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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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87.クワとシャベル

 パドマは、またイレの家の風呂場に強制連行されてしまった。イレがセットで付いて来なかったのが、せめての救いだろうか。パドマに付き合ってくれるより、やりたいことをやっていて欲しいからだ。

 不機嫌顔の師匠は、パドマ入りのリュックを風呂場に置くと、水汲みをしてから、ドアを閉めて出て行った。

 帰り道は、師匠が走ったのだ。とても早い時間に帰って来てしまった。だから、時間はあると、のんびり風呂に浸かってしまったが、頭が痛いのは、ケガを負うほど特攻しておいて、稼ぎがまったくないことだった。

 風呂から出ると、またずっしり重い師匠服が置いてあった。走るのでなければ構わない。濡れた服を着るよりはいいので、有難く着た。だが、白地に桃色の花柄である。絶対に嫌がらせだと思った。


 パドマは、のんびりダラダラとしていただけなのに、師匠はまた昼ごはんを用意してくれていた。相変わらず、師匠の皿には焼いた肉が積んであるだけだが、パドマは別メニューだった。小エビのサラダとはまぐりの香草焼き、クリームオムレツである。

「別メニュー作るの大変じゃない? 同じでいいよ」

と言うと、師匠は懐中から財布を出した。いつぞやパドマが作ったペンギン財布だった。

「買ってきたのか。それなら、変わらないか。買ってきてくれて、ありがとう」

 師匠が、イスを引いて指をさすので、座って食べた。本当なら、金を払うべきなのだろうが、今更になってしまっている。ダメだよなぁ、とは思っているが、何きっかけで、何をしたら受け取ってもらえるようになるのかが、わからなかった。



 パドマはすっかり忘れていたのだが、お昼を食べて、師匠とペンギンを作って時間をつぶした後、唄う黄熊亭に帰ると、マスターとママさんとヴァーノンに顔の傷について問い詰められて、叱られた。

 そこまでならまだ良かったが、給仕の仕事を始めると、客の1人ひとりに個別で説教をされ、給仕どころではなくなった。誰も助けてくれないし、次は自分の番だと、律儀に待っている酔っ払いしかいない。おっちゃんたちがいたから、パドマはここまで大きくなった。可愛がられている自覚はある。だが、結局、おっちゃんたちにも、からかわれているだけなのだ。段々とどうでもいい話になっていくのを、形だけは真面目な顔をして聞き続けた。

 寝る前には、ヴァーノンに

「俺が付いていけない時は、ダンジョンは20階層まで」

という恐ろしい約束を作られてしまった。ヴァーノンこそ、ダンジョンに行く時間などない。一緒に行ったところで、時間切れでそれほど奥には行けない。

 無視するか、と思ったところで、

「それ以降の目撃情報があれば、完全禁止にする」

と言われてしまった。流石、ヴァーノンだ。長年パドマの兄をやっていただけはある。話を聞かないのを見破られていた。20階層という縛りも絶妙だ。今のパドマで信頼のおけそうな距離であり、稼ぐには足りないが、小遣いには充分足りる。

 後は、師匠に無理やり誘拐されてしまうしかないかな、とまだパドマは諦めていなかった。



 寝る前に着替えて、服の中にお金が仕込まれているのを見つけた。なかなかお目にかかれない小金貨だった。恐らく、そんなことをやるのは、師匠だ。でも、このお金の意味がわからない。ケガの見舞金か、ダンジョンから足を洗えという手切れ金だろうか。昨日の稼ぎの補填にしては額が多すぎる。それをずっと考えていたら、寝付くのが遅くなり、ただでさえ寝坊ぎみだったところが、とんでもない大寝坊をした。多分、もう昼を回っている。パドマは、寝かせておくのが一番安心というのが、ヴァーノンの意見だ。誰も起こしてくれる人はいない。

 タオルで顔の下半分を隠し、外に出ると、パドマを待っている人はいなかった。それだけ確認したら部屋に戻り、いつぞやケガをした時に入手した裁縫セットを出して、フェイスカバーを作った。いちいち説教されるのが面倒臭いので、傷を隠すための処置だ。



 フェイスカバーが出来上がると、久しぶりに武器屋を訪れた。相変わらず、客がいない。フライパンやら、フライパンキーホルダーやらが売れていたハズなのだが、パドマは未だに、この店の客を見かけたことがない。

「やっほー。おっちゃん、元気?」

「おう。久しぶりだな、嬢ちゃん。その顔は、どうした?」

「面倒臭いから、(傷を)隠して歩こうかと思って」

「そんなんで半分隠したって、嬢ちゃんだと丸わかりだろう。で、今日の用件はなんだ?」

 パドマは、いつもの席に座って、来る途中にもらったパドマの福カエルの包みを開けた。

「おっちゃんの店って、クワ売ってる? あとできたら、でっかいシャベルとちっちゃいシャベルも欲しい」

 店主は、お茶を入れて、パドマと同じ卓についた。パドマに残念そうな顔を向ける。

「一体、嬢ちゃんは、うちの店をなんだと思ってんだ。菓子の金型だの、アクセサリーのTピンだの、そんなの取り扱ってねぇんだよ」

 そして、深く深くため息を吐いた。おっちゃんの残念な気持ちは、何を言っても小娘に伝わらないのは、自分の娘との関係から、わかっていた。

「主力商品がフライパンになった時点で、金物屋に転向したと思ってた。ないならいい。金物屋の場所を教えて」

 パドマは、フェイスカバーを外さずに、器用にカエル餅を食べた。お茶もそのまま飲む。変な顔をされても、注意されても、無視するのは得意だ。

「取り扱ってはいねぇが、作らねぇとは言ってないだろう。作るから、少し待て。一体、クワで何と戦うんだ?」

「おっちゃんこそ、ウチのこと何だと思ってるの? クワって言ったら、土を掘り起こすんだよ。昔ね、欲しいなぁ、って憧れてた時期があってさ。今なら金ができたし、買えるじゃん! って、気付いただけだから」

「嬢ちゃんが、クワに憧れてた? どんな状況だよ」

「6歳かな? 7歳かな? よくわからないけど、そのくらいの頃にね、お兄ちゃんにクワの話を初めて聞いてさ。すごいなー、格好良いなー、大人になったらいつか買おう! って思ってたのを思い出してさ。竹スコップは、竹の根っこには勝てないんだよ。油断するとすぐ欠けるんだよ。いいよねー、クワ」

 パドマの瞳が急速にキラキラ輝き出し、中空を捉えている。語る内容は、クワと兄と竹だ。年頃の娘らしさは、微塵もない。お人形も洋服も化粧も、何も興味がなさそうだった。甘味を喜ぶのだけが救いだと思いかけて、あれは甘味ではなく、チーズだったと主人は記憶を修正した。

「若い娘の言うことは、おっさんにはわからんが、できたら届けてやる。家で待ってな」

「うん。ありがとう」

 パドマは、唄う黄熊亭に帰った。

 まったく素性は隠せていなそうな目の下を覆うフェイスカバーなのだが、知り合い以外に声をかけられることなく帰り着いたので、パドマはとても気に入った。



 次の日は、ちゃんと朝に起きて、朝ごはんをたらふくご馳走になり、ダンジョンに行った。

 兄に叱られたので、ほとぼりが冷めるまでは、20階層までしか行けないと話すと、イレは喜んで、師匠は何も変化はなかった。金のことは、気付いていないことにすると決めた。どうせ聞いたところで、答えは得られる気がしない。勝手に運ばれる覚悟もしていたが、ヘビ狩りをしただけで終わった。

 また重装備に戻し、トリバガ先生と遊んだ後は、ヘビ狩りかトカゲ狩りをして過ごした。しばらくは、毎日これだ。

 行きはしないが、考えるのは、トンボの倒し方だ。本当は、サシバで練習をしたいのだが、行けないのでトリバガ先生と遊んでいる。

 サシバですら視認が困難なのに、それ以上に速く飛び、突っ込んでくる訳でもなく、急ブレーキをかけて攻撃ができるという。後ろにも飛べるとは、どういう攻撃に繋がるのだろう。どうしたら倒せるのか、わからないうちは行っても倒せないのだが、見学に行きたいな、とパドマは考えた。


 ある日、帰ると、店の前にグラントがいた。クワとシャベルを持っているのが、とても似合わなかった。おやつに誘ったのだが、仕事中だからと帰って行った。

 それからは、隔日でダンジョンと元寝ぐらの森に通って、クワとシャベルを活躍させた。

 昔を懐かしんで採ってきたタケノコや山菜の類いは、酒飲みたちに好評だったし、シャベルは虫退治にも火蜥蜴退治にもミミズ退治にも、案外悪くなかった。なので、武器用シャベルの改良について話しに行ったら、やっぱり武器なんじゃねぇか、と店主に呆れられた。

 悔しいので、トンボ用の武器と防具も発注した。防具も作ろうとしていたので、防具屋に発注出しといて、と言ったら、自分で行きやがれ、と怒られた。でも、頼んでおいてくれるらしい。やっぱり暇なんだなと言って、また怒られた。

次回、蓮見会

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