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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
77/463

77.ユニフォーム

 あれから約半月後、パドマの言う画期的アイテムは仕上がった。量が多すぎて持ち切れないので、工房の人に配達も頼んだ。その納品に付き添って、パドマはペンギン施設に行った。

 入り口に入ると、グラントが出てくるのは、いつものことである。

「パドマさん、今」「とりあえず、5人集めて品物を受け取って欲しいのと、こちらの皆様に無償で施設内を見学してもらいたい。質問は、その後で」

「かしこまりました」

 指示さえすれば、きちんと機能するのがグラントである。速やかに、人手を割り振ってくれた。パドマは、ロビーのイスに座って、その働きを値踏みするような目で見ていたが、そんなフリをしているだけで、然程興味はなかった。

「それで、こちらの品は、如何致しましょうか」

「それね。請求書はこれ。支払いを頼める? その中にね、揃いの服が入ってるの。それをここの職員の証として、全員に支給する。ぶっちゃけサイズがわからないから、足りないかもしれないんだけど、追加発注をしてでも必ず全員に支給するから、1度に全員を集めるな。特に、仕事中の人間は、後回しで。

 支給前の選抜テストをするから、半分以下の人数を外から見えないバックヤードに集めること」

 パドマは、箱を漁って、1枚だけ紛れている小さい服を探した。見つけたら、早速羽織る。黒地に金刺繍のはっぴだ。裾は荒波柄で、ところどころに小さいペンギンが泳いでおり、背中は夜空になっている。丸い月には、ペンギンを住まわせて、袖には、施設にいると言われている20種のペンギンをトコトコと歩かせた。

 サイズと出来を確認し、満足すると、荷運びの人足にはっぴ入りの箱を持たせて、バックヤードに向かった。


 仕事に来ているのだから、仕事がなく暇な輩などいるハズがないのに、バックヤードには、既に20人ほど集まっていた。

「はい。今いる人だけで第一回試験開始。これ以降に来たヤツは、これが終わるまで待機すること。

 これから揃いの服を支給する選抜試験を行う。服がないヤツも今まで通りに仕事をしてもらうから、欲しくないないヤツは、必ずしも試験を受けなくていい。持ってないことによるペナルティはない。欲しい人、手を挙げてー」

 誰が何をもらったとかいう、どうでもいい争いに終止符を打つために、全員にお揃いの服を支給することにした。趣味のお揃いではなく、仕事をする上のスタッフ証のような扱いだ。ユニフォームなら、パドマの身銭を切ることなく、作ることができるし、自然と全員に配ることは可能だ。嫌なヤツは、着なくても構わない。支給ついでに、イレで試したアレを混ぜることにした。

 集まった男たちは、野太い絶叫と共に、全員手を挙げた。服を運んだ男たちも、グラントも、しれっと混ざって、手を挙げていた。そうなることは予想した上で、こんなことを始めたのだが、男たちのテンションの高さに、早くもパドマは泣きそうだった。

「マジかー。いるのかー。1人くらい断れよ。

 じゃあ、これからチーム分けをする。肩を叩かれたヤツは右、叩かれないヤツは左に寄って、いい感じに並ぶこと」

 パドマは、たらたら集まる男たちの間をぬって、ぽんぽんぽんぽんと、4人の肩を叩いた。

「ちょっと姐さん、俺ジムじゃねぇけど。なんでジムチームに入れたんだよ」

 肩を叩かれたのは、ジムとジムとジムとハワードだった。ハワードが、挙手してどうでもいいことを言いだした。

「うるさい。たまたまだ。ジムばっかり集まったのは、ウチの所為じゃない」

 パドマは、また前に戻って言った。

「叩かれなかった方から、テスト開始。

 今からウチが、殴るか蹴るか、何か攻撃を仕掛けるから、盛大に痛がってみせること。痛がり方が気に入った場合は、服を支給する。演技が気に入らなかったヤツと、殴られて怒ったヤツには、支給しない。再試験は受け付けるけど、異議は認めない。蹴られるのが嫌なヤツは、蹴らないから、帰っていいよ」

 パドマは、無言でしばらく待ってみたが、誰も動かない。どちらかと言うと、帰って欲しいから長めに待っているのに、帰らない。

「パドマさん、誰も帰りませんから、始めて下さって構いませんよ」

 グラントが、さも当然のように言った。全員が同意して頷いている。パドマは、左手で顔を覆った。そうかもしれないとは思っていたが、嬉しくない結果だった。

「お前ら何なの? 殴られたい変態なの? か弱いボスの拳が壊れる心配とかしながら、帰れよ」

「殴り合いでもして、試験を受ける人数を減らしましょうか?」

 また期待していない方に、気を遣われそうになっている。迷惑である。所詮は、元チンピラ。パドマの趣味嗜好と相容れない人材の宝庫だ。これ以上おかしくなる前に、さっさと試験を開始した。

「いらん!」

 パドマは、グラントに軽くチョップを放ってみたが、何の反応も得られなかった。

「はい。グラントさん、不合格。この列からはずれて」

「は?」

「攻撃を受けたら、痛い痛くない関係なく、くそ痛がってみせるゲームだから。何そのノーリアクション。もっと真面目にやって欲しかった。再試験は認めるから、今すぐはずれろ。時間の無駄だ」

「はい。申し訳ありません」

 グラントは、後ろに下がった。とても不本意そうな顔をしているが、パドマの狙い通りである。この馬鹿馬鹿しい試験で、全力で痛がる男たちを眺めるための、大切な生贄だ。

「さて」

 パドマは、残った男たちを見回し、次々と攻撃を加えた。イレにやったように、みぞおちに拳を入れたら、アゴにかかとを入れて、剣の鞘で殴り飛ばしと、立っている順に全員に打撃を加えた。本気で痛がっている男が何人いるかわからないが、全員悲鳴をあげた後、転がって悶えている。壮観だった。

 パドマは、はっぴをいくつか持ってきて、怖くなくなった男の上だけに置いていった。ついでに、ジムたちにも渡す。合格者は、12人だった。思いの外、狭き門になってしまった。

「それ、全部師匠さんサイズの服なんだ。入らないなー、と思う人は、もうワンサイズあるから、そっちと交換して。それも入らない人は、別途、応相談。

 それじゃあ、解散。第二回試験をするから、はっぴをもらったヤツは、仕事してるヤツと交代できたら交代してあげて」

 とりあえず、はっぴを配ったメンツは不満もないだろうし、あっても聞く気はないので、追い出した。

「試験を受けずに、服をもらった人間は、どういった選抜基準で?」

「ヤツらは、別の機会に痛がっているのを見たことがある。既に、合格基準に達してるから、面倒臭いし、改めての試験はいらない」

「そうでしたか」

 瞬殺で不合格になったグラントも、熱心に痛がって不合格になった面々も、合格基準が不明なこの謎試験の結果は、不満たらたらのようだ。パドマ自身も、何がどうして合格基準に達したのか、わからないのだ。説明することはできないし、なんでこんなことを始めたのか、詳細を明かす気もない。常々、震えていたし、不合格メンツしか残っていないこの場は、とても居心地が悪い。あのイレにすらバレていたのだ。パドマの不調に気付かない人間がいるとは思えないが、この団体の創立事情を考えても、人間的な信頼度を考えても、馬鹿正直に明かすことはできない。

「第二回服支給試験を始めよう。ルールは一回目と同じ。説明は、グラントさん、よろしく」

 休みで、家かどこかにいた人間が集まり始め、更に、仕事で来れなかった人間がやってきた。今度は、30人弱集まっている。バックヤードの広場がぎゅうぎゅうだ。あまりの景観に泣きたくなったパドマだが、まだまだ集まりきっていないメンツがいることも知っている。今度は、試験免除者が1人もいない。もう素手で触る気にもならず、鞘でべしべし叩きまくった。

 第一回で不合格になった人間の痛がり方が、必死すぎて、逆に怖かった。不合格メンツには、誰1人として合格をあげられなかったし、全員を含めて、5人しかはっぴを支給できなかった。

「なんて不甲斐ない。もっと痛がりやがれ!」

 何故か、殴っている側のパドマが泣いていた。チンピラたちは、困惑した。

「ご期待に添えず、大変申し訳ございません。鞘が壊れるといけませんので、小休憩後、人数を減らして第三回試験をして頂いても、よろしいでしょうか」

「うん」

 どこまで知られているかはわからないが、8割方、何をしているのか気付いたらしいグラントに助け船を出されたので、パドマは大人しく自分の部屋に籠って、気を落ち着けることにした。


 水を飲んで、深呼吸をして、500数えて、落ち着いたかなぁ、と思った頃、ドアをそーっと開けて外の様子を見てみると、15人くらいの強面が、ドアの前にズラリと並んでいた。パドマは、ドアを閉めてイスに座り、項垂れた。なんでもない人でも怖くて仕方がないのに、なんであいつらは、無駄に顔が怖いんだろう。なんであんなに厳ついガタイをしているんだろう。克服の難易度が高すぎて、しばし黄昏れた。

 もう一度、ドアを開けると、立っているのはグラントだけだった。

「試験会場を別に用意致しました。足を運んでいただけますか?」

「わかった。いいよ」

 部屋を出て、グラントの後ろをついていくと、食堂に着いた。ドアを開けると、チンピラたちが、こちらをむいてひざまずいていた。はっぴを着ている者も、着ていない者も混ざっている、総勢50人前後の男たちだ。

 こんな閉鎖空間で、こんな人数の男に離反されたら、骨が折れるどころでは済まされない。師匠を連れて来れば良かった! と、パドマは、後悔したのだが、隅の方で跪いている人間に、どう見ても師匠にしか見えないフワフワしたヤツが混ざっていた。ふざけて遊んでいるらしい。ちょっとイラッとしたが、いるなら、まぁいいや、と触れずに放置することに決めた。

 一応、半分以下にしろという希望は叶っているが、15人で嫌がっていたから減らしてくれるのか、という予想は裏切られた。てっきりバレたのかと思っていたのだが、チンピラたちの感性が、パドマにはまったく理解できなかった。

「我らは、1人も欠けることなく、全員パドマさんに忠誠を誓っております。

 女だてらにその年で身に付けた体捌きにも驚きましたが、我等が屈したのは、それだけではありません。誰にも顧みられることのなかった、捨て置かれていた我らに、堂々と立ち向かい、1人も見捨てることなく、拾い上げて下さった。それぞれの至らぬ点を責めることもなく、特技だけを見て、できる仕事を探して下さった。誰よりも身を粉にして、支えて下さった。その姿を間近で、見せて頂きました。

 我らは男です。年齢も上で、身体も大きい。造反を疑いたくなる気持ちもわかります。何度でも、試してください。絶対に誓いを破ることは御座いません。

 鞘が壊れるといけませんので、よろしければこちらをお使いください」

 気が付けば、グラントもひざまずいていて、角材を捧げ持っていた。鞘が壊れるというのは、適当に捻り出した言い訳ではなく、本気で心配していたらしい。バカだ。角材で殴ったら、ケガをするだろう。多少痛いかもしれないが、相当繰り返し殴りでもしなければ、パドマの素手の暴力でケガをするようなヤワな人間は、ここにはいない。その信頼を持って、こんなことを始めたのに、武器をパワーアップしてどうするのだ。角材で殴るくらいなら、ナイフで刺して、師匠の傷薬で治してもらう方が、楽にいい結果を得られそうなものなのに。

 グラントにはバレたのだと思い、大人しくついてきたのが、間違いだった。やはり、パドマは、チンピラたちとは、共感できなかった。

「やりたかったことは、そんなことじゃない!」

 思いっきりグラントを蹴飛ばしてから、角材と戦闘ブーツは、どちらが殺傷能力が高いのだろう、と思い、冷や汗を流した。

次回でユニフォーム配り終了の予定です。

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