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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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80.イタズラ

 すっかり機嫌を直したパドマは、36階層にやってきた。今日は、ここで戦うための作戦を練ってきた。パドマは、誰かに止められる前にささっと準備して、階段から飛び降りた。

 着地と同時に横移動し、部屋の隅に陣取る。自分から逃げ場をなくして背水の陣にした。危険はあるが、背に腹はかえられなかった。壁の角に右足をかけて、タカを迎え打つ。

 タカを斬れるようにはなったのだが、とんでもない勢いで突っ込んでくるので、衝撃に耐えきれず、後ろに下がってしまう。そのため、これ以上下がれない位置に立つことにしたのである。後ろから攻撃が来ないのも、端ならではだ。また、同じ理由で腕貫緒も付けてきた。どんな衝撃を受けても、剣を取り落とさずに持っているために、剣に付けた紐で手に剣を固定してしまうのだ。本当は、手貫緒を付けたかったのだが、剣の構造上、どのように付けたらいいかわからなかったため、今回は、断念した。どうしても付けたければ、師匠相談案件だ。180度対応するのも難易度が高いと思い、部屋の隅に陣取ることにした。

 一部屋一部屋この戦法で倒していくのであれば、面倒極まりないが、敵に慣れるまでの制圧チャレンジは、安全第一だ。もう寝たきりの生活は、したくない。


 馬鹿野郎たちのおかげで、一部屋辺りのタカの数は、かつての半分以下に抑えられている。今なら、それほど難易度は高くない。

 パドマは全てのタカを視認し、位置を覚えた。消えた順に刃の向きを変えていく。

「くぅウっ!」

 タカ相手に、パドマの細腕で二刀流をやるのは、やはり無理だと思った。前回なんとかなったのは、背中に隠れていたヘタレ男のサポートのおかげだったのだ。片足だけでは支えきれず、2羽斬って、後ろの壁に打ち付けられた。次々に敵が突っ込んでくるので、体勢を立て直す時間などない。そのまま壁に肘を固定して、気合いで耐え続けた。左手の親指のつけ根が痛むし、指はビリビリするが、最低目標である頭の保護だけでも達成しなくてはならない。

「ぐ、あ、あ、あ、あ!」

 切先を前に向けることすら、覚束ない。もう剣の峰は、腹にくっついているし、剣鉈を持つ腕はおでこから動かせない。そんな状況では、斬れてもダメージをくらってしまう。

 幸いなのは、取りこぼしさえなければ、すぐに終了することだ。パドマは、17羽斬って、その場でへたり込んだ。剣を下に置いて、手のひらを見る。タカからの圧力で、どうにかなっている確信があったのだが、見た目はなんともなっていなかった。


 師匠は、スキップしてパドマのところに来ると、またタカの羽をむしって、パドマの頭にさした。

「わかったよ。もう羽根付けていいからさ。タカは、これで許してくれない? 体重と腕力を増やして来なきゃ、これ以上は無理だと思うんだけど」

 一通り師匠におもちゃにされた後、パドマはタカをリュックに詰めた。

「もう帰っちゃうの?」

「うん。タカ嫌いだし。上階で遊んで帰るよ。イレさん、いってらっしゃい。また後でね」

「ああ、うん。。。いってきます」

 イレは、頭に花を咲かせたまま、惚けた顔で、深階層に旅立って行った。

「イレさん、すごいな。くそ似合ってないのに、全然気にしてないよ」



 パドマは、帰りながら、各種鳥を仕留めると、工房に持ち込んで、商品の注文をして帰った。

 今日は手が痛いので、パドマは給仕を休むと宣言してきた。風呂に入るところまでは、ちゃんとしていたのだが、おやつのミニドーナッツを犬食いしていたら、師匠に睨まれた。痛みに耐えてまで食べなくていいと思ったし、口さえあれば足りると思ったからだった。師匠が食べさせてくれるような動作をしていたが、無視して1人で食べ切った。男には、手伝われたくなかった。そして、唄う黄熊亭に帰って、まったりと昼寝を楽しんだら、夕飯をご馳走になろうと、お店に顔を出した。


 パドマすら、もう取ってしまったというのに、なんとイレは、まだ髪飾りを付けていた。元から変な風体だったのに、更なる異彩を放っていた。

「髪飾り、どれだけ気に入ってるの?」

「えー? お兄さんも、そろそろ取りたいなって思ってるよ。だけどさぁ。師匠が、ダメだって言うんだよ。すごい似合ってるんだって。絶対、嘘だと思うんだけど」

 パドマにも、身に覚えのある現象だった。今は、にこにことカットステーキを食べている師匠だが、取ってもいいか聞くだけで悲しげな表情に変わり、いざ取ろうとすると、泣くのだろう。中身はおっさんのくせに、見た目はほんわか系の美少女なのだ。泣かせると、周囲の冷たい視線にいたたまれなくなるので、なかなか反発もできない。

「何がしたいんだろうね」

 わざわざ頭に花を咲かせずとも、イレは元々変なヒゲのおじさんである。これ以上おかしくしても、周囲の評価は変わらないだろう。飾っても、飾らなくても、女性受けは変わりそうにない。頭に花を咲かせた変な人がいるわ! と言われるような評判は、花を咲かせなくても既に得られている。

「ごめんね」

「どうしたの? イレさん」

「パドマの気持ちが、少しわかったから」

「ああ」

 お揃い服を無理矢理着せられているのを、特に助けてくれなかった件かな、とパドマは自分の服の袖を見た。今日は、包帯で、ぐるぐる巻きにされた手が生えている。

「すごい怖くて、いたたまれなかった。人とすれ違う度に、すごい目で見られるの。花が目立ち過ぎて、全然隠れられないし。チンピラに囲まれても、ケンカなら勝てると思うけど、いちいちやられると、いつまでも目的地に着かないし。もうへとへとだよ。お酒が切れたら、死んじゃう」

 パドマが花を付けた感想と、まったく話が違ったところには、イレの安定したナナメぶりに安心したが、チンピラという単語は捨ておけなかった。あれらが何かしたならば、少なからず自分が関わる。

「あいつら、イレさんに何かしたの?」

「パドマの心配をしてただけだよ。パドマから髪飾りを取り上げたのか、ひどいヤツだな、似合ってねーよ、って言われたの。そんな風に見えるんだ、って悲しくなっただけ。小さい子から髪飾り取り上げて、『どうだ、お兄さんの方が似合うだろう』とか言う人間だって言われてるんだよね? いくらなんでも、おかしすぎるでしょう。パドマにイタズラされて、遊ばれてるんだ、って言ったら納得してくれたから、そういうことにしといてくれない?」

「え? 何それ。嫌だよ。イタズラしてるの、師匠さんじゃん」

「そうだね。じゃあ、師匠のイタズラって言っといて」

「うん」


 ヴァーノンが、師匠の前に皿を置いて行ったので、パドマは左手の包帯にフォークをねじ込んで、横から突いて食べ出した。鶏のチャーシューだ。切られて盛ってあるので、ケガをした手でも食べやすい。

「その手は、どうしたの?」

「痛い。多分、何かケガした」

「多分て」

「師匠さんに診せたよ。それで添え木と一緒に包帯で巻かれたんだけど、何も言ってくれないからさ。結局、痛い以外、わからないんだよ」

「後で聞いとくね」

「多分、師匠さんも、わかってないと思う。こんなことされてるけど、骨に異常はなさそうだから。打撲か、突き指か、そんなとこじゃない? 放っておけば、そのうち治るよ。両手全指やっちゃったから、困ってはいるけど、大したことないから、気にしないで」

 問題なしのハンドサインを作ろうと手を出して、できないことに気付き、パドマは、顔をしかめた。そんなパドマに、イレはジト目を送る。

「明日は、ダンジョン休むんだよ」

「えー、また休み? 嫌だよ。師匠さんみたいに、足から剣を生やす練習に、丁度良いんじゃない?」

「そんなにダンジョンが好きか」

「ダンジョンが好きなんじゃないよ。仕事だし。寝たきりに飽きたんだよ。すっごい、つまらなかったんだから」

 あの時は、頭のケガ以外は問題なかったので、本を読んで過ごした。手芸もしていた。だが、今回は、それらもできそうにない。出来ることが、何も思い浮かばない。折角の休みでも、ミラたちのところに、遊びに行くこともできない。行っても受け入れてもらえるとは思うが、手がこの状態では機織りができないし、心配させたくもないし、手をわずらわせたくもない。そんなことをするならば、剣なしでダンジョンに挑む方がマシだった。

「寝てる必要はないよ。でも、暴れてたら、また回復が遅くなるんじゃないの? 大人しくしてなよ」

「えー? そうだ! 一日中師匠さんの顔を眺めて、ごはんを食べさせてもらってたら、惚れちゃうよ。それは困るから、明日はダンジョンに行こうよ」

 パドマが、師匠に話を振ると、師匠はフォークを取り落とした。目が泳いでいる。あと一押しだと、パドマは踏んだのに。

「師匠、騙されちゃダメだよ。そんなことでどうにかなるなら、もうどうにかなってる。お兄さんが、どんな画策しても無理だったんだから、心配いらないよ」

 察しが悪いハズのイレに邪魔された。



「グラントさーん。おはよー」

 昨晩、イレだけではなく、マスターにもヴァーノンにもダンジョンを禁止され、師匠の懐柔にも失敗したパドマは、綺羅星ペンギンにやってきた。することを思い出したからである。

「おはよう御座います。パドマさん」

 グラントがパドマを見つけて近付いてきたので、入り口で話すのも邪魔だろうと、あえて人目にふれそうな方向に歩いてきた。

「こないだは、ありがとう。直してきたから、返すよ」

 先日、師匠が取り上げてくれたハンカチをグラントに返却した。手に入れて速攻で直していたが、そのままにしていた物だ。暇になったので持ってきた。

「ありがとう御座います。もう返ってこないものと、諦めておりました。傷を負ってまで直して下さるとは、心より感謝申し上げます」

 パドマの心は、バレていたようだ。ケガの件は誤解も甚だしいが、タカをソロで撃破する男に言う話でもないので、否定は諦めた。こんなに両手を包帯でぐるぐる巻きにされて、添え木まで必要なケガを負うほどの刺繍の腕前って、どんなだと思ったが、スルーする。

「嫌だなぁ。売り上げに貢献してくれた人に、そんなことしないって。快く協力してくれたお礼にね、これもあげる。もらってくれるかな」

 いつか作って、未だに余りまくっているヘビ皮の財布も、グラントに渡した。

「まさか、これは」

 ペンギン財布を見せたことはある。グラントは、気付いたようだ。一応、プロに習ってはきたが、パドマの腕は、駆け出しもいいところだ。気付かれてしまうのは、仕方ない。

「あんまり上手くはないけどさ。消耗品だし、使ってやってよ」

「ありがとう御座います。大切に使わせていただきます」

 パドマの声も大きかったが、グラントの声も無駄に大きい。建物の造り上、反響も大きい。いくらも話していないのに、ギャラリーができている。エサは撒き終えた。仕事しろよ! とも、ペンギン見てろよ! とも、心では思っても口には出さない。

「うん。そうしてくれる? じゃあ、後は仕事に戻っていいよ。ウチは、師匠さんとペンギンを眺めたら帰るから」

 立ち去ろうとしたら、もう引きがあった。

「何それ。ズルくね? 姐さん、ハンカチ渡すから、それ俺の分もある?」

 ハワードだ。なんて可愛いヒヨコ頭だろうか。

「いいよ。今は手がこんなだから、すぐには返せないけど、それでも良ければ」

 あっという間に、ハンカチの回収はなった。勝手にハンカチの方から集まってきた。手が治り次第、直す気はあるが、特に返却の予定はない。蛇革の財布の数は足りるが、渡す日が来るかはわからない。パドマは、心の中で舌を出していたのだが、それをグラントが、とてもいい笑顔で見ていた。グラントの声が大きかったのは、共犯になってくれる気があったからかもしれない。

 そこまで考えて、気が付いた。ケガが治ったら、パドマは、忙しくてと誤魔化すつもりでいたのだが、ちょっと一文字刺繍を直した程度で添え木が必要になる腕では、こんな大量のハンカチは、一生かかっても直せないのではないだろうか。グラントは、そう言っていたのだろう。やはりグラントは、信用してはいけない男だとパドマは思った。

次回、37階層へ行きます。

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