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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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63.師匠の金を搾り取る

 ペンギングッズを作りまくり、酒場の手伝いすら忘れていたパドマだったが、一度我に返ると慌て出した。

「こんなことをやってる場合じゃないんだよ。稼がなきゃ!」

 日の出前から、黄色いクマを背負ってヤマイタチを抱えてダンジョンに走り、トカゲとヘビとダチョウの皮を剥ぎまくり、頃合いを見計らって、師匠と合流し、ハジカミイオとカミツキガメとダチョウとミミズトカゲを唄う黄熊亭に納品したり、アシナシイモリを兄に納品したり、精力的に稼ぎまくった。

「お前、イモリを克服したのか?」

「こんな気持ち悪いの、克服なんてする訳ないじゃん。もうそれどころじゃないんだよ。じゃあね」

 パドマは、ヴァーノンにイモリを押し付けると、またダンジョンに走った。



「あぁあー。目標金額が貯まらないー。一攫千金話が欲しいー」

 イレは、ホースマクロの昆布締めと、とうもろこしの揚げ焼きをエサにパドマを席に呼んだが、パドマは金策に困っているのを隠しもしていなかった。とうもろこしをガジガジかじりながら、ボヤいている。

「預かってるお金を返そうか?」

「いい。足しても足りない」

「え? いくら欲しいの?」

「それが、そもそもわからない」

「何がしたいの?」

「それも、検討中」

「お小遣いをあげようか?」

「いらない。そんなに芋虫以下の父親になりたいのか」

「いや、兄弟子の特技は財布らしいから」

 そんなに困っているのなら、助けてあげようと声をかけてみたのだが、パドマの話は、要領を得なかった。何をしたいのかも決まらず、ただひたすらお金が必要な状況が、イレには皆目見当もつかない。

「イレさんは、何階層で稼いでるの?」

「連れてってあげても、パドマは非力だからマネできないよ。接待で取らせてあげるなら、同じ金額をお小遣いであげる方が楽かな」

「ここでも、そこでも体格差! 地道に稼ぐしかないのかー。もうイギーに身売りでもして、急場をしのいでみる? あとは、師匠さんを騙くらかしてスポンサーにして」

「ちょっと待って。そんなことするなら、いくらでもお小遣いあげるし。やめてよ!」

 パドマの口から、不穏なワードが出てきた。自分の立場が、お父さんでも、兄弟子でも、通りすがりのおじさんでも、なんでもいいから、パドマを止めなければならない、とイレは蒼白になった。

「イレさんちじゃ無理なんだよ」

「必要な額を言ってくれなきゃ、わからないでしょう」

「お金は、師匠さんからムシり取れるから、間に合ってるの。ご馳走様」

 パドマは、給仕に戻ってしまった。それを見つめる師匠は、静かに震えていた。



 それからもパドマは、精力的にダンジョン内を走り回った。皮が値下がると、ペンギン狩りをし、カエルまで売り捌いた。どうにもならなくなると、いろんな工房に顔を出し、直接注文を受けて狩りに行った。ダンジョンだけでなく、城壁外の森にまで出かけ、何の仕事でも請け負った。

 日に日にやつれていくパドマを皆が止めたが、パドマは止まらなかった。寝てる時間がないのではないかと思うほど、いつでも大体ダンジョンにいた。

「もう無理だ。師匠さん、明日は、ダンジョンをやめて、一緒に遊びに行って欲しい」

 そう言うと、パドマは、夕飯も食べずに部屋に下がってしまった。



 唄う黄熊亭の前で、師匠とイレが待っていると、また今日もパドマはダンジョンの方から歩いてきた。

「また寝ずにダンジョンに行ってたの?」

 イレが不満をもらしても、パドマには届かない。

「今日で最後。師匠さんから、お金をむしることに決めたから」

 パドマは、師匠の袖をつかんで歩きだした。逃がす気はないという気持ちの表れだろう。ついて歩くと、海の近くの真新しいコンクリート造りの無機質な建物に着いた。パドマは、そのまま中に入っていく。


「師匠さん、スペシャルプレゼントだよ」

 奥に進むと、部屋の中にも外にもペンギンが沢山いて、ぼんやり立っていたり、プールを泳ぎ回ったりしていた。

 師匠は、プールサイドギリギリまで駆け寄り、ペンギンを見つめ、蕩け出した。イレは驚き、圧倒された。

「どうしたの、これ」

「なんとか、ダンジョンのペンギンを外に連れ出してやろうと思ったの。生きてるペンギンを連れ出そうとしたら、階段を通れなかったんだけど、卵は買取品にあるじゃん? 持って帰ってみたら、有精卵も混ざってたから、孵化させてみた」

「孵化させてみたって、持ってきた卵は食べてたよね?」

「あれは、無精卵。有精卵は低賃金で、チンピラたちに温めさせてたの。半分くらいはダメになったけど、ダメにした分は、またダンジョンで取ってくれば、いくらでも増えるからさ。

 ヒナが孵ったら、その世話もチンピラたちにさせたの。魚をすりつぶして、水で練っただけので育ってくれた子はいいんだけど、無理だった子は、牛乳を買ってきて生クリームを混ぜてみたり、ヨーグルトを混ぜてみたり、試行錯誤を繰り返してね。なんとか目処が立ったから、イギーを巻き込んで土地を用意させて、やっとだよ」

「イギー? まさか、イギーに?」

「本当はね、自力でなんとかしたかったんだけど、いくらお金を積んでも、土地って買えないんでしょ? だからさ、丁度いいとこを持ってそうなイギーの両親に掛け合って、イギーを共同経営者にすることで、土地の提供と、ついでにプールを作ってもらったの」

「共同経営者?」

「そう。イギーと名前を連ねるなんて、虫唾が走るし、できたら避けたかったんだけど、土地なんてそう用意できるものでもないから、仕方ないよね」

「身売りはしてないよね?」

「したよ。しょうがないじゃん。入場料を取って見せ物にするのと、新星様グッズ販売を許可したよ。その売り上げのいくらかは、ペンギンたちの維持費にしてくれるなら、悪い話じゃないよね」

「それが身売り?」

「え? まだ何か身を切るの?」

 パドマは、訝しげな顔をした。

 パドマの思う身売りと、イレの思う身売りは内容が大分違ったのだが、それを正直に教えてしまうのは、危険かもしれない、とイレは思った。パドマは、顔をしかめながら、腕を手ですりながら我慢して、自分の信念を曲げてでも、目標に到達してしまう性格なのだと、知ってしまったから。

「切らなくていいです。師匠から、搾りとる件は? お兄さんだって、頑張れるよ!」

「連れてきたら、毎日有料でエサやりをしてくれないかな、って。魚代も、バカにならないんだ。今はいないけど、多分、この後、大きいペンギンも孵化しちゃうと思うんだよね。小さい種類から、順に孵化してる気がするから。やりたかったら、イレさんもやってもいいけど、同じ子ばっかり可愛がって餌付けしないで、満遍なくあげてね。あと、魚をあげる方向とか、守ってくれないと可哀想なことになるから、注意事項を聞いてからやってね」

「わかった。毎日は来ないけど、寄付はするよ。でも、なんで、こんなことを始めたの?」

「師匠さんが、ペンギン好きだから!」

 パドマは、とても可愛く微笑んだ。

「嘘だよね」

 イレは、とても残念な気持ちになった。パドマが可愛い顔を見せる時は、大体ウソを言う時だ。しかも、用が済むと、即座に表情が消える。普通に、幸せそうに笑う顔が見たかった。

「友だちに、見せてあげたかったんだ」

 パドマは、下を向いた。

「こないだ連れてきた大きな子?」

「違うよ。あの人は、新星様サイドの実質経営担当者なの。共感しちゃってね。元々誰でも良かったから、起用した」

「共感?」

「チンピラたちにね。くっそムカつく男がいるんだけど、グラントさんも、そいつが嫌いみたいなの。そいつの下になりたくないから、上にしてくれって、頼まれたんだ。そのためなら何でもやるって言うから、丁度良かったの」

 名前を知っているから、なんとなく話しかけていたが、パドマはトマスの顔を見るのも嫌だった。グラントが間に入って、トマスたちに指令を伝えてくれる方が、ずっといい。


「最初から、イギーのところに行かなかったのは、なんで? そもそもチンピラと付き合うのが、どうかと思うよ」

 わざわざチンピラを使うような真似をせずとも、すべてをイギーに押し付けて、イギーのところの人間を使って経営をさせた方が、パドマは楽だったに違いない。その方法だったらきっと、ここ最近のパドマの頑張りの大半は、必要なかったに違いないのだから。

「放っておいたら、あいつら、またチンピラに戻っちゃうでしょ。ほぼ全員探索者になったみたいだけど、あの年で3階層にいたんだよ。そんなに沢山ダンゴムシは売れないじゃん。食いっぱぐれたら、ロクでもないことになるよね。チンピラがチンピラに戻った上に、探索者も路頭に迷うよ。

 まったく求めてなかったけど、師匠さんがウチの下として拾ってきちゃったんだから、適当な仕事を作って、可能な限り拾いあげてやればいい、と思ってさ」

 パドマは、嫌そうな、つまらなそうな顔をしていた。やる気もなく、渋々働いて、他人のためにこんなに大きな箱物をこさえてしまうなど、子どものやることではない。イレは、少し気が遠くなった。

「パドマが男前すぎる。これじゃあ、お兄さんがモテないのも、納得するしかない。11歳の女の子に負けるなんて」

「イレさんより格好良くなるなんて、楽勝だよね」

 パドマは、目を逸らした。気を遣って、その感想らしい。

「ひどい!!」


 パドマは、遠くに見えるスタッフに声をかけて、師匠のところに走り寄った。

「師匠さん、ペンギンのエサやりやらない? 有料だけど」

 パドマが、師匠にペンギンの覆面をかぶせると、ペンギンが集まってきた。普段から、世話をする時は、スタッフはみんな覆面をかぶっているからだ。孵化させる前からかぶっていると、日や時間で別の人間に交代しても、ペンギンは気にせずに新しいスタッフになついてくれた。その応用である。

 師匠は、スタッフから魚入りバケツを受け取ると、嬉々としてエサやりを始めた。

「流石、師匠さん。何の説明もしてないのに、魚の渡し方も、あげる配分も完璧だ」



 数日、師匠がペンギンの飼育施設から離れなくなったので、緑猫仮面は、早めにダンジョンを切り上げると、猫仮面を3人連れて、ペンギンの見学に来た。

「!!」

「これがペンギン?」

「かぁわいぃー」

 パドマは、ペンギンを見せて、施設を案内して、すごいすごいと言われて満足した。ペンギンのエサ代はともかく、チンピラたちの給与まで稼いで来なければならない状況にやさぐれていた日々も、報われたと思った。


 師匠の付き添いで来ていたのか、寄付金を持ってきたのか知らないが、施設内にイレがいた。

「なんで、パドマが女の子を侍らせて歩いてるの?」

 女の子4人で仲良く歩いていただけなのだが、イレにはそうは見えなかったらしい。パドマは、1人だけ男風の髪型の上、服も恐らく男性物だ。その上、今は仮面で半分顔が見えない。そして、左右からミラとリブがパドマの腕をつかんでおり、ニナはパドマの背中に乗っていた。

「イレさんくらい縁がなく過ごすのは、難易度が高すぎるよね」

 ついうっかり本音をもらしてしまったら、イレは何も言わずにいなくなってしまった。


「あの人、誰?」

 人相がまったく見えない妖怪のような風体が恐ろしかったのか、リブの手に力がこもった。

「兄弟子」

「噂のヒゲの人! すごいヒゲだった」

 ニナは、弾んだ声を出し、足を揺らし始めた。

「あの人実は、金持ちな上、すごく優しくていい人なんだけど、どう思う?」

「へー、そうなんだー」

 ミラの声には、まったく感情が乗っていない。興味の欠片も感じられなかった。

「ヒゲの下は、自称超イケメンなんだよ」

「それはない」

 リブは、即断した。

「やっぱりか。あの人をなんとかモテさせる方法を探してるんだけど、何かないかな」

「ヒゲを剃る」

「くねくねするのをやめさせる」

「パドマが新星様として、拝み倒す」

 3人ともに、パドマが一度は考えたことのある意見を口にした。パドマも考えたことはあるのだが、どれも実行難易度が高く、達成できていない。

「ちなみに、もしミラにお願いし」「やめて!」

 やはり成功しなかった。もしもの話で拒否されてしまえば、これ以上、口にはできない。

「お願いしない」

「ありがとう」

 ペンギン問題は、大分手が離れたが、イレの女性問題は、まだパドマの頭を悩ませそうだった。きっと死ぬまで解決しない問題なのだ。解決するためには、パドマに神の能力を開花させる必要がある。つまり、諦めた方がいい。

次回、33階層の見学と実食

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