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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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6.防犯責任

 パドマは、前回と同じように9階層までの間を行ったり来たりした。単純に単価が高いモンスターは、3階層に出て来るのだが、ちょっと大きすぎてクマと一緒には持ちきれないので、他をウロウロしていた。誰もいない奥の奥まで行って、回収した素材でナップザックがいっぱいになったので、センターに戻ろうとしたところで、後ろに人がいたことに気がついた。

 気にせず、脇を通り過ぎようとして、行き先をふさがれた。そこではじめて、嫌な顔をした人だなぁ、と思った。クマは、モンスターを倒してくれるが、人には何の反応も示さない。つまり、パドマは1人でなんとかしないといけなかった。

「お嬢さん、面白い物を持っているね。それは、どこで手に入れたのかな?」

「クマのこと? ポイント交換景品だよ。同じ形のがあるかは知らないけど、似たようなぬいぐるみはまだ沢山あるよ。急がなくても、交換できるんじゃないかな」

 ぬいぐるみだけなら、交換できる程度のポイントは、パドマも持っている。安くはないが、大人なら問題なく交換できるのではないかと思う。質問だけなら、きっとこんな奥地で話しかけられることはなかっただろう。そうは思っても、質問だけで終わらせてくれないかな、と期待していた。

 道をふさいだのは、大人の男だ。パドマには、おじさんの年齢の違いなどわからなかったが、父親というよりは祖父に近い年齢ではないかと思われた。それが2人いる。クマは人相手には反応しない。クマが戦わないなら、パドマに勝てる見込みはない。刃物は持っている。一か八か、抗うことはできるが、向こうもパドマが武器を持っていることを承知で来る人だ。無駄に痛い思いをするだけで、勝てる見込みは薄いのだろう。

「それ、便利だね。もらってもいいかな。新しいのを交換すれば良いから、大丈夫だよね」

 そう言って、手を出してきたので、クマを差し出した。もう1人の男が、ネックレスと腰のナイフと今日の戦利品を取った。


 そこで、騒々しい音が鳴り響いた。ダンジョン初心者のパドマだけでなく、カツアゲ男たちにも心当たりがないようで、顔を見合わせて、「なんだ?」「知らん」と情報交換をしていた。

 心なしか、自分の名を呼ばれている気がして首をひねるが、パドマにも心当たりがない。

 とりあえず、カツアゲを再開しようかという話になったところで、それは現れた。

「お、前、ら、何、を、して、る」

 ヒゲおじさんだった。部屋の入り口で、壁に手をついて、ゼーゼーと息を荒げて立っていた。助けに来てくれたのだろうが、息も絶え絶えで、ヒゲおじさんの方こそ助けが必要そうだ、とパドマは思った。

 だが、ある種の不気味さは健在で、もう粗方用は済んでいたカツアゲ男たちは、逃げ出して行った。

「おっちゃん、大丈夫?」

 パドマが駆け寄ると、ヒゲおじさんは、崩れ落ちた。

「ごめん。ちょっと休憩させて。走り過ぎた」

「助けに来てくれたんだよね? ありがと、助かった。あと、ごめんね。クマちゃん、連れてかれちゃった」

「それは、9割9分お兄さんの責任だ。気に病まなくていい。多分、ちゃんと返ってくる」

「いやいや、返っては来ないよ。奪い返すってこと? 残念だけど、そこまではしなくていいよ。危ないよ」

 話をしている間に、多少呼吸が整ってきたヒゲおじさんは、片ヒザを立てて座ると、笑みを浮かべた。

「嫌だなぁ。浅階で子どもイジメをするようなのが、タバになったって、敵にはならないよ。お兄さん、実はそこそこ強いんだよ。

 あとね。ダンジョンマスターは、もっとスゴい人だから。クマの誘拐なんて、絶対に許されることはない。信じていいよ。

 さて、そろそろ終わったろう。クマを迎えに行こうか」

 ヒゲおじさんは、立ち上がって、歩き出した。



 ヒゲおじさんに付いて歩くと、ダンジョンセンターに戻ってきた。出入り口に人が遠巻きに集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。ヒゲおじさんは、構わずその中心に歩いて行くと、そこにはクマとナイフとネックレスが落ちていた。

「パドマ、悪いけど、拾ってくれる?」

「あ、うん」

 パドマが拾おうとかがんだところで、数人の大人にやめるよう説得されたが、ヒゲおじさんが気にするなと言うので、拾って元通りに身に付けた。

「もしかして、似合わない?」

 というヒゲおじさんの言葉に、パドマはガッツポーズをした。おじさん、次は違うのを選んでお姉さんにプレゼントするといいよ! と、おじさんの成長を喜んだ。



 ダンジョンセンターの職員が出てきて、状況説明を求められたヒゲおじさんは、後でねと答えて、パドマを連れて外に出た。

「え? お話ししないの?」

 聞かれたら、その場で答えるものだと思っているパドマは、不思議な気分になったが、ヒゲおじさんは、いつも通りダメな人だった。

「えー。どうせ無駄に長話になるでしょう? やだよ。おなか減ったし、ごはん食べようよ。奢るから、付き合って。女の子だから、甘いものがいいよね。どこのお店がいいかなー」

 ごはんを食べるという話だったのに、話題にのぼるのは、ドーナッツやクレープやケーキだった。ヒゲおじさんは、彼女を作る前に一般常識を知った方が良いと、パドマは気が遠くなった。

「女の子関係ないから。ごはんは、普通にごはんでいいよ」

「そうなの? でも、普通のごはんって、何かな。昼のお店は行ったことないんだよね。どこにお店があるんだろう」

 つい最近まで、自分のお金なんて持ったことのなかったパドマも、ごはん屋さんなど知らない。でも、ヒゲおじさんに任せるよりはマシかと思い、おじさんを引っ張って、ピザ屋のドアをくぐった。



 適当に、ダンジョンセンター前から見えた女性多めのお店を選んだら、ピザ屋だっただけなのだが。ヒゲおじさんモテ化計画的にも、パドマの味覚的にも、女性向けのお店の選択は、正解だと思った。

 女性客が多い割には、壁も天井もコンクリート打ちっぱなしで、テーブルまでコンクリート製。とても無機質な印象を受ける内装だった。持ち帰り客が多いらしく、店内には10席もなかったが、ほぼ空いていたので、1番隅の席にヒゲおじさんを座らせ、パドマはその隣に座った。注文は、オススメで済ませた。何が出て来るかは知らないが、支払いは、人任せなのだから、気にしなかった。

 ピザしかないお店かと思ったが、サラダとスープが提供されたので、それを食べながら話し始めた。

「何が起きたか、おっちゃんに聞いたら、わかるのかな」

「ん? 何なに? お兄さんのお話、聞きたくなっちゃった? えー、どうしよっかなー。教えてあげる? でもなー」

 大変面倒臭い切返しをされて、話を聞くのをやめようかと思い始めたが、他の誰かに教えてもらえる心当たりもない。面倒でも付き合うしかないかとパドマは覚悟を決めた。

「教えて。ウチに関係ない話じゃないよね」

「そうだね。じゃあ、お兄さんのこと、お兄さんって呼んでくれたら、教えてあげようかなー」

 ヒゲの所為で、表情がわかりにくいが、とてもいい笑顔になっているような気がする。以前も、呼び名にこだわっていたが、そんなに固執するような問題とは思えない。

「え゛」

「そこまで呼びたくないって、なんでだ! お兄さんは、まだ18歳なのに!!」

 ヒゲおじさんは、頭を抱えて激昂した。

「ちょっと待って。じゃあ、2年前は、16歳だったの?」

 2人が出会ったのは、約2年前。その時から、ヒゲおじさんは、今と変わらぬヒゲおじさんだった。あれからフケた気もしないが、どちらにしても10代という感じはしなかった。金銭感覚や常識のなさは若さを感じるかもしれないが、10歳のパドマ以下というのが、年齢の問題ではないような気がする。

「2年前も18歳だよ。お兄さんは、永遠の18歳だから」

「じゃあ、何年前から18歳なの?」

「何年前からだろう。数えてないな。数えるのが面倒だから、毎年18歳にしようと決めたんだよ」

「そう言う人を、おっちゃんって呼ぶんだと思う」

「ぐっ。じゃあ、名前は? 名前で呼ぼう。この際、おっちゃんじゃなければ、なんでもいい」

「おっちゃんの名前、なんていうの?」

 まったく話が進まないことに、パドマは飽きてきた。名前呼びで妥協しよう。確かに、ヒゲおじさんは呼びにくい。6文字以下なら、採用しよう。そう思ったのに。

「えー、名前? なんて呼んでもらおうー」

 頬に手を当てて、くねくねし出したヒゲおじさんは、とても気持ち悪かった。

「いや、普通に名前を教えてくれればいいから」

「じゃあ、イレさんって呼、ん、で」

「わかった。イレさん、クマが返ってきた理由を教えて」

「ぎゃー。名前で呼ばれた!」

 どうでもいい話をしているうちに、ピザが来た。オススメのピザは、ペスカトーレピザだった。エビとイカとアサリと謎の白身魚とトマトが乗っているピザだ。港街らしいピザだった。きっと今日も大漁で、魚が売れ余っているに違いない。そのくらい謎の魚が乗っていた。

 ただ名前を呼ぶというだけで、ピザが焼けるくらいの時間を浪費したことに腹を立て、パドマは無言でピザを食べ出した。ヒゲおじさんことイレは、上機嫌に白ワインを飲み始めたが、何を言っても反応がなくなったパドマの様子に気付いて慌てだした。

「なんで、怒ってるのかな?」

「もう2度と、おっちゃんの名前なんて呼ばない。呼んで、損した」

 なんで名前を言うことになったのか、発端を思い出して、イレは、話しはじめた。

「やだなー。話すよー。クマでしょ? あの子はね、ダンジョンマスターのお気に入りの子なんだよ。そんな大事な子を誘拐なんてするから、逆鱗に触れて、ダンジョンマスターのところに、お説教で呼ばれちゃったんだよ」

「ダンジョンマスターって、何?」

「ダンジョンの管理人を、そう呼ぶらしいよ」

「ダンジョンマスターのところって、どこ?」

「もう亡くなってるから、土の中かな。それとも空の上? その辺じゃない?」

「じゃあ、あの人たち、死んじゃったってこと?」

「さぁね。ダンジョンマスターが気に入れば、戻って来るかもしれないけど、そんなところまで、責任は取れないな。お兄さんも、パドマから泥棒してみれば、答えを教えられるかもしれないけど」

「元々、イレさんのポイント景品だったんだけど、ウチが泥棒判定受けたりしたかもしれない、ってことだよね」

「えー? それはないんじゃない。無事だし」

「ただの結果論じゃん! もうイレさんからは、物をもらわない!!」

「それは困るよー。プレゼント予定が、まだまだあるのにー」

 ポイント消化先として、パドマがちょうどいいらしいというのは、共通の認識ではあるが、イレのセンスのなさにパドマは閉口していた。知らない人にまで、みんなに変な顔をされる物を持って歩くのは、苦痛だった。

「ダンジョンマスターなんて、初めて聞いたけど、なんでそんなこと知ってるの?」

「別に秘密じゃないと思うよ。知ってる人は、みんな知ってる話だよ。最奥に行くと、ダンジョンマスターに会えるんだよ。今日も、10階層でのクマの取り扱いについて、聞きに行こうとしてたんだから。90階近くまで行ってたんだよ。パドマの救難信号に駆けつけるの、ホント死ぬかと思った。駆け下りるのはいいけど、駆け上がるのはキツイね」

「90階層にいて、なんでウチのことがわかったの?」

「これだよ、これ」

 イレは、グラスを持つ反対の手で、パドマのネックレスに触れた。

「詳しい原理は、よく知らないんだけどさ。それは、ダンジョンマスターが、恋人に持たせてたヤツの複製なんだよ。ピンチになると、わかるんだってさ。念のために渡しておいたんだけど、日の目を見ることがあるとは思わなかった。守り刀を渡しといたハズなのに、なんでアレを使わなかったかな」

「守り刀?」

「なんか、ちっこい短刀」

「雷鳴剣? あんな危ない物は使えないよ! 同じ部屋にいる人が、みんな消し炭になるって聞いたよ」

「そうだよ。モンスターと人だけだよ。クマは対象外だから、だいじょーぶっ」

「やだよ。怖いよ。使えないよ」

「パドマがどうにかされるより、いいじゃない。でも、まぁ、ネックレスも思いの外似合ってなさそうだし、まるごと一式もらい直そうか。ちょっといいのがないか、相談してくるから、待っててね」

「いいよ。いらないよ。もらわないよ。今度こそ、お兄ちゃんに怒られちゃうし」

「今日危ない目にあったばっかりなのに、何言ってるの? パドマをダンジョンに引きずり込んだのは、お兄さんなんだから、防犯の責任は持たせてよ。パドマに何かあったら、お兄さんの所為だって、落ち込むことになるんだ。そんなの嫌だよ」

 プレゼントをくれた理由を、初めて知ったパドマは、言葉が足りないのも、モテない理由のひとつだな、と思った。

次回、3階に進みます。

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