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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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8.仲直り

 半裸の少年に対するおじさんの行動に、衝撃を覚えた子どもたちは、2歩ずつ後ろに下がった。

「イレさん? 無事?」

 パドマが恐るおそる声をかけると、イレは

「ふっかーつ!」

と言って、立ち上がった。イギーを叩き起こし、無事をみんなで確認すると、今日は帰ることになった。

 最後の換金を済ませ、みんなで報酬を山分けすると、イレはイギーとレイバンを連れて、イギーを連れ帰ると言うので、別れた。ヴァーノンとパドマは、2人きりになって、とても気まずい。イギーに付いて行こうかと思ったが、ヴァーノンは妹を置き去りにできなかったし、パドマはイギーについて行く言い訳を思いつかなかった。



「悪かったな」

 酒場に向けて歩こうとしたところで、兄が口火をきった。

「え?」

「本当は、助けになる予定だったんだ。俺の方が年上だし、男だし、パドマよりは戦えると信じていた」

 話しかけてはきたが、パドマの方は向かない。謝っているように聞こえたが、まだ中身はくすぶっているようだ。

「そりゃあ、まぁ。本気を出したら、勝てないだろうねぇ」

 パドマも、イレからもらったダンジョングッズがなければ、今でも芋虫と戯れていたと思う。知識があるのも、たまたま手伝いをしている酒場の客に、ダンジョン関係者が多くいただけだ。パドマがダンジョンについて聞くと、おっちゃんたちは面白がってあれこれと話してくれた。身体能力が勝っている訳ではない。

「そんなことはないだろう。1人でカマキリを倒していたじゃないか。俺には、あんな真似はできない」

 ヴァーノンは、俯いて手を振るわせて話す。悔しいのだろうか、怒っているのだろうか、パドマには判別できなかった。

「なんかまた思い違いをしてるよね。どう考えても、ウチの方が弱いでしょう。ウチは、そんな鎧を着たら、もうそれだけで動けなくなるよ。ウチが動けるのは、ただ慣れただけ。死なない様に、一生懸命調べただけ。考えただけ。

 お兄ちゃんは、これっぽっちも本気出してないじゃん。それで同じつもりじゃ、堪らないよ」

「確かに、鎧着てないな。危ないな。今から買いに行こう」

 ヴァーノンは、パドマの手を取って反対方向に歩き出したので、パドマは慌てて止めに入った。

「いらないよ。そんな高いの買うお金ないし、買っても採算とれないよ」

「金より、お前の方が大事だろう」

 兄の言い分もわかるが、それだけは譲れなかった。

「採算取れないなら、ダンジョンに入る意味がないでしょう。ウチは、稼ぐために行ってるんだよ。必要なら買うけど、着たら動けなくなるようなのを着る方が危ないから、いらない」

「そうなのか?」

「もう少し大きくなって、身体ができてきたら買うかもしれないけどね。心配させて、ごめんね。でも、ウチも死にたいとは思ってないからさ。ちょっとでいい。信じて欲しい」

「わかった。努力しよう。努力するから、また指導を頼めるか?」

 ヴァーノンは、まだパドマの手を離さない。言葉通りに、許してくれてないらしい。

「指導って、何の?」

「ダンジョン」

「なんで? お兄ちゃんが、入る必要ないよね。商家の仕事をすれば稼げるじゃん。仕事は、安心安全で選んだ方がいいよ」

「心配すぎて、生きた心地がしないから。お前が、ちゃんとやれているところを見に行く。見ていても邪魔にならない程度に、動けるように指導して欲しい」

「いやいやいや。言ったよね。あそこ、間違うと死ぬんだよ。辞めた方がいいよ」

「あいつらは、連れて行かない。俺1人だ。お前が死んで、1人になるのが嫌なんだ。連れて行け。邪魔にならないように仕立てろ。お前さえ死ななきゃ、俺が死んでも文句は言わない」

「何それ。ずるくない? ウチは1人になってもいいとか、なんなの? 最悪だよね」

「お前がダンジョンに通い続けるなら、それが俺にできる最大の譲歩だ。嫌なら、お前も行くな。俺は、お前からダンジョンを教わるが、お前は俺から言葉遣いを習え。大人相手も客相手も、その話し方なんてあり得ない」

「うっ。難しい言葉なんて、覚えらんないよ」

「1日1つでいい。とりあえず、今日は『いらっしゃいませ。ようこそ唄う黄熊亭にお越し下さいました』とかで、どうだ」

 形勢は逆転した。ヴァーノンは、ニヤニヤと笑っている。

「やだよ。なんで常連客相手に、それなんだよ。マスターだって言ってないよ」

「お前は、マスターとは役割が違う。愛想を振り撒いて、余計な出費をさせて、夕飯をたかる係なんだろ?」

「言い方!」

「手伝いを交代して、驚いたんだ。パドマの代わりなら耐えろと飯を食わされ、撫で回され、ダンジョンより手伝いを辞めさせた方がいいか、真剣に悩んだ」

 ヴァーノンの顔は、真剣だ。飯を食わされまでは心当たりがあるが、撫で回されとは何だろうか? 頭の上に手が乗って重いくらいなら覚えがあるが、まったくアレかというエピソードが思い当たらない。

「ウチ、そんな扱いされてないよ。酔っ払いに、からかわれただけだよ」

「そうなのか。それは良かった。でも、言葉遣いは覚えろよ? そろそろ子どもだから仕方ないとは、言われなくなるからな」

「へーい」

 パドマは、心の中で舌を出した。マスターに言われたのなら検討するが、兄の言葉に従う気はない。

「わざとだな。朝メシ激マズにするぞ」

「おやめになりましょう、お兄様」

「本気でひどいな。ずっと客商売してたのに」

「がさつな酔っ払いおじさんしかいないし。多分、大人になっても、このまんまでいけると思う。できないくらいが、可愛がられるかもしれないよー」


 掛け合い漫才が、一拍開いた。

 パドマは、冗談話の1つだと思っていたが、ヴァーノンは、真面目な話をしていたのかもしれない。

「パドマは、ずっと同じ生活を続けるつもりか?」

「引越しした方が、いいってこと? 正直、どっちが良いのか、わかんないんだよね。お金があれば、部屋を借りれるのかも知らないし、お兄ちゃんが結婚して出てっちゃったら、家賃に困るかもしれないし」

「結婚は、お前が先だ。心配ない」

「なんで?」

「お前は、相手がまともならいつでも結婚できるだろうが、妹も養いきれない俺のところに、好んで嫁ぐ女はいないだろう。俺が嫁取りできる頃には、お前の適齢期が終わる。だから、お前が先だ」

 兄の結婚は考えたことがあるが、自分の結婚なんて将来的にも含め、考えたこともなかった。このままずっと、子どものままでいるくらいの気持ちでいたことに気付いた。そんなことは、ある訳ないのに。

「それは焦るね。お兄ちゃんが嫁を見つけてきたら、もう終わってるってこと? これっぽっちも結婚する予定なんてなかったのに」

「ずっと嫁に行かなくてもいい。家賃を半額持ってくれるなら、そっちの方が有難いからな」

「なら、嫁に行けなくてもいいね。良かったよかった。一生お兄ちゃんのスネをかじろう」

「折半だ」

 唄う黄熊亭に着く頃には、元通りに話せるように戻っていた。そのまま2人で酒場の手伝いをして、客に可愛がられる兄の姿に、パドマはドン引きした。

次回、イギーの家にお宅訪問

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