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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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58.駝鳥

次回、ダチョウを食べる。パドマは倒してないのに。

「パドマ、約束が違うよね」

「イレさんの目は、腐ってるのかな。どこをどう見たら、ウチの所為になるんだよ」

 パドマは、イレに叱られて、膨れっ面になった。



 今日は、師匠が家の前で待っていた。いつものように朝ごはんを食べて、いつものように弁当をもらって、ダンジョンの3階層で縁結びりぼんをみんなで食べた。

 食べ終えて、手を繋ごうとしたところで、急に師匠がパドマを抱えて走り出したのだ。師匠の足はとんでもなく速かった。階段なんて、2歩で降りてしまう。一部屋も一歩で通り過ぎる。風の如くとは、師匠の走りを評してできた言葉ではないかと思ったくらいだった。遅れずついてくるイレもおかしいが、パドマを抱えているだけではなく、武器も沢山持っているのが師匠である。そんな重い荷物を抱えて走っているのだ。超人すぎる。おかしい。止める間もなく、あっという間に32階層に着いてしまったのだ。


 そして今、パドマは、イレに31階層を通らない約束をしたのに、と責められていた。文句を言うなら、師匠に言うべきだとパドマは思う。前に1度、自力で通過したことはあるので、最悪、ここに置き去りにされても帰ることはできる。約束をした手前、大きな顔はできないが、余計なお世話だった。

 パドマは、足の速い師匠を乗り物にしたら、もう少し奥まで進んでも日帰りができそうだな、というところに心が奪われていた。師匠をさわるのも触られるのも嫌なのだが、背に腹はかえられぬ時もある。お店の開店前には戻りたいし、ヴァーノンに小言を言われるのも、面倒だ。だから、31階層で終了にしようと思っていたのだが、32階層には美味しい物が落ちている。


「あれが、オーストリッチか」

 イレの説教は終わっていないが、パドマはもう聞いていなかった。

「ちょ。パドマ! あれは、戦わない方がいい。危ないんだよ。蹴られたら一撃で死ぬし、爪もクチバシも痛いし、体当たりされたらパドマなんて飛んでっちゃうでしょう? しかも、オーストリッチじゃないし! 駝鳥だよ。ダチョウ!」

 ペンギンに関する説教は終わったようだが、ダチョウ説教が始まりそうな気配に、パドマはガッカリを隠さなかった。

「最近、ヘビ皮が安くなっちゃってさー。やってられないから、ダチョウ皮を売りたい。肉も羽も売れるんでしょ。師匠さんがキラキラしてないから、さして美味しくないかもしれないけど」

「パドマにとっての師匠って、なんなの?」

「人の話を聞かない迷惑な人。美味しい肉判別機。万能調理具。たまに痛めつけないと、どこまでも暴走するし、今は、この剣を踏みつけてやりたい」

 師匠は、32階層についてパドマを降ろすと、ずっと片膝をついて、微笑みを浮かべて、剣をパドマに差し出している。先日、パドマが投げ捨てた剣は、師匠が拾って帰っていた。返却しないし、泣き顔も見せないし、どういう心境でいるのか、誰にもわからなかったのだが、ここに来て、何を考えているのか、少しわかった。メンテナンスをするのに、ちょうど良かったのだろう。

 パドマも、血まみれドロドロの剣は嫌だ。多少は手入れをしていたが、素人の見様見真似程度しかしていなかった。脂を取って、油をさす程度だったのだが、師匠は研ぎ直してきたのだろう。新品同様とまではいかないが、とてもキレイになっていた。ペンギンぬいぐるみの復元で1日休み、なんてウソだったのだ。

 緑橙のグラデーションカラーが、碧黄桃のグラデーションカラーに変わっているが、塗り直したか、鍍金をしたかであって、作り直したのではないと思われる。寸分違わぬパドマの剣に見えたから。

「籠手と同じ色になったね」

「愛人認定じゃなくなって、良かったよ。良いか悪いか知らないけど、これ、ウチ専用色なんだよね? お兄ちゃんとも違うし」

「え? パドマ限定? それ、大丈夫? そんな特別扱いは、奥さんくらいしかいなかったのに!!」

 ヒゲで表情はわかりにくいが、イレは動揺しているようだ。パドマは、愛人色でも奥さん色でもなければ何色でもいいや、と考えていたのに、まだ注意事項があることに驚いた。

「え? そうなの? そういう言われ方したら、すごい嫌だな。森の色にしてくれたんだと思ってたんだけど。ウチ専用じゃなくて、森暮らしして魔獣と鬼ごっこしてた女の子専用色ってことにしよう」

「そんなのパドマしかいないよ!?」

「いや、お母さんも入るかもしれないじゃん」

「お母さん?」

「ウチのお母さんの方が、イレさんより若いんじゃないかと思うんだよね。師匠さんがイレさんより年上なら、お母さんだって女の子でいいよね」

「お兄さんは、18歳だよ?」

「うるせぇよ。20年前に18歳だった男は、38歳以上なんだよ!」


 面倒臭いヒゲオヤジと話す時間はもったいないので、師匠から剣をひったくって、部屋に降りたら、イレに引き戻された。

「危ないから、ダメって言ったでしょう! 死ぬよ」

「いい加減にしてよ。皮欲しいしさ、流れ的に、アレを狩らないと、どうせ師匠さんに蹴られて戦わせられるんだよ。

 もうさ、不満があるなら、2人で話し合ってくれない? 殴り合いでも、何でもいいからさ。ウチは、2人のどっちにも逆らえないんだし」

「え?」

 ブチ切れるパドマの言うことを、イレは全く理解できなかった。自分は、パドマが怒れば、怖いので、逆らおうとは思わない。師匠は、割と勝手を働いているが、最終的には、パドマに泣かされている。パドマが、日常的に、逆らいまくっていると認識していたのだが、違うのだろうか。

「なんなの、その驚き顔。ミミズ抱えて飛び跳ねてるような人に、どうやって勝つんだよ。無理だよね。ジャイアントペンギンなら、気兼ねなく殺せるからさ。夕飯にしたくなかったら、イレさん、止めといてくれない?」

 パドマの言葉に反応し、師匠はイレの腕をパドマから外し、関節をきめた。

「ちょ。痛いよ? 師匠が、泣きながら震えてるんだけど! 絶対、パドマの方が強いよね?!」


 改めて、パドマは部屋に降りた。

 ダチョウは、少しだが、イレよりも背が高い。背丈の1/3ほどは細長い首なのだが、それにしたって、背中の高さだけでもパドマの身長くらいある。巨大ミミズトカゲに比べたら可愛いものかもしれないが、それでも威圧感を感じずにはいられない。

 まともに蹴られたら一撃死。クチバシや爪にやられても、かなりのケガを負わされると聞いている。走れば、泳ぐペンギンの倍くらい速いと聞いては、どう考えても、走って通り過ぎる作戦は使えない。倒せないなら、先に進まない方がいい。

 今は、部屋に1羽だけだ。丁度いい。パドマは、剣を脇に構えて、ゆっくりダチョウに近付いた。ダチョウは、ずっとパドマを見ている。後ろに回り込みたいと思うのに、ダチョウもこちらに合わせて動いている。回り込めない。

 急にダチョウが走り出した。パドマに目掛けて走ってくる訳ではないが、パドマの方を向いていたから、近くを目掛けて走ってくる。そのままダチョウは、隣の部屋に行ってしまった。

「こっわ」

 パドマは、何もできなかった。


 パドマは、階段に戻った。

「師匠さん。ダチョウって、どこを斬ればいいの? やっぱり首? 足じゃだめ?」

「足は、危ないってば!」

「怒んないでよ。首が柔らかそうに見えるんだけどさ、身長的に厳しそうなんだもん。動かないでくれたら、いけるけどさー」

「首だって柔らかくはないよ。骨が入ってるんだよ?」

「そっか。イレさん、頭いい! でも、足も結局、骨が入ってるよね」

「ダチョウはね。片手を上げて、ダチョウのフリして通り過ぎたらいいんだよ」

 イレは、実際に右手をあげて実演して見せた。手首を90度に曲げて、手のひらと指で、ダチョウの頭の形を再現するのがポイントだ。

「何それ。マヌケすぎない? 冗談でしょ? そんなことしたって、皮をはげないじゃん」

「なんでそうまでして、皮をはぎたいの? 可愛い顔して、皮かわって、もうお兄さん泣きそうだよ」

「何言ってるの? それがウチの仕事なんだよ。持って帰らなきゃ、金にならないじゃん」

「お金ならあげるから、もう帰って! 見たくない!!」

「だったら、イレさんこそ、自分の狩場に行けばいい。見てなくていいから」

 パドマの腕に、サスマタがくっつけられた。さっきは、普通に抱きかかえていたくせに、今更なんだと思ったが、大人しくついて行った。


 連れられてきた隣の部屋には、隅にダチョウが6羽立っていた。師匠は両手に幅広剣を生やして、駆け入って行った。

 真正面から首を逆袈裟に斬り上げて1羽。そのまま右斜め前方に飛んで、反対の手で背中から腹に向けて叩き割って1羽。それを飛び越えて、前面から足首を水平に切って1羽。そのまま真後ろにいたものを胴を水平に割って1羽。水平割りをしながら、反対の手で隣の首を落として1羽、斬り伏せた。そこまで終えると、残った1羽の背中に飛び乗って、部屋の中を走らせていた。

「相変わらず、何の参考にしたらいいのか、さっぱりわからないんだけど、イレさんは、あれできる?」

「だからさ。お兄さんは、ダチョウのモノマネをするって言ったじゃん」

 イレはまた、改めて実演を始めた。歩き方にもこだわりがあるようだが、パドマはそれをマネする気はない。半眼で眺めた。

「冗談じゃなかったんだ」

「いつだって、真剣に話してるよ!」

「マジかー。がっかりだわー。深階層プレイヤーが、想像の倍格好悪いわー」

「なんで? パドマは、前に安全第一って言ってたよね」

「そうだね。イレさんより師匠さんの方が格好良いのは、どうしようもないよね」

「それは勝てる気もしないね」

 ようやくイレと、価値観の一致を見た。


 師匠は、ダチョウをリュックに詰めて戻ってきた。そして、それを当然のように、イレに背負わせる。

「またか!」

「だから、さっさと置いて、先に行けば良かったのに」

「だって、師匠がパドマにいじめられないか、心配だったんだよー」

「じゃあ、諦めて帰るしかないじゃん。おやつ食べながら、いじめられるかもしれないし」

「そうだねー」

 肩を落とすイレに、師匠はパドマも抱えて押し付けた。

「はいはい」

 イレは大人しく受け取ったけれど、パドマは苦情を申し立てた。

「自分で歩くから!」

「ダメだよ。ペンギン階は出禁だし、師匠と並走はできないでしょう?」

「1人で、のんびり帰るから!」

「オサガメも危ないし、カミツキガメも危なっかしいから、許可できない。それに、お兄さんも、ダンジョンに戻って来たいから、のんびりしたくない。諦めて」

 また行きと同じスピードで走って、地上に戻った。結局、今日は、弁当を食べることもなく、とても早い時間に帰ってきてしまった。

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