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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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65.パドマの特技

 次の日、またパドマたち3人は、33階層にやってきた。今日も、ヒクイドリの口から炎が漏れているのが見えた。とても元気そうで何よりである。

 前日には、無理だと言っていたパドマが、なんの衒いもなくフロアに降りようとしているのに気付き、イレは慌てて止めた。

「危ないよ! やめて!!」

「ん? 多分、いけるよ」

「昨日と言ってることが違うよね」

「昨日、秘密兵器を作ってきたから、大丈夫。ウチの特技は、何でしょう?」

「勝てない相手でも、無闇に突っ込んでいく、侠気?」

「それもある。技術も力も足りないんだから、それくらいはしないとだからね。師匠さん、イレさんが邪魔だから、排除して」

 パドマが言い終わる前に、イレは上階に向けて、吹き飛んで行った。師匠が、イレを蹴飛ばしたからだ。成人男性の中でも特に高身長なイレを軽々と吹き飛ばすのは、流石、師匠である。その脚力を自分に向けられる前に、パドマは前に出た。パドマの秘策である、青い覆面をかぶって。


 イレは、吹き飛ばされた後、着地と同時に走ってパドマの下に戻ったが、既にパドマは、ヒクイドリに接近していた。剣は手に持ってはいるものの構えてもおらず、肩を覆うほどの大きな青い布を頭からかぶっているのが見えた。以前、イレが手を上げてダチョウのフリをすると言ったのを参考にされてしまったのかもしれない。イレは、慌てた。

「色じゃないんだよ。手の形が大事なのに!」

 パドマは、ヒクイドリの首を斬った。1羽目は、問題ない。攻撃性を見せずに、しれっと近寄れば、誰でもやれる。だが、それ以降が心配だった。隣にいたヒクイドリが暴れ出し、パドマを目掛けて蹴りを放った。パドマは、そのヒクイドリの横に回り込むように避けたが、そちらにもヒクイドリがいた。パドマもそれは気付いているようで、回り込むと同時に3羽目の足首を斬っていたが、火を浴びせられていた。


「パドマ!!」

 イレは、パドマに向かって走ろうとしたところで、また師匠に蹴られた。それと同時に、パドマも2羽目の首を落とし、改めて3羽目の首を落とし、戦闘を終了させた。

 終了後は、お楽しみの皮剥ぎタイムである。嬉々として解体に取り組むパドマに、イレはドン引きした。

「どれだけ皮が好きなのかな。そんなことより、治療が先でしょう!」

 今度は師匠に邪魔をされなかったので、イレはパドマに歩み寄り、覆面を引き剥がした。青の覆面は、目元も口元も、どこにも穴が開いていなかった。布が薄くて透けることもなく、むしろ布の割りには重量を感じた。至近距離で火を浴びせられたパドマは、顔も頭も、焼け焦げてはいなかった。

「ウチの108つの特技の1つ。目をつぶってても戦闘ができる、だよ。その布の特性に気付いたのも、すごいでしょ。褒めてくれてもいいよ」

 パドマは、イレを見上げてニヤリと笑ったが、解体する手は止まっていない。戦闘だけでなく、解体も見ずに行えるのかもしれない。

「お兄さんの特技は財布しかないのに、パドマはいっぱい特技があるんだね。いいなぁ」

 イレは、パドマがケガ1つしていない姿を見て、安心するより呆れてしまった。ごはんを食べることにも難儀していた小さくて細いパドマは、すっかりたくましく成長していた。

「腹立たしいことに、特技の由来は師匠さん直伝ばっかりだから、イレさんも何か習えばいいんだよ。服をお揃いにするだけでもいいし」

「お兄さんも、お揃いを着てもいいの?」

 いつも師匠とパドマがお揃いの服を着ていて、仲良しに見えるのを羨ましいと思ったことはあった。イレがお揃いを着てくれば、たちまち師匠の機嫌を損ねる自信があったので、まさかパドマから提案されるとは思わず、驚いた。パドマが許可しても、師匠の許可ではない。お揃いを着るつもりなど、イレは少しも持ち合わせていなかったのだが、パドマの顔が渋面になったのを見て、少しばかり傷付いた。

「嫌だね。デザインは別にして」

「ひどい!!」

「機能的なのはデザインじゃなくて、素材だから良くない? それさ、耐火性能を持ってるんだよ」

「!!」

「前は、普通の服だったと思うんだけど、日に日に服が重くなっていってさ。身長を抜かれたくない師匠さんから、嫌がらせされてんのかなって、ずっと思ってたんだけど、防刃機能や耐火機能が搭載されてることに、ある日気付いたんだ。特攻しても、ケガをしなかったから」

「何それ、師匠に育てられたお兄さんだって、そんな物はもらったことないのに! やっぱり、愛されてるんだ!! 付き合っちゃいなよ」

 パドマの言葉に、師匠の心の特別な位置にパドマがいることを、イレは確信した。そんな特別扱いをされていた人物は、師匠の奥さんくらいしか心当たりがなかったからだった。そのくらいの特別扱いを受けている、当の本人の目は冷ややかだった。

「そんなことしか考えられないから、モテないんじゃない? 愛してくれてるなら、服を改造するより、蹴るのをやめるよね。自分だけなら傷付けてもいいとかなら、最悪だよ。この人、達人な上に馬鹿力なんだよ? ウチがダンジョンでケガする理由って、ほぼ全部、師匠さんの足癖の悪さの所為だからね」

 パドマの目は凍るように冷たかったが、師匠も似たような目をイレに向けている。師弟の息はぴったりだったが、お互いに気持ちを通わせる気はなさそうだった。



 イレと別れ、ヒクイドリ狩りをした帰り道、思い立ったパドマは、ペンギンの皮を集め出したら、それを見た師匠は泣きだした。

「師匠さん、ペンギンの毛皮で服を作ったら、着てくれる?」

 パドマとしては、師匠がペンギンが好きだから喜んでくれる、と善意の心で取り組んでいるようだ。嫌がらせを考えている時とは、明らかに表情が違った。日々嫌がらせの技術を磨いているので、また腕を上げただけかもしれない可能性は、拭い切れないが。



 ダンジョンから戻り、パドマは師匠を連れて、ペンギンの飼育施設に直行した。着いたその足で、パドマはペンギンの飼育プールへ行った。一般の見学者が通る通路とは反対側、ペンギンが集まる方へ師匠を引っ張って連れて行った。

 師匠は、ペンギンの覆面を付けていない時は入るなと、きつくパドマに言い含められている領域である。今は、覆面をつけていない。師匠は、動揺した。

「みなさまー。師匠さんとペンギンたちのショーが始まるよー。よかったら、見てって下さいねー」

 パドマは、手をメガホンの形にして大声で叫ぶと、師匠に果実水入りワイングラスを手渡した。

「師匠さん、これを頭に乗せて、ジャグリングしながら一輪車に乗って、なわとびしながら綱渡りをしつつ、トゲ輪くぐりをしてね。演出も考えて、あっさりやらないで、ギリギリできた感を出してくれると、嬉しいんだけど」

 ペンギンプールの上には、朝来た時にはなかった謎のロープが張られていた。天井から吊り下げられているスパイク付きの輪っかが、トゲ輪だろう。師匠は、飲み物だと思って、うっかりグラスを受け取ってしまったが、パドマは、更に一輪車を渡してくれようとしていた。師匠は、泣きながら首を振って、一輪車を拒否した。

「ただでさえ赤字経営なのに、大きなヒナが生まれ始めて困ってたんだよ。そこに、師匠さんが持ってきた卵が増えたでしょ? そろそろペンギン革でも売らないことには、どうにもならないところに来てるんだ。大きなペンギンなら、それなりのサイズの皮も獲れるって、今日、わかったことだし」

 パドマは、浮かない顔でペンギンたちを見つめている。師匠は、パドマとその周りに集まったペンギンから静かに距離を取り、頭にグラスを乗せて、自前の短剣を10本出して、ジャグリングを始めた。

「やっぱりできるのか。今日は、それで許すけど、徐々に難易度上げてね。飽きるから」


 パドマは、師匠を放置して、ペンギンショーを始めることにした。

 そもそもペンギンは、仕込んだら芸を覚えるかどうかも、パドマは知らない。卵係に覆面を被せる決まりを作る前に孵ったヒナは、その時、その場にいた人物に妙に懐いた。卵の孵化日数を記憶して、楽しみに顔を出していたパドマが、結果的に最も多くのペンギンに懐かれた。今日は、そのペンギンたちを集めて、ペンギンプールに集合させた。

「ペンギンは、海水の中で飛ぶ鳥デス。めちゃくちゃ速いんデスよ」

 そう言うとパドマは、プールに魚を投げた。チンピラがさっき海で釣り上げてきたという、まだ生きている小さめの魚だ。それを見たペンギンが3羽プールに飛び込んだ。

 施設にペンギンは数えきれないほど沢山いて、日々増えている現状だが、実は大人形態のペンギンは、まだ7羽しかいなかった。他は、ふわふわもこもこしているだけで、パドマもどれがどの種類のペンギンか、よくわかっていない。現状、日向ぼっこをさせている何だかよくわからないヒナを見るか、給餌をしているところを遠くから見るかだけになっている。リピーターは、師匠くらいだ。師匠は、スタッフよりも通っているのだからと、パドマは見せ物の主軸に置くことにした。道を歩いているだけで、後ろを人がついて来るのだ。入場料を支払って、ペンギンと共に師匠を見て行ってくれると助かる。


 師匠さんとペンギンショーは、館内にいた人は全員見てくれたが、見物客は、ほぼスタッフという状況に、パドマは悲しくなった。惜しみない拍手を贈られたが、ショーの内容は、パドマも満足していないし、拍手をしていたのはスタッフだった。サクラも甚だしい。

 パドマは、ペンギンプールの隣の部屋の模様替えを指示してから、帰った。



 次の日は、パドマはダンジョンの前にペンギン施設に行った。昨日指示した模様替えを手伝うためだ。

 昨日、指示を出したばかりなのに、部屋には既に、ベッドとテーブルが置いてあった。現在、バックヤードのどこかで、イスを作っているらしい。

「蝋板をいくつか貸してくれる?」

 パドマは、チンピラたちから蝋板を受け取ると、テーブルに置いて、次々と書き込んでいった。

「これはベッドのデザイン修正案。仕上がってるこれをベースに、この絵の通りに丸く削って、白く塗る。上に天蓋を付けれるようにして。

 こっちは、天蓋に付ける蚊帳の刺繍図案。白のレース生地にこの図案で刺繍して。これは、テーブルクロスの刺繍図案。これは、カーペット。これは、クッション。ファブリックは30セットずつ。お願いできるかな?」

 先程まではいなかったグラントが、図案を書いている間に来ていたので、蝋板を預けることにした。

「パドマさんは、刺繍の図案を書けるのですね」

「前に、刺繍職工の家に転がり込んだことがあるから。刺繍もできるけど、こんなにいっぱい1人で作りたくないからさ。図案も大体こんなだったと思うってだけだから、自信はない。

 あとは、現物で申し訳ないけど、この服とぬいぐるみを、いろんなサイズで計50セットずつ作ってくれる? 金額は任せるけど、予算は、これで足りると嬉しい。無理なら増額も応相談。夕方に持ってくる」

 パドマは、大銀貨を5枚テーブルに置いた。

「かしこまりました」

「わかってると思うけど、脅して値段交渉とかしないでね。あと、ウチの名前を出して値切るのも禁止だよ」

「重々承知しております」

 少々不安を感じたが、最終的には、仕事の全てを丸投げするのが目標であるので、任せて帰ることにした。

次回は、パドマのダンジョン攻略はお休みで、ダンジョンのちょっと奥に連れ去られますよ。

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