55.ペンギン
「これが、ペンギンかぁ。かーわいーいねぇ」
パドマは、縁結びりぼんと弁当を食べた後、31階層に来ていた。ペンギンは、基本的に頭と背中が黒く、お腹が白い直立しているように見える鳥である。中には頭が灰色のものやクチバシの辺りが桃色のもの、頬が黄色いものなどがいる。大きさもまちまちで、小さいものは膝くらいまでしかないが、大きなものは、パドマより大きい。流石に、イレより大きいものはいないようだが、別の部屋にはいる可能性があることを考えておかなければならない。
「生きたまま連れ出せるなら、連れ帰りたいくらいなのに、ダンジョンマスターめ! こんな可愛いのを殺せるか!!」
「えー。これも殺しちゃダメなの? 突かれると超痛いし、フリッパーで殴られると、泣きそうになるよ。脂がいっぱい取れるらしいしさ。ちょっとは仕留めないと、通るのツライよ」
「ペンギンは、襲ってくるの?」
「襲ってくるのと、大人しいのと、両方いる。基本は大人しいのばっかりだけど、卵抱えてるのの近くは好戦的でさ。そんなのいちいち見分けてらんないよね」
「そうなんだ。大人しいから無視して行ける、って聞いてた」
「特に、飛んでるヤツらがヤバイ」
イレの視線を追うと、オサガメのように、ペンギンは天井近くを泳いでいた。水はないし、ペンギンは鳥なので、飛ぶという表現が正しいのだろうか。すごい勢いで泳いでいるものもいれば、浮いているだけのものもいるので、なんとも言えない。それらとともに、床をよちよちぴょんぴょん歩いているものもいた。
パドマが、フロアに足を踏み入れると、途端に上からペンギンが降ってきた。
「ぎゃあぁあ!」
咄嗟に斬ることには成功したが、そのままペンギンが落ちてきたので、下敷きになった。ケガはしなかったが、それなりに重くて閉口した。
「ジャイアントペンギンに狙われるなんて、運のない」
と言いながら、イレはペンギンをどけるのを手伝ってくれた。だが、イレを襲うペンギンはいないようだった。
「イレさん、もしかして、ペンギンにはモテモテ?」
「何その悲しい説。違うでしょう。お兄さんは、口に入らないからエサにならないし、捕食者サイズだから、むしろ嫌われてるんだよ」
「ペンギンにも、嫌われてるのか」
「言い方!」
ミミズトカゲの時もそうだったが、体格差によるハンデがズルすぎる。ただでさえ、パワーやスピードで劣るのだから、たまには恩恵があってもいいくらいなのに。
ペンギンは大人しい論は、おっちゃんたち限定の話だったのだろう。パドマを丸飲みできるミミズトカゲも安全だと言っていたくらいである。鵜呑みにしてはいけない情報なのだ。次回から、もう少し、情報を精査しないといけない。
「あぁあー、やっぱりペンギンを斬る覚悟を決めないといけないのかー」
とても気が進まないが、小さいものはともかくとして、自分より大きいものにまで遠慮していたら、圧死させられるかもしれない。痛い思いもしたくない。
剣は抜いたが、覚悟は決まらない。ジャイアントペンギンには、実際に攻撃を受けたので、やり返さないことには危険が付きまとうだろう。自分より大きなペンギンは、それほど可愛いとも思えないので、まぁいいとして、他はどこまで制圧対象にするべきか。次に大きいのは、パドマと同じくらいの皇帝ペンギンである。大きさはとんでもないが、見た目だけなら、最も可愛いような気がした。
パドマは飛び出して、オサガメのように上からくるものを避けて通ることにした。上から降ってくるのは、大きなものだけである。斬って絶命させれば落ちてくるし、斬り飛ばせるほどの腕力がない。
「危ないってば!」
珍しく、イレのフォローが入った。床を歩く小さなペンギンを豪快にまとめて蹴飛ばした。
「ちっちゃいのに、可哀想!」
「だーかーらー、突かれると、足に穴が開くからね! お兄さんがそばにいれば、上は気にしなくていい。下を警戒しなさい」
床の上にもペンギンがいるが、大体のものは部屋の隅の方に立ちっぱなしで、動かなかった。実に平和な光景で、心が和む。そんな中、ぴょこぴょこと跳んで歩くペンギンがいた。
「ひっ。殺し屋みたいなペンギンがいる!」
大体のペンギンは黒目がちなのに、よく動くペンギンの目は血色に光っていた。
「そう、その眉毛フサフサのは攻撃的だから」
眉毛がフサフサで目が赤いペンギンであるイワトビペンギンは、パドマ目掛けて飛び跳ねてきて、クチバシで突こうとしたり、フリッパーで叩こうとしてきたりする。
「わっわっ。いてっ」
パドマは、なんとか避けようと足を動かしたが、数が多すぎて、避けきれなかった。フリッパーで叩かれるのは、それほど問題ではない。硬くてそこそこ痛いが、突かれるのに比べたら、何の被害もなかったが、突かれたのは、本気で痛かった。服の上からだったのに、恐らくケガをしたと思われる。
「ああ、もう!」
イレは、パドマを持ち上げると、イワトビペンギンをまた大量に蹴飛ばして、階段に戻った。
「パドマ、足を出すからね」
イレは、パドマを階段に座らせると、勝手にパドマのズボンの裾を捲り上げた。パドマの服は、師匠と同じでダブダブの上、裾も袖も邪魔になるほど、びらびらと広がっている。腿までだって簡単にむき出しにできるが、イレは、膝までめくり上げた。右足のブーツの少し上、スネの上の方がえぐれていた。
「うわ、気持ち悪っ」
肉肉しい色も、あふれる血も鮮やかで、パドマは痛み以上に好きになれなかった。
「師匠、傷薬!」
話しかけても、師匠はペンギンに見惚れてまったく動かない。イレは、師匠の服の中に勝手に手を入れて、傷薬を出した。
「師匠のなら、即刻治ると思うんだけど」
イレが薬を塗った途端に、傷は消えた。痛みも消えた。とても便利な薬である。
「もう痛くない?」
パドマがうなずくと、裾は即座に直された。
「ちゃんとペンギンを攻撃しなさい。できないなら、この先は、通さないよ」
イレは、怒っていたようだ。だが、パドマとしては、ペンギンを殺してまで先に進もうとは考えていない。最近、なんとなく流れでダンジョン攻略をしていた気がするけれど、別に深階層に行けなくても構わない。
カミツキガメは、そこそこ美味しかったが、階段の昇り降りが大変すぎる。そろそろ日帰りするために、走る必要が出ている。これ以上先に進んで帰りが遅くなったら、酒場のお手伝いに間に合わない。
「わかった。もうここで打ち止めにする。別に、先に進めなくていいから。だけど、ペンギンって、美味しいの? 師匠さんが、全然動かないけど」
師匠は、胸に手を当てて瞳をキラキラさせて、ペンギンを見つめて動かない。もう見慣れた良くある症状である。本当に、師匠は、何の肉でもよく食べる。
「本当に、役に立たない師匠だよね。師匠は、ペンギン観察が大好きなんだよ。ペンギンは美味しくないから、食べないよ。もうあの人は、置いて帰っちゃおうか」
「イレさんは、先に進むんでしょう? 行ってきていいよ。ウチは、師匠さんと一緒か、1人で帰れるし」
「またオサガメで挟まったりしたら、どうするの? 今日の師匠は、本気で当てにならないし、一緒にいないと間に合わないでしょう。後悔するくらいなら、送るよ」
パドマは、恐ろしいことに気付いてしまった。
「イレさんて、優しいよね。金持ってて、優しくて、それでいてこんなにモテないって、どうなってんの? やっぱり、そのヒゲ剃りなよ。もう本当に、どうしたら良くなるのか、わかんないよ!」
顔の造作もわからない変なヒゲ面で、おじさんで、察しが悪くて、くねくね動く動作が気持ち悪くて、センスがおかしくてと、イレのダメなところは沢山目について、モテないのも当然だとパドマは思い込んでいたのだが、あくまでもそれはパドマ目線だ。例えば、それなりに年長のお姉さんが相手なら、おじさんなのは欠点にはならないだろう。胡椒を日常的に振る舞えるほど金持ちで人柄がよければ、少々見た目が変でもまぁいいか、という女性は探せば見つかると思う。結婚相手など、1人いれば充分だ。人類の半分が女なら、アーデルバードにも、数えきれないほど、女は住んでいる。なのに、その1人がいないのだ。パドマの知らない欠点が、まだあるに違いない。
「断固拒否します! これが良いの!!」
「まさか、そのヒゲ面が格好良いと思えるほど、ひどい顔してんじゃないよね? すごい見たくなってきた!」
「違いますー。お兄さんは、スーパーイケメンなんですー」
「そんな訳ないじゃん」
「なんで即答? もしかしたら、本当かもしれないよね」
「そんなにイケメンだったら、ここまで非モテで解禁しないなんて、ある訳がないんだよ。そっか! それで大分マシなのか。マジどんな顔なんだ。すさまじいなぁ」
「いや、本当に、そんなひどい顔してないし、このヒゲだって、そんなに悪くないよね? だって、師匠とお揃いのヒゲの色にしたんだよ」
「そっか。イレさんは、センスが最悪なのと、常識が壊滅なのと、他人の気持ちを察せないところがダメなんだ。もしかして、理解してないだけで、いい感じだった人もいたんじゃないの? どうしようもない男だな。一生懸命考えて損した!」
「えー、そうなの? 絶対いないと思うけど。だって、みんな師匠のことが大好きなんだよ」
「そうだね。師匠さんの方がいいよね。顔はキレイだし、何でも得意だし、性格は捻じ曲がってるけど、取り繕う気にさえなれば、完璧に素敵な人を演じてくれそうだもんね」
「そう。それで、お兄さんの両親も師匠に首っ丈でさ。放ったらかしのお兄さんを、師匠が面倒みてくれてさ。お兄さんばっかり師匠に構われててズルいって、皆に嫌われてさ。その上、身長を追い越したら、師匠にも嫌われたんだよ。どうしたら良かったのかな」
「師匠さんのいない世界に、引っ越したら良かったんじゃない?」
「やだよ。お兄さんが、世界一、師匠を愛してるんだから」
「じゃあ、もう彼女とかいらないじゃん」
「そうなの? でも、師匠には、奥さんがいたんだよ。お兄さんにも、彼女とか、奥さんとかがいてもいいんじゃないかな」
「師匠さん的には、イレさんに彼女がいてもいいけど、彼女がそんなイレさんがいいとは言わないんだよ。師匠さんの方がいいからね」
「そうなんだよー」
今日も、イレは、師匠の顔を見て、デレデレしている。わがままにも、もう1人、女の彼女も欲しているようだが、パドマは探し歩くのはやめようと思った。
次回、とても女の子らしいパドマに生まれ変わって、師匠さんに可愛いデコ手料理を振る舞って、あーんで食べさせてみたいと思います。無理でしょうか。