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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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54.縁結びリボン

 パドマは、何処へ行っても、面構えのキツイ男たちについて来られるようになってしまった。遠巻きにされるだけで、話しかけても来ないが、とても嫌な気分だ。相手は男で、多人数である。10階層の火蜥蜴や、巨大蛇風トカゲくらいなら、簡単に突破してついてくる人材もいた。振り切りたくても、大の男を抜き去って走るほどには、パドマの足は速くない。これでは、ダンジョン内でも暢気におやつタイムも取れない。

 24階層の大福カエルを眺めても、まったく心は晴れなかった。階段で愛兄弁当を食べているのだが、誰だかわからない男が12人ほど、階段の少し上に座って、パドマを見ている。仲良くしたくないので、お前は誰だと聞きたくないし、ついてくるなと声をかけたくもない。イレはニヤニヤしてるだけだし、師匠は微笑みを浮かべているだけだ。腹立たしい。

「はぁ、とうとうイレさんを中心に置いて、大福ちゃんを誘爆する日が来てしまったか」

 うっかり漏れた心の声は、聞かれてはいけない人に聞かれてしまった。

「お兄さんは、何もしてないよ」

「困ってる子どもを見て、ニヤニヤ笑ってる男は最低じゃないのか」

「パドマって、こういう時は、年相応に可愛いんだなぁ、と思っただけだよ」

「ああ、そうだった。イレさんは、人の心をちゃんと読み取れない人だった!」

「え、なんで?」

 パドマは、イレでも気付くように盛大にため息をついた。そして弁当の包みを丸めて片付けると、使い捨てナイフを手に取り、走り出した。


 誰にも行くと言っていない。師匠は、寸分遅れずについてきたが、イレは出遅れた。後続の男たちは、離れていた分、遅れてついてくる。

 だが、パドマはあえて男たちの近くのカエルにナイフを投げた。爆発の殺傷能力が如何程かは、知らない。だが、死ぬほどひどいことにはならない予定である。悲鳴を無視して走り去った。

 そのまま29階層のオサガメも、敵を無視したまま走り抜け、30階層に着いた。



 また火蜥蜴がいた。20階層の物よりもまた大きくなり、パドマの腕よりは少し短いくらいの体長のトカゲが、ゴロゴロいた。飛ばしてくる火も火の粉なんて呼ぶような可愛らしい物ではなく、短いビームのような状態だった。手懐けられるのであれば、調理の火力としては申し分ないが、そろそろ種火扱いをするのも火傷しそうだった。


 おやつを食べたばかりなのに、師匠が拾ってきたカミツキガメを甲羅のまま投げ込んだ。着弾前から、近くにいた火蜥蜴は、カメに対して火を浴びせかけた。甲羅も肉も、黒く焦げるまで燃やされた。

 火蜥蜴の攻撃方法を見せてくれただけだと思っていたのだが、師匠はカメにナイフを刺して引っ張って回収し、カメの解体を始めた。

「ダメじゃん」

 外は黒焦げだったが、中はまだ桃色だった。師匠はカメの甲羅を持って部屋に入り、火蜥蜴をナイフで串刺しにして、中身を直接あぶりだした。とても機嫌が悪そうで、火蜥蜴の扱いが雑だった。

 師匠は、無造作に部屋に降りた割には、火蜥蜴に攻撃される気配はなく、どちらかというと、火蜥蜴が師匠から離れて行っているように見えた。師匠の不機嫌さが、火蜥蜴に伝わっているのだろうか。それとも、師匠は火蜥蜴に嫌われる何かを持っているのだろうか。だから、10階層で寝ていても、焦がされることはなかったのだろうか。パドマは不思議に思った。


 しばらくすると、師匠は階段に戻ってきて、にこやかにカメを食べ始めた。解体しながら食べるという、ワイルドな食べ方であるのに、師匠は可愛かった。

 パドマは、それを眺めていたが、結構な時間が経ったと思うのに、イレも男たちも追って来なかった。少し心配になって、師匠のおやつタイムが終わったら戻ってみたが、24階層には誰もいなかった。死体もなかったので、無事なのだろうか。

 自分がやっておいて何だが、パドマは心配で仕方がなくなった。師匠と一緒にハジカミイオ退治をして帰ったが、帰る途中でイレを見つけた。


 イレは、入り口方向から歩いて来た。それを見つけて、パドマは泣いて駆け寄り、謝った。

「ごめんっなさいぃ」

「え? どうしたの?」

 日頃、師匠にひどい扱いをされても、特に気にした素振りを見せないイレである。師匠が可愛いからだと思っていたが、誰相手でもそうだったのかもしれなかった。

「ケガしてない?」

 見た目は特に変わりがないようだが、服の中身はわからない。腕や背中をさわってみたが、痛がる素振りは見せなかった。

「お兄さんは頑丈だから、大丈夫だよ。ちょっとスプラッタを浴びて気持ち悪くなったから、水浴びして出直しただけで」

「良かったぁ」

 パドマは、しがみついたまま、本格的に泣き始めて動かなくなってしまったので、イレは諦めて、抱きかかえて帰ることにした。まるで、自分が何かをしてパドマを泣かせたようで、居心地が悪かったからである。周囲の視線が、とても痛かった。

「やっと戻ってきたのになぁ」

 思わず本音を漏らすと、師匠が口を押さえてニヤニヤしているのに気付いた。

「パドマといると、本当に楽しそうだね」

 師匠と別れた日は、とても悲しかった。師匠に生きがいを作ってくれたらしいパドマには、感謝しなければならない、とイレは思った。



 イレは自宅にパドマを置くと、超特急でダンジョンに引き返し、今日のノルマを済ませて、酒場に顔を出した。師匠に任せたとはいえ、置き去りにしたのがいけなかったのか、パドマがどんよりとした顔で、こちらを見てきた。

 パドマは、可愛い子どもだと思って餌付けをしていたのだが、数々の爆弾を抱えていた上に、ちょっとしたことで殺人計画を練り始める、少し恐ろしくなる一面を持っていた。

 師匠が異常に可愛がっているので、縁を切ることは考えられないのだが、今度は何を言われることやら、少し身構えてしまう。

「パドマちゃん? 注文してもいいかな」

「ダメ」

 パドマは、店員であるにも関わらず、注文を拒否して、マスターのところへ行ってしまった。飲み物と料理は持ってきてくれたが。

「ええと、これはなんだろう」

「何だか知らない甘いお酒と、イエローテールの竜田揚げ」

「これで足りる?」

 何だか知らないお酒の値段がわからないので、とりあえず中銀貨を出してみたが、受け取ってもらえそうな気がしない。足りなかったのかもしれない。

「今日のお詫びだから、ウチのおごり」

 パドマも座って食べ出したが、フォークへの力の込め方が見ていてドキドキさせられた。絶対に間違いなく、パドマの機嫌は悪い。

「今日は、何に怒っているのかな?」

「お兄ちゃんがさ。毎日、毎日まいにち失礼なことばっかり言ってくるんだよ」

「ああ、お兄ちゃんかー。あの子も、大概だもんね」

「そう。本当に意味がわからないんだよ。毎日、男の名前を挙げてさ。そいつはダメだ、って怒るの。この世で1番嫌いな阿呆の名前とかさ、それは誰だよって名前を言って、惚れんなって言うんだよ。今日なんて、イレさんだったよ。なんでだよ。有り得ないよね」

「そっかー。有り得ないとまで言われちゃうのかー。もう少しソフトに言って欲しかったなー」

 別に何を期待していた訳でもなかったが、はっきりと切り捨てられると、傷付いてしまう。怒りの矛先が自分でなかったことは僥倖だったので、もうこのまま放っておきたい。

「ウチが男に惚れるとか、ある訳ないのに」

「師匠に優しくされてなびかない女の子なんて、お兄さん初めて見たし、なんでそこまで頑ななの?」

「、、、から」

 パドマの声が小さすぎて、酒場の雑踏にかき消されてしまった。イレは聞き逃した。

「え?」

「いいじゃん、なんでも。お兄ちゃん、マジむかつく!」

「そうだね。何だか知らないけど、有り得ない相手だから怒ってるだけでしょ。有り得る相手なら、怒られないよ。お兄さんのこと、パドマ兄になんて話したのさ」

「ここのとこは、朝の挨拶と怒られる時くらいしかお兄ちゃんの顔も見ないし、イレさんのことなんて、話題にのぼりもしないよ!

 そうだね。怒られるの、おかしいよね。なんでだろう。、、、そうか。そういうことか。あいつの所為か。あんのリア充野郎が。なら、これは商機だ。次は、誰を儲けさせてやろうか。ふふふふふ」

 途端に、パドマの顔が悪人面になった。より恐ろしさが増したような気分にはなるが、パドマはもう興味を持ったことで頭をいっぱいにして、イレの方は見ない。イレは、何だかよくわからない酒に手を伸ばした。



 イレが、パドマにフラれたことを忘れた頃、ジュールの屋台に新商品が並んだ。

「弁当と縁結びりぼんを3つずつ頂戴」

 見慣れない商品をパドマは、質問することもなく、即決でもらっていた。気の所為か、無駄に声が大きい。師匠の微笑みばりに、パドマも嬉しそうに笑っていた。あまり見ない光景だった。

 いつもなら、10階層か24階層で食べるおやつを、入ったばかりの3階層のやたらと人の多い部屋で食べよう、とパドマが言い出した。

「え? ここで食べるの? なんで?」

 普段は、人目を嫌う傾向にあるのが、パドマだ。何か企みがある以外、考えられない行動だ。

「あのね、このジュールの店で売ってるこのお菓子は、縁結びりぼん! って言うんだけど、ダンジョンの3階層で食べるとね、一緒に食べた人と結ばれる!! んだって。だから、ここで一緒に食べたいの。ダメかな」

「いや、ダメじゃないけど、そんないわく付きの物をお兄さんと食べたら、お兄ちゃんに怒られるよ」

「それは許可を取ったから、大丈夫。はい、師匠さんも、準備はいい? せーのでいくよ。せーの!」

 パドマは、無駄に大きな声であおり、師匠とイレと、3人で同時に食べることを強要した。

 ふた口み口で食べ切るサイズの菓子である。即食べ切って、撤収する。撤収の際には、イレと師匠が手をつなぐよう指示をされて、パドマは師匠と手をつないで歩いた。

 ダンジョン内だと言うのに、師匠は、両手がふさがれている。敵影が見える度にイレの手を離すと、パドマに小声でダメ出しをされた。


 10階層に着くと、急にパドマが元通りになって、走り出した。とても元気な様子だった。

「師匠さんと手をつないで歩くとか、最悪!」

 自分でやれと言っておいて、ひどい言い草だった。



「で、あれは、何だったのかな」

 24階層での弁当タイムで、イレは質問することにした。今日は、パドマの取り巻き男がいないので、答えてくれるだろう。

「ん? 説明したよね。縁結びりぼんは、3階層で食べると仲良しになれるお菓子なんだよ。だから、3階層で食べたら、仲良くしなきゃいけないの」

 パドマは、面白くもなさそうな顔をしていた。

「いや、全然わかんない。なんで、そんなことを始めたのかを聞きたいんだけど」

「お兄ちゃんが挙げた男の名前はさ、全員、その日に3階層で話をした人間だったんだよ。あそこ、人多いしさ。恋だの愛だのキャッキャしてる年齢層のヤツばっかじゃん? だから、変な噂を流されて、それを聞いたお兄ちゃんが、勘違いしてたんだよ。

 だからね、こっちから仕掛けてやったんだ。縁結びりぼん、きっと売れるよー」

 パドマは、ふふふふふ、と笑った。悪巧みをしているようには見えない年相応の可愛らしい様子でいる。

「あのお菓子に、そんな効力ないよね。そんなんでなんとかなったら、お兄さんは毎日買い占めて、モテモテなんだよ」

「イレさんには、無理だよ。諦めて。

 お菓子に効力なんてなくたってさ。そんな噂がある菓子を3階層で一緒に食べてくれるってだけで、既にいい感じなんだから、放っておいても仲良くなるから、いいんだよ。

 3階層くらいなら、探索者同士じゃなくたって、たいして危なくないし、あの見た目の怖いカマキリを退治してるところを見たら、惚れちゃうかもしれないじゃん?

 武器屋のおっちゃんに、金型作りを依頼して、師匠さんとお菓子の開発頑張ったんだよ。効力なんかなくったって、師匠さん監修のとろける美味うま菓子なんだから、食べただけでそれなりに幸せになれるからさ。あと2日くらい、付き合って」

「嫌だ! お兄さんは、可愛い彼女と2人で食べる!!」

「ああ、そっか。じゃあ、師匠さんと2人で食べて。そうだね、その方が宣伝になるよね」

 なんだ、そっか! と、パドマは明るい声を出したが、師匠の目は死んだ。師匠はパドマの肩をつかんで、首を振るところをよく見せた。

「師匠さんは、イレさんと2人じゃ嫌なの? えー、なんで? 人前でイチャイチャしてるくせに、今更照れんなよ。3人ならいいの? そうだよね、お兄ちゃんも、絶対3人以上で、って言ってたもんね。

 イレさん、イレさんと2人で食べてくれる人材はいない。諦めて3人で食べよう。大丈夫、菓子自体に効能はない。ちょっと大人になって、小娘の頼みを聞いて欲しい。売り上げが伸びたら、礼はする」

 パドマは真剣な顔で、まっすぐイレを見つめてお願いした。師匠も、真面目な顔をして、頷いている。イレは、泣きたくなった。

「お兄さんは、スーパーイケメンなんだよ!」

「大丈夫。明日からは、師匠さん目当ての可愛い女の子や男の子も、沢山一緒に食べてくれる予定だから。イレさんがイケメンだったら、全員イレさんにときめく! 安心して」

「無理だ! わかってる!!」

 過去、イレが振られる理由のほぼすべてが、師匠が好きだからだった。師匠を知らない女の子なら何とかなるのかもしれないが、師匠を押し退けてイレが好きと言ってくれる女の子がいるとは、想像できない。妄想だけなら無料だと言われても、無理だ。女の子にフラれる度に慰めてくれた隣のおばあちゃんは、もういない。久しぶりにお墓参りに行こうかな、とイレは思った。

虫、ミミズの仲間たち、と来たので、次から鳥編を始めます。パドマの年齢で区切るんじゃなくて、階層数で区切った方が良かったですかね。

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