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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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75.差し入れとトリバガ

 イレの家で治療と尋問を行った後、大八車に乗せて、パドマを唄う黄熊亭に連れて行った。これ以上悪化させないように、仕事を休んで大人しくしてろ、と言い聞かせたハズなのに、イレと師匠が入店すると、パドマは給仕をしていた。

「はい。肉じゃがまん、お待ちー」

 パドマは、イレの前に肉まんのようなものを積み上げて、立ち去った。

「パドマちゃん、なんで店にいるのかな。休めって言ったよね」

 イレは睨みつけたが、その目は前髪に隠れて、パドマには見えなかった。

「ごはん抜きなんて、イレさん、ひどい! お兄ちゃんが、いっぱい肉じゃが作りすぎちゃったんだよ。助けてよ。ってことで、お言葉に甘えて、休んで出かけてくる」

 さっき聞いた話を思うと、イレが怖いから逃げ出すのだろう。逃げて部屋に戻るならいいが、出かけるというのは、聞き捨てならない。パドマは、未だに反省が足りないようだ。

「どこに?」

「肉じゃがまんの行商。大丈夫。瞬殺してくる」

「全部買ってあげる。休め」

「お金じゃないんだよ。全部食べて欲しいの! お兄ちゃんが作った肉じゃがは、捨てないで! だから、またね? あれ? イレさん、何か魔法使った? あれ?」

 パドマは、イレと師匠が座る席の周りをぐるぐると3周歩いた。手をあごにあて、首を傾げている。

「どうしたの?」

「イレさんが、何かおかしい」

「そうだね。よく言われるよ」

 またここが怖い、ここが気持ち悪いとダメ出しされるのかと、覚悟が決まらず、イレは遠い目になった。事情は理解したが、嫌がられたり、悪く言われれば、普通に傷付く。大人の余裕を見せているつもりで我慢はしているが、どちらかと言えば、メンタルは弱い方だ。

「顔を見ると気持ち悪くなるのに、後ろ頭は平気。師匠さんは、前も後ろもどっちも変わらないのに、なんでだろう。イレさん、頭とか背中とかに何かしてる?」

「何もしてない。そろそろお兄さんも、泣きたくなってきたんだけど、泣いてもいいかな」

「ん? 別にいいよ。ウチは出かけるし。師匠さん、あとよろしくね」

 パドマは厨房に寄って、肉じゃがまん入りの箱を抱えると、外に出た。


 外に出ると、師匠がいた。イレは、1人で泣くようだ。そこまでは別に構わないのだが、何故かその横に、イギーがいる。またお付きの人を連れておらず、脱走している最中らしい。

「よお、奇遇だな。何をやってるんだ?」

「奇遇の意味を習って来い。ひとんちの前で、何言ってんの?」

「飯を食いに来たんだよ。この店、美味いだろう?」

「そうだね。悪いんだけど、師匠さん、イギーを店に案内して縛り付けてきてくれない? ウチは、もう店には戻らないから」

 師匠がイギーの襟首をつかんで、店に戻っていくのを見守って、1人で戻って来たのを確認してから歩きだした。

「やっぱり、ハワードちゃんが好きなわけじゃなかったな」

 単独のイギーに会う機会があまりないので気が付かなかったが、特に好感度の高くない人物で、恐怖を感じない人間の2人目を見つけた。重大な気付きをくれて、師匠が抜けた分の売り上げを埋めてくれるのであれば、感謝しようと思った。



 パドマが向かった場所は、いつものペンギン施設である。そろそろ営業時間を終えるが、卵やヒナの世話があるため、誰もいないということはない。差し入れという名で目的の物を配り歩き、速やかに退散する予定だ。

「こんな時間に、どうされましたか?」

 いつでも入り口付近にいるのだろうか。パドマが建物に入ると、グラントが寄ってきた。

「差し入れを持ってきたんだけど、今、何人いる?」

「今すぐ集めます。少々お待ちください」

 グラントが奥に走ろうとするのを、パドマは慌てて止めた。

「いい。こっちから行く。差し入れを持ってきただけだから。仕事を中断させる必要はない」

「それならば、なおのこと急いで呼ぶべきでしょう。警報を使いましょうか」

「なんでだよ。やめろよ」


 止めたのに、大事になってしまった。仕事の邪魔をしただけではなく、もう家に帰ってしまった人間まで集められてしまった。持ってきた肉じゃがまんだけでは足りず、店に戻って、追加を持って来なければならない事態になった。グラントは、ポンコツだったのか。パドマは、イライラして、首のすげ替えを検討した。

 チンピラたちに、食堂の席に座るよう命じてみたが、席は足りず、足りない人間は、床に座ってもらった。柄の悪い男たちの間をぬって、饅頭を配って歩くなんて、最悪の事態である。最早、直前まで考えていた、ねぎらいの言葉も出てこなかった。

「姐さん。乙」

 ハワードに声をかけられたので、パドマは無言で饅頭を渡した。震えているのに、目は吊り上がっている。

「いや、俺は食ったら、殺される」

 ハワードは、手を顔の前に並べて、拒否を仕草で示した。その後、3往復もして饅頭運びをしたパドマは、それを見て、怒気を強めた。

 面倒な仕事を増やされただけならともかく、兄の美味しい饅頭を食べさせてもらえる栄誉を拒否する男は、パドマの傘下として認める訳にはいかないのだ。チンピラなんてやっておいて、腹いっぱいでも、饅頭の1つくらい食べる根性がないとは言わせない。

「食わないなら、ウチが殺す」

 拒否する手に饅頭を押し付けて、嫌でももらってもらった。否、嫌だと言うなら、剣を抜く。

「なんで怒ってんの?」

「差し入れを持ってきたら、人が増やされたんだよ。1人2人くらいならともかく、100人以上増えたんだよ。手間を増やしやがって、怒ってもいいよね。お前らと違って、ウチは荷運びには向いてないんだよ」

 パドマは、ダンジョン通いなんてしていて、イメージだけは勇ましいかもしれないが、年齢相応よりも小柄な方だった。その上、フライパンより重い物は持たないような生活をしている。単純な筋力もないが、箱を積み上げれば、すぐに前が見えなくなってしまう。大事な兄の饅頭を道に転がすようなことはあってはならないのだから、1度に沢山は運べない。

 というか、気軽に差し入れを持ってくるような人数を超えすぎているのだ。なんでこんな時間に来たか、察しろ、とか格好悪いことも言いたくなる。

「悪かった。俺の所為なんだ。傷薬を自慢して、その後、真珠も自慢したからさ。次は、俺ら以外がみんな揃って抜け駆けなしで、姐さんに何かもらおうぜ、ってなってさ」

「そういう話は、事前に報告しろよ。自慢していいって言ったよ。言ったけどさ。あれ、結局、自分らで取ってきた真珠じゃん。ホントに自慢になるの?」

「クソいっぱいある真珠から、わざわざ時間作って、なるべくキレイなヤツを探してくれたじゃん。真剣な顔しちゃってさ。ボスにそこまでさせたなら、誉れだろ。子ども相手にタカるのも、寝覚めが悪いしな」

 パドマは、頭を抱えた。そこにある物で、適当に済ませたつもりだったのに、感謝されていた。前任者は一体どういう扱いをしていたのだろうか。匙加減を知るためにも、調べた方がいいのかもしれないが、チンピラ相手にそんなに真剣に向き合いたくもなかった。チンピラに戻らないでくれさえすれば、後は興味がないのだ。

「それと、報告したら、何もくれなくなるだろ? みんなが哀れでなー」

「当たり前だ。お前ら何人いるんだよ。金渡して、好きなの買ってこいが限界だ。差し入れ1回に何往復させる気だ」

「手伝いたいのは山々だけど、手伝い係も争奪戦で血の雨が降るんだよなぁ」

「お前が手伝え。そして、殺されてしまえ」

「わかったよ。今度相談しとくから、許せ」

「許さん。報復の検討に入る。とりあえず、余った分の処分をよろしく。適当に分けて食べて。もう暗くなるし、帰るよ」

「俺らのボスの門限早えぇ」

「お前らも、良い子に生きろよ」

 パドマは、逃げるように建物から出た。



 店を出た時は、まだ太陽が明るかったのに、すっかり月夜になってしまった。

「この空を、みんなが、安心して眺められる街になって欲しいな。こんなにキレイなのに、怖い」

 てくてくと歩いて、ダンジョンセンターに向かう。買取窓口が開いていないのが難儀だが、しばらく夜中にダンジョンに通うことで、イレと合意したのだ。家で過ごすのは暇で仕方がないし、夜ならば人出はほぼない。油を消費してまで夜に起きている人物など、多くはない。この時間ならば、ダンジョンに出かけても人に会うことはないからいいんじゃないか、ということになった。ダンジョン内は、いつでも魔法のような灯りがついている。何時に行っても変わりはない。ただし、抱きかかえられたくなければタカと戦うな、という注意付きだ。

 昨日の晩、ダンジョンに出かけて眠かったので、開店時間までは昼寝をしてきた。付き添いをしてくれている師匠が怖くて仕方がない以外は、万全の状態だった。


 何か獲物を狩っても、すぐには買い取ってもらえない。そういう事情もあって、パドマは、6階層にやってきた。何かあるとお世話になるトリバガ先生がいる階だ。タカよりは飛ぶのが遅く、タカよりは数が多く、タカよりは少し小さく、タカより殺傷能力の低い敵だ。求めるものとはかけ離れているが、ダンジョン内であれば、比較的似た特徴を持っている気がしたのでやってきた。

 残念ながら、相棒のフライパンは留守番をしているので、今日のところは右手が剣で、左手は剣鉈を持つ二刀流スタイルで挑む。

 トリバガは、倒すのには苦労しないが、パドマの攻撃を潜り抜けて貼り付いてくるヤツも、稀にいる。まったくダメージを受けないので気にしていなかったが、トリバガに抜けられているようでは、タカの相手は務まらない。そのため、火蜥蜴のように完全制圧するのを小目標に設定した。


 方針は悪くないと思ったのだが、まったくトリバガが斬れなかった。しばらく寝て過ごしていたため、体力が落ちたのだ。対師匠用着込みが重くて、走れない。たいした期間でもなかったのに、寝たきり状態を脱却してすぐは、武装なしで歩いてもフラフラしていた。それがなくなったので、元通りになったつもりでいたが、まだ早かったのだ。

 仕方がないので、その場に止まって、トリバガを斬ることにした。向こうから飛んできてくれるのをのんびり歩きながら、迎え討つ。


 何匹か斬って、気付いたことがあった。トリバガは、斬る必要は、まったくなかった。剣に当たりさえすれば、勝手に死んだ。刃がきちんとトリバガに向いていれば、トリバガは切れた。トリバガに向いていなければ、潰れて死んだ。

 以前からそうだったのだろうが、違いをまったく気にしていなかった。数が多いから、そんなものを見てもいなかった。

「それなら」

 パドマは、剣を振るのをやめた。トリバガが飛ぶ前の位置を確認して、そちらに刃を向けるだけだ。狙いが甘く、3回に1回くらいは切れないが、問題なく全弾命中して死んだ。左手で練習して、右手で練習して、上手くいったら、両手で1度に構えてみる。一気に精度が落ちたが、トリバガは呆れるほど沢山いる。飽きずに繰り返し練習した。

 気付けば100部屋全てのトリバガを制圧していた。おかげで、早歩きくらいのスピードでバシバシと切れるくらいになった。こうなってくると、タカに会いに行きたくなるのが、パドマである。

「師匠さん。サシバもこんな感じで、斬れたりしないかな?」

 わくわくを全力で顔に乗せて質問したが、師匠は横に首を振った。それを見たパドマは、みるみる表情を暗くして、師匠を置いて走り出した。

「師匠さんのけち!」

 36階層を目指して走るのかと、師匠はついて走ったが、パドマは6階層をぐるぐると走り回るだけだった。延々と走り回り、パドマは倒れた。師匠は、パドマを軽く蹴転がしてみても、怒り出すこともなく、動かなかった。師匠は慌てて、パドマを拾って連れ帰った。

次回、人間恐怖症の克服なるか

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