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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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64.青いダチョウ

 師匠がペンギン施設に飽きた頃、久しぶりにパドマは師匠と一緒にダンジョンに潜った。飽きたとはいえ、朝はペンギンを見てきたようだし、帰りも寄るのだろうが。ダンジョンでも、31階層で動かなくなったのを、イレが引きずって33階層までやってきた。

「本当に、アレと戦うの? 火蜥蜴より熱いよ」

「無理だから、今日はやらないつもりだけど、そのうちこの階層でも師匠さんに無理矢理投入されるなら、ちょっとどうしたらいいか、作戦会議くらいはしとかないと、死ぬじゃん」

「そんなに師匠に毒されなくてもいいのに」

 イレは、そう話しながら、師匠をフロアに放り投げた。

 33階層には、ヒクイドリがいた。一見するとダチョウの色違いに見えるが、それに比べれば少し小さいような気もする大型の走鳥だ。首は目が覚めるような美しい青で、体は黒い。赤い肉垂れが小さいながら目を引く。頭頂にはトサカのような形の硬そうな何かが付いていた。

 ダチョウと大して変わらないように見えるので、初めて見た時、何の問題もなく突撃しようかと思ったのだが、どうしたことか、ヒクイドリは、火を吹いた。ダチョウ風の火蜥蜴のような生き物だったのだ。

 ダチョウのように足が速くて逃げることもままならず、ダチョウ並みのキック力があり、ダチョウ以上に鋭い爪を持ち、何故か火を吹く大きな鳥だった。観賞する分には美しく素晴らしい鳥だと思うが、戦う相手としては、遠慮したい。もう本当に、ダンジョンマスターいい加減にしろよ! とパドマは思っていた。


 床に足がついた師匠は、駿足を活かし、あっという間に駆け寄ると、ダチョウの時のように簡単にヒクイドリを斬り伏せた。見学をしても、どこを参考にしたら良いのかわからないのは相変わらずで、イレにヒクイドリ入りリュックを背負わせるところまでが、ワンセットである。

「え? また?!」

「イレさんも、大概学習しないよね」

「可愛い師匠とパドマと一緒にいられて、幸せだもん。いいんだよー」

 そんなことを言いつつも、項垂れているのだから、単に忘れていたに違いない。

「ああ、ダメオヤジなところが、ウチの父親に相応しいってこと?」

「ダメオヤジじゃないよ。いいお財布でしょう。貴重品だよ。それに、まだ若いよ。18歳だもん」

「本当に18歳なら、ウチの父親じゃないだろうよ」

「あれ? パドマは、8歳だったよね」

「ウチは、永遠の8歳じゃないし、8歳だったとしても、父親が10個上はないでしょ」

 騙されそうになった過去が、腹立たしく思えるほど、相変わらずイレの嘘のクオリティは低かった。


 師匠は、ペンギンの卵を大量にスリ取ってきて、パドマは、ヤマイタチのリュックにキタイワトビペンギンを大量に詰めて帰った。

「ペンギンを殺せないパドマちゃんは、どこに行っちゃったの?」

 ペンギンを殺すことを強要してきたイレは、躊躇なくペンギンを斬り捨てるパドマの姿に引いていた。殺さないのも、殺すのも、どちらも不満を言われるのであれば、そんなヤツの意見は黙殺するしかない。

「ヒゲ面ジジイに殺されたよ」

「ひどい!」

 どのように選んだのか、師匠がかっぱらってきた卵は、全て有精卵だった。てっきりペンギン施設に飽きたのだと思っていたのに、ペンギンを増やす画策をしていただけだったようだ。またチンピラたちの眠れない夜がやってきてしまったが、今回頼んだのはパドマではないから、自分は関係ないよ、と逃げ出した。



 例によって、今日の夕飯は、ヒクイドリである。パドマは、給仕もそこそこに席について、料理を楽しんだ。ステーキから始まり、ハンバーグやローストヒクイドリ、甘辛く煮付けた鍋や、シチューと、次から次へと出てくるヒクイドリ料理に、パドマの相好は崩れた。

「赤身肉って、何でも牛っぽいのかな。美味しいね」

「パドマが、いつもこうなら安心なのに」

 イレは、ジョッキを片手に呆れた顔をしている。

「イレさんは、ウチを女の子らしい女の子にしたいみたいだけどさ。イレさんと違って、嫁の貰い手には困ってないから、このままで良くない?」

「確かに!」

 イレが知っているだけでも、パドマを狙っている人間に何人か心当たりがあった。パドマの将来を心配していたのだが、必要のないことだったのかもしれない。イレは、悩み始めた。

「お兄ちゃんが、嫁に行かなくていいって、言ってたからねー」

「あれ? それって、もしかして? え? そうなの?」


「パドマさんが、嫁に行かないのであれば、我らは安泰ですか?」

 唄う黄熊亭に、グラントが現れた。断りもなく勝手にパドマの隣に座り、果実水を飲んでいる。給仕の手を借りず、自らカウンターから運んで来たのはいいが、料理を分けたくないパドマは、少しだけ困った。気持ち的には分けても構わないが、迂闊に分けると、周りの目が痛い。特に、立ち飲み客がうるさくなるのは、避けたい。

「そのままなし崩しに、イギーの店の傘下に入ってくれると、助かるかなぁ」

 パドマは、ボスになりたいと思ったこともないし、一時的でも彼らを養うのは、大変だった。何の思い入れもない彼らの面倒をみるのは、ごめん被りたかった。

「そうですね。使えない人材は、そちらに組み込みましょう」

「え? 全員行ってくれて構わないよ。イギーのところには、お兄ちゃんがいるからさ。手伝ってあげてよ。最近、働きすぎなんだ。だから」

「承知致しました。表面上は、そちらに移ることに致します」

「表面上? いやいや、全力でお兄ちゃんを助けてよ」

「了解致しました。あの店を丸ごと支配下に入れることを視野に、可能な限り善処致します」

「いやいやいや、そんなことは、まったく希望してないからね。やるんだったら、グラントさんが独立して、ウチと関係なくやってね」


「ところで、そんな話をしに、わざわざここまで来たの?」

「いえ。まだ仕事の途中なのですが、ご相談とご報告に参りました。申し訳ないのですが、ご意見を頂いてよろしいでしょうか」

 グラントは、持っていたカバンから、ペラペラの金属のリボンのような物を取り出した。

「星のフライパン店主一押しの新作だそうです。本当に、パドマさんの依頼に沿う品なのでしょうか」

「また珍妙な物を作りやがって。技術的には、すごいのかもしれないけど、あのおっちゃんは、ウチをどうしたいんだろう」

「ウルミと言うそうです。刃は薄いですが、剣の一種です。変則的な動きをするので、相手は苦戦するに違いない、と言っていました。試してみたところ、一応、切れ味は申し分ありませんでした」

「相手が苦戦する前に、自分が苦戦するんだよね」

 触る前から、失敗作なのがわかってしまった。薄い分、強度も心配だが、その前に、目標にぶつけることができるだろうか、という問題がある。以前のネックレスは、両端に分銅が付いていたから何とでもなったが、今度の金属リボンは、そのような配慮はない。初見で使える人がいるとしたら、師匠くらいに違いない。

「嬢ちゃんなら、使いこなすに決まってんだろ、バカ! と言われました。そう言われてしまうと、否定できませんでした」

「うん。面倒臭い仕事を押し付けて、ごめんね」

「いえ、間に入るだけで、お役に立てている実感が得られます」

「まったくもって、その通りだよ。ありがとう」

「いえ。ご意見ありがとう御座いました。仕事に戻ります」

 グラントは、カップを片付けると、帰って行った。


「師匠さん。グラントさんを助けると思って、師匠さん殱滅兵器開発を手伝ってくれない? お礼は前払いで渡すから」

 パドマは、いつか頼まれたオーストリッチの財布を師匠の前に置いた。財布は、ペンギン型で、クチバシを開けるとコインを出し入れできる造りになっている。

 師匠は、パドマの顔とペンギン財布を見比べて、手を震わせていたが、さっと手にして懐中に仕舞った。

「契約完了。よりよい仕事を期待する」

 パドマはいい笑顔だが、師匠は首を横に振っていた。

「どんどん小器用になっちゃって、ますますミニ師匠だね」

「ペンギンの館のグッズ開発ついでに作っただけだよ。財布の作り方とペンギンぬいぐるみの作り方を、前に習ったからさ。師匠さんとお揃いだよ、って言ったら、ちょっと高くしても売れそうじゃない?」

「本当に、恐ろしい子に育ったな!」

 年端もいかない少女に、純粋とはほど遠い本音をさらりと暴露されて、イレは、狼狽した。

「ふふふ。ありがとう。イレさんの分も用意したんだけど、いくらで買ってくれる?」

 パドマは、色違いのペンギン財布をイレの前に置いた。イレ個人に持たせても何の宣伝にもならないが、師匠の彼氏という触れ込みであれば、利用価値もなくはない。

「お兄さんは、有料なの?」

「師匠さんだって、無料じゃないよ。仕事の報酬だから。ああ、イレさんも、抹殺兵器開発の方が良かった?」

 驚き首を傾げる様は、年齢相応の普通の女の子と変わりないように見えるのに、要望は、イレの最も大切な育ての親、師匠を仕留めるための武器開発の手伝いだった。師匠を守るためにも、パドマに人の道を歩いてもらうためにも、引き受けることのできない依頼であった。師匠は、パドマを気に入っているから、酷いことはしても殺すことはないだろうと信頼できるが、逆はどうだかわからない。師匠をどうにかしようと思った時に、手加減などできる相手ではないのは、イレが1番よく知っていた。

「お金を払います!」

「まいどあり! いらないと、断らないところが、流石、イレさん」

「あ」

次回、ヒクイドリ攻略。

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