66.スキップ
パドマは、ダンジョンの34階層にやってきた。34階層の主は、スズメだった。茶色や黄色、赤色などの手のひらサイズの小鳥が沢山飛んでいた。他の階層の部屋にはなかったが、天井付近に竿竹のような物がいくつかついていて、そこにとまっている鳥も多い。
「スズメは小鳥サイズなのか。食べれるとか言われても、食べ物には大した値が付かないからなぁ。師匠さん、申し訳ないけど、またしばらく先に進まないで、皮狩りしてていい? 皮も売りすぎて、値崩れしまくってるんだけど。ペンギン狩りの方がいいかな。ペンギン油は、消耗品だし、強いよね」
パドマが悩み始めたところで、上から袋をかぶせられた。何が起きたかよくわからなかったが、少しして、師匠が素材回収袋に使っている巨大リュックに入れられてしまったことを理解した。縛られた訳ではないので、動くことはできるが、リュックの中では足場が悪い。どこかへ運ばれているような振動を感じながら、とりあえず逆さまになっているのだけ自力で直して、じっとしていた。
しばらくじっとしていたら、リュックの口が開いて解放された。何階層だかわからないが、ダンジョン内である。床に小石のような物がコロコロ転がっていた。
師匠は、リュックをそのまま放置し、小石をいくつか拾った後、それをパドマに渡した。師匠が渡した小石は、やたらと薄っぺらい黒や白い物の他に巻き貝も混ざっていた。
「何これ?」
師匠は、パドマから小石を回収すると、リュックに入れた。
「ああ、落ちてるのを拾って入れるの?」
パドマが、近くに落ちていた物を拾ったら、師匠は、首を横に振った。
「え? 何で? あ、種類が違うのか。さっき見せてくれたヤツ以外はダメってこと?」
パドマが質問すると、師匠は柔らかい微笑みを浮かべた。
「うわー。何それ、大変そうー」
パドマは、貝を選別して拾い、自分の素材回収袋に入れ、いっぱいになると師匠に渡した。師匠は、パドマが持ってきた貝を確認して、合格した物は、師匠のリュックに入れて、それ以外は捨てる。パドマが拾っている間は、ぼんやりクッキーらしきものを食べていた。拾う仕事は、やってくれないらしい。
師匠のリュックとパドマの袋がいっぱいになった時点で、パドマは頭から布をかぶせられて、担がれて運ばれた。てっきり運ぶためにリュックに入れられていたのかと思っていたが、目隠しが必要だったようだ。
次に降ろされた場所は、イレの家だった。いつの間に連れて来られたのか、ヴァーノンとグラントもいた。
「お前は、何をやってるんだ?」
ヴァーノンに聞かれても、パドマの方こそ、よくわかっていない。
「何をしてるのか、よくわからないんだよね。お兄ちゃんこそ、何でここにいるの?」
「師匠さんが手招きするから、付いてきた。仕事中だから、戻って良ければ戻りたい」
「戻ったら、きっと拉致されるよ」
「だろうな」
話している間に、師匠はボールを持ってきて、いくつかテーブルに並べた。ボールの中には、リュックの中身が入っている物もあった。師匠は、パドマの腰からナイフを抜き取り、パドマに持たせた。
「今度は何をしろと?」
「これだけ貝があって、ナイフを持たせるんだから、殻をむけってことじゃないか?」
ヴァーノンは、パドマからナイフを取り上げて、薄っぺらい貝の隙間に差し込んで、2枚に開いた。身と貝柱と殻に分けて、ボールに入れていく。グラントは、自前のナイフで器用にも巻き貝から身を取り出していた。
「グラントさんって、もしかして料理ができる?」
「小さい頃、手伝いをさせられた程度です。料理ができるとは、とても言えません」
「採用! ちょっと買い出し行ってくる。2人で仕事してて」
パドマは、釜戸に鍋をセットして、師匠に押し付けると、外に出かけた。貝の殻むきから逃れるために。
パドマがやってきたのは、いつか師匠ときた市場だ。少しずつだが、手当たり次第にキレイな色の野菜や肉や魚を買う。フライパンを持っていなくてもパドマだとバレる世の中になってしまった。ここでも全てが無料になってしまいそうになって、意地になって、お金を支払った。
「無料でもらっちゃうと、心が痛んで、もうここに来れなくなっちゃうから、受け取ってよ」
と言うと、やっと受け取ってもらえるようになった。もらう商品の数が多すぎるような気もしたが、新星様は、計算もできないおばかさんなので、少々の計算間違いをするのは、致し方ない。許容範囲ということにして、用が済んだら、即撤退した。
イレの家に戻ると、まだ殻むきは終わっていなかったので、諦めてパドマも手伝うことにした。巻き貝は難易度が高そうなので、平べったい貝だけである。
師匠のすることだから、てっきり食べる用の貝だと思っていたが、貝の中には真珠という宝石のようなものが入っていて、貝殻の内側もテカテカとしてキレイだった。どちらも、売れるらしい。
薄っぺらい貝は、貝殻も薄っぺらく、すぐに割れてしまって、なかなか傷をつけずにむくのは、難しい。パドマは戦力になっているか、売り物を壊しているか、難しい状態だった。
貝殻むきが終わったら、ひとまずそちらは放置で、パドマが買ってきた食材を調理してもらう。
「お兄ちゃん、魚を全部刺身にして!」
「なんでだ。自分でやればいいだろう」
パドマが買ってきた大量の魚を見て、ヴァーノンが半眼になった。大量に貝の殻むきをした後に、また魚を大量に捌くのは嫌な気持ちはわかるが、この場にいる人間で、魚を捌けそうな人物は、ヴァーノンしかいなかった。海の魚をさばいているところは見たことがないが、川の魚は昔さばいていた記憶がある。できなくてもいいから、やってもらえないと、イレの帰りを待たなければならなくなるのが、嫌だった。
「ウチの料理の師匠は、かわい子ぶって、生もの全般触らない人なんだよ。ダンジョン内では、なんでも斬り飛ばしてるのに、なんでだよ」
ヴァーノンは、師匠を見て、ため息をついた。できるかできないかは知らないが、この人はやりたくないことはやらないだろうな、と納得してしまったのだ。
「ああ、わかった。教えてやるから、今日覚えればいい」
「流石、お兄ちゃん。ありがとう!」
パドマが包丁とまな板を持ってきたら、師匠が取り上げた。何をするかと思ったら、とんでもない仏頂面で、1匹目の魚のウロコを削ぎ出した。手つきは乱暴に見えるのに、ウロコは弾け飛ぶことなく、キレイに同じ場所に落ちている。
「生ものは、ダメなんじゃなかったのか」
ヴァーノンは、師匠の行動に驚き、慌てている。可愛らしい少女に嫌な仕事を押し付けて、申し訳なく思っているのかもしれないし、妹のわがままで手を煩わせて申し訳なく思っているのかもしれない。パドマは、何度か師匠は中年のおっさんだと指摘したことがあるのだが、ヴァーノンは理解してくれない。
「この人、サボりぐせがスゴいだけで、できないことなんて何もなさそうなんだよ。なんで急に、魚をさばきだしたんだろう」
「師匠さんとパドマさんが、姉妹のような関係だからではないですか?」
グラントも、師匠のことを勘違いしているようだ。グラントをしばき倒した新星様の正体とも知らず、パドマの可愛いお姉さんだと思っているらしい。おっさんなのに!
「何言ってるの? そんな訳ないから。でも、お兄ちゃんに兄力で負けまいと、対抗してんのかな? 本当に、どこにスイッチがあるのか、わかんない人だよ」
魚は頭が落とされ、腹を切り、内臓が出されて、洗われた。師匠の顔に嫌悪感がありありと浮かんでいる。内臓処理が嫌いなのかもしれない。中骨にそって包丁を入れ、3枚におろした頃には仏頂面に戻っていた。腹骨をすきとり、皮を引き、中央の骨を切り落とし、食べやすい大きさに切り分けたら、刺身の完成だ。
師匠の仕事は、速くてキレイだったので、パドマは追加のまな板と包丁を持ってきて、ウロコ削ぎと内臓取りだけ手伝ったら、あっという間にすべての魚が刺身になりそうになったので、1匹だけ救出した。
パドマは、師匠に押し付けて炊いてもらった米がおひつに移されていたのを持ってきて、グラスによそった。
「こんな風に、米をよそうくらい誰にでもできると思うんだけど、この上に例えば、緑の棒野菜を斜めに薄切りにしたのを葉っぱに見立てて並べてさ。刺身をくるくる巻くとお花になるから、乗せたら可愛くないかな? 魚の種類を変えたら、違うお花になるし、魚卵を散らせてもいいし、刺身を小さく切って混ぜたらカラフルでいいかな、って思うんだけど。作るの簡単で、見た目がキレイだから、ペンギン食堂を作れないかな? ペンギンを見ながら、ごはんを食べるの」
「やりましょう」
グラントは、いつものように答えたが、師匠とヴァーノンの反応は薄い。
「ああ、当然、ソースも簡単に作れるよ。油と酢と砂糖と塩を混ぜるだけ。あれば柑橘を足してもいい。あとは、刺身を肉に変えても作れるよね。刺身を食べられない人もいるから。あとは、そうだな」
パドマは、釜戸に鍋を置き、油ときざみニンニクを放り込んだ。
「ここに、さっき残したウロコ内臓なし魚を、そのままどーん! と放り込んでさ。緑と黄色と赤のカラフル野菜を一口サイズにして、周りにバラバラと並べて。そうだ、さっきの貝をちょっと叩きつぶして入れて、酒をだくだく入れたら、あとは放置したら完成する料理は、出せる?」
「席数を多めに用意すれば、可能だと思います」
まだグラントしかついてこないようだ。
「あとは、縁結びりぼんみたいに、フライパン屋に魚型の金型を作ってもらって、何か違うお菓子を開発しよう。あれ? 魚じゃなくて、ペンギン型の方がいいかな?」
「デザイン画をお願いできますか? 型とテーブルとイスを発注しておきます」
グラントは、蝋板をパドマの前に置いた。それをすかさず、一つ横に流した。
「師匠さん、ペンギンお菓子のデザインを描いてもらっていい? リアルペンギンじゃなくて、可愛いペンギンがいいんだけど」
師匠は、虚空を眺め、一瞬フリーズした後、スラスラとペンギンを描きだした。フリッパーを広げて走っているように見えるマゼランペンギンのイラストが仕上がった。
パドマもイスの絵を描いた。お店だから、可愛くしなくちゃと必死で考えたものの、パドマに絵心はない。ペンギンって、どんな形だっけと悩んだ末に、背もたれを横長の楕円にし、両サイドに丸をくっつけた。
「いや、テーブルとイスは、普通でよくない? 外注ならともかく、みんなで作るんでしょ? 難しいのは、無理だよね」
「このまるいのは、何でしょう」
「クマの耳。だって、ペンギン型なんて、大変すぎるし、フリッパー付けたら使用に問題が発生しそう」
「すると、色は黄色ですか?」
「うっ。白で! でも、5個に1個くらい黄色があってもいい」
「承知致しました」
アクアパッツァが出来上がり次第、テーブルに並べ、試食会にうつった。
「うん。この刺身パフェは、中にも味を付けよう。本気でグラスを使うなら、中にも肉か何か入れたら、見栄えも良くなるかもしれないね」
パドマの料理の腕が大したことがないため、チンピラたちに料理を仕込むことができない。だから、見た目重視の料理を考えてみたのだが、味は気にしていなかったため、まぁ、大体、米を食べているだけだった。マスターの味を食べ慣れているのだ。このままではいけないのは、わかった。
「単価が、高くなりませんか?」
「貧乏人は、呼んでも来てくれないから、いいんじゃない? ごはんは高くして、お菓子を安くしてみる? 砂糖さえ使わなければ、いくらでも安く作れるよね。まだお菓子の内容、まったく考えてないけど」
「でしたら、2店舗作りましょうか。厨房は1つでも、入り口を右と左に作ることは可能ですし、中と外で売ることもできます」
「それは、もう少し企画を練ってから、考えよう。お兄ちゃんは、さっきっから、なんで静かなのかな?」
師匠に意見を求めることが無駄なのは、わかる。喋らないだけでなく、魚を食べない。見事にさばけるくせに、味見もしない。
だが、兄は食べている。ずっと無言でいられるのも怖いので、できたら有用な意見の1つも聞かせて欲しかった。
「企画会議は、イギーを呼んでくれないか?」
兄は、グラスを見ながら、ぽつりとこぼした。
兄の意見は、思っていたのと、まったくベクトルが違った。これは、ただの思いつきで、そんな大層な物ではない。イギーを呼んでくると周囲が大事になったら面倒臭いし、あのポンコツがいたら何だと言うのか。メリットが、何1つ思い浮かばなかった。
「嫌だ。無駄に会いたくない。ペンギン飼育の技術も教えたくないから、基本的には、自由にやっていいことになってる。必要ない」
「秘密は守れる」
「お兄ちゃんだけなら、信頼してもいいし、漏らされても諦めきれるけど、イモリ拾いのおじさんに守れるとは思えないよ」
パドマはため息をついたが、兄はふくれている。確かに、ウインナーの正体はイモリだという情報は、漏れている。だが、それはイモリ拾いを秘密裏に行っていないからである。店員の方が身元も確かなのに、どこの誰とも知らぬはみ出し者は信用しているパドマに納得できなかった。友だちは選べと言われたことがあるが、どっちがだと言いたくもなる。
「そっちのチンピラより、まともだろう」
「わかってないなぁ。まともじゃないから、守れるんだよ。これを逃したら真人間でいられなくなるっていう強迫観念と、裏切った後の鉄の制裁の恐怖があったら、なかなか裏切れないものなんだ」
パドマは、チンピラたちの過去の言動を思い出し、気が遠くなった。なんでもかんでも鉄拳制裁が発動する謎の理論をやめさせようと思ったこともあったが、人数の多さもあって、諦めた。ある意味、都合が良かったし、これはこのまま伸ばしてやろうと思ったのだ。あんまり深く付き合いたくなかったという事情もある。
「パドマさんを裏切る者が出れば、自害しても許しませんよ」
グラントは、薄い笑みを浮かべている。なんだか知らないが、チンピラの意見はみんな大体同じようなもので、多少色が違うものがいても、即座に矯正されてしまう。だから、大体同じだ。グラントがおしなべて画一化を図るのだから、全員グラントみたいなものだ。グラントをトップに起用したのは、間違いだったかもしれない。
「こんなことを言うおかしな人は、この人だけじゃないんだ。怖いよね。下手にイギーを混ぜて、殺されても責任取れないけど、混ぜたい?」
「やめておこう」
ヴァーノンは、そっぽをむいた。
次回、真珠拾いをやらされた理由と、ペンギンの現状