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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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59.駝鳥実食

 ダチョウは、唄う黄熊亭に持ち込まれた。

 早く来すぎたので、マスターはいない。どこかに仕入れに出かけているのだと思われる。調理する前の作業は、マスターがいなくても進められるので、帰り道に師匠に拉致されたジュールが羽むしりをさせられていた。それを眺めながら、3人で弁当を食べた。

 弁当には、肉団子のカップケーキが入っていた。ケーキだと? と、パドマは怯んだが、見た目がケーキなだけで、味はパンだった。一口食べて、安心してたいらげた。

「羽も売れるらしいから、丁寧に扱ってね」

「はい」

 丁寧に、と言ったのが悪かったのか、ジュールの仕事は大変遅かったので、食後、イレとパドマが手伝いに入って、即終わらせた。ジュールは戦闘以外でも、微妙に役に立たない男なのである。

 次は、皮剥ぎだ! と言ったところで、イレにNGを出されて、パドマは作業から追い出された。以前、イレの前でヘビの皮剥きをしていた気がするのに、何がいけないのかわからなかった。別に、積極的に皮剥ぎ作業をやりたい訳ではないので、師匠とおやつの買い出しに出かけた。



 どこの店に行っても、商品をもらえてしまうパドマである。買いに来たのだが、気が重い。まだ店の近くに寄ってもいないのに、マドレーヌやカヌレやサントノーレを持たされている。毎日朝から、カスタードクリームを食べている。おやつと言ってみたものの、甘いものを食べたい気分でもなかったのに、だ。

 パドマの表情を見て、師匠は串カツ屋に入って行った。師匠は、おやつでも肉なのか、とパドマは思ったが、あまり食品街にいても人が集まってくるので、撤収した。


 唄う黄熊亭に戻ると、皮剥ぎ作業は終わっていた。マスターも戻っていたが、イレはいなくなっていた。ダンジョンに戻ったのだろう。ジュールはまだ居座っていたが、そんなんだから3階層から先に進めないんだな、とパドマは思った。

「今日も、ウインドウショッピングができなかった」

 パドマは、荷物をテーブルに置いて、崩れ落ちた。先日、ミラたちと行った時もどうにもならなかったが、まったく変わっていなかった。

「買い物に行って、したいことが、ウインドウショッピングなんですか?」

「おやつは、大銅貨3枚までよー、えー、どうしよう! あっちもこっちも目移りしちゃうー!! みたいのが、できないんだよ。もらえるのは、有難いよ? だけどさ、どこ行っても人に囲まれて、一切商品が見えなくて、なんだかわからない物を次々と渡されて、持って帰ってきてから、これは一体なんなんだろう? ってなるんだよ。気に入ったところで、どこの何かもわからないし、結局商品のところまで行けないから、2度と食べれないんだよ。嫌だよ」

 パドマは、絶叫した。ずっと心で燻っていたのだ。好意は嬉しい。だから文句は言わない。それとなく断ってみるものの、話を聞いてくれる人はいなかった。こんな時はどうしたらいいのか、わかるほどの人付き合いの経験値もないので、改善する日は、みんなに嫌われる日だろう。

「新星様も、大変なのですね」

「新星様が、大変なんじゃないよ。ペンギン野郎のイタズラの所為なんだよ」

「ペンギン野郎ですか?」

「そういう訳で、これ食べて。こないだ、おやつの邪魔をしたお詫びだよ」

 パドマは、街でもらったおかしをジュールの前に並べた。

「いや、食べ物の恨みではないですよ。縁結びりぼんをご一緒したかっただけですよ」

「残念だけど、それはお兄ちゃんの許可が降りないから、無理。お兄ちゃんに許可を取ってから、出直して。もしも許可が降りたら、ジュールのことを斬ろうと思う」

「え? なんでですか?」

「お前の所為で、毎日毎日お兄ちゃんに難癖つけられて、イライラしてんだよ。なんで仲良くしなきゃいけないんだよ。なんとなく混ざりやがって、イレさんの課題も合格してないよね?」

「あ!」

 師匠が、慌ててパドマの前に、果実水と串焼きを並べ始めた。気の所為か、涙目で手を振るわせている。

「師匠さん、そういう演技、本当にもういらないから。そんなに、ウチを悪者にしたいんだね? むかつくー」

 パドマは、果実水を一口なめて、師匠を睨みつけた。

「毒物は、仕込まれていないようだ」

 パドマは、毒に対する知識は特に持っていない。ただの嫌がらせだった。

 師匠は、イレたちが剥いたらしいダチョウの皮をパドマに差し出した。

「なんでだよ。皮が欲しいって言ったから? 別にいらないよ。それは師匠さんが倒したヤツなんだから、煮るなり焼くなり好きにしたらいいじゃん。ウチのじゃない」

 師匠は首を振って、ジュールからすった財布を見せた。パドマは、串焼きをかじりつつ、それを見ていたが、ジュールは全然気付いていない。師匠は、巾着切りでも食べていけそうな腕前だった。

「そんな軽そうなの、もっといらないけ、ど? ああ、イレさんにあげたのが、欲しいんだ。お揃い」

 師匠は、首を振って、皮を指差している。

「? 面倒だな。しゃべればいいのに。ダチョウ革の財布が欲しいの?」

 師匠は、満足そうに顔を綻ばせた。右に左に、花がぽんぽん咲いて飛んでいきそうな笑みを浮かべているが、パドマの機嫌はすこぶる悪い。何の感動も覚えなかった。

「ふーん。そうなんだ。買ってくれば? もしくは、イレさんに買ってもらえば? 何個でも買ってくれるでしょ」

 パドマに冷たくあしらわれた師匠は、項垂れて、死んだペンギンのような瞳で涙を流した。

「パドマさん、ひょっとして、パドマさんに買ってもらいたいという話なのでは?」

 ジュールは、小声でパドマに囁いた。パドマは、寄って来んなという意思表示で、串焼きを持って席を移動した。

「絶対に違うし、この距離で小声で話しても筒抜けだ」

 不機嫌を隠しもしないで、上品とは程遠い作法でパドマはむっしむっしと串焼きを食べる。一口食べるごとに驚きの顔で串焼きを確認し、1人ですべて食べ切った。串焼きを1本食べるごとに機嫌は回復して、食べ終えたパドマは、満足していた。

「わかった。串焼きに免じて作ってあげる。デザイン画を描いてきて。あと、前回、部屋で革をなめしてたら、お兄ちゃんに嫌がられたから、なめすところまでは、工房でやってきてくれない?」

 他に場所がなかったとはいえ、ヘビ革の壁紙に取り替えたと言わんばかりに、部屋中ヘビだらけになったのだ。外に出すこともできないし、あれはパドマも閉口した。ダンジョン産ヘビは大きすぎた。

 師匠は、パドマの返事を聞いて、皮を抱えて踊りながら外に出て行った。

「パドマさんが、作るのですか?」

 気がつけば、部屋にジュールと2人きりになっていた。パドマはテーブル周りの片付けをし、返事をせずに部屋に戻った。

 串焼きの中身は、豚とホースマクロと卵ときのことチーズだった。



 今日の夕飯は、ダチョウ料理だ。密かに楽しみにしていたパドマだったが、出てきた料理に顔を引き攣らせた。生肉の切り身をそのまま食べると聞いたからである。

 実際、フィレ肉ですよ、もも肉ですよ、砂肝ですよ、レバーですよ、ハツですよ、と生肉しか出て来なかった。生肉は、てらてらと光を反射している。好きな人は好きだろうが、パドマは好きな人ではなかった。

「食べないの?」

 以前、血まで喜んで飲んでいた師弟である。師匠もイレも、生肉をタレにつけて、美味しそうに食べていたが、まったくフォークを伸ばさないパドマは、不審な目で見られた。

「食べようと思えば、食べれるよ? だけど、実は、魚も野菜も生で食べるのは、得意じゃないんだ」

 マスターのことは、信頼している。だから、店で出てくるものは、何でも食べる。だが、それ以外は、何においても、とりあえず火を通さないと安心できなかった。美味しい美味しくないとは、また別の話なのである。今は店内にいるが、師匠の持ち込み食材までは、マスターの責任の範囲外だろう。うっかりノリで食べてしまえば食べれるが、一品目ではノリも何もあったものではない。

「ダチョウは、刺身が1番美味しいと思うけどね。あんまり火を入れると、硬くなっちゃうんだよ。でも、そうだね。生肉を骨ごと食べそうだと思ってたから、ちょっと安心したよ。少し待ってて」

 イレは、マスターのところへ行くと、ステーキを持ってきた。

 ほんのりディスられていたような気もするので、客に働いてもらっても、素直な感謝の気持ちは湧いて来ず、パドマは、無言でステーキにナイフを当てた。

「うわぁ、中は生だし」

「だから、その方が美味しいんだってば」

 どうあってもダチョウは、生で食べなければ許されないらしいと諦めて、パドマは肉を口に運んだ。

「ん? これ、ツナじゃない? こっちは、、、馬? 牛? あれ? 鳥もいる? 何だ、これは!」

「面白いよね。部位によって、全然味が違うんだよ。あ、生がダメな人に食べれるのも出てきたよ」

 ヴァーノンが、煮込み料理を置いていった。

 働かず席についているパドマが気に入らないのか、ダチョウ料理に混ぜてもらえないのが気に入らないのか、パドマを睨みつけていたが、パドマは気にしない。

「マジか。酒場に、おしゃれ料理が出てきたよ」

「赤ワイン煮込みだよ。これが、ダチョウの首の肉」

「首? 首まで食べるの? えー、なんか嫌だな」

 茶色いソースの中に、野菜がゴロゴロと転がっており、真ん中に説明された肉が3つも入っていた。太さといい、真ん中の骨らしきものといい、まさしく首の輪切りだと見受けられる。

 ナイフを当てると、スッと切れた。口の中では、ほろほろと崩れていく。マスターが作ったのだから当然かもしれないが、パドマの好きな味だった。


「ペンギンを絶滅させて、ダチョウの首狩りをして来ようかなぁ」

 語尾にハートマークでも付いているかのような可愛らしい口調で、パドマはうっとりとダチョウの足をかじっていた。爬虫類のような立派な足を、手づかみで。

「皮が欲しいとか言ってるくらいが、余程可愛かった! もう何なの、この子。師匠、なんとかしてよ!」

 泣きそうなイレに反して、師匠は柔らかな笑みを浮かべていた。

次回、パドマの父を名乗る男にパドマがキレる。

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