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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第3章.12歳
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70.お兄ちゃんより先に

 イレの家に着いたら、中から師匠が出てきた。

「師匠、うちに来てたの? 悪いけど、パドマを風呂に入れたいから、沸かすのを手伝ってくれない?」

 イレは、風呂場にパドマを降ろすと外に水汲みに出た。師匠も外に出て、水汲みをしたり、火を入れたりしているようだ。イレの愚痴混じりの状況説明が聞こえて、パドマは小さく丸くなった。

「師匠聞いてよ。パドマが急に海に飛び込んで、魚を剣で獲り出してさ。海の中でウロコを取って、生のままかぶりついたんだよ。元気なのはいいことだけど、あれはちょっとワイルドすぎて、どうかと思ったよ」

 本当は、そんな理由で海に入ったのではなかったが、そういうことだったことにして、誤魔化したのはパドマだ。イレは、それがわかった上で、全力で乗っかってくれているだけにすぎない。だが、言葉にされてしまうと、否定したい気持ちでいっぱいになった。

 風呂の準備が済むと、師匠は着替えを持ってきて、代わりにパドマの武装一式を取り上げて出て行った。イレより先に風呂に入っていいものか悩んだが、これ以上怒られたくはなかったので、大人しくご厚意に甘えさせていただいた。


 風呂上がりのパドマが、そっとリビングの様子を覗くと、イレは着替えて、ホットエールを飲んでいた。

「何してるの? 入ってきなよ。師匠は、パドマにご馳走を作ってたんだってさ」

「ご馳走? どうして?」

「明日、パドマの誕生日なんだって。パドマ兄より先に祝うんだって、張り切ってるんだよ。意味がわからないよね」

 それが、紐で縛って消えた真相らしい。なんで縛らなければならなかったのかはわからないが、師匠は、いつもそんなものだ。

「師匠さんは、しゃべらないのに、なんでわかるの?」

「愛の力。お兄さんは、師匠と筆談ができる。師匠はアーデルバード出身じゃないから、ここの文字は書けないけど、出身地の字は書けるんだ。言いたいことしか答えてくれないから、何でもは教えてはくれないけどね」

 パドマは、以前、武器屋で謎の文字を書いていた師匠の姿を思い出した。やけにスラスラと書いていて、不思議に思っていたのだが、別の地域の文字だったらしい。話し言葉は同じなのに、文字だけ違うとは、外国は面白いところだと思った。

 師匠は、ダイニングと釜戸の間を忙しそうに往復していた。きっともっと遅く来る予定でいたのだろう。

「師匠さん、急に来て、ごめんね。手伝わせて」

 パドマが手に取った皿には、肉が入っていた。見回すと、他の皿には魚も卵も入っている。

「師匠さん?」

 師匠は、いつもと変わらぬふわふわとした微笑みを浮かべているが、ほんのりと誇らしげにも見える。

「ありがとう」

 料理を運びを手伝っていたら、イレが酒のおかわりを取りに来たので、そちらにも声をかけた。

「ごめんなさい」

「少しは気が変わった?」

「全然」

「そっか。まぁ、そうだよね。絶対、気を変えさせるからね。覚悟するといいよ」

「そういうことじゃないんだけどね」

 パドマは、目を伏せた。

「ふふん。財布の力を甘く見ないでよ。要は、お兄ちゃんを幸せにできたら、それでいいんでしょう?」

 パドマの手が、ピクリと反応した。今、パドマが最も欲していた人材が現れた。兄を幸せにする人。パドマには難しいから、そんな人がいればいいのに、と思ってはいた。だが、そんな都合の良い話はあるだろうか。期待と懐疑の混ざった視線でイレを見た。

「できるなら、それは期待してもいい?」

 イレさんには無理だよ、と言うと思っていたパドマが、イレを真剣な目をして見つめ返している。イレは、全力で応えようと思った。

「任せなさい。お兄さんには、師匠がついているからね!」

「人任せなのかよ」

 パドマは廊下に逃げ出して、忍び笑った。



 次の日、パドマは兄に誕生日を祝われるものと思い、布団の中から兄を見ていたが、いつも通りの挨拶をされた。

「おはよう、パドマ」

 ヴァーノンは、話しながらも、黙々と朝ごはんを食べていた。

「おはよ」

 その後、特に会話のないまま、ヴァーノンは食事を終えると、片付けに出た後、戻ってきて、パドマのベッドの隅に腰掛けた。

「遠くない日に、イギーがペンギン施設を視察したいと、パドマの案内を乞うと思われる。立場上、引き受けるべきだと思うが、絶対に1人で会うな」

「ペンギンの乗っ取りでも企んでるの? 従業員とペンギンの生活を保障してくれるなら、全部あげるよ。どっちかっていうと、面倒くさくなってるし」

 イギーに関わることも、チンピラたちに関わることも、パドマの本意ではない。ミラたちに見せてあげたいな、と興味本位でやってみただけで、案内を終えた今、興味は大分薄れていた。運営したい人が他にいるなら、退任することは問題ない。

「違う。狙いは、ペンギンじゃない。お前だ。あちらは、相当追い詰められているようだぞ」

「えー。何でなの? ロクな姿を見せてないと思うんだけど。どういう趣味をしてんのかな。おかしいよね。いつもいつも、ホントにどうなってるの? 街に女の子がいないから? そんなのウチには、どうにもならないよ」

「本当にな。短髪で、謎の服装で、剣を振り回して巨大生物と戦う妹に、縁談が舞い込む理由がわからない。青田買いにしたって、ふざけている。年齢も考えて欲しい」

「良かった。今日のお兄ちゃんは、言葉が通じる」

 パドマは、それだけで嬉しくなった。いつも謎のお小言ばかりで、話を聞いてはもらえないので、話すことに苦痛を感じることも多かった。

 兄が何をしたか思い出してしまった今は、何よりもかけがえのない大恩の人物になってしまった。これまでのように雑には扱えない。話が通じないのは、本当に困る。

「イギーはなしで、いいんだよな?」

「今度は、断ってくれるの?」

「立場上、断れない。だが、もうパドマを養うのに、あの店にしがみ付く必要もなくなったからな。いざとなれば、絶対に助けに行くが、間に合わないかもしれないし、ずっと側にいることもできない。だから、誰でもいいから、味方にできる人間から離れるな。当てにできる人材に、心当たりがないんだが」

 パドマも、助けてくれそうな人材を考えてみた。師匠は、いつでも何となく一緒にいることが多いが、自由人すぎて意味がわからないし、お願いを聞いてくれるか、わからない。イレは、頼めば側にいてくれそうだが、仕事を休ませると稼ぎの補填ができない。グラントは、命じてしまえば何でもしてくれそうだが、根は功名心に駆られたチンピラだ。いつの間にか、あちらに買収されているかもしれない。常連のおっちゃんたちに頼むのも、どうかと思う。

「そうだね。お兄ちゃんくらいしか、心当たりがないね。って、どうしたの?」

 ヴァーノンは、身体を丸めて頭を抱えていた。考え込むパドマの可愛さに、脳をやられて耐えている。

「いや、なんでも。自覚がないのは、本当に恐ろしいことだ。しかし、そうしたのは自分なんだろうから、仕方がない」

「何それ。はっきり言ってよ。もう人の言葉の裏とか考えるの、嫌なんだよ。ロクなこと考えられないから」

「そうだな。ごめんな。贅沢できなくても良ければ、しばらくここで引きこもっててもいいぞ。女の子は、そうやって暮らすものなんだろう?」

「お兄ちゃんのお弁当を作って暮らすのもいいかもね」

「起きられるならな」

「毎日ギリギリまで寝てて、ごめんなさい」

「いい。お前の場合、ここで寝てるのが1番安心できる。ダンジョンの新星様も街の新星様も、心臓に悪い」

「ダンジョンの新星様はフライパン屋の所為で、街の新星様は師匠さんの所為だからね。ウチは、そんなにそんなじゃないからね」

「ああ。信じてるよ」

 ヴァーノンの優しい微笑みに、パドマは気が咎めた。言わないだけで、わりと日常的に約束を破っている。死んでもまぁいいか、と言わんばかりにダンジョンモンスターに特攻をかましている。そもそも大恩すらすっかり忘れ去って、結構ひどいことを言っていた。

「ごめんなさい」

「また何か、やらかしたのか?」

 反省はしたが、真実は告げられない。

「違う。ウチの誕生日はいつ?」

「誕生日? 8日後じゃないか?」

「そうなんだ」

 師匠にも計算できない誕生日。自分で知るのは一生無理じゃないか、とパドマは思った。



「誕生日おめでとう。パドマ」

 イレは、パドマの手を取って、指輪をはめた。左手中指にするりとはめられた指輪は、碧と黄色と桃色のグラデーションだった。

「どうしたの? 何で?」

 イレは、背後に回って、ネックレスを付けているようだ。

「んー? 誕生日プレゼント。そろそろパドマも、ちょっと大きくなってきたみたいだし、周りに変なのがいっぱい増えてきたから、あってもいいかと思ってさ。男避け」

「男避け?」

「そう。これ見よがしに、ゴテゴテと付けとけば、少しは減るんじゃないかと思って、師匠に作ってもらったの。ガチ勢にまでは効かないかもしれないけど、小蝿でも減ったら嬉しいんでしょ? ジュールが嫌いなパドマちゃん」

 何をして欲しいとも期待していなかったのだが、イレは、早速、金の力で何とかしようと思い付いてくれたらしい。イレは、勝手に左手の籠手を外して、バングルを付けてくれた。

「そっか。師匠さんに彼氏になってもらえばいいのか。師匠さん、1か月くらいイケメンメイクで、一緒に歩いてくれないかな!」

「何で、師匠だ」

 イレは、むくれた。ヘアピンを付けてくれたのだが、師匠に直されていた。

「え? だって、これじゃあどう見ても師匠さんの女だよね。師匠さんが作ってくれたんでしょ? 師匠さんに敵う男なんて、そうそういないから、完膚なきまでに叩き潰してもらえばいい、とかいう話なんじゃないの? お兄ちゃんには申し訳なさすぎて頼めなかったけど、師匠さんなら、ウチと醜聞を流したところで傷ひとつ付かなそうだし。楽しくはないだろうけど、大きな迷惑にはならないよね」

 いつだったか、師匠と付き合えとか言っていたのは、イレだ。強行手段に出たのかと、パドマは理解した。イレが何を画策しようと、どうせ師匠はパドマになびかない。パドマも、師匠に惚れることはない。だが、師匠は、使える男だ。悪くない手だと思うことはできる。

「違うもん。作ったのは師匠だけど、作ってもらったのはお兄さんだし、これはお兄さんからのプレゼントだもん。彼氏役は、お兄さんだよ。ごめんね。まだ師匠は、口説き落とせてないんだ。諦めて」

 イレは、申し訳なさそうにつぶやいた。

「ま、じ、か。イレさんだったのか。男避けになるのかな。とりあえず、アクセサリーの前に、ヒゲ剃ってきてくれる?」

「お兄さんは、すごいんだよ。師匠の男避けだけじゃなくて、女避けにもなった実績があるんだから」

 女避けに関しては、イレは誰にも負けない信頼の実績がある。だが、男避けに関しては、師匠の働きの結果ではなかったか、とパドマは思った。相手が如何に変な風体の人物だろうと、師匠の方が薔薇色の頬でうっとりと見つめ、べたべたと貼り付いていれば、文句も言えなくなるものだろう。

「いや、助けてくれようとしてるのに、申し訳ないけど、あれはウチにはできないよ。ベタベタするのもされるのも、絶対に嫌だ」

 パドマは、ゾッとして、二の腕を擦った。

「そんなの求めてないから、いっぱい持ってきたんだよ。いいんだよ。そのままで。誤解なんだから。付き合いだしたとか、言う必要もないし。急にあんなことを始めても、おかしいでしょう。

 むしろ、他に彼氏のふりをしてくれる人を見つけても、手をつないだりしたらダメだよ」

「付けてるだけで、なんとかなるならいいけど。お揃いが流行って売れるだけだったら、嫌だなぁ」

 パドマは、腕輪を眺めて言った。

「それは考えてなかったよ。ま、まあ、師匠の技術をマネするのは難しいから、お揃いが作られないといいね」

次回は、ダンジョンに行きます。

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