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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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68.パドマの妹

 うっかり師匠を展示室に置いてきてしまったが、パドマは、心の向くままダンジョン内を走った。途中、誰かに話しかけられたような気もしたが、構わずに通り過ぎた。34階を下る途中で、たまらず崩れ落ちた。

「下り道だっつのに、しんどすぎる。無理だ。もうこの服重すぎる。師匠さんいないし、着込みだけでも脱ごうかな」

「水、いるか?」

 ずっと後ろをついてきた男が、パドマの横に座って、水袋を差し出してきた。腹立たしいことに、座ってなお、頭1つはパドマより大きい。パドマの全速力に、余裕でついてきたのだ。ヒヨコのようなふわふわ髪をつかんでむしってやりたい衝動にかられながら、パドマは睨みつけた。

「知らない人の水なんて、飲んでたまるか」

「知らない人か。一応、あんたの傘下に入ってるんだがな。ハワードだ。顔を見たことはないか? こっちは、何度か一緒に仕事して、知り合い気分でいたんだがな」

 目付きは悪いが、友好的な態度のつもりらしい。パドマの傘下と自己紹介するのは、ロクな人間ではない。最も信頼に値しない人種だと暴露しているに等しいのだが、それに気付いていないらしい。口に入れる物など、気安くもらうことはできない。パドマは、過去、知らない人間から、いろんな物を盛られた経験が沢山あった。

「カエルを爆破した時と、血祭りの時と、ペンギンが孵化した時に混ざってたのは知ってるけど、知り合いのつもりはない。何がハワードだ。嘘吐きめ」

 ハワードと言えば、羊だろう。だが、目の前の男は、頭がヒヨコでガタイは大きく、目付きは狼だった。羊らしさの欠片も感じられなかった。偽名を疑いたくなるのも致し方ない。

「名前は、親が付けたんだ。似合わなくてもしょうがねぇだろ。あんたのパドマだって、大概じゃねぇか。それだけ覚えてて、知り合いでもないって、どういうこった」

「ウチを育てる気のない父親が、泥の中でもキレイに咲く蓮のように強く生きろ、って名付けて、子捨てしてくれたんだよ。お似合いだろが!」

 パドマが、声を張り上げ睨みつけると、ハワードは怯んだ。そんな話をしていたのは、赤の他人のイレなのだが、信じたようだ。自分以外も騙されたのを確認して、パドマは少しいい気分になった。


「悪かった。あんたの名前については、もう何も言わない。だが、水は、本当に何も盛ってないぞ。飲まなくていいのか? 持ってないだろう。ダンジョンに来るのに、軽装過ぎないか?」

「ああ、今日は、稼ぎに来たんじゃなくて、ちょっとストレス発散に寄っただけだから、いいんだよ。そういや、フライパンどころか、素材回収袋すら持って来なかったな。まぁ、武器を持って来るのすら忘れた過去を思えば、マシじゃない? 剣は腰に付いてるし」

「マジか。ネックレスでやられた時もどうかと思ったが、あんた素手でもいけんのか。小さいくせに、何をどうしたら、そんなことができるようになるんだよ」

 ハワードを倒したのは、パドマではなく師匠なのだが、至近で話す今も正体がバレていないようだ。一体、師匠はどんな変装をしていたものやら、恐ろしくなる。

「知らないよ。知りたきゃ、こんなとこで遊んでないで、育ての親にでも聞いてくれば?」

「遊んでねぇよ。あんたが1人でいるから、手伝いがいらねぇか、聞いたんだろうが。無視して、こんなとこまで来やがって」

「ストレス発散に、手伝いはいらないよ。それより、こんなとこまでついてきて平気? 自力で何階まで行ける人?」

「そんなチャレンジしたことねぇから、知らねぇよ。ここまでは問題ないけどよ」

「ふふふ。使えそうなの見ーっけ。君は、グラントさんの直下以外で働いてみたいと思わないかな?」

 チンピラたちも、3階層で見かけることが多かったが、ダチョウまでついてきた男もいくらかいたのを思い出した。あの時、ハワードは、その中に混ざっていた。そんな変わり者をペンギン飼育に使い潰すのは、もったいない。ちょうど今、求めていた人材だった。

「思う! だが、ヤツは、あんたの男なんだろう? いいのか?」

「ちょっと待って。男って、なんで? 本人が、そんなことを吹聴して歩いてんの?」

 そうだとしたら、チェンジするか、更に吹聴させて面倒な有象無象を叩き潰してもらうか、2択を迫らなければならない。グラントなら、どちらでも良さそうだが、どちらがマシか、真剣に考えたところで、自分の加担を指摘された。

「吹聴も何も、いつも横に侍らせて歩いてるじゃんか。一緒にいて、2人とも邪魔するな、話しかけんな、って圧撒いてるのに、自覚はなかったのか?」

「圧。心当たりはあるが、違う。ただチンピラたちと付き合うのが面倒すぎて、窓口を1つにまとめてみただけだよ。まさか、チンピラ代表まで噂の彼氏になるとは」

 噂話中の過去のパドマの彼氏は、兄と師匠だった。真っ先に兄が上がった時もどうかと思ったものだが、なんで師匠だよ、と思った時よりはマシだった。だが、グラントまで彼氏になってしまうなら、パドマが知らないだけで、酒場のおっちゃんたちや、イモリ拾いのおっちゃんたちまで、噂になっているかもしれない。何人いるかも、わからない。気が遠くなる話だった。

「違うなら、まぁいいや。仕事って、何だよ」

「そっちは良くても、こっちは良くない。なんでそう、何でもかんでも恋愛話につなげないといけないの?」

「あんたが女なのが悪いんだろ。噂しようと思っても、あんたしか女がいないんだよ」

 噂話の人材不足が深刻すぎた。以前から、恋の相手とするには、パドマの年齢が足りないのではないかと気にしていたのだが、他に人がいないと言われれば、ぐうの音も出なかった。年頃の少女たちは、基本的に家から出ない。存在も知られていないから、噂にしようがないのだ。


「そっか。そうだったか。あのね、多分60階過ぎ辺りに真珠入りの貝が落ちてると思うんだよね。それを拾ってきて欲しいの。1人じゃなくていいし、毎日じゃなくていいから。適当な人を好きに選抜して使っていいよ」

「あんたと一緒じゃないんだな?」

 ハワードは、つまらなそうに言った。グラントのように横を歩いて、重用されてることを見せつけ、周囲にマウントを取りたかったのだろう。チンピラたちの上下関係調整にまで駆り出されるのは、パドマとしても不本意である。グラントも、使えるうちはグラントでいいと思う程度で、人柄を買っている訳でもなんでもない。

「ごめんね。初回くらい案内したいのは山々なんだけど、あそこまでは走れないし、あそこまで行くと、夕飯までに帰れないから、怒られちゃうから行けないんだ」

「怒られちゃ、、、そっか。あんた、まだ子どもなんだな」

「そうなんだよ。男の話なんて、100年早いわ! って、言ってくれていいよ」

 パドマの年齢に気付いてくれるチンピラの出現に、顔が緩みそうになったが、次の言葉で凍りついた。

「あんたの場合、顔がそれだからな」

「しょうがねぇだろ。親がつけてくれたんだよ。顔のことは、言うな!」

「マジか。名前だけじゃなく、顔も地雷なのか。褒めてんだぞ?」

 パドマは、剣を抜いてハワードを追いかけ回し、35階層を走り回った。ついでに襲いかかってきたフクロウも斬り飛ばす。フクロウは、音もなく後ろから勢いよく飛びかかってくる。ハワードは、何度も引っかかれ、つつかれていたが、パドマにとっては、見えないのも聞こえないのも今更だった。振り返らずとも斬れる。

「ちょ。あんた、それ、どうやってんの?」

 劣勢なのに、人のことなど見てるから、フクロウの爪が目に入りそうになっていた。パドマは、そのフクロウを斬りつつ、ハワードの横っ面を蹴飛ばした。

「ぎゃひっ!」

「師匠さん直伝、助けたフリして、ストレス解消!」

 蹴飛ばした勢いで、回転すると、パドマの視界に師匠が入った。ペンギン施設に置いてきたのに、追いかけてきたらしい。何があったのか、泣いている。

「あれ? 師匠さん、どうしたの? グラントさんに嫌なこと言われた? まさか、ハワードさんに何かされたんじゃないよね」

「ちょっと待てぃ。今、絶賛あんたにイジメられ中で、それどころじゃなかったろうよ!」

 やはり、パドマはまだ師匠に及ばなかった。跳躍力はついてきたが、圧倒的に力不足だ。ハワードは、よろけた程度で吹っ飛ばなかった。

「何言ってんの? 妹みたいに可愛がってあげてんだよ」

「あんたこそ、何言ってんだ。どっちかって言うと、そっちが妹だろうよ。いくつ年下なんだ」

「ウチは上司だから、どっちかってーと姉だ。姐さんって、呼んでくるヤカラもいるんだから」

「マジか! でも、それならせめて弟だろう? 男なんだから」

「弟? 師匠さんに弟なんて、いるのかな。イレさんみたいなものだとすると、荷物運びに使って、耳に穴を開ければいいのかな。でも既に、両耳に沢山穴が開いてる場合は、どうするのかな? まぁいいや。ダチョウを持ってね。帰ろう。行くよ」


 師匠の素材回収リュックにダチョウを半分くらい詰め込んで、ハワードに背負わせると、フラフラではあるが、一応歩いていた。イレや師匠が背負って、更に荷物を持ったりスキップしたりしているのを見慣れているパドマは、

「そんなものかー」

と漏らしてしまったら、顔を真っ赤にして走り出した。根性だけは褒めてやろう、とパドマは思った。だが、口にはしなかったので、誰にも伝わっていない。

次回、縛られた2人。

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