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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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78.綺羅星ペンギン

「もう! お前ら、ちゃんと痛がれよー!!」

 来る日も来る日も、パドマはチンピラたちを殴り続けたが、まだはっぴを配れない男が、10人強残っていた。

 最初は、一試験につき一撃だったのが、もう面倒になって、殴る蹴るの応酬になっている。殴られる側も、最初は真面目に痛がってみせていたものの、パドマが子どものようにぽこぽこ叩いてくるばかりで、本気で殴ってこないことに首をかしげ、時々「痛すぎて心が死にそう」などと棒読み発言をしながら、パドマを半ば無視する形で、車座になって、合格を勝ち取るための対策会議をしている有様だった。


「合格を勝ち取れない我が身の不甲斐なさを恥じております。しかし、このままでは、いたずらに時間が経過するばかりです。大変申し訳ないのですが、試験内容を変更して頂けないでしょうか?」

 怖くてどうしようもない男代表であるグラントが、建設的な意見を出してきた。パドマも、それを考えたことはあったが、他の試験内容を思いつかずに流していたのだ。

「例えば、どんな内容にするの?」

「忠誠心が問えればよろしいのですから、無理難題を言って頂いて、それを遂行すればよろしいのではないでしょうか。このままこうして過ごすよりは、海に潜ってクラーケンを仕留めてきたり、空を自由に飛び回れと言われる方が、まだ合格を勝ち取れる気が致します」

 パドマが探しているのは、厳つい男たちと泣かずに震えずに対面する方法だ。忠誠心は、あった方が安心かもしれないが、特に求めてはいない。どうやって空を飛べるようになる気でいるのかは知らないが、それを実現して見せてくれたら、なおのこと恐怖が倍増するのではなかろうか。

「その能力は、まったく求めていない。やりたければやればいいけど、試験内容には採用できない。もう全員合格は諦めよう。はっぴを持ってっていいよ。ダンジョンに行く時間がなくなっちゃうし。大体、合格したし、もういいよね」

 グラントを上から外すか、間に伝言役の緩衝材を挟んで、他の不合格者からも距離をとれば、パドマの生活には、なんの支障もないことだ。震えるほど恐ろしい男たちに囲まれて、殴り続ける生活を脱脚する解決策は、それしかない。

「忠誠心を疑われたまま、合格の証を頂くことはできません。それを受けるくらいであれば、ボスに殴られ心を痛める日常を選びます」

 恐ろしい顔を並べて、そう主張されると、怖くて首を縦に振るしかできないのが、この日々を抜け出せない主原因なのだ。これでは、どちらがボスだか、わからない。

「じゃあ、間を取って、明日はみんなでダンジョンに行こう。ダンジョンに何かいい試験がないか、探してみよう。何もなければ、素材回収の人足にでもなっていればいい」

 そう提案して、パドマは帰った。逃げ出したという表現が正しいが、ボスである手前、逃げることは許されない。だから、逃げたのではない、家に帰っただけだ。



 パドマは、久しぶりに朝にダンジョンに向かった。フライパンを背負って、ヤマイタチを抱えて歩いてきた姿に、不合格者たちが、うちのボスは可愛いよななどと思っていることなど、気付きもしていない。ぬいぐるみが大きいので、一応、持ちましょうか、とグラントは尋ねたが、拒否するパドマに、ペンギンよりオコジョが好きだったか、という感想を持っただけだった。

 弁当は、まとめて適当な男に持たせた。ある意味で、選りすぐりの強面の男たちの集団である。ジュールは、一言も無駄口を叩かず、弁当をくれた。ダンジョン内でも、誰も近寄って来ない。それは素晴らしい成果だった。パドマも男たちに怯えていなければ、最高だった。

 不合格者たちは全員、ペンギン血祭りの時に、ダチョウ狩りについてきたヤツらだ。雑魚の相手は、全て任せられる。パドマは後ろをついて歩くだけで、36階層まで来てしまった。


 不合格者どもが敵を屠り、褒めてくれないかなとパドマを見てくる度に、パドマの恐怖値が上がっている。パドマがまったく褒めないので、パフォーマンスがどんどん大袈裟になり、やかましいし、パドマは野獣臭さにものすごく引いている。このままでは、いけない。ハチクマを制圧させてはいけない。何をしにダンジョンに来たのか、思い出さなければいけない。

「ストップ。ここで、試験をしてみよう。順番に、タカを1人1部屋片付けていって」

 真珠拾い部隊のヘクターが頬を引き攣らせているが、希望を聞いてあげることはできない。ヴァーノンには、できるのだ。この中にもできる人間はいるだろうが、できない人間もいるに違いない。うまくいけば、ボロボロになった姿を見て恐怖心が消せるかもしれないし、少なくともこれ以上、恐怖値を上げることはないだろう。師匠に頼み込んで、強力な傷薬をもらって支給するのはやぶさかではないし、海に飛び込んで伝説のクラーケン探しをさせるよりは、マシだと思う。

「では、先陣はわたしが務めさせて頂きます」

 グラントが、躊躇いもなく、部屋に突入していった。

 直前まで、やられてしまえと思っていたハズなのに、いざ行かれてしまうと、助けに行きたくなるのが、不思議だ。口には出していないつもりでいるが、心の中では、頑張れ、そこだ、危ない避けろ! などと応援していた。心の声が、ダダ漏れているから、周囲の男たちは、誰もグラントを見ていなかった。

 パドマは、試練は、課す方もツライものだと知った。師匠も、こんな気持ちだったのだろうかと考え始めて、絶対ないなと思った。


「申し訳ございません。数撃くらってしまいました」

 無傷とはいかなかったようだが、グラントは制圧チャレンジを成功させてしまった。パドマは、より一層グラントに近寄れなくなり、ねぎらいの言葉をかけることすらできず、頭を抱えるハメになった。

「やっぱり危ないね。やめよう」

 男たちから少しでも距離を取りたくて、後ろに下がったら、壁に阻まれた。もう限界だ。逃げたいが、階段の上にも下にも、不合格者がいてどちらにも進めない。

「オレにもチャンスを下さい」

「俺だって、やってやる!」

「見てて下さい」

 不合格者たちは、口々に勝手なことを言うと、雄叫びをあげながら、思い思いの方向へ散っていった。

「勝手に行くな! 全員一度になんて、見れるわけないじゃん!」

 パドマは、声を張り上げたが、誰も聞いてくれなかった。

「あいつら、バカすぎる」

「そうですね」

 残ったのは、最恐の男グラントだけだった。気持ち的には、次こそは一撃もくらわずに完全勝利をあげるべく先陣をきりたいのだが、パドマの護衛をこれ以上手薄にすることはできないと思い、残っている。グラントがいけば、恐らく他の誰かが残っただろうが、結局、活躍を見てもらえないのであれば、護衛でいいかと思ったのだ。

「左が3人で手薄だったね」

 パドマが左に向かった後ろを、グラントはついて行った。

「右は2人でしたよ?」

「ギデオンとルイに、助けがいると思う? あれは最後まで放っておいてもいいよ」

「あの2人について、詳しいのですか?」

「ここまでの働きを見てた。名前も、さっき知ったとこ」

「そうでしたか」

 グラントは、我こそはと敵を殲滅することばかり考えていて、周囲をほとんど気にしていなかった。自分の役職を思い出し、大いに反省した。


 左の一部屋目で、もう苦戦している男を発見した。ヘクターが、タカに集られていた。パドマは、フライパンを捨て、剣と剣鉈を持って突撃した。背中をグラントに任せ、ヘクターに取り付いているハチクマをヘクターごと踏みつけた。

 一通り払い切ったら、飛んでくるタカに集中する。ヴァーノンの真似だ。消えたタカに向かって刃を向ければ、それでいい。

 タカが斬れても、その衝撃には耐えきれず、後ろに押された。何度か押されて戻ってを繰り返していたら、戦線復帰していたヘクターに背中を支えられた。

「オレには切れないので、手伝わせて下さい」

「ウチの背後を取ろうなんて、いい度胸だ。後で見てろよ」

 そのままヘクターを放置で制圧を完了させると、パドマは、次々と部屋を回って、不合格者たちを回収していった。

 回収が終わったら、サシバをいくらか拾わせて、ダチョウとペンギンも持たせて、ダンジョンセンターで売り捌き、お金を山分けして、ペンギン館に戻った。

「次の課題は、体重を増やすことか」

 パドマのつぶやきは、全員に拾われて、おやめくださいとにじり寄られて、恐怖から無駄に体重を増やさないことを約束させられた。



 ペンギン館に着くと、パドマは、ヘクター他5名にはっぴを配った。ヘクターたちの活躍を疑問視し、苦情が続々と寄せられたが、パドマは涙目になりながら、懸命に抗った。

「だから、痛がってるところを見て、気にいるかどうかが合格基準だ、って言ってるじゃん。お前らは、いつ痛がったんだよ」

 そう言うと、全員が引き下がったが、パドマは己れの失敗に気付いた。なし崩しに全員合格にしてしまえば良かったと。今頃気付いても、もう遅い。次の課題を見つけなければ、誰も納得してくれまい。


「揃いの服については、おいおい考えるとして、そろそろこの施設に屋号を付けようと思うんだけど、大家に相談しないで、勝手に決めてもいいと思う?」

「屋号なら、もう付いていましたが、変更致しますか?」

「付いていた?」

 グラントに案内され、正面入り口を出ると、確かに屋号らしい看板がくっついていた。小さすぎて、今までまったく視界に入っていなかったが、星マークの中にペンギンが1羽立っている。その絵を見ただけで、この看板を作った犯人がわかった。星の中のペンギンは、とてつもなく目付きが悪かったからだ。いつだったか、こんなペンギンを刺繍で作り出してしまった記憶がある。これを見せたのは、1人だ。自ずと犯人は絞られた。

「綺羅星ペンギンと呼ばれております。パドマさんが作られたと思っておりましたが、変更なさいますか? もう土産物にも、このマークは採用されていますが」

「いや、いい」

 今からでも変更したい気持ちもなくはないが、新しいのを考えるのも、面倒だった。強面どもの運営するペンギン施設なのだ。ペンギンの目付きが獰猛でも、そんなものかもしれない。

「これを参考に土産の種類も増やしたのですよ」

 グラントは、ライトグレーの布を取り出した。見覚えのある布だった。グラントの持ち物としては全く似合わない、縁にレース編みが付いたハンカチだ。

「あ!」

 パドマは、布を引ったくろうとしたが、失敗した。手を上にあげられてしまえば、グラントによじ登りでもしなければ、取れる気がしない。

「返して。それ、間違ってるの」

 うろ覚えで適当に刺繍した文字は、いくつか間違えていることが、後に発覚した。グラントは、1字だけだが、鏡文字になっていたハズだ。あげる予定はなかったので、捨て置いていたのだが。

「やはり本物でしたか」

 グラントは、とても満足そうな顔をしていた。

「何がだ。返せ!」

「ある日、突然、とんでもない高値がつけられた土産物が増えているのに気付きました。刺繍を見て、もしやと思い、買っておきました。金を払って買ったのですから、わたしの物ですよ」

「うー。じゃあ、せめて間違ってるのを直させて」

「傷薬も真珠も服もいただけなかったわたしには、これだけが支えです。手放すことは考えられません」

 グラントと言い争っていたら、そろりそろりと離れていく男を数人発見した。逃げても無駄だ。どの名前を刺繍して、どの文字を間違えてしまったかは、まだ覚えている。

「間違ったままより、間違いがない方が良くない?」

「そのおかげで気付いたのです。もう間違ってはくださらないようですし、レアなのではないでしょうか」

「絶対直してみせる」

 2人で火花を散らして見つめ合っていたら、師匠が後ろからハンカチを取り上げて、パドマに渡してくれた。

「ありがとう、師匠さん!」

 何故こんなことになったのかも忘れ、パドマは師匠に感謝した。

なんの描写もありませんが、師匠もみんなに守られて一緒にダンジョンに行ってます。


次回、師匠さんがまた手芸作品を作ってきた。

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