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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
74/463

74.言えない秘密

 パドマは、ヴァーノンが寝静まった後、起き出してダンジョンに向かった。誰もいないところで、確かめたいことがあった。


 登録証を片手に、1階層の芋虫をナイフでグサグサ刺して行くと、1ポイントずつ加算された。2階層のニセハナマオウカマキリは、3ポイント。3階層のダンゴムシは、3ポイント。加算されるポイント数を確認しながら、パドマは下階に向けて歩いて行ったが、登録証に不備はなさそうだった。トリバガは、1度に沢山飛んで来すぎて何匹倒したかの勘定はしなかったが、それ以外は問題はなさそうだった。

 パドマは、30階層でカミツキガメのワイルドバーベキュー焼きをかじりながら、登録証を見て、うなっていた。

「壊れてなかったら、余計におかしい」


「姐さん? そんなとこで、1人で何やってんの?」

 部屋の奥から、見たことがあるようなないような男が5人歩いてきた。ペンギン館の真珠拾い部隊が、帰ってきたらしい。

「深夜の1人バーベキュー」

 パドマは、棒手裏剣で串刺しにした亀肉をフライパンに並べて、ナイフで刺した火蜥蜴で焼いて食べていた。今日は塩味である。

「うーわー。亀の腹をこじ開けて、火蜥蜴で焼いて食うって、マジか。ダチョウを食わされた時は、1人だけ弁当食ってたくせに、どういうことだよ」

「謎肉を焚き火で焼くのが、母の味だった。今更、お上品には生きられない」

 母の味も、兄の味も、ただ焼いただけの肉だった。量的にお腹が満たされれば、満足だった。今でも、同じ肉が出てくれば美味しく食べられるが、文明人として、塩くらい振らなければいけないような気がして、塩を持ってきているのだ。

「姐さんだけじゃないのかよ。母ちゃんもパねぇな。そりゃ、姐さんがこうなっても、納得だ」

「何回目か知らないけど、根詰めて拾って来なくていいからね。あんまり一気に取ってくると、値下がるよ」

「買取りに出したら下がるから、土産コーナーにしか置いてねぇよ。値下げしなくても、どんどん売れやがる。そうだ。傷薬もらったよ。ありがとな。大事に取ってるぜ」

 ハワードは、ズボンのポケットから、傷薬を出して、パドマに見せた。よくある傷薬の容器だ。違いはわからないが、パドマがグラント経由で渡した傷薬なのだろう。

「なんでだよ。使ってよ」

「使いたいなら、自分でもらえば充分だ。姐さんの傷薬は、人に見せて羨ましがらせんのに使うんだよ。落書きでも書いてくれたら、鼻が高いんだがな」

 よく考えたら、ダンジョンセンターの傷薬は安い。欲しかったら、自分で簡単に手に入る。納得の理由だった。詫びの品としては、不適当だったかもしれない。

「背中の真珠、何個かもらってもいい?」

「ああ、全部でも構わねぇぜ」

 ハワードが下ろしたリュックには、むき身の真珠がザクザク入っていた。貝をむいてから持って帰ってきているらしい。道理で帰るまでに時間がかかるわけだ。

「こんな持ち帰り方したら、傷付くじゃん。もっと大切に持って帰ってきてよ。

 ちょっと手を出して。皿代わりに使わせて。後ろの人も全員、しゃがんで手を出す!」

「傷付いてても、どんな形でも売れるからなぁ」

 ハワードは、不満気だった。確かに、安全に数を持って帰るには、この方法は、最良かもしれない。だが、あまり数があっても価値は下がる。品質が落ちるなら、尚更だ。

「ウチの名前で、不良品を売り捌くな」

 パドマは、そう言いながら、いつか師匠がやっていたように、真珠の選別を始めた。

「そりゃそうか。新星様印なら、一級品でないとマズいわな。次回からは、気を付けるわ」

「うん。そうしてくれると、助かる」

 パドマは、真珠の選別を終了し、各人に金色の丸玉3つと、バロック真珠を1つずつ配った。バロック真珠は、色も形もまちまちだ。適当に、これだ、と思った物を選抜した。

「自分で用意した物じゃなくて悪いけど、みんなにプレゼント。ほら、ウチの耳にくっついてるのと同じヤツ。これを自慢に使っていいから、傷薬は普通に使うこと。あと、その真珠に小傷がついてるのは、ウチの所為じゃない」

 次回は、気を付けると言っていた男は、初めて後悔したように嘆きだした。

「マジか!」

「もっとキレイに持って帰ってくれば良かった!!」

「ありがとうございます」

「大事にします」

「惚れてもいいですか?」

「ダメ」

 どさくさ紛れに、不穏な言葉が混ざっていたので、パドマは反射で断った。

「付き合うんじゃなくて、惚れるだけでダメって、厳しくね?」

「惚れる男は、いらん。惚れられる男になれ」

「なんかカッケーこと言ってるけど、鬱陶しいだけなんだろ」

「わかってるなら、言うな。亀肉を口に詰めるよ」

「手ずから食わせてくれんのは、大歓迎だけど?」

「肉を刺してんのは、棒手裏剣だよ。その後、どうなるか、わかるよね」

「ネックレスで殴るだけじゃなくて、食い物でも人を刺すのか。本当にすげぇ人だな」

 真横に座られてしまったのに、パドマは、ハワードからは恐怖を感じることはなかった。可愛い師匠すら怖くなってしまったのに、どうしてなのか、不思議に思った。



 亀肉を食べ終わったら、真珠部隊と別れて、36階層にやってきた。サシバとハチクマがいる階である。

 さっき出会ったハワードに聞いてみたところ、タカは倒さないという、まったく役に立たない回答を得た。タカに突かれても、死なない。そして、倒すのは大変だから、普通の人は、防御を堅めて無視して通り過ぎるらしい。他の階層も、メイン狩場以外はそんな風に進むらしい。道理で、スタートの部屋から沢山の鳥がいる。

 試しに、階段からナイフを投げてみたら、簡単に刺さった。1羽仕留めてしまった。だが、1羽仕留めたことによって、それ以外が動き出した。動いてものんびりしているヤツなら、まだやれるが、本気を出しているヤツは、もう見えない。落ち着くまで待っていたら、どれだけ時間がかかるかわからない上に、そんなのんきなことをしていられるのは、この部屋だけだ。やはり投げナイフは、向いていない。1羽くらい減らしても、大した意味を感じなかった。


「パードーマーちゃーん。何してるのかな?」

 ちょっと白熱しすぎてしまったようだ。ダンジョン内は、外が見えないから、時間の経過がわかりにくいのが悪いのだ。サシバとガチげんかをしているところをひげもじゃおじさんと、その彼女に見つかってしまった。パドマは、慌てて階段に戻った。倒せていたなら、笑って誤魔化せば許してもらえただろうが、またパドマはズタボロになっていた。

「ちょっと、お散歩?」

「日中だけじゃなくて、夜も師匠と過ごしたいみたいだね」

「な、なんで? 昼も夜も1人でいいよ。師匠さんだって、イレさんといる方が好きだって。ね?」

 イレの声は明るいが、パドマは怒りを感じた。師匠に助けを求めて見上げると、こちらも微笑みを浮かべて、首を横に振っていた。師匠は、それだけではなく、パドマを抱えると、イレに押し付けた。

「やだ。自分で歩く!」

 逃げようとすると、師匠の目から光が消えた。師匠が頭の左上を指差している。先日、パドマが縫ってもらった箇所だろう。

「今回は、頭はケガしてないよ。出血量も少しだけだよ」

「そんなことを顔面血まみれの子に言われても」

「え? 血まみれ?」

「大人しくできないなら、お兄ちゃんに言おう。兄孝行な妹だね」

「大人しくするから、言わないで」

 パドマは、諦めた。恥ずかしいのも、怖いのも、我慢はできる。前回も、ヴァーノンに知られたのは、頭の傷だけだった。顔の傷をこっそり治してしまえば、知られずに済むだろう。少し耐えれば、希望は叶う。

「なんで泣いてるのかな。お兄さんが悪いことをしてるみたいで、嫌なんだけど」

「だって、イレさんに触られるの嫌なんだよ」

 パドマを抱えて運ぼうと、イレが近寄ると、パドマは、すすすと後ろに逃げる。泣き声は漏らさないが、瞳からは涙があふれ、ほんのりと震えていた。

 前回同様の理由でケガをした時に、歩く度に傷口を開かせていたので抱えて運んでやろうと、親切心でやろうとしたことなのに、イレは気が咎めた。理由を聞いて、そういうお年頃になったかと納得したが、傷ついた。

「そっかぁ。ごめんね。師匠代わってよ」

「師匠さんも、嫌なの」

「なんで?」

「ごめんなさい」

 どういう訳かわからないが、パドマが持ってきていたヤマイタチに、師匠が眼力で言うことを聞かせ、パドマを運んでもらえることになった。ヤマイタチは、師匠について歩いた。



 入り口までは、ヤマイタチに連れて行ってもらって、それ以降は、自力で歩くことを許してもらって、パドマは、イレの家に来た。

 前に風呂で言うことを聞かなかったからだろう。師匠は、濡らした手拭いでパドマの顔を拭いた後で、傷薬を塗ってくれた。

「いたいー」

「自業自得だよね」

「即刻治って、有難いと思ってるよ」

 手拭いで、無駄にぐりぐり拭かれていたような気がするが、それに触れるのは、恐怖体験になる気がするので、何も言わない。

「あのさ。聞きたいことがあるんだけど、聞いていい?」

「あんまり聞かれたくないかな」

 なんで夜中にダンジョンに行くの、という質問なら答えてもいいが、もう1つの疑問には答えたくなかった。

「でもさ。涙まで流されると、聞かないことにはしておけないよ。そんなに嫌われるようなことをしたかな。心当たりはなくもないんだけど、どれなのかわからないんだ。ちょっと前から、近くにいくと離れたり、震えたりしてるのは、気付いてたんだけど」

「イレさんの所為じゃないの。昔、嫌なことがあってね。人嫌いになったんだけど、忘れてたんだよ。少し前に、それを思い出したんだけど、それから怖い人が増えたんだ。誰が怖くて、誰が怖くないのか、正直、自分でもまだよくわからない。ごめんね。嫌な思いをさせて」

「ヒゲが嫌だとか、プレゼントが気に入らなかったとかじゃないの?」

「それは関係ないと思う。関係あるかな? どうなんだろう」

「誰が怖くて、誰が怖くないの?」

「怖い人は、沢山いすぎて言い切れない。大体、全員怖い。怖くない人は、多分女の人全員と、お兄ちゃんと、マスターと、ハワードちゃん、くらい? でも、師匠さんも怖いから、女の人も怖い人はいるかも。街であんまり出会わないから、気付かないだけで」

「師匠は男だよ」

「実際がどうかなんて、どうでもいいよね。ウチの心の問題なんだから。ウチの中では、師匠さんは半分女ってことで落ち着いてるから」

 パドマとしては、半分くらい悪口で言っているのだが、師匠は大変ご満悦らしい。さっきまで凶悪な目付きでいたのに、途端に柔らかな笑みに変わり、何度も頭を縦に振っている。

「そうなんだ。なんでそこで師匠が満足気なのか、わからないんだけど。ハワードちゃんて、誰なの? 好きな人? だから、怖くないの?」

「真珠を拾ってる人。ウチもね、ちょっとその線を疑ってみたんだけど、いくらなんでもそれはないと思った。人当たりはいいから、付き合い易い人ではあるんだけど、ないと思うんだよ。ああいう人が好きだっていうなら、ちょっと自分が嫌だ。師匠さんはどう思う? 知ってるよね、ハワードちゃん」

 師匠は、両腕でバツを作った。強く訴えたいらしく、イレとパドマに何度も順番に突き付けてくる。

「師匠、わかったから、パドマにはやめてあげて。泣いちゃうし」

「泣かないし! もう、本当に困ってるんだよ。女で子どもで新星様が怯えてたら、どう見ても相手が悪いヤツに見えるじゃん。迷惑だよね」

 パドマは、そう思うから、今まで誰にも言わずに耐えてきた。原因を追求されたくないし、原因を思えば直る気もしない。耐えて、誤魔化すしかないと思った結果の行動だった。

「そうだねぇ。お兄さんは、本当に悲しかったよ」

「ごめんね。嫌いじゃないんだよ。心の底から嫌だ怖い! って感情が湧いて出てくるだけで」

「それも、ものすごく悲しいな」

 イレは、それは嫌われている状態と何が違うのか、わからなかった。

「お兄ちゃんは、ずっと家にいていい、って言ってくれたけど、家の中に引きこもってるのも、暇だしさ。働いて稼ぎたいしさ。どうしたらいいんだろう。やっぱり、怖くないフリをしてるしかないよね」

「悪化しないならいいけどね」

 イレは、パドマをジト目で見ている。パドマは、少々の危険は顧みずに、どこでも突っ込んで行く。外傷は問題視してきたが、心の傷を放置しているから、こんなことになっているのではないか、と思わずにはいられなかったからだ。

「それも気付かれてたか。日々悪化してると思う。前は、もう少し耐えられた」

「しばらく女の子の国にでも行ってきたら?」

「行ってみて、怖い気持ちが湧いてきたら嫌だから、行きたくない」

「重症だね」

「うん」

 追い詰められて、ようやく反省したのか、パドマはしゅんと小さくなった。

次回、ダンジョンに復帰しようとして。

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