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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
83/463

83.鳥?

 39階層に着いた。39階層には、モモンガとムササビがいる。大きなムササビは、師匠より大きく、小さなモモンガは、パドマの両手に乗るくらいの大きさで、空を飛んでいた。ダンジョンマスターの仕業である。

「もふもふだー。可愛いじゃん。師匠さん、今日はモモンガの卵を持って帰ろうよ。ペンギンのお友達にしようよ」

 ダンジョンの敵に拒否反応を見せることの多いパドマが、師匠の胸ぐらを掴んで、飛び上がって喜んでいた。

 ムササビもモモンガも、丸まっているうちはリスのように見える、つぶらな瞳の愛らしい生き物である。だが、空を滑空する時は、風呂敷の様に平べったくなって、身体のラインが見えるのだ。それを見る度に、あれは可愛いのかな? とイレは思ったが、怒られそうなので、口にはしなかった。

「残念だけど、モモンガもムササビも、卵は産まないよ。鳥じゃないから」

「31から39階層は、鳥ゾーンなんじゃないの? あのモモンガさ、森のとは違って、ぱたぱた羽ばたいてるよ。鳥かもしれないよね」

 パドマは森暮らしをしていた頃、何度かムササビにお目にかかったことはある。その時も、飛び上がって喜んでは、兄に首を絞めるなと叱られていた。だから、ムササビは獣だと知ってはいるが、ここはダンジョンなのである。見た目は似ていても、同じ生態をしているとは限らない。森のムササビは、あんなに大きくなかったし、羽ばたいてもいなかった。ダンジョンのムササビは、明らかに空を飛んでいた。亀が飛ぶ世界だ。ムササビが飛んだところで、何の違和感も感じられない。

「そうだね。ダンジョンマスターが鳥だと勘違いしてたら、卵を産む可能性はなくもないよね」

 イレは、今まで39階層を素通りしたことしかなかった。もしかしたらという話であれば、否定する材料はない。別に、どっちでもいい。

「だって。師匠さん、ちょっとジャンプして、上の方を見てきてよ。ウチは、ここでお弁当を広げてるからさ」

 パドマは、もう階段の隅に座って、弁当を広げている。今日の弁当は、焼き春巻だった。物によって、チーズだったりエビだったり魚だったりと具材違いの春巻きが5本入っていたのだが、肉入りが1つもなかったので、師匠は怒って食べなかった。その後、ダチョウを雑に解体してまるかじりして朝ごはんに代えていたが、昼ご飯は特に用意していない。食べないなら卵でも探して遊んでろよ、ということなのかもしれない。師匠は嫌がって、首を振っているが。

「ちなみに、モモンガは、皮と毛が売れるけど、あれも皮をはぐのかな?」

 イレの最重要確認事項は、それだった。

「そっか。あれも倒さないと、イレさんが通せんぼしてくるのか」

 パドマの最重要でもない確認事項は、それだった。

「まぁ、あれもかなり強力な攻撃を仕掛けてくるから、倒せた方がいいかもしれないけど、別に倒さなくてもいいよ」

「森では普通に食べてたから、倒せって言われれば、殺れるよ。でも、ダンジョンのは、強いのか。勝てるかな」

 パドマは、物騒な単語を呟きながら、攻略方法の検討を始めた。慣れたつもりでも、イレは納得できない。ペンギンの時のパドマの方が良かった。

「食べるんだ。あんなに可愛いって、はしゃいでたのに」

「空腹の前では、可愛さなんて無意味だよ。お兄ちゃんと半分こだから、食べてもたいしてお腹は膨れないんだけど、なくなるまでは幸せなんだよ」

「その時代のパドマを捕まえて、お腹いっぱいにしてあげたいね」

「そうだね。今なら、お兄ちゃんにお腹を譲ってあげるのに」

 パドマは、またぶつぶつと懺悔の言葉を呟き始めた。

「お腹?」

「半分こ。ウチがお腹でね、お兄ちゃんに頭を譲ってあげると、すごい怒るの。たまには反対にしろ、って。でも、やだって譲らないと、お腹をくれるの。我ながら、嫌な妹だね」

「思ったのと、半分この仕方が違ったなぁ」

「空腹の前では、良識なんてなくなっちゃうんだ。うちのお兄ちゃんの優しさ、半端ないよね。あれは、ちょっと真似ができないよ」

「そうだね。空腹の子どもにそれができるなんて、優しさがおかしいから、やっぱりそうなのかな、って思っちゃうよね」

 パドマとイレは並んで座って、春巻きをもぐもぐ食べながら話した。師匠は、それを見ながらふわふわと微笑むばかりで、卵探しはしてくれなかった。


「うっし、ご馳走様。じゃあ、やるか」

 パドマは、弁当の包み紙を丸めて片付けると、立ち上がってナイフを抜いた。

「やっぱり、皮をはぐんだ」

 イレは、悲しそうな顔をした。

「違うよ。持って帰って、お兄ちゃんにプレゼントしようと思って。お腹の方を食べていいよ、って。おっきいから、喜んでくれるよね」

「お兄ちゃんは、今となっては別の食べ物の方がいい、って言うんじゃないかな。それに、あんな大きなの、パドマには運べないでしょ」

「そっかー。それもそうだね。イレさん、運んで?」

「お断りします。パドマのなら運んであげるけど、お兄ちゃんのは運びません」

「何それ。イレさんがケチになった。やっぱり師匠さんじゃなきゃ、ダメなのか。いいよーだ。小さいのを狙うから。師匠さん、ちょっと待ってて。お昼抜きは可哀想だし、あれ獲ったら、帰ろう。それとも、ムササビ食べる?」

 パドマは、返事も見ずに部屋に入った。食べたいかどうかなど、聞く前からわかっていた。師匠の瞳は、まったく輝いていなかったからだ。


 モモンガとムササビは、床の上には1匹もいない。上の方にある棒の上に乗っているか、飛んでいるかの2択だ。

 とりあえず下に落とさないことには、狩ることもできない。パドマは、ナイフを片手に、なるべく大きくて、背負って帰れるサイズのはどれかな、と物色をしていたら、走ってきたイレに小脇に抱えられていた。

「危ない!」

 イレは、そのまま奥の通路に入って、パドマを下ろした。

「のんびりしてちゃ、ダメだよ。危ないよ」

「え? そうなの? ありがとう??」

 何を助けられたのか、まったくわからないまま、お礼だけ言って、さっきまでいた場所を眺めると、痕跡を見ることができた。白いような黒いようなあまり描写をしたくないヤバいものが、床に吸い込まれて消えるところを目撃した。

「ひょっとして、あれが、かなり強力な攻撃?」

「そう。すっごく臭い落とし物。折角40階も階段を降りてきたのに、即帰りたくなるでしょう? ある意味、最強だよね」

「今から帰ろうと思ってたとこだけど、あれは浴びたくないな。ありがとう、イレさん」

「どう致しまして」

 パドマは、今度こそ心からお礼を言った。そして、選ばずにムササビにナイフを放ち、ナイフの糸をムササビに巻きつけると、引っ張って落として、首の骨を踏んで折った。そして、すかさず階段に撤退した。

「やだ。ワイルドすぎる」

 パドマの手慣れた動作に、イレは目眩がした。森ではそんな風に暮らしていたのかと思えば、安易に否定はできないが、可愛いとはしゃいでいた動作とのギャップがありすぎた。

「じゃあ、帰るね。イレさん、行ってらっしゃーい」

 パドマは、仕留めたムササビの血抜きをして、剣に突き刺して肩に担いだ。イレに手を振って、階段を上る。40階もあるのだが、のんびり歩いていては、酒場の開店時間に間に合わない。

 風呂とおやつの時間も譲れないので、背中の重みがツライが、クマを抱えて、小走りで帰った。



 パドマは、急いでダンジョンを出ると、風呂に入って、おやつを手に入れて、唄う黄熊亭に戻った。師匠とおやつをテーブル席に置くと、マスターにお願いして、住居部分の釜戸を借りた。

 ムササビをそのままドカンとヴァーノンにプレゼントするつもりで持ってきたのだが、よく考えたら最近の兄は、忙しい。1日休みの日はなくなったし、仕事の日は、日の出前から寝る直前まで、どこがしかで働いている。ムササビをそのままでは、あげても更に仕事を増やすだけだろう。大きなムササビをそのまま見せて、驚かせたい気持ちもあったのだが、それは次回に譲って、すぐに食べれるように調理して、食べてもらうことにした。

 イレの家で作ると運ぶのが大変だし、店の厨房は仕込みの最中だ。マスターは、厨房を使っていいと、一緒に作ろうかと、言ってくれたのだが、遠慮した。遠慮をしていたら、女2人で作るのよ、とママさんに住居部分の釜戸に連れて来られたのだった。


 とりあえず、ムササビを取り出して、吊るしてみた。師匠料理は、肉を扱わない。森では、ほぼ全ての作業を兄に丸投げしていた。見たことはあるが、吊るし切りなど、やったことはない。できる自信は、まったくない。

 なんと、ママさんも、肉の解体などしたことはないそうだ。街の人は、基本、解体された肉を買ってくる。肉の解体は、肉屋の仕事だ。稀に解体前の肉を手に入れても、マスターがさばけば、ママさんがやる必要はないのだろう。

 経験者のいない解体作業だ。ここだけでも、マスターを呼んで来た方が良かったかと迷ったが、パドマは、ナイフを手に取った。

「あらあら、随分と大きいのね。ムササビは、もう少し小さい生き物だと思っていたわ」

「森のムササビは、もっと小さいよ。だけど、ダンジョンのムササビは、ちょっとおかしいんだ。これの2倍は大きいのもいたんだよ。今日、初めて見たけど、びっくりしたから、持って帰って来たの」

 先ずは、腹をかっさばいて、内臓を取り出してみた。決して破いてはいけない臓器がある。慎重に慎重に作業した。多分、何ごとも起きなかったから、成功した。

「そんなに大きいの? 危なくない?」

「大丈夫。大きくて持ち帰りができないだけで、特に何も攻撃して来ないから」

「本当に? もうケガをして帰ってきたら嫌よ。本当に本当に、気を付けてね」

「こないだのは、ちょっとうっかり突き指しただけだし、その前のは、ふざけてて階段から落ちただけだし、危ないのは、みんなイレさんと師匠さんが退治してくれるから、大丈夫だよ。変な噂は、武器屋のおっちゃんのジョークだから」

「ダンジョンに通うのは、もうやめなさい、なんて言わないわ。言えないもの。だから、ウソは吐かないで欲しいの」

「うぅっ。それは、難しい、かなー? だって、いい子でいたいんだもん。本当は、結構悪い子なんだけど、ここでだけは、いい子でいたいの。だめかな」

 ママさんと顔を合わすのも気まずくなり、足の方から、皮をむき始めた。失敗したのか、そういうものなのか、ムササビは大分小さくなった。

「まったく、ずるい子になっちゃって。でも、ヴァーノンを泣かせちゃダメよ。あの子を泣かせたら、慰めてあげないからね。放置しちゃうんだからね」

「うん。なるべく頑張る。難しそうだけど、とりあえず今日は、ムササビを食べさせるんだー」

 これから、部位ごとに切り分けたり、骨を抜いたりする作業が残っているのだが、赤身肉を2切れ分だけ切り取って、パドマが解体している横で、ママさんに焼いてもらった。パドマは食べたことがあるのだが、ママさんはないらしい。焼けたら、何も付けずに味見した。

「ウチは、美味しいと思うんだけど、どうかな? 何の料理が合うと思う?」

「そんなに心配しなくても、大丈夫。パドマが好きなものなら、あの子も大体好きでしょう? 随分と甘い肉だけど、どんな料理が食べたいかしら」

「ムササビは、ほぼ独り占めしてたから、お兄ちゃんが好きか、実はよくわからないの。クリームシチューにしたいんだけど、いいかな」

「いいと思うけれど、それはパドマの食べたい物ね。お肉は、いっぱいあるもの。他にも作ったら、いいんじゃない? ヴァーノンは、何が食べたいかしら」

「、、、ミートパイだと思う」

「はい。そろそろ帰ってきちゃうから、急いで作りましょうね」



 結局、コーニッシュパスティと花椒焼きとクリームシチューを作った。開店前までには間に合わなかったので、ヴァーノンだけお店のお手伝いに行ってもらって、でき次第、カウンターの端の席に並べて、兄妹仲良く並んで食べた。

「こんなのまで作れるようになったんだな。頑張ったな。ありがとう。美味しいよ」

 ヴァーノンは、笑顔で食べてくれた。あまりゆっくりとはしてられないのが残念だが、褒めてもらって、パドマも嬉しかった。

「ダンジョンのムササビ、めちゃくちゃ大きかったんだよ。本当はね、それを見せたくて持って帰って来たんだけど、食べちゃったらわかんないよね。本当に大きいのは、持ってこれないくらいに大きいから、今度時間が取れたら、一緒に見に行こうね」

「ああ、そうだな」


 兄に喜んでもらえた風なのは良かったのだが、パドマは、ずっと師匠に睨まれていた。とても居心地が悪かった。オヤツ時間に、放置したことを恨まれているのか。食べたそうにはしていなかったのに、実はムササビを食べたかったのか。

 そう思って、師匠にもムササビ料理をおすそ分けしたのに、まだ睨まれている。目を見張って、驚き顔で完食したが、おかわりは求められなかった。だから、満足したろうと安心したのに、まだ睨まれている。意味がわからなかった。

次回、師匠vs兄妹弟子。

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