞いた気がするな。稀有な才能云々とかいう。まぁいいや。変な話さえ振られてこなければ、協力するのは当然だと思ってるからさ。お互い頑張ろうね。ってことで、帰っていい?」

「はい。本日は、大変お世話になりました。ありがとう御座いました」

 パドマは、師匠とグラントを連れて、帰った。

次回、兄とダンジョン。

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