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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
71/463

71.サシバとハチクマ

 パドマは、36階層に来た。36階層の主は、サシバとハチクマである。サシバはカラスより小型で、ハチクマは大型だが、少し顔が鳩に似ている。どちらもタカの一種だ。パドマからしてみたら、どちらがどちらであっても大して変わらない。小さい方がサシバで、大きいのがハチクマかな? という認識だ。買取り価格も同じらしいので、パドマ以外の人間も違いを気にしていないと思われる。パドマには、形の違うフクロウに見えたので、そのまま乗り込もうとして、師匠に肩をつかまれて止められた。

「え? ダメなの?」

 師匠は、パドマに一瞬微笑んでから、真顔に戻って前を向いて、飛び出した。


「はっや!」

 師匠の剣さばきもまったく見えなかったが、敵影も見えなかった。何が起きているのか、まったくわからないのに、師匠の足元に次々とタカが落ちていった。

 室内全てのタカが駆逐された後、師匠が手招きをするので近寄って行ったら、師匠はパドマの頭にハチクマの尾羽を差して、口を押さえて涙を流し始めた。

「いや、何がしたいんだよ。何が面白いんだよ。意味がわからないんだよ」



 パドマは、隣の部屋に行って、戦おうと思ったが、通路の途中で襲撃にあった。服は防刃機能が付いている。目だけガードできれば、大した問題にはならない。フライパンを顔前に掲げたが、全ては防げない。次々と突撃を受けた。当然だが、大事に至らなくとも、服は衝撃までは殺せない。

「ぐうっ。いったいわ!」

 パドマは、適当に剣を振ったが、何も当たらなかった。ツノゼミやオサガメのように、一撃で勝手に沈んでくれるなら、それで良かったが、タカはまだ何の支障もなく生きている。後ろに行ったものは、師匠が落としたので、背後を気にしなくていいのだけが幸いだ。

「盾は小さいし、速くて捉えられないし、あんなのどうしたらいいんだ。本当に、ウチに倒せんのかな。今度こそ、打ち止めなんじゃない?」

 弱気になった途端に、師匠に蹴り飛ばされて、次の部屋まで吹き飛んだ。師匠もスパイクにやられたハズだが、それをザマアミロと笑う余裕は、パドマにはない。次々と襲いくる爪やクチバシを、山勘だけで斬り伏せた。


「もう今日は、帰っていいかな」

 タカに勝ったと言えば勝ったが、勝ったと言えるかよくわからないくらい、パドマもズタボロになった。なんとか目は守りきったが、頭からも頬からも血が噴き出ている惨状だ。痛みとしては然程でもないのだが、血まみれは気持ち悪いし、暴れていたら血が止まらない。真っ当な話をしても聞いてもらえる人間性ではない師匠なので心配だったが、上階への階段に向かって歩いても止められなかったので、そのまま歩いた。


 ダンジョンセンターに戻ると、パドマはポイント交換窓口で傷薬をもらうことにした。恐らく、今日の自分の傷は師匠の薬が支給されるだろうが、ハワードたちには支給されない。あんな階を通れなんて、酷いことを言ったものだなぁ、と思ったからだった。

「傷薬を30個欲しい」

 登録証を出すと、ポイント残高の数字が増えていることに気付いた。

「いち、じゅう、ひゃく、、、マジか。もうすぐ6000万に届くじゃん」

 ポイントを貯めることを楽しみにしていた時期もあったのに、色々ありすぎて、すっかり忘れていたことに気がついた。

「傷薬です。早速お使いになりますか?」

 実は、まだだくだくと頭の傷から血が流れていた。頭の傷は、しつこいのだな、とパドマは思った。

「いや、これは自分用じゃないから」

 パドマは、傷薬を袋に入れて、ペンギン施設に向かった。



「パドマさん、どうしたんですか?」

「姐さん?」

「誰にやられたんスか?」

 ダンジョン内でも騒がれて、面倒臭いなぁ、と放置して歩いてきたが、ペンギン施設ではより一層強面どもに周囲を取り囲まれて、パドマは恐怖を感じた。

「どけ」

 刃物を抜きたい気持ちを押さえて、睨みつけるだけで済ませていたら、グラントがやってきた。

「散れ。仕事をしろ。何をや、、、。パドマさん? どうされたんですか?」

「用がないと、来ちゃダメなの?」

「そんなことはありません。パドマさんに会いたいと、来客が来ています。如何致しましょうか」

「展示は禁止だよ」

「承知しておりますが、無関係な相手でもないので、扱いについてご相談に伺おうかと思っていたところでした」

「悪いけど、今はちょっと人に会える格好じゃないな」

「そうですね。止血は、なさらないのですか?」

「したんだよ。したんだけど、すぐ開くから、面倒になってさ。もうこのままでいいんじゃないかと」

「布を取って参ります。少々お待ちください」

 グラントは、まだ周りをウロウロとしていた従業員を叱咤しながら、どこかへ消えて行った。


 パドマが、バックヤードにあったイスに座って、ぼんやりしていたら、師匠に頭に布を巻かれた。何度止血しても、傷口が開いたのに、また止血に挑戦するようだ。

「眠くなってきた。もう寝てていい?」

 師匠が首を横に振ったので、パドマは眠れない。

「マジかー」

 パドマが項垂れていたら、表の方が騒がしくなってきた。聞いたことがあるようなないような声が、段々と近寄ってきている。

「やっぱりいるじゃねぇか!」

 突然現れたピンク頭を見て、ようやくパドマは、兄の注意を思い出した。視察だ。ハチクマにやられ過ぎて、うっかり忘れていたが、今は1人ではない。師匠がいるし、グラントも戻ってきたから、ギリギリセーフと言えるだろう。

「ごめん。今、人と会ってる場合じゃない。視察の人だったら、グラントさんが案内してくれる? どうせウチは、この施設のことは詳しくないし」

 何日か前に、この施設は、グラント一味が勝手に作ったパドマにあまり関係ない物ということになった。だったら、パドマが案内する必要はなさそうだ。

「かしこまりました。イギーさん、どうぞ、こちらへ」

「ああ、そうだ、グラントさん。ついでに、ハワードちゃんを見かけたら、これ、プレゼント。あげといてくれる?」

 ポイント交換でもらってきた傷薬を、袋ごとグラントに渡した。気軽に頼んで申し訳なかったな、と反省したものの、帰りを待って直接渡そうと思うほどの気持ちはなかった。イレ並に即帰ってくるのであれば待つ気にもなるが、頭の傷的にも、そんなことに気を取られていたくはなかった。

「ハワードちゃんって、何だ。お前、その首! 腕、指も? それ何だ!」

 現状、最もどうでもいいピンク頭が、うるさかった。立場上、大切にしないといけない相手なのかもしれないが、血まみれになっている最中まで気を遣わなければならないなんて、面倒くさすぎる。

「今朝、もらった。ごめん。話してる場合じゃないの。もう気が遠くなりかけてるから、そろそろ止血に専念させて欲しい。ウチを死なせたいんじゃなければ」

 実際は、少し眠い程度でそんな深刻な状態ではなかったのだが、ダンジョンから出てきたまま着替えもしていない状態は、なかなかの見た目だ。敵の血なのかパドマの血なのか、わからないものがついて服も顔もパリパリになっている。その上、意味不明な自由人の師匠が、甲斐甲斐しく傷の手当てなどしているのだから、それなりに重症なのは、傷が見えないパドマすら気付いていることだ。何があったか知らずにいる人ならば、相当重症に見えることだろう。

 パドマがそう言うと、グラントの仲間たちとイギーのお付きの人が血相を変えて、イギーを連れ去ってくれた。うっかりはしていたが、このタイミングで会えたのは、怪我の功名だったかもしれない。(用法違い)



 イレの家で風呂に入った後は、パドマは、唄う黄熊亭の客席に縛りつけられて、食事を取っていた。軽く血を流すだけという約束の下、入浴を許可されたのに、ガッツリ温まっただけではなく、頭から湯をかぶってみたり、好き放題してまた傷を開かせ、師匠を怒らせた結果である。自分の手で食べることは許されたが、すごい形相の師匠に監視されている。貝入り野菜スープ、ツナの血合い炒め、レバーの唐揚げ、ポンデケージョ、きなこケーキ、赤紫蘇ジュースと、師匠は、お店の食材を勝手に使って、どんどん料理を作ってくれた。苦手な食材を扱っているから、3割増しでご機嫌斜めなのかもしれない。

「そろそろお腹いっぱいだよ。許してよ。って言うか、師匠さんが蹴った結果なんだよ。ウチの所為じゃないじゃん」

 パドマが悪態をつきつつ手を止めると、師匠が表情のない顔で料理を口にねじ込もうとするから、渋々自力で食べるというのを、ずっと続けていた。

 あと少しで、店は開店する。開店したら、外面を気にする師匠が止まってくれるのを、パドマは期待していた。


「パドマ、無事か?!」

 ヴァーノンが、血相を変えて店に飛び込んできた。イギーが、余計な仕事をしたのだと、パドマは思った。

「美味しいごはんを食べてるだけだよ」

 パドマは、精一杯の笑顔で答えたが、兄の追求は終わらなかった。同じ卓に座って、話を聞く態勢になっている。

「血まみれは、どこの傷だったんだ?」

「そんな大層なケガはしてないよ。ほぼ返り血だよ。師匠さんが、縫って治してくれたよ。針刺されても、チクチクする程度で痛くなかったし、大丈夫だよ」

 頭の傷以外は、師匠の傷薬で完治した。頭の傷は、不思議とすぐ開くので、縫って普通に治すことにした。縫うのに邪魔な髪を切られて、一部ハゲているので、師匠が即興で布を引き裂いて指で編んで作った帽子を被せられているが、折角だから、ハゲを晒せばいいのに、とパドマは思っている。

「頭か?」

 ヴァーノンが帽子を取ろうと手を伸ばしたのを、師匠が手を払ってガードした。

「取ったらいけないのですか?」

 師匠は、らしくもなく、ガッチリとパドマを守るつもりのようだ。パドマの前にかざした手をどけない。

「帽子で保護してるつもりなのかも」

「そういうことか」

 師匠の手がうっとうしいので、パドマは助け船を出した。すると、ヴァーノンは、手を引っ込めてくれた。

「腕輪と指輪とネックレスについては、聞いてもいいか?」

「内緒にできるなら、いいよ。誕生日プレゼントって名目でもらったの。男を匂わせて、男避けにしろって。くれたのが師匠さんだったら最強だったんだけど、イレさんだから弱い気がするんだよね。だから、男からのプレゼントっぽいけど、誰からもらったかは教えてもらえなかった、とでも吹聴しといてくれないかな。惚れてるフリとかするの、しんどいし」

 今でも、たまに師匠とイレはイチャついている時があるが、一頃のそれは、本当に酷かった。あの師匠のマネがパドマにできるとは思えないし、アレをイレにやられたら、気持ち悪い。助けてくれているんだとわかっていても、耐えようとは思えない。

「それは、、、お前には、難しいだろうな。有難い話なのか紙一重だが、無理はするなよ? そんな方向に頑張ることは、期待していない」

「そうだね。あんまり真面目に考えてこなかったけど、いろいろ思い出しちゃったから、多分、もう無理だと思う。申し訳ないけど、いろいろ諦めて欲しい。家賃全額負担でも頑張るから」

 ヴァーノンが、真面目な顔をして、正面から見てくるのに耐えられず、パドマは下を向いた。色々なことが申し訳なくて、居た堪れない気持ちなのだ。

「心配はいらない。家賃は、もういらなくなる。この店を継がせていただくことになった」

 ヴァーノンは、頭がさわれないならばと、パドマの手を掴んだ。無事だと確認できた場所は、顔と手しかなかったからだ。

「この店?」

「ああ。料理の腕が身に付いたら、だけどな。パドマは、給仕をするなり、弁当を作るなり、客席で飯を食うなり、好きに過ごせばいい」

 ヴァーノンは、いつものパドマを甘やかす顔になった。小さい頃は、兄がすべてやるのが当たり前で過ごしていたが、そろそろパドマも戦力として扱うべき年頃になったのに、気付いていないのかもしれない。

「なんで?」

「後継がいないらしい。恩返しに、丁度良いかと思った。まぁ、今すぐじゃないし、料理ができるようにならなければ、話にならないんだが」

 パドマたちが住まわせてもらっているのは、元子ども部屋だ。そういう話を聞いている。今は使っていないと言うから、マスターたちの年齢を考えたら、もう子ども達は結婚して独立しているのかと思っていた。だが、よく考えたら、変だ。独立して、どこかその辺で暮らしている子どもが、唄う黄熊亭に顔を見せたことはない。かれこれ4年近く住み着いているのに、1度も見ないなどあるだろうか。ならば、マスターの子どもたちは、恐らく、今はいない。ベッドの数から察するに、2人はいたと思われるのだが。

 急に、ヴァーノンが弁当屋などを始めた意味がわからなかったのだが、そういうことだったらしい。パドマが知らなかっただけで、そういう話がずっと前からあったのだろう。ヴァーノンは、そろそろ大人扱いが始まる年頃で、将来を真剣に検討していても不思議はない。

「お兄ちゃんなら、できるに決まってるじゃん。できない訳がないよ」

「ありがとう。頑張るよ」

 前を見据えた兄を助けるために、できることを探す。パドマの生きる目的が、1つ増えた。

なんで頭の傷って、出血がすごかったり、傷口が開きまくったりするのでしょうね。何度でも開いてしまったのは、実体験です。周囲は騒ぐけど、本人はまったく気付かないんですよ。だって、見えないから。出血のわりに痛くもないし。


次回は、療養。師匠さんが、スキルアップ。

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