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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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86.パドマ軽量化

 パドマは、覚悟を持って、武装を削った。

 最初に削ったのは、師匠とお揃いの狩衣だ。耐火性能や防刃機能が搭載された高性能防具なのだが、とても重い。パドマの体重の半分くらいあるのではないか、と思うくらい重い。だから、諦めた。諦めるにしても、狩衣を着ていないと師匠の機嫌を損ねるので、初期にもらった服を着ることにする。だぶだぶに着るデザインで、紐で調整する服だったから、久しぶりだが問題なく着れた。多少袖が短くなっている気もするが、成長してしまった分は元に戻らないから仕方ない。パドマは、着れれば何でも構わない。

 次に諦めたのは、対師匠用の着込みだ。これも金属が仕込まれているので、同等に重い。ハジカミイオ用のスモールソードも今日はいらないし、ナイフも一本に絞って、フライパンと剣鉈と棒手裏剣とともに他のナイフは、ヤマイタチのリュックに入れた。ブーツも、普通の革製ブーツを買ってきた。サイズアップしたと言い張ればいい。

 おかげで、パドマは、とても身軽になった。これなら、どこまでも走れそうだ。



 そのままの格好で、何事もないかのように、しれっと外に出ると、師匠は眉をひそめた。気付かれたかもしれない。しれっと師匠とイレと挨拶を交わし、しれっと朝ごはんを食べて、しれっとダンジョンに来た。そして、走る。

 師匠のマネをして、階段を一気に飛び降りてみたら、足の裏が痛かったので、3段飛ばしに変更した。そして、どんどん走る。一応、剣は抜き身で持っているが、使わないでとにかく走る。敵は、全て師匠に任せた。明らかに危ない状況になっても、まっすぐ走るだけだ。巨大ヘビのしっぽが迫ってきても、うっかりヤドクガエルにぶつかりそうになっても、巨大亀や巨大ペンギンが降ってきても、走鳥に突かれそうになっても、タカが部屋にいっぱいいても、何も気にしない。何があった時は、あった時だ。別に、師匠が助けてくれなかった所為にして、怒る気はない。どんどん走って、39階層下りの階段まで来た。

「やれば、できるじゃん。時短!」

 走った直後も、人を蹴る瞬間も微笑みを絶やさない師匠が、軽く息を乱してパドマを睨みつけているが、パドマの視界には入っていない。師匠が前に回り込もうとすれば、その分、パドマも動くからだ。物言わぬ佳人など、恐るるに足りない。師匠が、両手でパドマの頭を挟んで睨みつければ、パドマは、

「至近距離の美人の破壊力。惚れちゃう」

と言うだけだ。師匠は、飛び上がってイレの後ろに隠れた。


「パドマどうしたの? 急に走れるようになったよね」

 イレは、パドマが何をしたか、気付いていないようだ。ならば、教える必要はない。

「人は、急に走れるようになったりはしない。隠してた爪を、ほんの少し出してみただけ」

「やっぱり、パドマは芸達者なんだね。羨ましいなぁ」

 パドマは、イレを気にせず、階段を降りた。ここでのんびりしていては、走ってきた甲斐はない。この先は、師匠は助けてくれないだろうから、気合いを入れて、行けるところまで突き進む予定だ。次は40階層。ここまでのことを思えば、ちょっと大きい火蜥蜴だろう。いきなりパドマの倍より大きいのが出てきたりはしないだろうから、何の問題もない。パドマの足取りは、そういう面でも軽い。



「なんでなんだ!!」

 パドマは、階段の壁に拳を打ち付けて、項垂れた。

 40階層に、ミミズがいた。今度こそ、正真正銘のミミズだ。アシナシイモリと比べても、格段に細いミミズらしいミミズがいる。特記するならば、みんな大人のミミズで、ちょっと長めで、色が青いということだろうか。

 40階層はどうせ火蜥蜴だと思って、誰にも何も聞いていなかったのだが、してやられた。

「だよね。時々してない日もあるけど、今日もイモリで目隠ししてたもんね。ダメだよね。

 これは、カンタロウだよ。ダンジョンマスターのお気に入りの子。弟にそっくりなんだって。可愛いから、大丈夫。

 残念だけど、危ないから、目隠しなしで通ってね」

「あれも食べたら、美味しいの?」

「お、弟は、食べちゃダメだよ」

「そっかー」

 有り難いイレの情報提供だった。

 確か、ダンジョンマスターは、イレの好みの人だった。パドマは、てっきりキレイなお姉さんなのかと思い込んでいたのに、弟がミミズだとするならば、本人もミミズに近いに違いない。道理で、ダンジョンに、ミミズばかり出てくる訳である。古代の伝説の魔法使いは、ミミズだったのだ。ちょっと格好いい人を想像していたのが、悔しい。

 折角、今日は、張り切って走って来たのに、この先もミミズ三昧なら、もう帰りたくなってきた。だが、ここまで来たのだ。進まねばならない。兄に酒場の給仕の遅刻をおねだりしたら、一回までは許すと却下されたので、ぐずぐずしている時間はなかった。


「うわぁあぁ! ぎゃひぃいっ!!」

 よくわからない叫びを上げながら、走り去ろうとしたら、ミミズは、何かを吹いた。白い何か。

 パドマは驚いて、思わず足を止めてしまったが、イレに抱えられて、難を逃れた。

 助けてもらって言えることではないのだが、イレに触られているのも嫌なので、離して欲しいと思いつつも、ミミズが気持ち悪すぎて、つかんだイレの服が離せない。パドマは、とても複雑な気持ちでいる。

「なにあれ、何あれ?!」

「なんだろうね。べたべたするだけで、特に害はないんだけど、お兄さんは、あの手の攻撃が、1番嫌い。即水浴びに帰ろうと思う。

 頑張ってきたの見てたから、言いにくいんだけど、この先は、やめた方がいいんじゃない? 抱っこで運ばれるのは、嫌なんでしょう?」

「嫌だいやだ。さわんないで欲しい。さわりたくない!」

 イレは、パドマを抱えて階段に戻ってきて、即手を離したのだが、服をつかんで離さないパドマに触るなと怒られて、困ってしまった。正気ではないのは見れば、わかるが、どうやって正気に戻せばいいのか、わからない。師匠を見ても、楽しそうにこちらを観察しているだけだった。

「行く。絶対行く。階段の部屋の位置を教えて」

「右右右右右右右右右、上上、左左、下下下下下下下下下」

「上って、何? 嘘だよね。右行ったり、左行ったり、遠回りじゃん!」

「上は、この階段から向かって前方。この階層は、敵が強くない代わりに、迷路になってるから、多分それが最短ルート」

「わかった。ありがとう。行く」

 パドマは、泣きながら走って、途中何度かイレに助けられて暴れて、走って走って、下り階段に着いた。中心の踊り場で、燃え尽きて動かなくなったので、師匠とイレは、弁当を食べて暇をつぶした。



 しばらくして、パドマは復活したが、悲壮な顔をしていた。

「ああ、もう帰れないところに、足を踏み入れてしまった」

「帰りたければ、送ってあげるけどね」

「また悪化したのに?」

「本当に、それが困るよね」

 パドマ本人は、懸命に我慢に我慢を重ねた結果、普通に振る舞おうとしている。そのうちに慣れて平気になるのであれば、放っておけばいいと思うが、直るどころか悪化して、震えて泣いて叫び出された日には、イレは本当に居た堪れなくなる。ヴァーノンは、部屋に閉じこもっていろと言っているだけだし、パドマはそんな状態で、原因を作った犯人のチンピラをすくいあげるし、お金をあげても自分で稼ぐからいいと断られたし、どうしたらいいのかイレにはわからない。


 41階層のアオバアリガタハネカクシを見たパドマは、泣かなかった。一見、アリに似ている虫だ。頭は黒で、胸は赤。羽根は黒で、腹は赤と黒。シマシマになる順のカラーリングになっている。本当は、アリと大差ない大きさなので、こちらが何もしなければどうということもない虫なのだが、ダンジョン産のハネカクシは、パドマと同じくらいの体長をほこる。故に、アゴの力も侮れないし、体液に触れるとかぶれるのが、厄介だった。剣で切っても、鈍器で潰しても、体液は飛び散る。力がなく、剣の切れ味だけで乗り切ってきたパドマには、相性が悪い敵だ。

「切っちゃダメだよ。危ないからね」

 と、イレが注意したのに、

「わかった」

 と答えたパドマの手には、剣がある。

 話を聞いていないのかと思ったが、パドマは、敵を倒さずに、すり抜けて走っていった。だから、わかっているのかと思って、イレは安心してついて行ったら、斬った。

「いてっ!」

 と言ったので、体液をかわせなかったと思われる。なのに、パドマはそのまま突き進んで行った。


 階段に着いても、また3段飛ばしで走り降りて行くので、イレはパドマの腕をつかんで止めた。

「っったー!」

「いったー!」

 丁度傷の上をつかんでしまったようだ。つかまれたパドマも痛かっただろうが、傷口に体液が残っていたから、イレの手もかぶれた。師匠は、懐中から次々と水袋を出して、パドマにざぶざぶとかけた後、イレの手も洗ってくれた。普段なら、水袋もくれないし、くれたとしても自分で洗えと渡されるところだ。優しい師匠にイレは嬉しくなったが、今はそれどころではなかった。

 ずぶ濡れになったパドマの傷は、腕だけではなかった。顔にも2本みみず腫れができている。小指くらいの長さはあろうかと思われる、結構大きな傷だ。探せば、もっと他にもあるかもしれない。

「パドマ、顔!」

 イレは、飛び上がらんばかりに驚いたのだが、パドマは気付いていないかのように、キョトンとしている。

「ああ、目には入ってないから、大丈夫だよ」

「それは良かったけど、良くないよ。顔だよ?」

「可愛くなくなっちゃった?」

 パドマは、小首を傾げてイレを見上げている。イレは胸を貫かれそうなくらい可愛いと思った。

「可愛さは変わらないけど、痛いでしょう」

「ちっ」

「え?」

 パドマは、くるりと反転すると、階段を降っていった。

「ちょっと待ってよ。もう帰りなさい。傷の治療もした方がいいし、着替えないと風邪引くよ。それに、次こそ危ないから!」

「危ないのは、わかってる。でも、行く」


 42階層の主は、トンボだ。パドマはトンボと言われると、赤とんぼくらいしか思い浮かばなかったが、42階層のメガネウラは、大きかった。トンボの胴体とパドマの足は、どちらが長いだろうか比べてみたいサイズ感だった。巨大トンボであるテイオウムカシヤンマやオニヤンマもいるのだが、どれがオニヤンマか聞きたくなるくらいに、メガネウラの存在感は大きかった。

 昔、トンボを食べてみた時は、捕まえる苦労のわりに、可食部が少なすぎるな、と思ったものだが、メガネウラくらい大きければ、腹も満たされるかもしれない。

「でっか!」

 思わず立ち止まると、イレに襟首をつかまれた。

「本当に本当に、ここには入らないで。トンボは、サシバより速いし、剣を構えてたら急停止するし、後ろ向きにも飛ぶし、かなり高度な作戦を練って挑んでくるからね。師匠でも苦戦する相手だよ。絶対にやめて!」

「そんなに強いの? イレさんは、どうやって通るの?」

「戦わずに無視して通る」

「またか。わかった。それをやってみよう」

 パドマが42階層に踏み入れようとしたところで、袋を被せられた。

次回、子どもの頃に憧れた夢のアイテムをお買い物

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