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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
73/463

73.イギー

 あれから2週間経った。毎日遊びに来る師匠に頭を消毒してもらったり、新しい本を借りたり、ベッドから出ているのを見つかって怒られたりしながら過ごし、抜糸をしてもらい、外出許可が出た。

 今日は、10階層の火蜥蜴と遊んで、肩慣らしをしようかなと、部屋を出てきたら、家の前にイギーがいた。頭の色はファンシーなのに、顔は怒っていた。所詮、イギーなので、剣を抜けば圧勝できるだろうが、殺す訳にもいかない。確かに、ヴァーノンの言う通り、2人きりになると困るだろう、とパドマは思った。

 とりあえず、パドマは、遠巻きに動き、師匠とイレの後ろに隠れた。

「パドマ、ペンギン施設を案内しろ!」

「何言ってんの、坊ちゃん。パドマは、これからお兄さんたちと朝ごはんを食べるんだよ。その後も、ケガのリハビリがある。遊んでる暇なんてないよ」

 何がしたいのか、イギーはまだペンギン施設の視察を終えていなかった。グラントと一周してくれたら良かったのに、何を執着してるのか。イレは、勝手に断ってくれたが、恐らく断れるのは、今日だけだ。明日、また来るのであれば、意味がない。

「師匠さん、イレさん。悪いんだけど、朝ごはんの後、ペンギンを見に行くのに、付き合ってくれない? 見たら終了なら、見て終わりにしたい」

「付き合う必要はないと思うよ」

「そうだけど、気持ち悪いじゃん。無理ならいいよ。師匠さんだけでも、付き合ってくれないかな」

「付き合わないとは、言ってないよ。行くよ。久しぶりの朝ごはんは、何がいい?」

 3人で、いつものように、いつものカフェへ歩き出した。

「クリームニョッキ!」

「相変わらず、朝からすごいの食べるな」

「あ、あの店に行くなら、カッサータも食べたい」

「朝から?」

「何言ってんの。ウチは、朝にしか食べたことないよ」

「そうだねー」

「ちょっと待てよ。置いてくな!」

 イギーが、後ろから付いて来そうだったので、パドマは止めた。

「付き合うのは、視察だけだよ。ごはんを食べたら行くから、先に行ってて」



「ああ、もう忘れたことにして、ダンジョンに行きたい」

 久しぶりのカフェごはんで、後の予定が気に入らないばかりに、店員が引くほど食べたパドマは、より一層、ペンギン施設に行きたくなくなった。

「じゃあ、ダンジョンに行く?」

「今走ったら吐きそうだから、ダンジョンはやめとく」

「吐いたら、また師匠にベッドに縛りつけられるんじゃないの?」

「師匠さんが蹴るからケガしたのに、過保護過ぎるんだよ。意味わかんないよね。ああ、着いちゃったよ」

 坊ちゃんなら坊ちゃんらしく、待合室ででも待っていればいいのに、イギーは、建物の入り口に立っていた。

「随分と遅かったな。来ないかと思ったぞ」


「まぁいい。中に入るぞ」

 イギーが、パドマに向かって手を差し出したのを、避けて建物に入った。

「なんで避けるんだよ」

「邪魔だったから」

 中に入ってすぐのところに、グラントが立っていた。グラントにしては珍しく笑みを浮かべている。

「いらっしゃいませ、イギーさん。パドマさん、案内ならば、わたしが代わります」

「任せたいのは山々なんだけど、それじゃあ納得してくれないみたいだから、一緒に来てくれる?」

「かしこまりました。では、こちらから、どうぞ」

 グラントが先導してくれるようなので、パドマはその後ろをついて行った。パドマの左隣は師匠で、右隣には、イレがついてくれている。頼んだのは自分なのに、三方を囲まれて、パドマは恐怖に耐えていた。

 イギーは、師匠の左隣に行ったり、イレの右隣に行ったりしていたが、グラントの左隣におちついたようだった。


「こちらが、当館最大のメインプールになります。今は、3日に1度くらいの頻度で師匠さんに芸を披露していただく他、ペンギンたちのショーをするスペースになっております。

 成鳥までに至らない種もいるため正確なところは不明ですが、今のところペンギンは、20種程度いると思われます。それぞれ15〜20羽ほどいますが、大きくて飼育が困難なので、キングペンギン以上のサイズのペンギンは、飼育数を増やさないことを師匠さんに合意を頂いております」

「あの大きいの、大人になったの?」

 ペンギンのヒナは、ふわふわもこもこしているだけで、たいして動かない。ふわふわが可愛いなら構わないのだが、パドマは大人ペンギンの方が可愛いと思ったため、需要を感じていない。特に大きな種類のペンギンは、ヒナも大きいので、お前がヒナとかウソだろ、と何度も心の中で、ツッコんだ。大人になりそうな頃合いの、ふわふわが半分くらい取れた状態が、パドマの最も気に入らない状態である。

「いえ、まだです。ですが、大きさと形がまったく違うため、恐らく種類は特定できていると思います。飼育スペースは、分けました」

「そうなんだー」

 卵を孵す日数も大変なものだが、ヒナの飼育も完全に成功するとも言えない。親鳥が1羽もいない子育ては、大変すぎた。ダンジョン産のペンギンは、少し食事を抜いたくらいでは死なない。温度も今のところ、卵以外は常温で育つ。外のペンギンより種として強そうなのだが、それに甘えていると、落としてしまうらしい。

「そうなんだって、お前の施設だろう! 俺に偉そうに言っておいて、お前は何してんだよ」

 唐突に、イギーが声を張り上げた。パドマを指差して、息巻いている。

「そう言われてもねー。師匠さんとペンギンを愛でてたら、グラントさんが任しとけ! って、作ってくれただけの施設だからね。感謝の気持ちで名前貸しをしてるけど、お客さん目線でしかないよ」

 事実は違うのだが、公的にはそういうことにすることになっている。イギーと違って、パドマは経営手腕など、なくても構わない。まったく必要としていないし、誰かに自慢する願望もない。

「うちに土地を借りに来た時は」

「グラントさんの作った台本通りに動いただけだよ。やだなぁ。本気で信じてたの? ただの探索者が、あんな企画書作ってこないよね。ウチが作ったなら、あんな文面にはならないよ」

 あーやれやれ、という態度で応じたら、イギーはやっと認めたようだ。実際に、企画書を書いたのはパドマではない。パドマが言う通りにグラントが書いたものだった。だから、パドマの筆跡ではないから、口裏さえ合わせれば、簡単にグラントの功績にできる。イギーは後退りしながら、大きく目を見開いた。

「嘘だろう?」

「嘘なら、もっと盛って話すよ」

 師匠とずっと過ごしていると、イギーを騙すくらい訳がなくなる。パドマは、ふふふと笑った。

「わかった。それでいい。何もできなくていい。何もしてくれなくていい。探索者のままでいい。だから、あの蓮の家に一緒に住んでくれないか。できる限り、お前の希望は叶える。俺が何でもできるようになるから。今はまだ足りないだろうが、絶対にできる男になるから、俺のところに来てくれないか?」

 イギーは、泣きそうな顔で、また手を差し出してきた。ヴァーノンが言っていた通り、何かに追い詰められているようだ。

 ヴァーノンが成人に近いのだ。イギーも同じなのだろう。放置されていたバカ息子なら、違ったかもしれないが、本気でイギーが相続するのなら、今のままで、いい訳がないのだ。いろいろなものに追われることを、パドマだって想像できる。いつも誰かを連れているイギーが、1人でここにいるのが、おかしい。

「嫌だ。断る」

 パドマは、イギーから一歩離れ、左手で右手首をつかんだ。

「お前のことが、ずっと好きだったんだ。ダンジョンに行く前から。知り合うもっと前から、ずっと。嫌われてるのは、知ってる。だけど、諦められなかった。絶対、大切にするから、だから、なんとか我慢して、一緒にいてくれないか」

「めちゃくちゃだな。嫌われてんのがわかってるなら、来るなよ。これっぽっちも、ウチの希望を叶える気なんてないじゃん。そんなにこの顔が好きか。この皮1枚はいでくれてやればいいのか」

 パドマは、イギーを全力で睨みつけた。パドマは、顔を褒めてくる男は大嫌いだった。そういう輩は、ロクなことを言わない。ロクなことをしない。気持ち悪い。吐きそうだ。朝ごはんなんて食べなければ良かった。

「違う! そりゃあ、最初は顔だけだった。キレイな女の子が、ヴァーノンの後ろに隠れてるだけだと思ってた。だけど、話してみたら、全然違った。顔を見ただけで睨まれるし、話すことは必要なことだけだ。薄気味悪い虫を顔色も変えずにナイフで刺すし、3倍はデカイとんでもない相手でも、平気で突っ込んで行きやがって、頭がおかしいのかと思ったよ。だけど、その姿もキレイだった。格好良いと思ったんだ。俺より格好良い女なんて、クソむかつくし許せないが、いいじゃねぇか。惚れたんだよ」

 パドマが怒鳴ったからだろう。イギーに怒鳴り返された。思ってもいなかった評価に、パドマは、目を丸くした。何故か、イギーの横にいるグラントは、腕組みをして頷いていたし、師匠はイギーを睨みつけていた。営業時間前で良かった、とパドマは思った。

「それが本気なら、女の趣味が悪すぎない?」

 思わず、するっと本音がこぼれてしまった。今まで商売の英才教育を受けてきたイギーのお相手候補のお嬢様方は、ミミズトカゲを斬らないといけないということだろうか。最初にアレを見た時の恐怖を思い出すと、同情心しか湧いてこなかった。

「うるせぇ。お前の所為だ。悪いと思うなら、変な男に囲まれてないで、こっちに出てこい。そんな首輪より、もっといいヤツを買ってやる」

 パドマは、差し出されたイギーの手を掴んで、力をこめた。

「いってー! 痛いぞ。何だ、ふざけんな。離せ!」

 痛がって暴れるイギーを見て、パドマは、にっこり笑って、手を離した。

「ふふふ。いいでしょう。アクセサリーに見えるコレ、全部、護身用の武器なんだ。ちょっと性格がねじ曲がってて、一緒にいるのも怖いけど、大切に守ってもらえてるの。だから、イギーはいらない。いてくれなくていい。お願いだから、1回くらい話を聞いてよ」

 パドマは、手を離したのに、今度は握り返された。そんなことをすれば、相当、手が痛いだろうに、本当にイギーは、必要のないところでだけ、根性を発揮する。

「わかった。付き合ってくれて、ありがとう。もう追いかけない。お前は、精々後悔するといいさ。すっげぇ、いい男になるんだからな。気が変わったら、すぐ来いよ。あと、蓮の花見は毎年接待するからな。お前が来ないと、周りの目が痛いから、絶対に来てくれよ。じゃあな」

「ああ、うん。ばいばい」

 イギーは満足してくれたのだろうか。帰っていくのを手を振って見送って、姿が見えなくなったら、パドマは崩れ落ちた。


「あれ、ちゃんと諦めたと思う? 変なこと言ってなかった?」

「諦めなかったとして、現状維持です。問題はないでしょう。パドマさん、どうされましたか?」

 男3人に見下ろされて、パドマは居心地が悪くなった。座ったら、遠くなるかと思ったが、当然のことながら、顔からは離れても、足は近いままだった。

「ごめん。外ヅラを保つのに限界がきた。人を斬りたくて仕方ない。1人になりたい。どっか部屋を借りていい? あの会議室でいいから」

 パドマが頼むと、グラントが歩き出した。

「展示品にはできません。こちらへどうぞ。部屋は用意して御座います」

 パドマが立ち上がってついていくと、バックヤードの1番奥に師匠の展示室のような部屋が、もう1つできていた。今度は、白地に緑と橙色の部屋だった。

「だから、そのデザインにこだわらなくていいんだってば」

 見ただけで、直前までの色々が、全て吹き飛んだような気持ちになったような気もしたが、折角部屋まで来たので、籠もらせてもらうことにした。

「師匠さん、イレさん、ありがとう。ウチは、ちょっと引きこもってくるから、もうデートに行ってくれていいよ。今日は、お腹いっぱいすぎるから、ダンジョンは休む。ごめんね」

 パドマは、部屋に入って、扉を閉めた。イレをダンジョンに送り出し、グラントにイスを用意させて、師匠は扉の前で待ちぼうけした。


 パドマは、イスを引いて座った。

 イギーとのあれこれを気にしてると思われているだろうなぁ、面倒だなぁ、と思いながら。実際のところ、イギーのことを気にしていないと言ったら、嘘になる。同じ空気を吸うのは、とても嫌だった。だが、部屋に籠ったのは、イギーの所為ではない。グラントと師匠とイレが近くにいるのが、怖かったからだ。だが、今更そんなことを言うことのは失礼かと思って、逃げてきたのだ。

 パドマは、ため息を吐き、指輪に仕込まれた突起を仕舞おうとして、血がついていることに気が付いた。

「しまった。やりすぎた」

 初めて使ったため、力加減を誤ったらしい。師匠謹製の武器は、威力が高いのを忘れていた。だが、やってしまったものは、仕方がない。後で苦情を言われたら、ダンジョンセンターに行って、傷薬をもらってきて渡そう。傷薬は効果が高い割りに、何個もらっても、大してポイントは減らない。薬草採りが金にならない訳だ。パドマは、ダンジョンの登録証を出した。

「嘘でしょう?」

 登録証に刻まれたポイントは、6000万を超えていた。以前、傷薬をもらった時は、6000万手前だった。あれから1度もダンジョンに行ってないし、何も倒していない。下の端数ならいざ知らず、上のケタを見間違うなんて、あり得ない。5と6はちょっと似てるから、何度か確認した記憶が確かにある。1億ポイント貯める前に、登録証が壊れてしまった?

次回、パドマの人間恐怖症について。

問い詰められても、答えられないような内容の場合、どうやって明かせばいいのか、わかりません。

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