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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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7.青のダンゴムシ

 パドマは、ダンジョンに行くのを辞めなかった。クマを連れて行くのはやめて、ネックレスは腕にぐるぐる巻きにして、服の中に隠した。ナイフは、そのままだ。

 クマの戦い方を参考に、自力で虫モンスターを倒す方法を考えて、実践する。クマなしでも戦えるようになれば、クマを連れて歩いても、問題は起きなくなるだろう。

 イレが、ダンジョン内で迷惑行為を行うと、ダンジョンマスターの怒りを買い、死ぬことがあるという証言をし、センター職員が周知したため、もうクマが狙われることはないかもしれないが、あんな出来事は2度と起きて欲しくないし、あまりクマ頼みが過ぎると、クマが故障した時に自分が困ると判断してのことだった。

 特に、深階層チャレンジをするつもりはないが、もっと効率よく稼げる場があるのなら、先に進んでみたいと思っている。



 だが、今日は、一時休憩だ。また兄たちを接待しなくてはいけない。

 今日は、イギーは皮鎧で、レイバンはヴァーノンと同じタイプの軽量の金属鎧と剣を持ってきた。戦利品を収める袋は大きすぎる気はしたけれど、まず許容範囲内の格好をしてきてくれた、とパドマは評価した。


「よう、妹! 今日は絶対、カマキリ以外も倒すからな!!」

 前回、あまりの報酬の安さに怒り狂っていたくせに、またイギーのやる気が復活していた。ヴァーノンは、パドマの肩をつかんで首を振っている。逆らわないで欲しい、というサインだ。

「お兄ちゃん、友達は、もう少し選んでいいと思う」

「子守も仕事のうちなんだ。気に入られているから、文字や計算を一緒に習えたし、内勤を許された。機嫌を損ねられると困る。後ろ盾が、アレしかいない」

「なるほど。了解した」

 金を持っているから、装備を揃えるのに連れて来た人ではなかった。ただの荷物運び少年が、出世するために日々努力をしているらしかった。兄には、ずっと朝ごはんを食べさせてもらっている恩がある。可能な限りは、一緒にゴマをすることを納得した。


 今回は、難なく2階層まで歩いて来て、パドマがカマキリを瞬殺し、3階層までやって来た。

 最早、カマキリ相手にナイフなど投げない。フライパンひとつで充分だった。フライパンは、盾にも使える最良の武器である。カマキリのカマを見切ってかわし、フライパンで殴り飛ばし、押しつぶす姿に男3人は絶句していたが、気にしない。ソロで2階層以降に進む許可をくれたり、ダンジョン内で大人しく自分の話を聞く気になってくれるのであれば、遠巻きにされるくらいで、ちょうどいい。

「3階層は、それほど危ないのは出てこないよ。ただし、青いのだけは相手にしないで、全力で逃げてね」



 3階層に出てくるのは、ダンゴムシだった。2階層は、同じ種類のカマキリしかいなかったが、3階層のダンゴムシは色々な種類の物が無作為に歩いていて、とてもカラフルである。50cmから1mくらいの大きさで、やたらと大きいのはおかしいが、1階層の芋虫と同じで、攻撃性は見られない。突けば丸くなるだけだ。

 無視して先に進むことも可能だが、パドマの行ける階層の中では、これが1番買取額が高い。大きいだけに急所が深くて面倒なのと、運ぶのが重いのが困った点ではあるが、お小遣い稼ぎなら、これが一押しだ。

 フチゾリネッタイコシビロダンゴムシの可愛いさに、最初こそ見逃していたものの、買取額を聞いてからは、容赦なく刺すことに決めた。


「げ。また虫かよ。気持ち悪いんだよ。他行こうぜ」

 威勢の良かったイギーが、何をする前にやる気をなくして、駄々をこねそうな風情を見せた。だが、パドマの今の実力では、虫ゾーンを越えられない。接待するにしても、無理なものは無理だ。

「ダンゴムシは素通りできるけど、次の階も次の階も、しばらく虫しか出て来ないよ。楽に倒せて、比較的高価なのが、このダンゴムシだけど。次の階に行く?」

「マジか! ちなみに、次は何だ?」

「カメムシ。失敗すると、結構臭くなるから、本業に差し障りが出るかもね」

 3人ともに、嫌そうな顔になった。やはり商家の仕事は、臭いとダメらしい。4階層に行くことがあったら、ソロで戦って通してあげようと誓った。他2人は多少臭くなっても目をつぶるが、兄だけは守りきろう。朝ごはん無料は、捨てられない。

「これは、どうやって倒している?」

 高価買取りにやる気を出したのか、ヴァーノンが聞いてきたので、パドマはレクチャーすることにした。

「丸まってるのをこう、横に倒して、ここにナイフを刺して、ねじ込む」

 クマは、クマキックで外装をはじけ飛ばしていたが、それをやると、買取り額が下がる。

「丸ごと全部買取りだから、解体しないでいいのが楽だけど、持ち帰りが重いんだよ」

 と話しながら、レイバンが背負っていた収納袋に断りもなく放り込んだ。

 レイバンは、恐らくイギーに巻き込まれているだけで、まったくダンジョンに興味のない少年だ。モンスターを見れば、逃げ出すことはあっても、自ら戦うことはない。イギーに言われると渋々前線に立つが、明らかに嫌がっていた。

 ならば、荷物を大量に持たせて、戦えなくしてしまえば良い。レイバンは戦いから逃げられて、パドマは荷運びから解放される。お互いに利益のある関係だ。よしよし、とパドマは思ったが、レイバンは嫌そうな顔をした。なんで自分が荷物持ちをさせられるのかと不満を覚えたが、パドマは小さい。ダンゴムシを1人で持てないのかもしれないし、そんな子に自分で持てと言うのは格好悪い。文句を言うのをグッと我慢した。

「丸ごと? こんなの何に使うんだ?」

 ヴァーノンも、パドマからナイフを借りて、ダンゴムシを仕留めると、レイバンの袋に入れた。

「背中は硬いから何か道具に加工されて、お腹は食べるらしいよ。売れるんだから、カマキリより美味しいんじゃない? お客さんが、ぷりぷり弾ける触感がいいって言ってたよ」

「なんでも食べるのかよ。嫌なダンジョンだな」

 当然のように、イギーもナイフを借りる。だが、レイバンに近寄ったところで、レイバンが怒り出した。

「なんで、ボクばっかり持たされるんだよ。自分で持ってよ!」

「お前は、狩りをやらないんだろう? だったら、荷物持ちだ。当然だろう」

「そんな大きな袋を持って来ておいて、運ぶのが嫌だとは、どういう了見だ」

「まだ袋スカスカじゃん。カマキリのカマでいっぱいにしたら、もっと重たくなるよ?」

 当然の権利を主張したつもりで怒ったのに、3人全員に言い返されて、レイバンは、泣く泣くナイフを手にした。荷運びをするよりは、ダンゴムシ退治をする方を選ぶらしい。袋がダンゴムシでいっぱいになったら、1人では持てない。懸命な判断だろう。


 どんどん倒しても1度には運び出せない。何度か往復して作業に慣れ、流れ作業になってきたところで、事件が起きた。イギーが、突然、悲鳴を上げた。

「ぎゃああああ!」

 ヴァーノンの命の次に、大事なイギーの危機である。パドマは、仕留めたダンゴムシをレイバンに渡すと、速やかにイギーに駆け寄った。思った通りの事故が起きていた。

「ダメだって言ったのに、人の話をちゃんと聞け!」

 パドマは、イギーの首の後ろをつかんで、引きずってダンゴムシから引きはがした。

「隣の部屋に連れてって。レイバンも連れて、隣の部屋で待機!」

 兄に頼んだが、まったく動いてくれなかった。パドマは、ダンゴムシが怒り狂って転がってくるのを、フライパンを使って、軌道を曲げるので精一杯なのに。

「早く行け! 邪魔だ! ウチが死ぬ! 行け!」

「妹を置いて行けるか!」

 パドマは、真剣に頼んでいるのに、ヴァーノンは参戦しようとしている。剣を抜いて、どうするつもりなのか。レイバンが、イギーを連れて逃げたので、後は兄だけだ。

「早くしないと、イギーも助けられない。レイバン、お兄ちゃんも連れてって!」

 ヴァーノンとレイバンが、揉み合いを始めたところで、うまいことダンゴムシの軌道が逸れ、イギーとは別の方向の通路を転がって行った。パドマは、それを追いかけて、いっそ蹴飛ばして追い立てて隣の部屋に行き、誰もいないことを確かめてから、雷鳴剣を振った。耳が壊れそうな轟音と、目が眩みそうな光が散ったが、休んではいられない。部屋の惨状を軽く確認したら、すぐに引き返して、兄を無視してイギーのところへ行った。


 ダンゴムシの体液がかかったものを全て脱がして放り投げ、上から水をかけた。水が少な過ぎたが、ない物は仕方ない。イレにもらった解毒剤を開封し、口に突き刺す。

「飲んでくれるかなー。間に合うかなー。今からでも、イレさん呼ぼうかなー。あー、困った。起きろー」

 ひたいをペシペシ叩いてみるが、まったく反応がない。

「何が起きたんだ?」

 すれ違った時、まだ兄と取っ組み合いをしていたレイバンがやってきた。

「青いのは逃げろって、言ったじゃん? 何でか知らないけど、あれだけ強いんだよ。毒持ちだし」

「毒? 死ぬのか?」

「どうだろうね。そんなマヌケ聞いたことないから、知らないよ」

「誰に向かって、マヌケと言っている? お前は、何をした? 向こうは黒コゲになってたぞ!」

 ヴァーノンは、パドマに怒り顔だ。言うことを聞かない、自由過ぎる妹に怒っているのだろう。パドマは、そこまでわかった上で引かなかった。

「ここは、子どもが遊びに来るところじゃないんだよ。なんで剣やら鎧やら用意してきたの? 場合によっちゃあ、死人が出るんだよ。小馬鹿にしてる妹以外の情報は、何か調べて来たの? 情報をウチに頼りきりでいて、いざとなったらウチの言うことを聞かないとか、何考えてるの? ダンジョンをなめんな!」

「あら、やだ。なんてイケメン!」

 パドマはガチギレで啖呵を切っていたら、いつの間にか半分死にかけのイレが、部屋の入り口で座っていた。


「あ、ごめん。また走らせちゃった? 大丈夫? ごめんなさい」

 一体、どのタイミングで呼んでしまったのか、まったくわからないなりに、パドマは謝った。ヴァーノンへの態度の違いに、睨まれているが、気にしない。

 イレは、まだ呼吸が整わないらしく、ゼーゼーと荒い呼吸をしながら四つ足で近付いてきて、イギーにキスをした。軽めのソレではなく、かなりアレなキスだった。そして、

「久しぶりー。げろあまー」

というと、ひっくり返って、倒れた。

次回、兄妹の語らい。

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