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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳

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84.震える理由(たいしたことない方)

 次の日も、パドマは師匠に睨まれていた。理由にまったく心当たりがないので、パドマは困る以外に何もできなかった。

「イレさん。なんか師匠さんが怒ってるみたいなんだけど、何を怒ってるんだと思う?」

「なんだろうね。パドマは師匠の身長は超えてないし、兄でもないし、わかんないなぁ。泣くならまだしも、怒る理由なんてあるのかな?」

「筆談で聞いて!」

「昨日聞いてみたけど、まだ言えない、って書かれた。教える気は、ないみたい」

「知られたくないなら、睨まないで欲しい」

 師匠は、パドマとイレの会話を聞くと、首を横に振った。どうしても睨みたいらしい。

 どうすることもできないままに、朝ごはんを終え、ダンジョンに向かった。師匠は、縁結びりぼんを3つ持って来たのを3階層で食べることを強要し、パドマを中心に3人で手を繋いで歩かせた。

「昔やらされたことの仕返し?」

 そのまま21階層の入り口まで連れて行かれたら、パドマとイレの手を縛りつけて、師匠は帰って行った。


「さすがに季節も違うし、今日がウチの誕生日! ってことはないと思うんだけど、今度はなんだろう。イレさんの誕生日だったりする?」

 確か前回縛られた時は、こっそりイレの家で誕生日会の準備をしていた。他の方法はなかったのかと言いたい気持ちはあったが、サプライズで祝うためにやらかしたのだろうと思えば、怒れなかった。今回も、同様の何かがあるのかもしれない。

「お兄さんは、冬生まれだから、ないなー。師匠も夏生まれだから、違う」

「そっか。何だか全くわからないけど、またチンピラにやられたことにして、紐を切ってもいいかな」

「そうだねぇ。紐が可哀想だけど、このまま剣を抜かれても怖いし、仕方ないよね。手を切らないように、気をつけてやってね」

「うん」

 パドマは、腰に付けたナイフを抜いて、紐を切ろうとして、顔をしかめた。

「イレさん、これ、切れないんだけど」

 見た目は木綿の紐に見えたのだが、中に太いワイヤーが入っていた。ナイフでそっと切れるような代物ではなかった。これを刃物でなんとかしようとしたならば、誤って腕を切るリスクがありそうだった。それを見て、イレはため息をついた。

「前に切っちゃったから、強化されちゃったんだね。やっぱり切っちゃいけなかったんだ」

「ちっ、ハワードちゃんの野郎の所為か」

「それは可哀想じゃないかな。師匠の所為だよ。こんな状態だけど、どうする? ダンジョンに行きたい階はある? それとも帰る?」

 パドマはとんでもなく困っているが、イレはいつもと変わらぬ佇まいでいる。師匠ならば、何をされても許すと以前言っていたが、パドマは、許したくなかった。

「こんな状態で、どこか行ける? 無理じゃない? 上も下も抜けられないよね。敵がいるんだもん。息を合わせて行くのは、難しくない?」

「パドマの攻撃リズムに合わせて動け、って言われてもできないけれど、お兄さんは、パドマを持ち上げちゃえば、いつも通りだよ」

「何それ。ズルい!」

 イレが、困っていない理由がわかった。パドマとて、日々すくすくと育って、どんどん重くなっているつもりだが、巨大ミミズトカゲを2匹一度に運べる人にとっては、たいした荷物とも思われないのだろう。いつもいつも努力では埋まらない身体能力差だけで語られて、パドマは腹立たしく感じられた。

「だから、行き先は選ばせてあげるよ」

「帰る。師匠さんに、紐を取ってもらう。師匠さんの自由時間を邪魔してやる。やりたいことがあるなら、1人で何処にでも行けばいいけど、イレさんを巻き込むのは、許さない。泣かせてやる!」

 折角、20階も下ってきて、何もせずに帰るのもシャクなのだが、とりあえず文句を言って、凹ませてやりたかった。きっと、文句を言ったところで、想いは何も届かないと思うが、怒鳴りつけてやりたかった。

「そうだねぇ。師匠がやりたいことがあるなら、代わりを務めるのは、頼まれなくてもやるけど、縛られると不自由だもんね。こんな状態で、ダンジョンに置き去りにされても?! もしかして、お兄さんに、パドマを運ばせて、何かをさせたいのかな?」

「本当にさせたいことがあるのなら、言ってくれなきゃ無理だよ。イレさんの察しの悪さを、甘く見過ぎだよ」

 イレが名案を思いついたと喜んでいるようなので、パドマは一刀両断した。何かをさせたいの何かがわからないなら、名案ではない。

「お兄さんだって、少しは賢いんだよ? 師匠の弟子なんだから。大人なんだから。人なんだから。生きてるんだから」

 イレの声は、段々小さくしぼんでいった。

「まったく自信がないんだね」

「誰かに言われて動くばかりで、自主的に何かをした記憶がほとんどなかった。こんなだから、また師匠に捨てられちゃったのかな。付き合いきれないから、パドマの子になっちゃえ、ってことなのかな」

「自分の倍くらい大きい養い子は、いらないけど」

 パドマは、パドマをイレに押し付けたのだと思っているが、イレは反対の意見らしい。イレの方が年長で、金も持っていて、戦闘力も高い。それなのに保護者の立場だと思えないとは、尋常ではない自信のなさだった。

「そうだね。パドマだって、お兄さんなんかいらないよね。大飯食らいで図体デカくて邪魔だって、昔よく師匠に言われたんだ。ごめんね。大きくて」

「ちゃんと師匠さんに返品してあげるから、大丈夫。安心して。元気をだして、一緒に師匠さんを殴りに行こう」

「無理だよ。師匠は可愛いから、殴れないよ」

「やかましい。立て、歩け。イレさんが動いてくれないと、ウチがどこにも行けない。早く師匠さんを捕まえに行くよ」

「わかった。抱っこするのと、肩に担ぐの、どっちがいいかな?」

「どっちもお断りだ! そんなことをするくらいなら、リンカルスの毒を浴びてやる。または、腕なんか斬り飛ばしてくれる」

「やめて! 師匠を殴ってでも、縛るのをやめさせるから。だから、今回だけは、我慢してよ」

「そう、その意気だよ、イレさん! 走って行くよ!!」

「お兄さんが、抱えて走った方が速いよ?」

「それはそうかもしれないけれど、イレさんにこれ以上くっつきたくない。無理。今、右腕の鳥肌が、すごいことになってるからね。左腕の状態とセットで見せたら、納得してくれるかな?」

「ごめんね。お兄さんが、芋虫なばっかりに」

「ブッシュバイパーな師匠さんでも無理だから、気にしないで。イレさんの所為じゃない。でも、お願いだから、歩いて、できたら走って。ウチが正気を保っていられるうちに、師匠さんを捕まえたいの。そろそろ泣きそうだから、急いで!」

「わかった。頑張る」

 パドマは、横っ腹の痛みにもへこたれず、できる限りのスピードで走った。



 パドマとイレは、イレの家に着いた。だが、中に入っても、誰もいなかった。

「ここじゃなかったか。どこに行ったのかな。宿かな、ペンギン見てるのかな。もう疲れたよ!」

「お疲れ様。少し休憩するといいよ。それとも、何か飲む? 取ってきてあげたいのは山々なんだけど、1人じゃいけないから、抱えてもいい?」

「断る。水袋があるから、いい。横を走ってて、息も乱さない人がいるとか、くそムカつく!」

 パドマは、ソファでひっくり返りながら、悪態をついた。その横で、イレはいつもと変わらぬモジャモジャ顔で、しゃがんでパドマを見ていた。

「ごめんね」

「なんで、イレさんが謝るのかな。悪いのは師匠さんで、ひどいこと言ってるのは、ウチの方だよ。少しは、怒りなよ」

「どっちも可愛いから、無理かな」

「イライラする! もうこんな紐、斧で切ってやる。庭に転がってたよね。借りるよ」

 パドマは、勢いよく立ち上がったが、イレは動かない。引っ張っても、動かない。

「危ないから、それはダメ。いや、お兄さんの腕を斬ろう。そうすれば、あの人も、もうこんなことをするのは辞めてくれるよね。嫌な思いをさせて、ごめんね。本当に、あいつ絞めよう」

 イレの周りの空気が変わるのを、パドマは感じた。時々豹変する怖いイレが、出てきてしまった。さっきまでは、気安く甘えて戯言を言っていたパドマも、本気でイレから離れたくなった。そのくらい目が怖い。

「イレさん、ごめん。他人の傷口を見るのは怖いから、腕を切るのは、やめて欲しいな」

「これ以上そばにいて、不必要に嫌われるくらいなら、腕なんていらない。切った後くっつけるから、気にしなくていいよ」

「腕を切っちゃったら、傷薬でもくっつかないから。お願いだから、やめて。ね? 本当に、やめて。もうワガママ言わないから、お願い!」

「自分の腕を切ってでも、お兄さんと離れたいんでしょう? 切ったら痛いし、不自由になる。そんなことは、しなくていいよ。お兄さんが代わりに切るから」

 イレは、パドマを小脇に抱えて、戸を開けて庭に降りた。

「だから、やめてってば。何してくれても変わらないから。人が怖くて仕方がないのは、イジメられてたからだから。それを思い出しただけだから。今から何をしても、変わらないから。お願いだから、やめて。やめて。やめて!」

 本当は、他にも理由があるのだが、パドマは比較的マシだと思われるカードを渋々切った。それで止められるとも思わなかったが、興味は引けたらしい。イレの足は、一時的かもしれないが、止まった。

「もしかして、そばにいると震えてたヤツ?」

「そう。小さい頃のいじめっ子たちは、年上だったから。体格差が、多分、今だと師匠さんとかイレさんくらい」

「だから、師匠に惚れないのかぁ」

 イレは部屋に戻って、元通りにパドマをソファに置き直して、なるべく遠く離れるように手を伸ばして、床に座った。

「うん。何を言われても無理。あんなキレイな人はいなかったし、別人なのは丸わかりだけど、無理」

「そうだとしたら、ペンギンさんちとか、もっとダメなんじゃないの? 本当に、師匠は余計なことばっかりパドマにさせてるね」

「そうだねー。あそこが、本当にどうにもならないよね。なんていうか、実行犯も混ざってるからね。ロクでもないよね」

 パドマが、遠い目をした。

 しばらく顔も合わせていなかったからか、実行犯たちは、パドマの顔を見ても、名前を知っても、まったく気付いていない。人より小さくて、泣いて兄の後ろに隠れてるだけのパドマが、新星様になるストーリーが思い浮かばないのは、パドマにも理解できなくもない。人を泣かせて面白がっていただけで、ろくすっぽ顔も見ていなかったのかもしれない。パドマは、ずっと顔を手でおおって泣いていたから、その可能性はある。扱いが悪くても、パドマはそういう人間なのだ、と思っているようだ。教える義理もないので、放置している。当初は、直接こき使っていたが、間にグラントが入ったので、顔を見る機会が減って、清々した。今となっては、グラントの方が怖くて困っているのだが、それは仕方がない。あれらを締め上げるには、それなりの人材が必要だ。一生付き合う気もないのだから、諦めた方が早い。

「なんで、そんなのを仲間にしてるの? え? あの大きい子? ちょっと殴ってきていい?」

「グラントさんのことかな。あの人は知らない人だから、やめてあげて。野に放っておくと、ロクなことしないからさ。管理して締め上げてやろうと思ったんだけど、想像以上に過酷で、ちょっと放任を考えてる」

「そんなの放置しておけばいい。構うことないよ」

「でもさ。それでチンピラに戻られると、困るじゃん。鬱陶しいし、安心して暮らせないし、ウチみたいのが増産されることも、望んでないからさ。みんなが笑って、楽しく暮らせる方がいいよね」

 そう思って、ペンギンの孵化を頼んだのだ。生活にまったく必要がないし、誰にも求められていない施設だ。競合こそないが、とても上手くいくものだとは、思われなかった。収益を上げて、今日も潰れずにあるのは、街のみんなのチンピラに戻らないで! という気持ちの賜物だろう。

「震えて泣きながら頑張らなくてもいいと思うよ」

「うん。新星様がヒーローになっちゃったからさ。迷惑かけたくなかったんだ。そろそろ形はできたから、お役御免で少しずつ離れようと思ってる。あと少しだから、なんとか誤魔化しきるよ」

「でも、そっか。今までの不思議が、ちょっと解けた。だから、パドマ兄は過保護で、パドマはどこか投げやりで、懐かなかったんだね。ごめんね。言いたくない話をさせて。今まで言わなかったんだから、隠してたんだよね? 師匠が見つかるまで、なるべく離れて小さくなってるから、許してね」

「いや、すっごい嫌で嫌でどうしようもなくて大変だったのに、綺麗さっぱり忘れてたんだよ。あり得ないよね。多分、お兄ちゃんが、何かしたんだよ。

 忘れてる間は大丈夫だったから、キライだとは思ってないけど、身体は嫌がってるの。イレさんは、まったく関係ない人なのに、悪口いっぱい言って、ごめんね。どっちも本心で、ウソじゃないんだ」

「気にしなくていいよ。お兄さんは、悪口なら言われ慣れてるからね」

「頼もしい! どれだけ本音をもらしても、大丈夫かな」

「お、お手柔らかにお願いします」


 そろそろ酒場の手伝いに行きたいなぁ、という時分に師匠が姿を現したので、兄妹弟子は、2人で仲良く庭の焚き火で作ったジャンボペンギンの丸焼きで、もてなした。今回は、大き過ぎて上手く火が通らなかったのだが、レアで仕上げました、と言い張って、食べてもらった。逃げても無駄である。もうイレは、この嫌がらせに協力を申し出ている。師匠が逃げても、捕まえてもらえる。

 ジャンボペンギンは、イレとどちらが大きいか悩むくらいの巨体である。師匠は、なかなか食べ終わらないので、その間、パドマは、次にイレに縛り付けた時の報復について、くどくどと語り聞かせた。イレが一緒にいてくれれば、力技も資金力も上がるから、嫌がらせの幅が広がるんだよ、と楽しげに微笑んだ。

 イレは、そばに寄るだけでパドマの恐怖心を煽って、今日、どれだけ悲しい思いをしたかを語って聞かせた。

 弟子の意見を採用して、もう縛るのはやめると約束を取り付けたが、ジャンボペンギンを完食するまでは許さなかった。可愛い顔をして、お腹いっぱい! などとジェスチャーしても、誤魔化される弟子はいなかった。イレは許してあげても良かったが、震えて泣くパドマを見てしまったのだ。諦めて食べた方がいいよ、と助言した。

 結局、師匠が今日1日何をしてたかは、わからなかった。

次回、チーズ。

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