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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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76.怖くなくなるために

「んー? あれ? 折角、新技を習得したのに、夢だったの? なんだよ、もう!」

 パドマは、起きるなり怒り出した。一通り怒り切ったところで、横にヴァーノンが座っているのに気付いた。

「おはよう、パドマ」

 ヴァーノンの声は、沈んでいた。朝からご機嫌ナナメらしい。まだ肉じゃがの失敗を引きずっているのだろうか。

「おはよう。お兄ちゃん。肉じゃがまん、奪い合いが起きるくらい大好評だったよ」

 パドマがそう言うと、ヴァーノンの目が、一気に吊り上がった。パドマの目付きの悪さは、ヴァーノン由来だ。所詮、真似事だ。本家には、なかなか敵わない。普段は温厚である分、まったく見慣れてもいない。パドマは、それを見ただけで涙目になった。

「ごめんなさい」

「何が悪かったのか、理解もしていないくせに、謝るな。許してやれないだろう」

「だって、怖いんだもん。お兄ちゃんまで怖くなったら、居場所がないよ」

「死ぬのは許さない約束だな?」

 ヴァーノンは、パドマの手を取って、どんな反応を見せるか、観察を始めた。

「守ってるよ。生きてるじゃん」

 パドマは、ふくれただけだった。涙も引っ込んだようだ。拒否されていないことを確認できたので、ヴァーノンは手を離した。

「守れていない。ダンジョンで意識を失ったんだろう。外で寝て、いいことがあるか?」

「ごめん。まったく記憶にない。事実なら、反省する。油断した。浮かれてた」

「浮かれてた? お前、元に戻ったのかと思っていたが、随分と余裕だな」

「前より大きくなってるからね。あのまま成長してなかったら、残念すぎるでしょ」

「俺の中では、小さいままだ。無理はしなくていい。部屋から出なくてもいい。俺も成長したからな。顔が怖いと泣かれても、気にしないでいてやれる」

「そういうのを掘り起こさないで欲しい。お兄ちゃんと一緒にいられなくなる」

「それは困るな。黙ることにするか」

 ヴァーノンは、宣言通り口を閉じた。

 ヴァーノンは、早起きだ。パドマが起きる時、大体、商家に出かける服か、ダンジョンに出かける鎧を着ているが、今日は、どちらも着ていない。

「あのさ、今何時かな?」

「そろそろ店が開店するかもしれないな」

 ヴァーノンは、窓の方を見て言った。

「店? あのチェルマークなんとかだよね?」

「違うな。唄う黄熊亭だ」

 ヴァーノンは、ふふふと笑った。パドマは、兄の仕事をいくつ邪魔したことだろう。それほど年の離れた兄でもないのに、なんなら実は兄ではなかったのに、完全に金銭的に世話になっておいて、仕事の邪魔までしていた。これは、激怒されても仕方がない。

「起こしてくれて、構わなかったのに!」

 パドマは、跳ね起きて、立ちくらみを起こした。足場も悪かったので、なんとか倒れてしまわぬよう踏みとどまったが、座り込む形に落ちた。

「何やってんだ。寝てろよ!」

 ヴァーノンも立ち上がって、パドマを支えようとして、手を引っ込めた。

「ううぅ。ごめん。水持ってきて。多分、敗因は、水袋を持って行かなかったからなんだ」

「なんだ、そのバカすぎる失敗は。今日から、リュックの中身を水袋でいっぱいにしてやろうか」

「ああ、それはいいね。体力つきそう」

「リハビリメニューじゃないぞ。嫌がらせを言ったんだからな」


 ヴァーノンは、速やかにカップと水差しを持って戻ってきたが、パドマはカップを無視して、水差しのままがぶ飲みした。

「っかー、生き返った!」

「完全に育て間違えたな。なんでこんなのが、可愛いとか言われてるやら、まったく気が知れん」

 ヴァーノンは、パドマにカップを使わせるのを諦めて、両手で持って、またパドマのベッドに腰を下ろした。

「それは、兄として鼻高々だね。良かったね。だが、どれだけ勧められようと、妹は嫁に行かないのだった。だって、妹はみんなの新星様だから」

「そうだな。別にいいんじゃないか。働かなくても、いるかもしれないと言うだけで、客寄せになるからな」

「新星様すごいな。新星様って、なんなんだろう」

「お前だろ?」

「3分の2くらいは、師匠さんなんじゃないかな。いや、ある意味では、100パーセント師匠さんの仕業だよね」

「だったら、すごくて普通だな」

「そうかもね」

 ようやくヴァーノンは、パドマから笑顔を引き出した。



 ひと心地ついたら、兄妹でダンジョンに出かけた。ヴァーノンは寝ていろと怒っていたが、パドマが行きたいと駄々をこねて勝利した。そうやって甘やかしてばかりいるから、こういうパドマに育ったのである。リュックに水袋を沢山詰め込んだが、結局、それもヴァーノンが背負っている。こういう兄とこういう妹だから、ずっと一緒に暮らしているのだ。

「今日は、何を獲って帰る?」

「食べたい物はあるか?」

「ヒクイドリのステーキに、チーズソースをかけて食べたい〜」

「たまには、チーズから離れろよ」

「えー。ああ、じゃあ、卵と塩と酢を入れて混ぜたのに、更に油を入れて混ぜて、トマトを煮たヤツを入れて混ぜたソースが、美味しかったよ!」

「油を入れた時点で変わらない上に、トマトを煮るのが面倒だな」

「そうそう、その上、その辺の適当な卵で作ると、お腹を壊すからダメだって、イレさんが言ってた」

「そんな物を客に出せるか」

「だから、チーズソースにしよう。パドマの大好きなお兄ちゃんの大好きなお弁当なんだから」

「とりあえず、ヒクイドリが狩れてから考えるか。今日は、許可を取ったから、時間だけはある」



 ヒクイドリは33階層にいるが、素通りして、36階層にやってきた。兄がサシバを見てみたいと言ったからだ。

「フクロウと、たいして違わないな?」

 形は全然違うが、大きさと色は、大体同じだ。ダンジョン内の変な生き物に見慣れると、フクロウとタカは、同じ仲間に見えるようになる。

「見た目はね。でも、動きが全然違うんだよ。見てて」

 パドマが、ナイフを投げて1羽落とすと、タカパニックが始まった。全力で飛び始めた個体は、視認するのも容易ではない。

「速いな」

「しかも、いっぱいいるから、手に負えないんだよ」

「なるほどな」

 ヴァーノンは、リュックを下ろすと、ふらりと前に出た。

「ちょ! 危ないよ!!」

「危なくなった時に下がれない。離れて見てろ」

 ヴァーノンは、いつの間にか持っていたパドマのフライパンと自分の剣を構えた。

 パドマの時とは違い、スタートからタカが飛び回っている。どこに何羽いるか、それすらパドマにはよくわからないのに、ヴァーノンの足下にタカが落ちた。ヴァーノンは、師匠並みの剣才を持っていたのだろうか。タカパニックは、すぐに終了した。

「なんで? どうやって斬ったの? ケガしてない? 大丈夫?」

「どうやってか。難しいな。速すぎて考える時間もないだろう。だから、ここだと思った場所に、なんとなく剣を動かしたんだが、そこに鳥が突っ込んできた。風圧だか殺気だか知らんが、そういうものなのかもしれない。あれは、なんだろうな」

「お兄ちゃんが格好良すぎて、まったく参考にならない」

「入り口を塞いで立っていれば、後ろからは攻撃が来ないぞ」

「そっかー。背が高いって、いいね。ウチは余裕で上を抜かれるよ」

「剣を長いものに変えたら、当たった時の圧に耐えられないだろうし、困ったもんだな。性格以外、ダンジョンに向いていなそうだ。転職を勧める」

「嫌だ。年取って腰が曲がっても、かじりついて通ってやる」

「死ななければ、何をして過ごしていてもいい。本当に、それだけは、守ってくれよ」

「うぃーっす」

 パドマはタカ狩りチャレンジをすることなく、兄妹仲良くヒクイドリを倒して帰った。限界までヒクイドリを背負わされたヴァーノンは、帰りのオサガメを気合いだけで避けきった。



 次の日、また夕方近くまで寝ていたパドマは、蝋板にお絵描きをしながら、夕飯を食べた。

「今度は、何の悪巧みをしてるのかな」

 性懲りも無く、残り物のシシトウの揚げ浸しを食べさせられているイレは、パドマに剣呑な眼差しを向ける。

「なんで、悪巧み限定なのかな。悪巧みもしてるけど、これは違うよ。バカ野郎たちのバカな争いに終止符を打ち込んでやろうと、平和的な解決策を金の力だけで何とかしてやろうっていう、画期的な取り組みだよ?」

 だから、ペンギンの絵ばっかり描いている。20種類全部の特徴を思い出せなくて、うなりながら取り組んでいる。

「またズタボロになって、ヤツらに貢ぐんじゃないよね?」

「違うよ。今度は、真珠の稼ぎを私的に使ってやるだけだよ。商品案だけ書いてって、あそこの金で、どっかの工房に頼んで作ってもらうだけ。後で、参考までに、イレさんと師匠さんのサイズを測らせて。アイツらの採寸をするの、嫌すぎるから」

「測るのはいいけど、泣かないでね」

 イレは、頬を引き攣らせた。イレが何もしなくても、パドマのお願いを聞くだけでも、パドマは震えて泣くのだ。本人は喉元過ぎれば気にしないようだが、イレは少しトラウマになっている。小さい女の子に泣かれるのは、辛い。

「それについてもね。謎は解けた気がするんだよね。協力してくれた人は、多分、前みたいに付き合えるように、なるかなぁ? 試してないから、わからないけど、ヤツらで実験してみようかと思ってる」

「何それ、早速、お兄さんで実験すればいいじゃない」

「何をやっても怒らないならいいけどさ。結構ひどいことをしようと思ってる上に、まだ直る確証もないよ?」

「受けて立つ!」

 酔っ払いは、やけにやる気だった。酒のテンションは、恐ろしい。酒の魔法で記憶が消し飛んで、キレられたら嫌だなぁ、とパドマは少し心配になった。

「マジかー。ここじゃあできないから、後でね」



 師匠とイレの帰りがけに、パドマは外で採寸をさせてもらった。手の長さや座高などをざっくり測って、蝋板に書き付けているだけだ。それなのに案の定、パドマは震えている。見兼ねて、イレと師匠がお互いの採寸をし、パドマは採寸したい場所を告げて、メモるだけの係になった。

「で、実験って、何するの?」

 一通り採寸が終了したので、イレが口にした。この季節は、夜はかなり冷える。さっさと用事を済ませて、帰りたいのだろう。

「予想なんだけど、多分、怖くて仕方ない人って、ウチより強い人なんじゃないかと思うの。チンピラたちの中に、怖くないのが何人かいたんだよ。ジムとかジムとかジムとかさ。実際に強いかどうかじゃなくてね、こいつには勝てんじゃないかなーとか、絶対勝てないなー、みたいな曖昧なヤツだけど。ガチバトルしたら、大抵の男には負けるだろうし」

 ガチバトルの結果、チンピラを支配下に置くことになったパドマが、勘違いも甚だしそうな考察を披露した。

「お兄ちゃんの方が、パドマより強いんじゃなかったの?」

「強いけどさ。お兄ちゃんは、ウチを守ってくれるだけで、絶対に攻撃してこないもん。戦ったら、いつか勝てるよ」

「ということは、お兄さんは、パドマを攻撃する人なの? しないよ。したことないよね?」

「あるよ。殴られたことはないかもしれないけど、すぐに怒るし、睨むし、脅してくるし。これだけ体格差があって、実力差もある人に間近でそんなことをされる、小動物の気持ちを考えてみてから言って欲しい。ちなみに、後ろが怖くないのは、ハゲてて面白いからだ」

「えっ! お兄さんハゲてたの? どこどこ?」

 イレは、後ろ頭に手をやって、必死にハゲを探し始めた。そんなイレを見て、師匠は目に涙をためて、必死に手で口を押さえている。

 ハゲは、嘘だ。後ろからなら、イケんじゃね? という気持ちを持っているのだろうと思ったのだが、それを言わずに済ますための冗談だ。実際にやれば勝てないのだろうから、恥ずかしいし、言いたくないのだ。

「そういう訳だからさ。1発殴らせてもらって、やられたフリをしてもらったら、怖くなくなったりしないかなぁ、と思ったんだけど、やってみていい?」

 相手に勝つ体験か、何をやっても怒られない体験か、どちらかをパドマの中で消化できれば、それでいいのだろうと考えた。


 師匠が、自分の胸を拳でぽんと叩いて、仁王立ちしたので、パドマは拳を構えた。

「じゃあ、いっくよー。えい」

 パドマは、師匠に駆け寄ると、お腹にポスっと拳を当てた。師匠は、殴ったところで、服の中身は暗器だらけで、ガードがかたい。パドマの拳を痛めないためにも当てるだけだったのに、師匠は盛大に吹っ飛んで、ぱたりと倒れた。顔の表情も、完璧に殴られてやられた人だった。

「流石、師匠さん。名演技すぎて引く」

 パドマは、ぱたぱたと師匠に駆け寄り、ゆさゆさとゆする。

「ありがとう。それほど怖くなくなった」

 全然怖くないとは、言えない。日頃から蹴られてケガをしたり、蹴られた結果、カエルに丸飲みにされたり、蹴られた結果、敵に袋叩きにあったりしている。完全に怖くならない日など、来るハズがない。

 師匠は、すぐに目を開けて立ち上がり、手でほこりをはたいて落とした。

「え? それをお兄さんもやるの? できるかな???」

「いや、あそこまでは、やらなくていいよ。でも、本当に怒らない?」

「怒らないよ」

「本当かなー」

 パドマは、疑わしそうな表情で、イレに近付くと、拳を振り抜いた。

 ぱっと見は、長身の男に、頭2つ分小さい少女が、ぽてぽてと近寄ってきただけである。だが、少女は、無駄にケンカ慣れをしていた。歩く拍子の体重移動で、拳に全体重を乗せ、しれっと腰を入れて、拳を突き入れた。殴る角度が、完璧だった。隠し武器の指輪は使っていないし、利き手ですらなかったが、油断しきった酒飲み男の腹には響いた。

「ぐっ」

 吐きこそはしなかったが、片膝が崩れた。そこに、スタスタと近寄ってきた師匠が、軽く蹴りを入れて、イレの身長分だけ飛ばした。

「いぇーい」

 パドマと師匠は、楽しそうにハイタッチした。ここだけ切り取れば、可愛い少女の戯れである。イレは、それを眺めながら、腹をさすった。

「惜しいなぁ。もう1回殴ったら、怖くなくなるかも?」

 イレは、久しぶりにパドマの全開の笑顔を見た。

次回は、ペンギンの皆様を克服しようと頑張ります。でも、あの人たち、ビジュアルは激怖なのですよ。ちょっとしたチンピラからマジもんのヤバい人まで各種揃ってしまっているので。

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