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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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82.ヴァーノンが昔を懐かしむ

 夕暮れ前の唄う黄熊亭にて、タイラギ貝ときのこのアヒージョを突きながら、パドマは、暗い顔をしていた。

「また馬鹿野郎どもを連れて、ダンジョンに行こうかなぁ? でも、数が多くて邪魔臭いだけで、強くはないからなぁ。トビヘビみたいに、弾いて行けば、通れるよね」

 1人で、ぶつぶつとつぶやきながら、果実水をあおった。パドマが考えているのは、ガラパゴスフィンチの攻略法だ。誰に相談しているのでもないのだが、考えが口から漏れていた。

 パドマが思考に没頭しているのをいいことに、師匠は、こっそりと後ろから、パドマの髪をいじくり回している。それを見ながら、イレは、今のうちに別の席に避難をした方がいいか、検討したのだが、どこにいても同じだな、と諦めた。

「随分と懐かしい頭に変わったな」

 師匠向けのトンカツを持ってきたヴァーノンが、パドマを見て微笑んだ。パドマは、顔を上げて、ヴァーノンを見た。とても怪訝そうな顔をしている。

「こんな羽飾りを付けて、生きてた記憶はないけど?」

 どう考えても忘れようのない重大な記憶を、先日思い出したところだ。他に忘れていることもあるのかもしれない。小さい頃に、頭に羽根を付けて遊んだことが、あったのかもしれない。そう思って記憶を辿ってみるが、幼少期の遊びの内容など、何も思い出せなかった。何かはしていたと思うのだが。

「パドマ、猫耳。猫耳」

 イレが、両手を耳の上で、ぱたぱた動かしている。とても似合わない姿だ。

「耳?」

 パドマがそっと頭に手を伸ばすと、髪の毛を立てて丸めた謎の膨らみが出来ていた。気が付けば、羽飾りも2房に見える以外の部位は外されていた。猫耳ツインテールなどと発言したパドマの失策だ。

「いつの間に」

 犯人と思しき人は、こちらを見ることもなく、幸せそうにトンカツをかみしめていた。

「パドマ兄、パドマが猫耳になって良かったね。嬉しいよね。大好きなんでしょ? 猫耳」

 イレは、手をぴょこぴょこと動かしながら、からかうように言う。妹の方は多大なダメージを負ったが、兄は何の痛痒も感じていなかった。

「そんなことを言っていたのですか? 違いますよ。昔、パドマが『フェンリルになって魔獣を倒す』と言って、この髪型にして欲しいと駄々をこねていた時期があるんです。2つ縛りにするだけでも大人しく座ってられないのに、耳まで作るのが本当に大変でした。困っていたのですが、『お兄ちゃんのために魔獣を倒す』と言われれば可愛くて、毎日結っていました。懐かしい思い出です」

「マジか」

 パドマの中では、猫耳になると、やたらとヴァーノンが可愛い可愛いと褒めてくれるよくわからない記憶だったのだが、聞いてみたら褒められていたのは髪型ではなかったらしい。いずれにしても黒歴史だった。迂闊な発言などするものではなかった。パドマは、反省して、項垂れた。



「おはよう、パドマ。今日は一層可愛いね」

 楽しそうに話すイレに、パドマは目を吊り上げた。

「ぐぬぅぅ」

 今日のパドマは、両サイドを編み込みにされた上、リボンをつけられていた。ヴァーノンの仕業である。昨日の話から昔を懐かしみ、そろそろ時期的に髪を切るんだろうから、その前にイジらせろと、イタズラされた結果だ。

 パドマが兄に髪を結われていたのは、5歳くらいまでだ。その頃、とある事件があり髪を切ってしまったので、それ以降は髪を結われる機会はなかったと思う。だから、ヴァーノンが懐かしんで結う髪型は、5歳の女の子仕様なのである。同年代の女の子の髪型も受け入れられないパドマにとって、苦痛以外の何物でもなかった。

 だが、ヴァーノンは、楽しそうに髪を結う。それから逃れるために、今日切ってしまおうと思うのに、明日はおだんごにしてみようかな、ポニーテールは無理だろうな、ハーフアップならいけるかななどと、呟いているのである。こっそり解いたら、文句も言わず、寂しそうな目で見られた。たまらず、曲がってるから、もう1回やり直してと言ったら、ワガママとも言わずに、嬉しそうに結い直された。

 故に、この姿でここにいる。

 以前のパドマなら、あっさりと解くか、そもそも結わせなかっただろうが、今のパドマは断れない。部屋に閉じこもって過ごすことも考えたが、ストレス発散したさに、クマを連れて出てきたのだ。

「今日の敵は、なんでもいい。大量虐殺がしたい」

 パドマは不穏な発言をすると、朝ごはんも食べずに、ダンジョンに向かって走った。ごはんなど、弁当を多めにもらえば、それで良かった。師匠たちはどうか知らないが、パドマは食べ物など、腹を満たせれば何でもいいのだ。

 ただし、弁当をもらうに当たって、ジュールに褒められたのは、許せない。泣くほどジュールが嫌いだと言ったのに、結局、間に入ってくれないイレも、許さない。パドマの唇は、噛み締められて、朝から食いちぎられそうだった。


 ダンジョンの中も走った。人の噂など、耳に入れたくなかったし、噂を提供したくもなかったからだ。暴れるクマを抱えたまま、走って走って敵を蹴り飛ばし、叩き斬りながら、24階層の大福カエルまでやってきた。見ながら朝ごはんを食べても気が晴れなかったので、パドマは頭のリボンを解いて、イレの頭に結びつけた。左右対象でもない上に、曲がっている。雑に付けたのだから、仕方がない。

「なんでイタズラされてるのに、何も言わないの?」

「お兄さんは、大人だからね。そんな子どものイタズラくらいじゃ目くじら立てないし、スーパーイケメンだから、リボンだって似合っちゃうんだよー」

 パドマの目の吊り上がり具合が怖いから、という本心を告げることはできずに、イレはそう答えた。ただし、頭を抱える動作が、髪をかきあげてドヤっているようにパドマには見えたので、パドマの苛立ちは更に募った。


「くーそーむーかーつーくー」

 その後も、走りつつ、敵を斬った。ダチョウ相手も殺気を殺さず、遠慮なく斬る。馬鹿野郎達の無謀な特攻スタイルを見て、いろんな危ない戦い方を覚えてしまったのだ。足が速いくらい何だと言うのだ、早めに避ければ、それでいいだろう、くらいに思うようになった。だから、走ってきて突くダチョウは首を斬るし、蹴りに来られたら足を斬る。相手の勢いが良すぎて、斬った上で吹き飛ばされても、すぐに立ち上がれば問題ない。床に転がっても、壁に叩きつけられても、師匠に蹴られるよりは痛くなかった。

 体格差やパワーの違いがあるので、オサガメの甲羅に飛び乗ってジャンプして泳ぎ飛ぶオサガメを斬るチャレンジまではしようと思わないが、ダチョウなら、タイミングさえ間違わなければ、なんとかなる。急に戦闘を辞めたり、死んだと思った物が暴れ出したり、予想外のイレギュラーな動きが挟まると翻弄されるが、パドマは怒りのボルテージを上げるだけで、怯みはしなかった。


 だから、サシバも、クマを放り込んだ上で斬る。まだ受け身で、飛んでくるのに合わせることしかできないが、積極的に打って出る。敵の数が少ない部屋だけは、師匠の介入はなかった。今回は、壁際に陣取るのではなく、真ん中で受けて立った。勢いを受け止め切れないが、いっそ吹き飛ばされる方向に自ら下がって斬ると、ほんの少しだが、衝撃が和らいだ気がした。

 それに驚いていたら、右腕を突かれてしまったが、腕ならば問題ない。パドマの服は、そうそう貫通するものではなかった。気にせずクマを拾い、37階層も駆け抜けて、38階層に飛び込んだ。

 今日も、ハシボソガラパゴスフィンチは沢山いる。狩り日和だ。ストレス発散には、もってこいだった。


 パドマは、容赦なく鳥を踏み潰しながら走り、大きいフライパンを振り回して、敵を叩き落とした。階段の場所は昨夜イレに聞いていたので、すぐに見つけたのだが、確認しただけで入らずに、100部屋全てを駆け抜けた。

 流石に全滅まではさせなかったものの、視界はだいぶ良好になった。イレは、気分良さ気にクマを撫で回すパドマを見て、半眼になった。

「こんなのにまで、付き合ってくれなくていいのに。次が、師匠さんの好物だったりしたら、また荷物持ちにされちゃうよ?」

 パドマは、ここまでのあれこれで服は傷んでいるし、返り血を浴びているし、本人もちょこちょこケガをしているのに、リボンを結っていた朝よりも可愛らしく微笑んでいた。イレは、とんでもない娘をダンジョンに誘ってしまったな、と思った。

「大丈夫だよ。しばらく師匠の好物は出てこない。と思う。多分」

「多分? ダメだよ。好きな人のことは、もっとちゃんと覚えないと! 師匠さんが、イレさんに愛想をつかして別の人と付き合い始めたら、その人刺されて死んじゃうよ!!」

「なんでも美味しそうに食べるから、好きで食べてるのか、好きじゃないけど食べてるのか、よくわからないのもあるじゃない。全部は、わからないよ。

 それにね。師匠は、惚れた相手にはデレデレだから、絶対に刺したりしない。めちゃくちゃ大事にされるよ。パドマも、なってみたくない? 絶対に、蹴られなくなるから。全部の夢を叶えてもらえるよ」

「彼氏に求める1番大事な要望が、蹴らないこととか最低だな。そもそも、師匠さんに限らず、そんな物は必要ない。欲してない。

 次の敵を観察しながら、お昼にしよう。脳内お花畑のイレさんは必要ないから、深階層に旅立ってしまえ」

 パドマは笑みを消し、つまらなそうに階段を降りた。

次回、ダンジョン最後の鳥階です。

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