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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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57.緑猫仮面様

 ペンギンの丸焼きに懲りたのか、師匠は、次の朝、パドマの迎えに来なかった。伝言に来たイレによると、パドマに踏みにじられたペンギンのぬいぐるみの修復作業をしているそうだ。服は使い捨ての師匠なのに、ペンギンのぬいぐるみは、修復作業をしてまで復元させるらしい。新しいぬいぐるみを手に入れて満足しているのかと思っていたが、古いぬいぐるみも愛されているようだ。皇帝ペンギンのヒナより、イワトビペンギンが好きだからなのだろうか。イレさんのプレゼントだから、大切にしているんだね、と言ったら、イレは、絶対に違う、と言っていた。パドマも、イレの意見に賛成だ。少しおべんちゃらを言ってみただけである。


 フライパン以外の装備を身につけて、兄の弁当と縁結びりぼんを多めにもらったら、ミラ姉妹の家に遊びに行った。

「やっほー。遊びにきーたよー」

「パドマいらっしゃい! カエル持ってきた?」

 今日は、ニナに出迎えられた。前回、カエル大福が好評だったことをすっかり忘れていたパドマは、冷や汗をかいた。

「ごめん。カエルの存在をすっかり忘れてた。でも、新作お菓子を持ってきたから、許して」

「新作? もしかして、りぼん? お姉ちゃんたち呼んでくる!」

 ダンジョン3階層ではすっかり有名になって、誰だか知らない沢山の人と「せーの」で食べる仲になったが、家からまったく外に出ていなそうなニナにまで知られているとは思わなかった。まだ何日も経っていない。噂の伝播スピードにパドマは恐ろしさを感じた。

「パドマいらっしゃい」

 ミラが出て来たので、すぐに聞いてみた。

「何で、縁結びりぼんのことを知ってるの?」

 パドマは、内心冷や汗ものなのだが、ミラは、キョトンとしている。引きこもりをしている人にまで知られているのが、普通なくらいの常識だと言わないで欲しい、と思った。

「パドマは知らないの? 新星様のお店で、ジュールっていう男が働かせてもらってるでしょう? その人、うちの隣に住んでてね。何かある度に、うちに自慢をしにくるのよ」

「ああ、あのロクなことをしないリア充」

 世直し一件目のあの日、急に現れた理由がわかってしまった。この辺りに住んでいるのかな、とあたりをつけてはいた。ダンジョンに待ち合わせをした時の集合時間から、足が速そうだと期待したこともあったが、よもやミラの家の隣に住んでいるとは思わなかった。

「もしかしなくても、ジュールって、パドマに嫌われてるの?」

「うーん、どうかな。あんまりそういうのは考えたことはないけど、好きか嫌いかのどっちかって言ったら、9割くらいは嫌いかな」

「残り1割は?」

「なんでか知らないんだけど、お兄ちゃんの友だちらしいんだよね」

 素直な気持ちを暴露しすぎてしまったか、姉妹はきゃっきゃと可愛らしく笑い出した。

「笑っちゃうねー」

「完全にナシだね。かすりもしてないわ」

「どう見ても、釣り合わない。仕方ない」

 パドマは、ミラたちが笑っているところを見るのが好きで、ここに来ている。自分もそんな風になりたかったなぁ、という憧れなのだ。彼女たちのこんな姿を見ることができるなら、貢ぐことも厭わない。そういう意味では、イレの師匠に対する行動も理解できる気さえしている。

「パドマ、お願いがあるんだけど、ダメかな?」

 三女のニナは、おねだり上手だ。何をねだられているのかまったくわからないのに、パドマは引き受けたくなった。

「何?」

「お願い聞いてくれる?」

「できることなら引き受けるけど、できないことは引き受けられないよ。ニナに嫌われたくないからね」

 パドマは、腰を落として、ニナの目線に合わせて答えた。

「きゃあぁあぁ」

 ニナは、リブに抱きついた。パドマは、意味がわからず、困惑するしかない。

「さすが、パドマね。ジュールよりイケメンだわ」

「そりゃあまあ、あんなのに比べたら、ねぇ」

 期待の新星様は、超絶美少女だったと思うのだが、彼女ができたりしていた。ジュールよりイケメンであったとしても、何の不思議もない。兄と付き合うのと、師匠を彼女にするのは、どちらが健全なのか、真面目に考えるだけ阿呆らしい。どちらでも好きにすれば良い。

「あのね、パドマと一緒に3階でりぼんを食べたいの!」

「あー、3階層で」

 適当な話を作ったのは、パドマだ。どこで食べようと、効能は何もないのだが、瞳を輝かせるニナには言いづらい。

「問題が片付けば、叶えられないこともないけども」

 パドマ的には、連れて行くのは、ヤブサカではない。ただ色々なことに責任が持てない。

「この辺の治安の悪さと、仕事のノルマと、ウチと一緒にいて顔バレした後の噂が心配なんだけど」

 パドマ1人なら、最悪、阿呆に捕まっても諦められるが、ニナの笑顔は失えない。ミラが父親に叱られても可哀想だし、リブがおかしな噂の餌食になっても責任が取れない。

「そういうことなら、わたしに任せて!」

 ミラがどこからか、マスカレードを4つ持ってきた。赤と青と黄色と緑の色違いで、上に動物のような三角耳が付いていた。

「何これ」

「お祭りの時、これを付けて踊るの。お祭りに行ったことないの?」

「聞いたこともないよ」

「じゃあ、次のお祭りは、一緒に行こうね」

「予定が合えばね」

「ごめんね、橙色はないの」

 パドマは、緑の仮面を渡された。気を使ってくれて申し訳ないが、新星様カラーは、師匠に押し付けられたもので、パドマの好きな色とは関係ない。だけど、気遣いが嬉しかったし、何色でも構わなかったので、受け取った。

「仕事は明日頑張れば間に合うし、治安は新星様のおかげで良くなったから、大丈夫よ!」

 ミラたちの安全が確保されるなら良いことであるのだが、ペンギン野郎の意味あり気な腹黒笑顔を思い出して、パドマはイライラしてしまった。

 ともあれ、縁結びりぼんを人数分だけ持って、怪しい仮面を付けて、ダンジョンに出かけた。



「3階層までなら、それほど危なくはないと思うけど、絶対ケガしないとまでは言ってあげられないから、ちゃんとウチの話を聞いて、ついてきてね。あと、変な男に話しかけられても、ついて行かないこと。今日のウチらは、金髪の知り合いとかいない人だから」

「「「はーい」」」

 どこかのピンク頭を連れてくるより、ミラたちの方が安心感が持てた。いつもなら無視して通り過ぎるカマキリも、きっちり全部倒して、微塵もケガをする理由をなくして行こうと決意をしていたが、時間的に出遅れているからだろう。3匹しか出会わなかった。

 今日は、フライパンと短剣がない。剣鉈とナイフしかないが、カマキリならブーツだけでもいける。

 以前、ブーツで進んだ時の評判は、あまりよろしくなかった覚えがあったので、今日は剣鉈で進んだ。カマキリは食べる予定がないので、ヤドクカエル用武器だが、構わないだろう。


「ここが3階層だよ」

 自分で考えておいてなんだが、巨大ダンゴムシを背景におやつを食べるのは、如何なものかと思っている。だが、2階層の階段に近い部屋であれば、大体駆除されているので、敵影はない。急に青いダンゴムシがリポップしたりしなければ、特に問題はないハズだ。

 後ろの方で、「新星様だ」「なんだと! もう来ないと思って、菓子は食っちまったぞ」「今から買いに行って間に合うか?」「もう売り切れたんじゃね?」などと、ガヤガヤうるさい人がいるし、どんどんギャラリーが増えていっている気がするが、気の所為だ。特に問題はないハズだ。


「パドマさん」

 予期していたことだが、見知らぬ金髪野郎に話しかけられた。

「お前は誰だ。ウチは、謎の緑猫仮面様だ。知らん名前で呼ぶな。他の猫仮面の名前を呼んだら、殺すからね?」

 パドマは、金髪野郎を睨みつけた。ミラたちを怖がらせてはいけないので、胸ぐらをつかんだりはしない。

「え? ジュールですよ。緑、猫仮面、様? あの、もしお菓子を食べるのであれば、少し待っていただけませんか? わたしも、ご一緒したいです。いつもは、売り子をしていて間に合わないので」

「そんなものは知らないよ。滅多にないチャンスを物にするために、用意しておかなかったお前の準備不足だ。お前の失態を尻拭いしなきゃいけない謂れはない」

 今から店を再開させたら、売り上げが見込めるだろうかと、少し考えてはみたが、今日は師匠がいない。パドマだけでは、さして売れないだろうと踏んだ。それよりも、変な時間に急に現れる可能性を示唆する方が、面白そうだ。朝以外も売れるようになれば、ダンジョン内でジュールに会うこともなくなるかもしれない。3階層が根城ならば、何回もダンジョンセンターを往復するだろうから、センター前広場の屋台に行くくらい大した労力もかからない。

 そして何より、待ってる時間がダルい。とっとと食べて、帰りたい。

「面倒が起きる前に、ここで急いで食べちゃってもいいかな。皆準備して」

 全員分のお菓子をミラが持っていてくれたので、それを分ける。人数分しかないのに、受け取ろうとしたジュールのことは、とりあえずパドマが蹴倒しておいた。ミラより年上なのに、1番大人しいリブの分を奪おうとするなんて、最低すぎる。

「じゃあ食べるよー。せーの!」

 猫仮面全員で一斉に食べた。知らない人もチラホラ食べている人もいた。遠くでこっそり一緒に食べて、何が楽しいのかは知らないが。

「あまー」

「ふわふわー」

「おいしー」

 姉妹の喜ぶ顔が見れて、パドマは満足した。

「ふふふー。そうでしょう。クリームの甘さ調整も、カステラのふわふわ具合も、かなりこだわったんだよ」

 作ったのは師匠で、パドマは味見しかしていない。だが、最終的にいくつかあった候補から、味その他を決定したのは、パドマだ。だから、胸を張って、偉そうに言った。

「ありがとう、パドマ。これで、ずっとパドマと仲良しでいられるね」

「ありがとう」

「ありがと」

 姉妹の笑顔に、パドマはきゅんきゅんしてしまった。

「何言ってんの。こんなお菓子なんかなくったって、ウチは3人にメロメロだっつーの。休みは全部、顔見に行ってんだよ? もう来んなって言われるまで、遊びに行くつもりだよ」

 猫仮面たちは、円陣を組むように、みんなで抱き合ってから帰って行った。

「ダンジョンなんていたって面白くないし、なんか美味しそうな物見つけて、買って帰って仕事しよ。今日は、なんでも好きなのを食べさせてあげる。売り切れてなければね」



 ミラたちと、甘味三昧をして、気分良く帰ってきたら、またヴァーノンがお冠だった。

「男をダメだと言ったからって、女に走るのもダメだぞ。何でそうなる。しかも、3人ってなんだ。せめて1人にしておけ!」

 先日、ヴァーノンは、3人以上であれば、誰と菓子を食べても構わないと言っていたのに、また訳のわからないことを言い出した。パドマも、何回も怒られ過ぎて、誤解を解くのも面倒だと思っている。

「友だちだよ。もうさ、あの阿呆ジュールに踊らされんの、いいかげんにやめようよ。なんで気付かないんだよ。おかしすぎると思ったことはないの?」

「今日、話を聞いたのは、ジュールじゃない。次々と、パドマと猫女の関係を聞かれたんだ。パドマがべた惚れだと、口々に言われた。お前こそ、何をやったんだ」

「マジか。あそこは、阿呆の吹き溜まりなの? いや、カモの特盛り? 一緒にお菓子を食べた誰かに向けて、師匠さんに微笑みかけてもらったら、値上げしても売れるかな?!」

「いや、もうこれ以上、誤解を招く商売はやめておけ。可哀想すぎる」

次回から32階層の攻略開始します。

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